さよなら夏の日
高校最後の夏休みは、いつもより早く過ぎていった。俺の焦りがそう感じさせたということは、嫌になるほどわかっている。
「幸村くん」
「佐久間……来てくれたんだ。ありがとう」
「うん。ちょっと、びっくりしたけど」
どうしても、会っておかなきゃならないと自分に言い聞かせた。
グラウンドを叩く雨音は、まるで俺の心を映しだしているみたいだ。
「急に呼び出したりして、ごめんね」
「ううん。なにか、あったの?」
明日には海外に発つというのに、最後の日を俺との時間にあててくれたことが、素直に嬉しかった。彼女がいなくなる前日まで決断しなかった自分を責めても、もう遅い。
「佐久間は、覚えてる? 一緒にここで、委員会の仕事したこと、あったよね」
「うん! 覚えてる! 体育祭だったよね」
高校に入りたてのころ、委員会の仕事で、俺は佐久間と出会った。誰もが理由をつけてさっさと帰っていくなかで、暗くなるまで懸命に動いていた佐久間に、俺はあの日からずっと、恋をしていたんだ。
「いつか、また会えるのかな?」
「え……」
「それとももう、二度と会えなくなるのかな」
「幸村くん……」
「佐久間の顔が見れなくなるなんて、信じられないよ」
親御さんの転勤で遠くに行ってしまうと人づてに聞いたのは、夏休みに入る直前だった。いまさら打ち明けても辛いだけの恋心を、俺は結局、閉じ込めたままでいられない。
「知ってたんだ?」
「うん」
「そっか。うん、寂しくなるから、なんか幸村くんには言いづらかったんだ」
伏せられた長いまつ毛がわずかに揺れていて。同じように、この心も揺さぶられていく。
「ねえ、少しだけ、いい?」
「え……」
「少しだけ、君を感じたい」
一歩近づくと、ゆっくりと俺を見あげた目が、ほんの少しだけ潤んでいて。
迷わず、その肩を抱いた。
「幸村くん……」
「佐久間のこと、ずっと好きだった」
小さな吐息が、胸のなかで消えていく。ためらいがちに背中に回された手のぬくもりが切なくて……佐久間の肩に、顔をうずめた。情けないな……俺。
「夢みたい、こんなの」
「いまさら言うなんて、バカみたいだ」
「そんなことない……嬉しいよ? わたし」
震えている体がひどく愛しくて、きつく抱きしめたくなる。どこにも、行かないように。ずっとこのまま、俺の腕のなかにいてほしい。
「……時間が止まっちゃえばいいのに」
佐久間の言葉に、目頭が熱くなった。いつからこんなに弱くなったんだろう。君を失うのがこんなに苦しいなら、どうしてもっと早く、気持ちを伝えなかったんだろう。
「ありがとう、幸村くん」
「俺も……ありがとう。だけど最後に、情けない姿を見せちゃったかな」
「ううん。嬉しい。最高の思い出ができたよ」
泣きながら微笑む佐久間をもう一度抱き寄せて、静かにキスをした。
離れたがらないお互いの熱が、涙になってこぼれ落ちていく。
「……君を、愛してる」
だから神様、どうか。彼女の記憶から、俺を奪わないで。
fin.
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