Yes No


同窓会の案内に、高揚した。もしかしたら君が来るかもしれないって期待していたから。でもそんな僕の想いを、君はちっとも知らないよね?

「そう。だからいきなり新境地で、ずっと看護師やってたのに、いきなり先生とか呼ばれはじめて、とにかく慣れなくてさあ」
「大変だよねー。看護師ってだけでも十分、大変そうなのに」

風の気持ちいい春の午後、雲ひとつない空の下で、佐久間さんだけがひときわ輝いてみえる。テラス席は早いものがちですぐに埋まりそうだったけど、彼女を見つけた僕は、すかさずその席に座った。

「でもたしか不二くんも、今年から違うことしてるんだよね?」
「……」かわいいなあ、佐久間さん。
「……伊織あの、わたしー、ちょっとあっちと、話してくるね?」
「え、あ、うん」

なんだか白けてしまった空気を感じて、はっとした。きょとんと僕を見つめている佐久間さんが、心配そうに首をかしげている。

「あれ、僕ひょっとして話しかけられてた?」
「え、あ、うん。めちゃくちゃダイレクトに話しかけられてたよ。あっち、いっちゃったけど」

さっきまで楽しそうに話していた同級生の行方を指さして、ころころと笑う佐久間さん。
変わってないね。昔から明るくて、笑顔がまぶしい人だったよね。

「ごめん、ほかのこと考えて、ぼんやりしちゃってたみたい」
「いやいや、あたしなら全然いんだよ! それに話しかけたの、あたしじゃないし」

暑いのか、パタパタと顔をあおいでシャンパングラスに口をつける。そのしぐさをじっと見つめてしまう僕に、佐久間さんは「ん?」と目で語りかけてきた。まいったなあ。なんでこんなに、かわいいんだろう。

「佐久間さんは僕のこと、覚えててくれてた?」
「そんなの、当然だよ! 不二くん気づいてなかったの? すごい有名人なんだよ?」
「プロのテニスプレイヤーだったからかな?」もう、引退しちゃったけど。
「違う違う、もともと有名人だよ。イケメンだし、テニスも強いし、頭だっていいし、女の子にモテモテだった自覚、ないの?」

ふうん、そうだったんだ。
僕はあのころもずっと佐久間さんを見ていたから、なにも感じてなかった。女の子にモテモテでも、君にモテモテじゃなきゃ意味なかったんだけど。

「ねえ佐久間さん。いま好きな人、いる?」
「へっ?」
「好きな人。彼氏とか、片思いしてる人とか」
「……いや、え、きゅ、急だね」
「答えたくない?」
「ああいや、あの、全然いんだけど。えっとー、実はついこないだ、別れちゃって。だからいまは、傷心中、なんつって」
「なんつって?」
「な、なんつってな! いや冗談じゃないんだけどね。事実なんだけどね! ははっ」

どっちが振ったのかはわからないけど、佐久間さんみたいなかわいい人を手放した男を見てみたくなる。きっと、ろくでもないやつだ。

「じゃあいまは、新しい恋を探してるの?」
「あー、うん。そうかな。っていうか、なんかアレだね、こういう話……な、なんか不思議、不二くんとしてるの」

また暑くなってきたのか、顔をパタパタとあおいだ。お酒、飲みすぎちゃった?
できるならお酒じゃなくて、この気候でもなく、僕が君を熱くさせられたら、どんなにいいだろう。

「したかったんだ」
「はい?」
「佐久間さんと、こういう話」
「え、ど、どして……?」
「どうしてって、決まってるでしょう?」

いつのまにか過ぎ去ってしまった時間を、取り戻したい。あのころに戻ったなら、僕は君に、想いを告げる。だけど、過去には戻れないから……いまから全部、やり直したいんだ。

「ど、どしてだろ。あたし頭悪いから、ちょっとよくわかん」
「佐久間さんを、好きになっていい?」
「へっ!?」
「ずっと好きだったけど、言えなかったから」
「ふ、え、不二くんが、あたしを?」
「うん。もう大人だから、はっきり言うよ」
「は、はっきりって……」
「すぐにでも抱きたいくらい、好き」

シャンパンを吹き出しそうになった口を手でおさえて、真っ赤になった佐久間さんが、まんまるな目で僕を見る。その表情に見え隠れしている喜びを、僕は見逃さなかった。

「うん、僕も嬉しい」

返事はきかずに、小さな手をそっと握りしめる。
わずかに震えた指先が、僕の手のひらをくすぐった。




(ふふ。かわいいね、伊織)
(ふ、不二くん……)
(いつなら抱いていい?)
(外! 昼間! あといまはじまったばかりでしょ!)
(なんつって?)
(じゃないっての!)





fin.



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