NANA
左手の薬指をなでる伊織さんの癖に、イライラしはじめたのはいつだったっけ。
「知ってた? 今日で5回目」
「え?」
「オレとのデート。そろそろ進展してもいんじゃない?」
好きになって、デートに誘ったらあっさり来てくれた伊織さんだけど、いつもどこか煮え切らないでいた。それでもこっちは、一緒に過ごすたびに好きになる。
トレーニングや遠征で忙しい毎日だから、オフの日は必ず伊織さんを誘うようにしてた。それも、もう5回目になるってのに相変わらずの煮え切らなさ。
はあ……言っておくけど、オレもう限界はとっくに越えてるから。
「そっか……もう、そんなになるんだ」
「ねえ、オレのこと好きだから、こうして来てくれてるんじゃないの?」
大人だし、デートが3回つづいたらそういうことだってお互いわかりきってる。でも伊織さんはずっとオレとの距離を保ったままで、告白を引きだそうともしない。オレは何度もそれらしいことを言ってるけど、その言葉にすら、ぎこちない笑みを返してくるだけ。
「違うんだったら、いまのうちに言って」言われても絶対に引く気はないけど。「オレもうその気になっちゃってるし。伊織さんのことばっか考えてる」
「……違わない。リョーマのこと、好きだよ」
「ホント?」
「うん、本当」
「だったらなんで、そんな浮かない顔してんの?」
わかってる。それが前の男のせいだってこと。結婚を考えたほど愛した男に裏切られて、恋愛に臆病になってることも。
ったく、昔の男とくらべるなんて、やってくれるジャン。どう考えても、オレのほうがいい男に決まってるデショ。
そいつのとばっちりでオレへの信用なくしてんだったら、すっごい腹が立つんだけど。
「そっち、行っていい?」
「あ、うん」
バーで向かい合って座ってるなんて、バカみたいだ。お互いが好きだってわかってるのに、なんでこんなモヤモヤさせられなきゃなんないんだよ。
となりにべったりくっつくように座ったら、伊織さんの細い肩が震えた。
オレに本気になるのが、そんなに怖いの……?
「こんな強引なマネ、したくなかったけど」
「えっ」
震える肩を抱いて、口づけた。こわばった体の緊張と困惑が、腕に伝わってくる。
唇を静かに離すと、伊織さんは目を伏せて、苦しそうな吐息をもらした。
妬ける……前の男のことさえなきゃ、もっと求めてくれてたんだって思ったら。
「ねえ」
「うん?」
「こっち見て。オレの目、見てよ」
怯えたような顔で、ゆっくりとオレを見あげた。行き場をなくした手が、また、左手の薬指をなでていた。
にゃろう……もう怒った。
「しよ」
「え」
「セックス。オレとしよ」
伊織さんの目がまんまるに開かれる。やっとだ……やっと、表情がやっと変わった。
笑顔じゃなくて、驚愕だったのがムカつくけど。
「リョ……そ、そんないきなりっ」
「いきなりじゃないよ、3回目以降は付きあってるようなモンだったでしょ?」
「え? い、いや、で、でもそんな、急にっ」
「オレとは嫌なの?」
「い、嫌とかじゃ、なくて」
「じゃあ、しよ」
「リョーマ……」
「うしろめたいことなんてないでしょ? オレ、伊織さんのことめちゃくちゃにしたい」
それで、きれいさっぱり忘れさせるから。絶対に。
だから、オレに抱かれて。
fin.
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