Maybe Blue


俺の気持ちに気づいとるくせに、伊織はホンマに、めっちゃ残酷な女やわ。

「また、やられてしもてさ」
「……2回目か」
「そう思っとったんやけど、微妙なのいれたら3回目やわ」

無理して笑って、少しだけ痩せた肩を震わせて、それでも強気に長い髪をかきあげた。
苦い気持ちをおさえて祝福したはずやった二人の未来はあっさり崩れて、いま、目の前でうずまいとる。

「なんであんな男と結婚してしまったんやろな、わたし」
なんで俺やなかったん? と言いたいのを堪えた。「せやけど泣くくらい、好きなんやろ?」
「……もうそんな気持ち、失くしてしまいたいわ」

部屋の秒針の音が、沈黙を深くした。
伊織にこんな顔させる男の神経が、ホンマに、全然わからへん。

「失くしたらええやん」
「せやね……でも、どうやって失くしたらええか、わからんのよ」

ため息をはきながら顔をあげて、憔悴しきった頬に涙がつたっていく。
テーブルの上に、小さな水たまりがふたつ。
もう、耐えられへん。なんで結婚してしまったんやって? そんなん、こっちのセリフや。

「したらええねん、伊織も」
「え……」
「俺が相手になる」
「蔵……っ」

肩を抱き寄せて深く口づけると、ためらいがちに、伊織の手が首に巻きついてきた。
もれていく吐息に切なさで泣きたなる。俺はこんなに、お前を愛しとるのに。

「蔵、ン、優しくして」
「……優しくなんか、できへん」
「わたしが、悪い女やから……?」

そうや。めっちゃ悪い女や。こんな気持ちの俺に抱かれて、もっと夢中にさせて、忘れられんようにさせる気やろ?

「なあ、伊織。もっと強う、抱きしめて」
「蔵……はあ、あっ」
「いまだけでも、俺のこと好きやって、言うてや」
「ン……好きよ、蔵」

ひとつになった体で懇願して、乱れた声に惑わされて、どんどん溶けていきそうになる。
激しく絡まる舌も、濡れた肌も、全部、俺のもんにしたいのに。
熱をもった肉体に包まれて、おかしくなるほどの切ない欲望を伊織のナカに押し込んだ。

「蔵、あ、ン、もうっ……」
「は、あ……伊織……」

好きや……言葉にするんは、怖い。
どうにもならんのなら、いっそのこと、汚したい。
せやけど俺は、気持ちを伝えることもできんほど、臆病モンやから。

「い、イッちゃう、蔵……も、あっ」
「堪えんと、イけや。俺ので、突きまくったるわっ……あ、はあ」
「ああっ、あ、蔵ッ、も……イッ……ああ!」

静まり返った部屋で、汗ばんだ体をどれほど強く抱きしめても、伊織の心は、違うところにある。

「……泊まっていったらええやん」
「できへんよ、それは……」
「せやったら、もう少しおって」
「……蔵、わたし、もう帰らなきゃ」

せがむようにキスを落としても、俺を見ているようで、見ていない。
それでもかまわん。熱い夜が、少しでも長くつづくようにと願いながら、何度も舌を絡めた。
後悔したような表情が、弱気にさせていく。服を着て、帰り支度をしだした背中に抱きついても、すっかり冷たくなった体に、胸がはりさけそうになる。

「なあ、これきりなん?」
「……ん」
「俺のことなんか、いくら利用してもええんやで?」
「蔵……」
「俺、どうなっても」
「なあ……わたしも旦那と同罪や。これ以上、その罪を重くする勇気なんかない」

部屋を出ていく前に触れた伊織の唇から涙の味がして。
やりきれない思いが、頬をつたっていった。





fin.



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