君はエスパー


「…なんでやねん」


思わずぽろりと溢れた関西弁。
いつもは「いつまで経っても下手くそやなぁ」って笑う人とはさっき喧嘩したばっかり。
しばらく口きいてやるもんかと思って横になったソファの上で、いつの間にか寝ていたらしい。
で、目が覚めたらその私のお腹の上に、がっちり巻きついているかたまり。もとい、恋人。
はぁ、溢れたため息は、またも誰にも拾われず空気に溶けた。



君はエスパー



「伊織」
「ん?」
「また高い位置からうがいしたやろ」


久しぶりに2人揃っての休日。
ここ最近私が時間があるときは侑士が忙しくて、侑士に余裕ができたと思ったら私が忙しくなって。
会うことはおろか、出かける時間なんて全くとれなかった。
電話やSNSでなんとかお互い騙しながら頑張って、ようやく数ヶ月ぶりに休みが被ったのが今日。
昨日から侑士の家に泊まって、メイクもして、お気に入りの服来て、あとは出かけるだけ。準備万端。
昨日仕事終わりで来たからご飯食べてすぐ寝ちゃったけど、早寝したおかげで肌の調子も良い。完璧。
そんな私の前に立って、ジト目で私を見下ろしてくる侑士。わぁ、これ面倒くさいやつ始まったわ。


「…さっき歯磨いたけど、周り綺麗にしたよ?」
「鏡が少し汚れとった」
「……ソレハスミマセンデシタ」


ほら始まった、侑士のお小言タイム。
侑士曰く、洗面所を使う時、私のうがいをする位置が高いらしい。侑士に指摘されるまで誰にも言われたことないから、私にはいつまでも“らしい”なんだけど。
初めて言われた時は目が点になったよね、まさかそんなこと言われると思わないし。で、その後爆笑したら、大真面目だった侑士に更に怒られるっていう。
私が思うに、侑士って水の妖精なんだよね。
基本性格は穏やかだし、掃除とかに関しても神経質じゃないけど、水回りだけは厳しい。
一度そのことを言ったら、カビの種類とか、ガンジス川の話とかし始めたから、触れるのをやめた。
その代わり、水周りには私も気をつけるようにしたのに、まさかの今日、このタイミングで言われるとは。
侑士の顔見て頷きながら、お昼何食べようかなって考えてたら、急に両肩を掴まれた。


「伊織、聞いてへんやろ」
「聞いてるよぉ」
「いや、それは何食べようか考えてる顔や」


エスパーか。
てゆうか、それは分かるのに、このタイミングでお説教することに関して空気読まないのは何なの。
それ言うと益々こじれるのは目に見えてるから、言葉を飲み込んで、真面目な顔してみる。


「ごめんなさい。次からは鏡も確認します」
「前もそう言っとったけどな」
「今度はホント。ホントに気をつけます」
「真面目な顔しとけばええ思うてるやろ」
「思ってないってば。てゆうか、電車間に合わなくなるから早く行こうよ」
「誰のせいやねん」


はぁ?私?私のせい?
それ今言わなきゃダメなこと?
出かける準備バッチリな状態で、玄関前で向き合って話すことかなこれ。


「…私が悪いのは分かったけど」
「けど?」
「今この状況はすごく嫌」
「なん、」
「せっかく出かけるの楽しみにしてたのに。私が悪いのは分かってるけど、台無しじゃん!」
「それは俺やって同じやけど…、」


話に終わりが見えなくて、ついに本音が漏れてしまう。
私の言葉を聞いて侑士は一瞬表情を曇らせたけど、自分を落ち着かせるみたいに目を閉じて、小さくため息をついた。
同時に私の肩から侑士の手が滑っていく。


「…ちょっと時間もろてもええ?」
「え?」
「こんなんで出かけるの、お互い無理やろ」
「ゆ、」


名前を呼ぼうとした時には、もう侑士は私から離れて自分の部屋に入ってしまった。
…久しぶりの休日が喧嘩って。
あのまま謝り続けた方が良かったのかな。でも思ってもないって、多分侑士にはバレただろうな。
もやもやに心が埋め尽くされてしまうけど、帰れとも今日はやめるとも言われなかったし、部屋から出てくるの待ってみようかな。
重たい気持ちのまま、リビングに移動してソファに座る。
侑士、ネイル新しくしたの気づいたかな。ピアスも今日のために買ったんだけど。
エスパーなんだから、私が今日すごく楽しみにしてたって、心読んでくれていいのに。







この状況でうたた寝できちゃう私も私ですけどね。
目が覚めたらこの状況。
お腹の上に侑士を乗っけたまま、何となく窓の外を見ると、すっかり陽も昇りきっている。


「侑士?」


体をちょっと起こしても、私の角度からは侑士の頭頂部しか見えない。
表情どころか、起きてるかどうかも分からない。
名前を呼びながら、さらさらとした黒髪をそっと撫でてみるけど、反応はない。
私も大概だけど、侑士もここで寝るってすごいな。
姿勢を変えたくて侑士の腕から抜けようとすると、腕に力が入って全然動けない。
これは。


「…起きてるでしょ」
「……」
「侑士?起きてるよね?」
「起きてへん」


いや、起きてるやん。
私の心の中の関西人もそりゃツッこむよ。
もう一度体を動かそうと試みると、益々腕の力が強くなったから、諦めて力を抜くことにした。
相変わらず侑士は何も言わないし、離してくれない。
でも一緒にいてくれる気はあるみたい。
それにほっとして、今度は両手で侑士の頭を撫でた。


「怒ってたんじゃないの?」
「……」
「ゆーしー」
「……なんで」
「ん?」
「なんで、追いかけてこうへんねん!」
「へ?」


ガバって音がしそうなくらい勢いよく侑士が頭をあげる。腕は私の体に巻き付いたままだけど。
侑士は相変わらず真面目な顔してた。


「俺が部屋入っても一向に声かけてこうへんし、それどころかやけに静かやし、様子見に来たら伊織寝とるし、なんやねん、なんやねん!」


最後の方はもう私のお腹に向かって叫んでた。
本物の関西人のなんやねん、すごい。なんていうか重さが違う。
いや、そうじゃないか。私てっきり侑士は怒ってるのかと思ってたけど、これはもしかして。


「侑士…拗ねてたの?」
「…拗ねてへん、拗ねてへん、けど」
「けど?」
「昨日も伊織すぐ寝てまうし…会うたの二ヶ月ぶりやったのに」
「それは…ごめん」


どうやら侑士の拗ねモードは昨日から始まっていたらしく。
そんなことに気づけなかったのは、私も反省だな。
疲れてただけなんだけど、久しぶりに会うのにちょっと配慮が足りなかったかもしれない。


「…もしかして、不安にさせちゃった?」
「…好きなん俺だけかもと思うた」
「それもごめん」


全然そんなことないのに、って気持ちを込めて、足を侑士の身体に巻きつけてみる。
そしたら侑士はゆっくり私の顔を見上げて、じっと見つめてきた。
やっぱりジト目で見られるより、こうやって見つめてくれた方が好きだな。
じっと見つめ返していると、侑士の腕の力が緩んで、身体ごと上がってきた。
私の顔の横に侑士が肘をつく形になって、久しぶりの至近距離にやけにドキドキしてしまう。


「ん」


ちゅ、と触れるだけのキスが唇に降ってくる。
侑士の手が優しく前髪を梳いてくれて、気持ち良くて思わず目を閉じる。
侑士の手って、触られるとそれだけで安心しちゃうから不思議だ。
そうか、私たちに足りなかったのは、こういう穏やかな時間だったのかも。
侑士のほっぺを両手で優しくつまむと、眉間に皺寄せて不服そうな顔してた。


「なんや」
「ううん、拗ねてる侑士可愛いなと思って」
「拗ねてへんし」
「ホントに拗ねてない?」
「拗ねてへん!」
「侑士が拗ねてるなら、ご機嫌とろうと思ったんだけど、拗ねてないなら必要ないね?」
「…何してくれるん」
「侑士がして欲しいことなんでも」
「めっちゃ拗ねとる!」


言葉と同時にぎゅうって抱きしめてくるから、私も侑士の首に両手を回して、力いっぱい抱きしめた。
今度こそ、この胸いっぱいの大好きが伝わると良いな。
だって侑士、エスパーだもんね?











おわり



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