love bite


窓にへばりついているうしろ姿に、俺の足が止まった。あんなに見られたら、いくら人に慣れていても引いてしまうだろう。
俺じゃったら間違いなく寝たふりを決めこむ。

「佐久間?」
「か、かわい……」
「おい、佐久間」
「えっ!?」

肩に手を置くと、佐久間がようやく気づいて振り返る。怯えたような驚愕の表情に、こっちが目をまるくした。そんなに、驚かせたかのう……。

「仁王、ど、どうしたんっ」急いで前髪を整えた。そんなことされても、いまさらなんだが。
「いや、通りかかっただけじゃけど……お前、気づいちょる?」
「へ、な、なにが」
「店外から見てもそうじゃけど、おそらく店内から見ても、完全な不審者やぞ」

案の定、佐久間の目の前のガラス越しにいる仔猫は、こちらに尻を向けて寝ていた。怖かったじゃろうのう。穴があくほど見つめられて。目も、ギンギンじゃし……。

「そ、そうかな」
「そうじゃろ」両手を窓にしっかり押しあてて、怖すぎなんよ。「なか、入ったらいいんじゃないか?」
「いや、できない、それは……」
「なんでじゃ」

問いかけると、佐久間はじっと看板を見あげた。『わんにゃんSHOP』というベタな名称が動物の足跡で飾られている。

「うち、禁止なんだよ」
「ああ、家がペット禁止っちゅうこと?」
「そう……昔からペット飼いたいんだけど、許してもらえない。ハムスターですら、許してもらえない」

まあハムスターはハムスターで、増えたら大変なことになるからな。あれ、ネズミじゃし。

「小さいころから、何度も何度もノラたちを連れ帰るけど、絶対にダメなの」
「まあ、それならここで買ったとこで無理じゃろう」
「うん……でも動物、わたし、すごく好きなの……仁王なんか飼ってる?」
「いや、飼っちょらんけど……まあ、好きな気持ちはわかる」俺も、かわいいものにはとことん弱い。「だが、それならなおのこと、ここで癒やされたらええじゃろ。抱かせてもらえるぞ、たぶんじゃけど」

相手は高校生じゃし、さっきの不審者ぶりからして店員は嫌がるかもしれんが。まあひやかしが9割の仕事だろうから、問題ないじゃろう。

「それが、ダメなんだようっ」
「な、なんでじゃ」
「だって、だって、連れ去りたくなっちゃうじゃん! こっそり!」

かわいい口調で、堂々と恐ろしいことを言いはじめた。

「店員さんが、見てない隙きにさ、カバンに入れたらわかんないだろうし」
「わかるじゃろ」どういう思考なんじゃ。
「だけど、だけどやっちゃいそうな自分がいるの!」
「その衝動を抑えればええだけの話じゃないんか」
「抑えられる気がしないんだもん。ちょっとした隙きにやっちゃうかも!」
「お前、頭おかしいんか?」
「おかしいくらい動物が好きなの! わたしが捕まるようなことになったらよくないじゃない!?」

誰が捕まるようなことになってもよくないんだが……たしかに目の前におる仔猫も仔犬もしびれるほど愛らしい。要するに、それで店には入らず我慢していた、というわけだ。まるで性的欲求を性犯罪的シチュエーション動画で我慢しとる男の言いぶんだが、佐久間もなんとか理性はあるんじゃからマシなほうか。

「んじゃ、俺は入ろうかのう」
「えっ!?」
「言うたじゃろ? 俺も好きなんよ、動物」
「ず、ずるいじゃん! ずるいよ仁王だけ!」
「そう思うなら、お前も入ったらどうだ」
「うう……ひどい」
「大丈夫だ、見張りは俺じゃき。悪い子は俺がお仕置きする」

ぎゅん、と佐久間の目が見開かれて、「そうか、うん、仁王がいるなら安心か!」と納得しているうちに、彼女は俺を追い越して店のなかに入っていった。
クラスのなかでは大人しい雰囲気の佐久間だが、意外と男前なところがある。
店内に入って、佐久間はさっそく仔猫を抱かせてもらうことになった。ミャーミャーという小さくて弱々しい声が心をくすぐるんだろう、佐久間は目を潤ませながら仔猫を抱いて、首筋をこちょこちょと触っていた。

「ひいい、かわいいっ。かわいいよう仁王」
「じゃの。アメショか」
「うん。カッコいいよね、なのにかわいいのっ。もうー、たまんない。食べちゃいたい」

さっきの佐久間の心境を聞いたばかりということもあって、目がギラついちょるぶん、あまり冗談に聞こえない。だが佐久間の顔はだんだんと、穏やかなものに変わっていった。

「仁王も、抱っこする?」

ちょうど、羨ましくなってきたときだった。壊れものをわたすように、佐久間が首をかしげてくる。その一瞬のしぐさに、トク、と胸の躍動を感じた。

「ん、ちと、抱かせてくれ」
「お、落としちゃダメだからね」
「わかっちょる、そっとな」

ショップ店員があれこれと猫の説明をするなか、アメリカンショートヘアの仔猫は俺の指をミルクの口と勘違いしたのか、前足2本でしがみつくように抱えて甘噛してきた。まったく痛くないうえに、とんでもないかわいさだ。これはたしかに……連れ去りたくなる。

「わあ、仁王にめっちゃ甘えてるね」
「やの。かわいいのう」
「ふふ。かわいいねえ。ほらほら、こっちもあるよー」

言いながら、佐久間が同じように指先をだしてきた。その冷えた指先が、俺の指先に触れていく。肩はすっかり、くっついているんだが……佐久間が自然と距離を詰めてきたことに、頭がぼんやりとしてきた。

「佐久間、そろそろでるか」
「え、もう!?」
「ん……お前の言いたいことがようわかった」

すぐにショップ店員に猫を返して、俺たちは帰路についた。ここ最近、佐久間はずっとあの仔猫を見ていたらしい。前は違う仔猫を見ていたが、1ヶ月もしないうちに店内から消えたそうだ。

「どこかで幸せに暮らしてるんだよね、きっと」
「やの。まあ、ひとり暮らしでもできたときに、飼ったらいいんじゃないか?」
「そんなの、無理だよ……ペットOKのとこなんか高いし、大学生になったところで、まだわたしは命に責任が持てるような大人にはなれてないと思う」

ほう、と感心する。若いからこそ、そうした無責任さを自覚できずにペットを飼う人間は多いもんだが、佐久間はそのあたり、かなりしっかりしているらしい。
めずらしくふたりで話したことで、また違う一面を見つけた。さっき触れた指先が、すっかり熱くなってきたのう。

「仁王も飼いたくなった?」
「ん、お前の気持ちがようわかった」

でしょでしょ! と両手を合わせて喜ぶ佐久間の笑顔に頭のなかが溶けそうになる。ほんの少し心にある女が好きな人に変わっていくのは、いつも一瞬だ。

「ふたり暮らしなら、いけるんかのう」
「へ……?」
「いつか……ふたり暮らしでもしたら、命への責任も分担できるじゃろ」
「あ、それは、たしかに。うん、ちょっと夢見てるとこあるかも」
「そうか。ならその準備もかねて……」

佐久間の手に、そっと触れた。ぎょっとして俺を見ているが、抵抗はなさそうだ。
ああ、やっぱり……前からなんとなく気に入ってくれとるんじゃないかって思っちょった。俺の、勘違いじゃなければ。

「今後も一緒に通ってみるか。ペットショップ」
「準備……え?」
「猫もかわいかったけどの……俺はいま、お前を連れ去りたくなった」

その、少し冷えた人差し指の先端に、かぷっと甘噛するように口づける。

「ひゃっ」
「佐久間のかわいい猫になれると思うんじゃけど、俺」

気取った俺の告白に、佐久間は笑って、頷いた。





fin.



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