I hate you,but I love you. (B)


ソファの上に、洗濯物が散らかっていた。
5時間前から1ミリも動かずにそこにいる。日常茶飯的な光景だった。言えば数日はよくなるけど、つづいて3日だ。その翌日にはまたソファの上で放置される。ふたりで一緒に暮らすために買ったソファは、いまや洗濯物の座る場所のように思えた。
でも、それが一緒に暮らすということだ。伊織と僕は、あまりにも生活においての価値観が違う。はっきり言えば彼女はズボラで、僕はいつもきっちりとしていたい。だけどそんな価値観の違いが彼女に惹かれたきっかけでもある。そんな彼女だから愛してる。だからこそ、いつもなら笑って許せることだったのに……この日の僕には、許せなかった。

「ねえ、いつまでここに放置しておくつもり?」
「ああ、ごめんごめん。寝る前には片づけるから。まあなんなら、周助がやってくれてもいいんだけど。ふふ」

冗談めいた彼女の口調に、苛立ちがつのった。伊織に悪気がなかったことなんて、百も承知だ。僕たちにはルールがある。家事の当番だ。一週間ごとに切り替えて、お互いフェアに生活しよう。だけど、相手が忙しいときや協力を求めているときは、そんなガチガチのルールに縛られずに助け合っていこう。
愛しい毎日が薄れないように。小さなことで、諍いを起こさないように。好きで一緒にいるんだから、優しさを忘れないように。だから伊織の冗談は、よく投げかけられるじゃれ合いのひとつで、もちろん、あわよくばとも思っているんだろうけど、それでも僕は笑って済ませていた。一緒にやれば早いねって。
そんな優しさを、この日の僕はどこかに置き忘れてしまったから。

「伊織、そういうの得意だよね」
「えー、どういうのー?」
「冗談めいたわがままで甘えて。都合よく本題をすり替えてるっていうのかな」
「……は?」

伊織の「は?」は怒っている証だと、僕にはわかっていた。それこそ冗談の延長でくりだされることもあるけれど、トーンの違いですぐにわかる。今回のは、あきらかな敵意だった。
たった、ひとこと。たった、それだけで。僕も十分に煽られていた。

「あれ? 聞こえなかった? 僕、冗談あまり言わないから、通じなかったかな?」
「ねえ、なんなの周助、その感じ」
「うん? なにって?」
「すっごい感じ悪いって言ってるの。ふざけて言ってるようになんて聞こえないよ、なにそれ?」

指をさして威嚇する伊織に、僕は首をかしげて見せた。

「なにって。洗濯物だけど」
「そっちじゃない!」
「じゃあなんのことだろう? 伊織がやってって言うから、いま、僕がやってるんだけど?」
「それだけのことで、そんな言いかたすることある?」
「それだけのことって言うけど、今週は伊織の当番でしょ?」
「そう思うなら放っておいてくれていいから!」
「いいって言われても、伊織の怠惰のおかげで僕の生活スペースが侵されてるんだけどな」
「ねえちょっとなんなのさっきから!」
「伊織の怠惰のおかげで僕の気持ちもすっごくね」複雑に、侵されてる。そう付け加えたいのを、我慢した。
「……はあ?」

だけど僕の我慢なんて、高が知れてる。そもそも喧嘩をふっかけたのは僕だ。一度は納得したはずだったのに、許したはずだったのに。結局は納得できてないまま時間が過ぎたわだかまりは、僕だけに残っていた。
伊織はなにも、気にしていない。たいしたことじゃないって思ってる。それが僕は、どうしても我慢できなかった。怒りたかったんだと思う、最初から。なにかあれば、言ってやりたいって……醜く考えていたんだ。

「すごく楽しそうに笑ってたよね、伊織も、鈴木くん? だっけ? 彼も」
「ちょっと……急に本題をすり替えてるのはどっち!?」
「本題はこっちだよ」

先週のことだ。
伊織が職場の飲み会に行って、ベロベロになって帰ってきた。どれだけ嫉妬深い僕でも、さすがに職場の飲み会を禁止するほど腐っていない。快く送りだしたけれど、頭の片隅にある心配はその姿を見てすぐに暴れだした。
その、翌日。伊織のSNSを見ていたら、飲み会の様子がアップされていた。思ったとおり、ご機嫌な写真がすべて顔を伏せた状態で撮影されていたのだけど、僕が気になったのは、彼女の投稿にたいしてコメントを残している職場の人たちだった。

『楽しかった! また飲もうね!』
『ちょっとハメはずしすぎ(笑)? まあたまにはいいかー!』
『オレ全然、覚えてなかった。自分の投稿に笑ったし。新橋のおっさんかよ』

最後のコメント。なんのためらいもなく彼のページに飛ぶと、彼のネットリテラシーはどうなっているのか知らないけれど、顔を伏せる加工もしないままでたくさんの写真がアップされていた。
そのなかに、伊織と彼が満面の笑みで肩を組んで映っている写真があった。見たところ、僕らと同い年くらい。あろうことか、あと数センチで頭がぶつかりそうな距離で。
僕だけの、伊織が。ほかの男と、至近距離で。
そんなものが、世界に配信されている。とてもじゃないけど、許せなかった。

――違う、本当になんでもなくて! ごめん、わたしも酔っ払ってて……その! 隠してたわけじゃないよ!?
――本当?
――ほほほ本当に決まってる! ねえごめん周助、わたしが迂闊だったよ、それは本当に、ごめんなさい。不注意が過ぎるよね! お酒、飲みすぎだよね!

彼のSNSの投稿画面を黙って見せた僕に、あの日の伊織は必死に謝っていた。

――こういうの、僕が嫌がるってわかってるでしょう?
――わかってる、だからごめん。でもあのね、鈴木くん、周助のこと知ってるし、本当にただの同期で!
――鈴木くんっていうんだ……ふうん。
――あ……あの、ただの同期で、彼女もいるし、彼も酔ってて、写真撮るぞー! ってなっただけで!
――肩を組む必要があったのかな。
――そうだよね! だからそれは本当に、わたしが悪かったと思う、いくら酔ってたからって、油断しすぎだよね! ごめん、本当にごめん。でも周助、わたしが浮気したとか思ってる? そんなことしないよ? わたし、周助だけだよ?

もちろん、そんなこと微塵も思っていない。でも問題は、浮気したとかしてないとかじゃなかった。とにかく、伊織にたいする馴れ馴れしさと、その距離と。どんな状況であれ、伊織が僕以外の男に触れられたという事実が許せなかった。
だけど一方で、彼女が涙目で訴えてくるその姿は、僕が伊織をいじめているみたいで……かわいそうになってきてしまって。

――ん……わかった。
――周助……本当にごめんね?
――彼となんでもないのはわかったけど、あんまり心配させないでね。

そこで、話は終わったはずだった。でもそれは、伊織のなかだけだった。僕にはずっと、残っている。あの投稿を、いまでも見てしまうことがある。伊織が悪いわけじゃない。彼も、悪気はない……たぶん。
そう頭では理解できていても、気持ちは全然、晴れないままの時間を過ごしていた。
伊織は、僕だけの伊織だから。一瞬でもほかの男に気を許したことに、僕は大人げなく、傷ついている。
気づけば、あのさあ、と、伊織がため息まじりの声を大きくしていた。

「その話、このあいだ終わったんじゃなかった?」また、ため息を吐いた。「いつまで言うの?」
「言っておくけど僕」言っておきたかった。わかってほしくて。「全然、許せてないからね?」
「もういいって言ったじゃん! 鈴木くんはただの同期で、わたしに周助がいるのも知ってるし、なんでもないって」すごく、面倒くさそうだ。「何回、言えばいいの?」
「そのわりに、ずいぶん距離が近かったけどね」

わかってるなら、彼は伊織に、どうして近づいたのか。酔ってたことだって、知っているけど。僕なら絶対にしないから。彼の彼女は怒ってないの? どれだけ考えても、僕は全身で拒否をしていた。やっぱり、許したくても、許せない。
無防備な伊織も、僕は許せなかったんだと思う。

「だから……」
「なあに?」

はあ、と、何度も聞かされているため息が、もう一度、耳に届いてくる。呆れさせている。だけど僕の気持ちを、少しでもわかってほしかった。僕が甘えているのかもしれない。それでも伊織は、僕の彼女でしょう? どうしてあの彼をかばうの? 僕が悪い? 嫉妬深い僕が、伊織には、重たい?

「……周助のそういうところ、疲れる」

じっと見つめていた伊織の瞳が僕をとらえて、一直線に、そう言われた。
疲れる、と唇がかたどった刹那、伊織は、はっとしたように口もとを手でおさえていた。僕は、呆然とした。そんな言葉を投げられたことは、一度だってない。
心のなかで問いかけていた答えを告げられてしまった僕は、そのまま視線を下に向けた。ついに、僕の口からもため息がでていった。疲れる、という言葉に、僕自身が疲れてしまったように。

「……ごめん」
「……あ、ちが、違う、周助」
「……こんなふうに、言いあいたかったわけじゃないんだ」

ごめん。





背中を向けることしかできずに、僕はそのまま車のキーを持ってマンションをでた。上着も持たずにでていった体が、冷え切っている。

「……お互い、ちょっと頭、冷やそうか」

僕が告げたその言葉どおりになっている状況に、情けなくなって頭を抱えた。頭を冷やすって、本格的に全身を冷たくしている場合じゃないのに。
どうして許せないのか、自分でもまったくわからない。なんでもない、わかってる。あの彼は僕の存在を知ってる、わかってる。そしてあの彼にも彼女がいる、わかってる。
全部わかっているからこそ、僕の理解の範疇を越えた行動の苛立ちは、またつのっていった。

「寒い……」

ぽつり、とつぶやく声が虚しい。伊織がとなりにいれば、きっとあれこれバッグのなかから防寒グッズをだして、世話を焼いてくれるのに。
そんな優しい伊織だから、僕は彼女を独占したかった。すべては伊織と出会ってからだ。それまでは、僕の辞書に「嫉妬」なんて文字はなかった。だけど伊織だけは違った。ほかの男と一緒にいるのも嫌で、恋人という立場を与えてもらってからの独占欲は、ますます大きくなっていって。それで何度も、衝突してたっけ。
でも、伊織はそんな僕を、理解してくれているはずだった。僕のいいぶんに優しく頷いて、ほかの男とはふたりきりでは会わない、と、約束してくれた。僕も、もちろんそんなことはしない。だけど今回の飲み会のように付きあいが必要なことだってあるから、複数人で会ったり、そこに男性がいるときはきちんと事前に報告してくれる。
でも、ね……報告があったらなにしてもいいってわけじゃない。やっぱりほかの男がいる前であまり酔っ払ってほしくない。ああして肩を組まれたのだって、伊織が酔ってなかったら起こり得なかったことだと思う。そういう僕が、小さいのかな。
だけど……僕をこんな男にしたのは伊織なのに。好きにさせるだけ好きにさせておいて、疲れる、なんて……傷つくなあ。
エアコンをつけている車中はあたたかいはずなのに、心が冷え切っているせいか、まったく体があたたまらなかった。このままじゃとても車中泊なんて無理だと思ったら、遠くにコンビニが見えた。

「ねえねえ、今日、なに見る?」
「あのドラマのつづき見ない? 配信のやつ」
「あ、それがいい! 気になるよねーアレ!」

コンビニに入ると、仲のよさそうなカップルの声が聞こえて、余計にクサクサした気分になった。そういえば今日はテレビのロードショーを一緒に見ようって、伊織と約束してたのに。21時になりかけのところで喧嘩をしてしまったせいで、それも叶わずじまいだ。時計を見ると、もうすぐ23時になろうとしていた。適当に車を走らせていたけど、2時間近く経っていたらしい。
暖をとるためのホッカイロを何個か手に取って、水分を調達するためにぐるぐると店内を回っていたときだった。ふと、伊織の大好きなアイスが目に入ってくる。

――周助、見て。
――うん?
――アイス。新しいのでてる! これ。美味しそう!
――ふふ。食べたいの?
――うん、映画でも見ながら!

突然だった。いつかの思い出が頭のなかでかけめぐって、目に熱いものがこみあげてきた。
食いしん坊の伊織がかわいくて。僕はいつだって彼女の笑顔を見ていたかった。

――じゃあ1個、買おうか。
――え、周助のは?
――僕のはいいよ。伊織が食べたいぶんだけ買ってあげる。
――えー、やだ。一緒がいいよ。美味しいものは、周助と一緒に食べたいじゃん。
――そういうもの?
――そういうもの! 周助と一緒に食べることに、意味があるんだから。

意味があるんだ。僕と一緒だってことに。いつもそう言ってくれていたのに。
嫉妬をくり返して、さんざん、これまで彼女を責めてきた。いつだって僕が好きだって、伊織は伝えてくれていたのに。どうしてこんなに嫉妬しちゃうんだろう。
大人になりきれない僕に、伊織はずっと優しかったのに。

――周助のそういうところ、疲れる。

なのに、あんなこと、言わせて……。
ぽろ、と一筋の涙が頬を伝った瞬間、僕はそれを手でぬぐって、かごに入れていたものをすべて元の位置に返した。
そのままかごも元に戻して、冷たいケースのなかから、新商品のアイスを2個、手に取った。





コンビニの袋を指にひっかけながら鍵を挿しこむと、奥のほうからバタバタと音が聞こえてきた。扉をあけた瞬間に、よろけるようにリビングから飛びだしてきた伊織が、目をまるくして僕を見ている。

「お、おかえり!」

言いながら、伊織の瞳からたくさんの涙がこぼれ落ちていた。あんなに怒っていたのに。
なにごともなかったかのように振る舞おうとしている伊織が、愛しい。だけど涙は、隠しきれなかったみたいだ。

「……ただいま」

思わず、笑みがこぼれていく。堪えきれなくなったのは、伊織も僕も一緒だった。
声をあげて泣きだした伊織を抱きしめたくて、急いで靴を脱いで震える体に手を回した。いつも冗談を言って笑っている伊織を、こんなに泣かせるほど不安にさせて。僕、本当に大人げないな……。

「ごめん、ごめんね伊織」
「周助、悪くない……っ」胸のなかで、くぐもった叫びが小さくて。「わ、わたしがひどいこと言った……! ごめんなさい」
「ううん、僕も言いかた悪かったよね。ごめんね、嫌なこと言わせて」

ちゃんと話そう? と告げると、折れそうなほどに首を縦に振って、伊織が僕を見あげてきた。すごく、かわいい。

「さきに、手を洗ってくるね?」
「う、うん」

洗面台に移動しようとすると、伊織がぎゅっと僕の袖をつかむ。不思議に思っていると、「一緒にいる」とつぶやいた。手を洗っているあいだも、伊織は僕の背中に巻きつくようにしがみついて、まるで子どもに戻ったみたいだ。

「ふふ。もうどこにも行かないから、大丈夫だよ?」
「……それでも、一緒がいい」

一緒がいい。
心のなかにストン、と落ちてくる伊織の声が、体中をかけめぐっていく。魔法みたいに。
リビングに入ると、ソファの上にあった洗濯物は綺麗に片づけられていた。実はまったく本題じゃなかった洗濯物も、伊織にとっては不安を煽った材料だったらしい。

「ありがとう」
「え?」
「洗濯物」
「あ……いや、それは、わたしのすべきことだし」当番、だから……と、しょんぼり付け加えている。
「だとしても、ありがとうね」

頭をなでながらソファに座ると、となりに座ってくるかと思いきや、伊織はラグマットの上に正座した。
呆気にとられてしまう。これじゃまるで、昭和の説教風景だ。

「伊織、なんでそこ?」もちろん、聞いた。
「なんか……申し訳なくて」しょげっと、視線を逸らしている。
「……伊織って、ときどきすごく不思議」

そこが楽しいけど、と笑って付け加えながら、僕は伊織の両脇に手を入れた。困惑するように立った伊織をそのまま抱えて、ソファに座り直す。
抱っこ状態をいいことに、僕は思いきり伊織を抱きしめた。ふわふわしていて、心地のいい、伊織の体。僕だけの、やわらかいぬくもり。
堪能していると、また鼻をすすりだす伊織が愛しくて……僕はそっと、髪を梳かすように触れていった。

「……いつまでも子どもみたいに嫉妬してごめんね」
「……」ぶんぶん、と首を振っている。嘘だあ。疲れてるくせに。なんて……いじわるを言ったら、それこそ子どもだよね。
「伊織にそんなつもりないってわかってるつもりなんだけどね」そう、わかってる。それだけは信じているんだけど……。「心配なんだ、伊織、かわいいから」
「……わたしにかわいいって言うのは、周助くらいだよ」それも、嘘だと思うけど。
「出会ったときから伊織はずっとかわいいよ」

耳もとでささやいて、そこに小さなキスをした。ぷしゅっと湯気がでるほどに照れている伊織のまつ毛が伏せられて、キラキラと涙に濡れている。
冷えていたはずの僕の体が、次第に熱くなっていった。いつまでもこんなにドキドキさせてくれる人は、きっとこの世に、君しかいないから。

「伊織はもう僕と一緒にいるのやだ?」

僕の肩に顔を埋めたままの伊織がいじらしくて、少しだけいじわるな問いかけをすると、伊織は案の定、即座に体を起こしてきた。

「……っ、そんなことない!」
「……うん、よかった」

さっきまで収まっていたはずの涙が、また溢れてきていた。僕が弱いから、すぐに伊織を泣かせてしまう。大好きな彼女を泣かせるなんて、情けない男のままでいたくはないのに。心の融通がきかない僕を、伊織はいつも許してくれるね。
考えていたら、僕の目頭も、また熱くなっていった。恥ずかしいな、こんなカッコ悪いところ、伊織に見られちゃうなんて。
僕の心の声に気づいたのか、伊織が僕の頭を抱えてきた。優しい愛が、沁みわたってくる。

「ひどいこと言ってごめんね」
「……うん」正直、傷ついたけど。
「あのとき言ったこと、まったく思っていないって言ったら嘘になっちゃうけど」
「……うん」そこは、嘘つかないんだ。でもそういう伊織が、僕は好き。
「それでもわたしは周助と一緒にいたいよ。それだけはわかってね」

僕の髪の毛に、伊織の唇が触れた。瞬間、僕の目からも涙が溢れてきてしまった。小さなふたつの手のひらが僕の頬を包んで、鼻先にかわいいキスが落ちてくる。
泣き顔を伊織に見られていることが恥ずかしくて、僕は彼女を見つめたまま、口を尖らせておねだりした。

「伊織、口にもして」
「ん」

ちゅ、と音を立てて、また、かわいいキス。
すごく、嬉しい。だけど、もっと、欲しい。
伊織の髪に手をすべりこませて、唇に貪るような熱を送った。
ずっと、一緒にいるために。これまでも、ずっと一緒だった僕たちだから。

「もう少し、大人になれるように頑張るね」

ようやく唇を離して決意表明をすると、伊織は目をまるくしたあと、うーん、と唸るように首をかしげた。あれ、なんか僕、間違ってたかな……?

「ヤキモチ妬かない周助なんか、周助じゃない……」

同じように無言のまま首をかしげていた僕に、衝撃のひとことが降ってきた。
瞬きが止まらなくなる。

「ふ、なにそれ。伊織、わがまますぎない?」

疲れるって言ったくせに、ヤキモチは妬いてほしいってこと? と、呆れそうになっていると、今度は伊織がぶすっと口を尖らせてきた。

「……そうだよ、周助が甘やかすから、わたしどんどん、わがままになっちゃったんだよ」

え、僕のせいなの……。
声にださずに困惑していると、伊織はそんな僕の様子に気づいたのか、どこか気まずそうな顔をして、つづけた。

「だから責任とって。何回、喧嘩しても、こうやって話して、キスして、仲直りしてね」

思わず笑ってしまった僕に、「おかしくないー」と言って頬を膨らませながら、だけど伊織だって、笑っていた。
まったく適わない、僕だけの伊織。
責任とってなんて言葉、絶対にほかの男に聞かせたくない。と、思った僕も、まだまだ修行が必要らしい。

「あ、そういえば伊織の好きなアイス買ってきたんだった」

思いだして顔をあげると、伊織が「え」と声をもらす。こんなときだって、伊織は食いしん坊だ。

「さっき玄関で落としたのがそれ?」
「うん。家でたときは、しばらく帰らないつもりだったんだけどね……寒くて入ったコンビニであのアイス見つけちゃったら」

すべてを白状するのは、どことなく照れくさい。実はコンビニでも泣いちゃったなんて言ったら、伊織に笑われてしまいそうだ。

「……見つけちゃったら?」
「伊織の顔が浮かんで、あー、買って、帰らなくちゃって」

一瞬はきょとんとしていたけど、伊織が声をあげて笑いだした。
思考回路が単純だって、思ったんでしょう? 否定しないけど、僕だってそれなりに、いろいろ考えたんだから。

「……ちょっと、笑わないで」
「ごめんごめん、ね、周助」
「ん?」
「大好き!」

僕も、と告げた愛を、君とはこのさき、何年も誓っていたい。
もちろん、ずっと、一緒に。





fin.
Happy Birthday Dear 柚子 from 不二色



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