セックスフィズ


朝からテンションが低かった。せっかくの休みじゃっちゅうのに浮かない顔をしている伊織を横目に、俺はそっと手を重ねた。はっとしたように顔をあげて、彼女は静かに微笑む。こんなときにまで無理が見え隠れして、どこか切ない情動にかられながらも微笑みかえすと、伊織はわずかに首をかしげた。

「雅治、本当に今日、よかったんかな……」
「目的地まであと二駅っちゅうとこで、いまさらそれを聞くんか?」
「だって……雅治こういうの、好きそうじゃないから」
「そんなことない。俺は昔からにぎやかなのは嫌いじゃないんでな」
「ん……なら、いいんやけど」

付き合って半年が経つ俺の彼女は、どこか人に遠慮しながら生きている。それが彼女の優しさで、人間性だということもわかっちょるつもりじゃあるが、たまには素直にため息でも吐いたらええのにと、ときどき心配になる。
ちゅうても、おそらく本人はそのストレス具合に気づいてない。だからまあ、仕方ないことなんだろうが。

「会社の人たちは、何人くらい来るんじゃ?」
「さあ、どうやろね。家族連れいるみたいだし、雅治みたいに、恋人参加も多いみたい。あ、わたしと一緒でね、愛知出身の人もおるって聞いたんよ。それがちょっと楽しみ」
「ほう、それ男? 女?」
「同僚の彼氏だから、男やと思うんやけど」
「じゃダメだ。話すな」
「えっ」

思わず口走った自分の嫉妬に、自分で呆れそうになった。伊織が目をまんまるにして俺を見る。ああ、いかんのう。ここは年上らしく余裕を見せるべきじゃったと反省するところなんじゃろうけど……そんなにかわいい顔を見せられたら、「絶対に話すな」と念を押したくなる。お前、かわいすぎるんよ……。

「……話しても3分程度にしちょきんさい」かろうじて、そう言った。
「雅治、ヤキモチなん……?」
「いい歳してうんざりするか?」年齢だけは28だが、中身は10代のままなんでな。
「そんなことないよっ? ヤキモチなら、ちょっとかわいいなって……えへへ」

お前のそのふわふわした雰囲気といい、ゆっくりとした訛りの残る喋りかたといい、いつも笑顔で気遣いも満点、おまけに26歳とは思えないしっかりしたところもある。どう考えても伊織のほうが魅力的でかわいいんだが、口にはださないようにして正面を見た。俺から目をそらしたサラリーマンのおっさんがチラチラと伊織を見ている。まったく、どこにおっても人の注目を惹きつけよってからに。

「いくぞ伊織、もう着く」
「え、あと一駅あるよ?」
「ええから、はよ立ちんしゃい」

伊織の手を引いて立ち上がり、俺は乗車口の前まで移動した。もともとこういう、気の早いところがあるのは自覚しちょるが……なによりもこれ以上、中年のおっさんに伊織でいろいろ妄想されるのは勘弁だった。





到着したのは海辺の見える都内の大きな公園だった。伊織の職場でBBQ懇親会があるということで、俺はのこのことついてきた。彼女の職場の人間も家族や恋人を連れてくるそうで、「一緒に行かない?」と誘われて今日に至る。
この懇親会が決まってからというもの、今日まで、伊織はどこか憂鬱そうだった。そもそも気乗りがしないんだろう。出会ったときもそんな顔をしていたせいで、伊織が乗ってないときはすぐにわかる。あのときは、知らない顔が大勢いた飲み会だったから、今日よりも気分は低かったんかもしれん……そもそも酒が得意でもないのに、先輩に強引に連れてこられたと言っていた。が、それでも花が咲いたように笑う彼女に惹かれたのは俺のほうだ。
帰りがけに「本当はちょっぴり面倒やったけど、今日は来てよかった。仁王さんにも、会えたし」と言われてから数ヶ月、絶対に脈があると思ってようやく半年前に口説き落とせた伊織は、とにかく優しい。

「あ、佐久間さん見ーつけたー!」
「あ、先輩……お疲れさまです、おはようございます」

待ち合わせの場所まで手をつないで歩いていると、うしろから声がかかった。その声がした瞬間に、ぱっと伊織が俺から手を離す。まさに、見つかったと思ったらしい。
そうか、噂の先輩かとしみじみ感じて振り返ると、ニヤニヤが崩壊しかけたような顔の女がそこにいた。さっきのサラリーマンよろしく、俺をじっくりと見ながら品定めしている。こうなるとなんとなく予想がついていたから、俺はいつもよりも数倍、見た目に気を遣った。

「ねえ佐久間さん、この人が彼氏? 彼氏なの?」
「あ、はい……一応」
一応ってなんじゃ……。「どうも、仁王雅治です。伊織がいつもお世話になっちょるそうで」いろんな意味で。と、心のなかでつぶやく。
「やだ礼儀正しいっ! カッコいい彼氏だねえー、もう、うらやましいよー。会社でもモテモテなうえに、プライベートでもこんなイケメンの彼氏がいるとかさあ、神様って不公平だよねー。やっぱり女子力が高いから? いつもネイルも綺麗にしてるもんねー、会社にもそういうグッズ持ってきてよくやってるもんね、メイクもナチュラルに見せるの上手だし、モテる要素がとにかく入ってるもんね佐久間さんは!」
「いや、そんなことないですよ。先輩だって、いつもオシャレじゃないですか」
「やだちょっと嘘ばっかり!」
「本当ですよ? いつも綺麗だなって思ってますよ?」

ようしゃべる。嫌味が混ざっていることも、一発で理解ができた。滅多に口にしないが、伊織はこの先輩の愚痴をこぼすことがある。とにかく、言葉の角々に微々たる圧を感じるそうだ。どこが微々たるだ。こんなにわかりやすいっちゅうのに。俺の前で「会社でもモテモテ」と言いやがったうえに、メイクもナチュラルに「見せるのが上手い」だと? わざとらしい。
それでも笑顔を崩さない伊織は、立派だった。無理してる自覚もないんだろうが、この展開も安易に想像ができたからこそ、誘われた瞬間、俺はOKした。せっかくの休み、俺も伊織と一緒にいたかったというのは当然あるが、心身ともに忙しくなるんだろう伊織を、少しでも支えることができればと思ったからだ。

「とりあえずさ、料金あたしが先に済ませちゃうからさ、佐久間さん準備しててくれない? リアカーとか食材とか、あっち側にあるから、もうご飯もつくりはじめててよ」
「え、わたし、勝手にそれやっちゃっても、いいんですかね……?」
「えー? だって佐久間さん料理得意なんでしょ? 今日は当然、料理担当でしょー! すっかりお任せしちゃおうと思ってるからよろしくねー!」
「あ……あ、はいっ、わかりました」

先が思いやられるっちゅうのは、こういうことを言うんじゃろう。俺は素知らぬ顔をしながらも、伊織を手伝うために一緒に移動した。
困った顔で笑いながらも、伊織はテキパキと食材を受け取りリアカーに詰め込む。想像以上に大量だ。

「雅治、わたしも一緒に引っ張るから……ごめんね、大丈夫かな?」
「ええ、これくらいどうっちゅうことない」と、リアカーを持ち上げて引っ張った。見栄をはってみたが、鉄板がなかなか重たい。まあ、やれんことはないが。
「雅治、遊びに来たのに、ごめんね……ほかにも男の人いるはずだから、あとでもいいと思うのに……」
「ええよ。俺は今日こういう力仕事をするために来たようなもんじゃ。それにしても……いつもあんな調子なんか、あの先輩は」
「あー……ん、なんだろうね。ははっ。なんか、わたしのこと嫌ってるとかじゃないと思うんやけどね……んー、なんかね、いろいろ言ってくるんよ」

ヘニャヘニャと、また笑っている。まあ職場の人間関係にまで俺が口を出すことじゃないのはわかっちょるが、俺の最愛の人がいつもあんな扱いを受けているのかと思うと、いろいろと考えさせられるものがある。

「言い返したりはせんのか?」
「んー、根が悪い人じゃないっていうか、悪気はないと思うんよね」
「なに言うちょる。悪気しかないじゃろう」
「あー……はは。なんていうかね、悪気っていうか、ああいうコミュニケーションしか取れない人って、おるからね。あれが愛情表現かもしれないし、ね?」
「……まあ、そうやの」

伊織のこういうところが、俺は好きだ。人間への愛が深い。その優しさを俺にだけ向けてほしいと思うことも多々あるが、あらゆる人間に慈悲の心を持っているからこそ、伊織だとも思う。だからまあ……会社でモテモテっちゅうのも事実なんだろう。わかってはいたことだが、苦い気分にもなる。
ま、今日は俺が男だとわからせることができるんじゃから、ええけど。

「だから、大丈夫だよ。雅治」
「ん?」
「心配してくれてるんだよね? だけどわたしなら、大丈夫」
「……そうか。それなら、安心した」

指定されたエリアに到着する前の、人が少ない木陰。抱きしめるには最高の場所じゃっちゅうのに、重たいリアカーのおかげでなにもできそうにない。

「好きだよ、雅治ー」
「なんじゃ。なに甘えてきちょる」かわいいのう。人がおらんと見計らったのは、伊織もじゃったか。
「えへへ。自慢の彼氏だ」
「……俺も、伊織は自慢の彼女じゃき」

そんな甘ったるいひとときが過ごせたのは、この瞬間だけだった。





「佐久間さーん、僕、フランスパン買ってきてるんですよ!」

子ども連れの男がそう言って、バゲットをビニール袋から取りだした。奥さんも連れてくりゃよかったのに、子どもだけ連れてきたおかげでさっきから大暴れするキッズたちに振り回されている。

「あ、じゃあ佐久間さん、アヒージョつくってよ! できるでしょ?」さっきから酒だけ飲んではくだを巻いている先輩は、新しい缶ビールを開けながら言った。やれやれ。
「はい、つくれますよー。そうですね、せっかくだからつくっちゃおうかな」

鉄板の前で、いまは肉を焼いとる最中じゃっちゅうのに、伊織は相変わらずニコニコと対応する。人につくって配ってばかりで、さっきからなにも口にしていないようだが、誰も「座って食べなよ」と言いださない。どうなっちょるんじゃ、この連中。

「魚介もあったよね食材のとこー。ちょっと誰か買ってきて? あ、でもつくる人が見に行ったほうがいい? 伊織ちゃんどう?」

伊織の上司の恋人だと紹介されていた女が、すっかり偉そうになって指示してきた。付き合っている男の身分が上だからといって、自分まで身分が上になったように勘違いして尊大な態度をとるバカ女が、俺は昔から大嫌いだ。不快感しかない。
お前さっきから、誰の女に向かって口を聞いちょる。

「あ、そう、そうですよね。わたし行きます!」
「わー、さすが佐久間さん、気が利くー」

まったく注意をせん男の上司にも腹が立つが、伊織も伊織だ。このバカ女、確実に年下じゃっちゅうのに。俺が体育会系だからそう思うのか? 初対面でこの態度のデカさ、伊織は気にならんのか。

「ええよ伊織、俺が行く。待っちょって」即座に席を立って、伊織に向かってそう告げると、彼女は困惑した。
「え……だけど雅治」額の汗を拭いながら、不安そうだ。ああ、そんな表情をするか……お前も相当、疲れちょるのう。
「やだ彼氏さん優しいー! いいなあー佐久間さんはー!」

最後にまた先輩の嫌味が飛んできて、やかましい、と言いたいのを我慢した。少しでいいから伊織に休んでほしい。まだ食事にありつけてないから、腹も減ってるはずだ。ちゅうことは、実は機嫌も悪くなっちょるんじゃろう?
そう思って、急いで食材を買って戻った俺だったが、一方の伊織は、今度はカセットコンロに火をつけて、パスタソースをつくりはじめていた。

「伊織、買ってきたぞ」
「あ、ありがとう雅治。そこ、置いてて」
「ん……ちゅうか、今度はパスタか?」小声で聞くと、ふにゃっと笑いながら、頷いた。
「先輩がね、トマトパスタ食べたいからって、せっかくトマト買ってきたって……」どうせまた、料理が得意なんだし、とか言われたんじゃろう。腹が立つが、ここで俺がキレるわけにもいかんし……。
「……アヒージョもこれもつづきは俺がやる。伊織、少し座って、食べんさい」
「いいのっ! ね、雅治が座って? 嬉しいけど、その……」チラチラと、伊織は背中のほうにあるテーブルを気にした。「大丈夫だから」

また、困ったように笑った。
テーブルには、いい大人が何人も座っている。ちゅうのに、みんな酒を飲んで騒いで、誰も伊織を気にしていない。職場でも、いつもこうなんだろうか。面倒ごとは伊織が任されて、「得意なんだから」と押しつけられる。みんなが、そうして伊織の優しさに甘えている。
先輩の視線は、たしかに俺と伊織にちょくちょく向けられていた。要するに、俺が伊織をかまいすぎると、またあとでなにを言われるかわかったもんじゃないっちゅうことだ。

「……わかった。じゃあせめて、バゲットは俺が切っちょいちゃる」
「ん、ありがとう」

俺の目を見ずにそう言った伊織も、そろそろ本格的に限界がきていると感じた。





俺の家に帰ってすぐ、伊織はドタッとソファに寝そべった。電車のなかでも肩に頭を預けてずっと寝ていたし、クタクタになっていたのはわかりきっている。同じ金を払ったっちゅうのに、たいして食べてもいない。まったく損な女だ。
俺はそっと、その頭をなでてやった。

「疲れたじゃろ、大丈夫か?」
「雅治ー……今日はありがとう」

ぷくっと頬をふくらませながら言うにしては、かわいい言葉だった。機嫌は悪いが、俺に八つ当たりするわけにもいかん、が、甘えたい。そんな年下のいじらしさが見え隠れして、愛しさが氾濫していく。
手をひいてそのまま抱きしめると、ふぁ、と女らしい声がもれていった。

「もう思う存分、甘えてええぞ? 腹、減ったじゃろ。なんかつくっちゃる」
「え、本当? でも……雅治も疲れてない?」
「何度も言うが、疲れちょるのはお前のほうだ。シャワーあびてきんしゃい。簡単なもんじゃけど、用意しちょくから」
「へへっ。嬉しい。ねえねえ、じゃあわたし、雅治のピリ辛焼きそば食べたい」
「おう、あれ、気に入っちょるんか?」
「ん!」
「そうか。わかった。それなら焼きそばにする」

伊織をシャワーに見送って、俺はキッチンに立った。これほど好きな女に期待されたら、自然と笑みがこぼれていく。昔、弟にもよくリクエストされて嬉しかったが、その何倍も顔がニヤけそうになる。さて、今日も腕をふるうかのう。
伊織が風呂場でドライヤーをかけはじめたのを見計らって、俺は麺を炒めはじめた。アツアツなのを食べさせてやりたい。

案の定、予想どおりに食卓についた伊織は、嬉しそうに焼きそばを頬張った。唇の端に少しだけソースをつけているのを指で拭ってやると、腹が満たされたからなのか、その指を俺が自分で舐めたからなのか、伊織の機嫌はすぐによくなって、俺もホッと安心した。だが、気になることは聞いておいたほうがいい。なにかあるなら、俺が守ってやりたい。

「のう伊織、いつも、あの調子なんか?」
「んー?」
「職場で。今日、お前のこと誰も気にしちょらんかったじゃろう?」俺が心配しちょった同県出身の男と話す暇もないくらい、みんなに世話を焼いていた。
「いやあ……わたしも頼られると、いいよって言っちゃうしね」
「……嫌なときは、嫌って言わんと伝わらんぜよ?」
「そう……だよねえ。ふふ。でも職場だから、ちょっと我慢しちゃうとこあるかも」

これまでもずっとこうして、人と向き合ってきたんだろうなと感じる。付き合ったころにしたデートでも言っていたが、伊織はいつも、「ゼロ」か「100」だ。100になってようやく気づく。それまでにイライラはしても、自分で自分をごまかしている。「まあいっか」と相手を立てて、自分をあとまわしにする。
だが、いまは俺が傍にいる。彼女を甘やかすのは、むしろ、俺しかおらんわけじゃから。

「伊織、これ、飲んでみるか?」
「え、でもこれお酒だよね……?」くんくんと、グラスの中身をかいでいる。まるで子犬だ、かわいすぎる。
「ん、じゃけど、そんなに酒は入れちょらんし、甘いから飲みやすいはずだ。こういうの、つまみにどうだ?」
「え……あっ! チョコー!」

ちょっとした高級チョコを目の前に置いてやると、甘いものに目がない伊織の目がキラキラと輝きだした。こういう顔を見せられると、朝からずっと抑えてきた欲望がじわじわと腹の奥からせりあがってくるんだが……。そんなこと、伊織は一向に気づいちょらんからまた、憎たらしい。

「お酒とチョコって合うの?」
「ん。これジン・フィズじゃから、甘いしのう」
「ジン、フィズ? フィズってなに?」ジンはわかる……とおそるおそる口につけて、伊織がそっと俺を見あげる。
「フィズは酒とソーダと砂糖とレモンジュースとか混ぜてつくるカクテルのことを言うんよ。じゃけど、俺はライムが好きじゃから、ライムを絞って入れちょるだけやけどのう」
「へえ。フィズ、フィズっていうんだね」ちょん、とまた口をつける。
「ソーダのなかの炭酸ガスが水から離れるときに音がするんよ。その音の擬音語を表現したのがフィズの由来らしい」
「へえ! 雅治、物知り!」
「たまたま知っちょるだけ。で、チョコを口に含んで溶かしながら飲んでみんさい。もっと美味い」

俺はチョコをひと粒とって、伊織の口に放り込んでやった。素直にぱくっと食べながら、またちょん、とグラスに口をつける。
が、伊織は「んん?」と言いながら首をかしげた。口に合わんかったんじゃろうか。

「なんか、うまくできない。チョコ、すぐ食べちゃった」
「ははっ……お前らしいのう? 器用にいろいろこなすわりに、急に下手になる」
「えへへ。下手っぴだった。雅治どうやって飲むの? やってみて? 教えて?」

腕に巻きつくように、伊織が甘えてきた。かわいい、と懲りもせずに思う。この姿をひとり占めしている優越感が、全身を襲ってきた。機嫌もよさそうじゃし、今日はたっぷり、かわいがりたくなる。
もう一度、チョコをひと粒とりあげた。口のなかに放り込んで、ゆっくりと溶かしていく。

「これくらいじゃ」
「うんうん、溶けてる」

チロッと舌をだして見せながら、フィズを同じように口に含む。そのまま、俺は伊織の顎を持ちあげた。「えっ」という声を無視しながら、強引に口づけて、伊織の舌を割って口のなかにあるチョコもフィズもそのまま流し込むと、驚きで開かれていた目が、とろん、と俺を見つめた。

「ん……雅治」
「美味い、じゃろ……?」
「ん……うん、美味しい」
「まだ、ほしいか?」
「……雅」
「俺は、ほしい」

そのまま深く口づけた。ちゅる、と音を立てながら伊織をソファに押し倒すと、火照った吐息が肌に当たる。耳のうしろをなぞっていた指先を伊織の唇までそわせながら、口のなかに指を挿れた。

「ン……ふぁ」

舌の上をまさぐって指を抜き取ると、伊織の唾液が指先につながる。その指先を、俺は自分の口のなかに挿れて味わうようにしゃぶった。

「や、やだ……恥ずかしい」
「なにが恥ずかしい? 俺もほしいって言うたじゃろ?」

俺の「ほしい」は、いつもの合図だ。それをわかっている伊織も、今日は愛されたかったのか、頷きながら素直に首に手を回してきた。
パチパチと、胸のボタンをはずしていく。透きとおるような肌が赤みを増して、ブラジャーの青が余計にその官能を引き立てた。盛りあがっている胸の谷間にキスをしながら、俺がブラジャーをゆっくりと下にずらすと、はみでた乳房の先が指にあたる。ピクッと揺れる肩がヴァージンのようだが、それが逆に妖艶で、どんどん俺を誘惑していった。

「あ、ん……」
「まだたいしていじってもないのに、すっかり体が反応しちょるのう」
「だって……その前がエッチなんだもん、雅治……」
「伊織のエッチな顔を見ちょると、我慢できんのよ」
「う……あっ、んんっ」

胸の頂きを口に含んでころがしながら起きあがらせて、スウェットパンツのうしろのほうに手を入れていく。中心の割れ目に置かれている頼りない1本の細い線を中指でゆっくりとなぞりながら、思わずため息が漏れた。
この女は、見た目がかわいくて穏やかなくせに、下着だけはいっちょ前にエロいのを履いちょるからダメだ。はじめてつながったときもそうだったが、こっちは毎回、腰砕けになる。

「もう脱がせるぞ?」
「ん、あっ……雅治」
「今日は何色だ? 上と合わせちょるんか?」
「う、うん……はあ、あっ」

ちゅくちゅくと音を立ててキスをしながら、伊織は少しだけ腰を浮かせた。
そのまま一気にスウェットを脱がせると、ブラジャーとセットなんだろう綺麗な青い下着が俺を見あげる。
こいつは本当に……悪い女じゃ。

「はあ……まる見え、なんじゃけど?」
「だ、だってそういう下着やから……」

どうなっちょるんじゃ、まったく……前面が総レースで、肌が思いっきり透けて見える。まっさらに処理してある伊織だからこそ綺麗に映えるその下着に、俺の欲望がまた硬くなっていく。
よくもこんなに、俺を狂わせてくれるのう……耐えれそうにない。

「……ヤラしすぎんか、お前」
「ま、雅治だって、エッチじゃん……」
「お前に会ってから、もっとエッチになっちょる、こっちは」
「そんなこと言われても……あっ、ンンっ……」

余裕をもちたいが、うまく頭が機能せん。そのままもう一度、胸の先端に吸いつきながら、俺は指を下着の上に這わせていった。ぺったりと伊織の愛液が指についていく。これでも一応、布を隔てちょるっちゅうのに、もう、ぐちょぐちょじゃ。

「あ、ああんっ、雅治……っ、そ、いじわる、やだよう」
「こんな下着を選んじょってなに言うちょるか。もっと脚、開きんさい」
「はあ、あっ……ああっ!」
「そそる声じゃのう……舌、だして伊織」
「ん、んっ……んくっ」

控えめにだしてきた伊織の舌を吸いながら、下着の上からしつこく蕾をまさぐっていった。布を少しだけ避けて直接肌に触れると、当然のように花弁からあふれた蜜がとろっと俺の指に流れてきた。クチュ、クチュ、とイヤらしい音をたてながら、伊織がどんどん仰け反っていく。その美しさに、見惚れてしまいそうだ。

「あ、ああ……雅治っ」
「こんなに濡らして、かわいいのう、伊織」
「そ、そんなこと、言わないで……っ」
「何度でも言うちゃる。かわいいよ、伊織……濡れたとこ、舐めてほしいじゃろ?」
「う……雅治、いっつもそれ……もう……」

伊織は、いつものように潤んだ目で俺をじっと見つめた。これが何度やってもかわいいから、毎回でも言わせたい。伊織にねだられると、すっかり興奮しきった俺自身が、爆発しそうになる。

「せんでええんか? 好きじゃろ? 舐められるの」ぐっと中指を奥まで押しこんだ。伊織のナカがピクピクとうなりだす。これだけでイキそうっちゅうことか。
「はあ、はあ、ああっ……舐めて、ほしいよ」
「このまま? それとも直接しっかり、舐めてほしいんかのう?」
「も、うう、雅治……あっ、や、やだ、イッちゃう……!」
「ええよ……俺がイカせちゃる……」

かわいくて、そのまま頭を股に下げていった。布を隔てた状態で蕾の上を舌でなぞっていく。中指を何度も折りまげて、くちゅくちゅと音を激しくさせると、伊織の腰がピクピクと揺れはじめた。

「ああ、ああっ……イッ……あ、ああん……っ!」
「イッたか……ならこのまま、舐めちゃるよ」

イッたばかりで余韻に浸っている伊織の脚をそろえさせ、俺は下着に手をかけてじっくりと脱がしていった。
ツー……と引かれた自分の愛液に赤い顔をしながら、伊織は伊織で、ブラジャーのホックをはずしはじめる。その姿に魅了されて、あらわになった乳房に噛みつくようにキスをした。

「あ、ああっ……雅治」
「積極的でええことじゃのう……ここも、こんなに硬くしてから」
「も……そう、仕向けてるくせに……はあっ」指先で先端をつまんで優しく弾くと、ぷるぷると肩が揺れていく。
「かわいい伊織がいっぱい見たいんよ、俺は。ほら、もっとしっかり脚、開いて」
「雅治……その前に、電気……」
「ダメじゃ、消さん。しっかり見たいって、言うちょるじゃろ?」

はあ、と顔を両手で覆いながら、ソファに座った状態で、伊織が股を開いていく。なんだかんだと言いながらも、俺に従順な伊織にひどく興奮していく自分がいた。
その手をはぎとって、今度は唇に熱いキスを送る。唾液をたっぷり絡ませながらテーブルの上にあるチョコが目に入って、俺はもう一度、それを伊織の口に放り込んだ。

「ん……美味し……え、なんで?」
「少し溶かしたら、俺にくれ」
「え」

べ、と舌をだして待っていると、伊織はためらいがちに口を開いた。震える舌先が俺の舌先にくっついて、チョコが転がっていく。
羞恥に満ちた顔が、たまらない。どこまでもいじめたくなる。
俺はそのまま、伊織の股に顔を埋めた。チョコを、押しつけるようにして。

「えっ、ひゃっ、ちょ、雅治っ!」
「ン……たっぷり甘いの、送っちゃるから……」
「や、もう……ナカに入ったらどうすっ……!」
「そのときは俺が吸いとっちゃるき……」

俺の唾液と、チョコと、伊織の愛液が一緒になって口のなかに広がっていく。あふれる蜜も溶けたチョコも一緒に舌先を甘く刺激していくのがまた、たまらない。俺はぬるぬるとまんべんなく伊織の花弁を舐めまわしながら、蕾を指先で愛撫した。

「ああっ……んん、雅治っ……は、激しいっ」じゅちゅちゅ、と音が大きくなる。
「ん、はあ……いつもより甘いぶん、制御がきかんのよ」伊織の羞恥がいつも以上で、ちと、癖になりそうなくらいだ。
「やだやだ、わたし、また……うう、あっ」
「イったらええじゃろ? 我慢せんで、もっと鳴いてみんさいっ」
「う、ああ……あっ、あっ、や、イク、イッちゃ……ああっん!」

口のなかのチョコ味がちょうど消えかけたころ、伊織はまたイッた。
いよいよと、俺もようやく全裸になる。ゴムを装着しながら、少し伸びた髪の毛を結った。今日は燃えるじゃろうからのう……髪の毛が邪魔になりそうだ。

「はあ、は……あ、雅治……カッコいい」
「お前は死にそうなくらい、綺麗じゃ、伊織」
「そんなこと……」
「こんなにかわいいと、さすがの俺も不安になる。じゃから、もう俺から離れられんようになるくらい、ようしちゃるから」

言いながら、伊織の腰を強くつかんで、俺はそのままずぷっと、いきなり奥まで突いた。

「ああんっ!」

伊織の目が大きく見開いて、そのまま瞼が震えだす。
こっちもこっちで、あたたかい肉と熱に強く包みこまれて、頭がクラクラと、めまいを起こしそうだ。

「大丈夫か伊織……? まだはじまったばっかりじゃき」
「あ、ああっ……あっ、ううっ、気持ちい……雅治っ」
「奥までしっかり、やのう? はあ、伊織のナカ、俺も気持ちがいい」

押し倒す形になって、しっかりと手をつないだ。下になっている伊織は、このひとつになる瞬間、いつもじっと目を見つめてくる。それに狂いそうになる俺の気も知らんと……こっちが視姦しちょるつもりじゃっちゅうのに、いつもドロドロにさせられるのは俺のほうだ。

「伊織……好きだ」
「雅治……あっ、うっ……わ、わたしも、好き、すごく、好きっ」
「キスして……ほら、もっと揺れて……はあ、ンッ……」
「ンン……ああ、あんっ……雅治、ずっと……ああっ、一緒、だよね?」
「あたりまえじゃろ……お前ほどのええ女、俺が手放せるわけないじゃろ……は、ン」

ずちゅ、ずちゅ、と、俺たちのつながった音が部屋中にひびきわたっていた。
肌がぶつかりあう音よりも、その水音のほうが大きくて、こうして揺れているあいだ、ずっとキスをしていても、いちばん耳に残っていくのは、それだった。

「あ、はあっ……恥ずかしいっ……音が、すごくエッチ……はあ、ああっ、んっ」
「いつもより、濡れまくっちょったからの……俺とこうなること、期待しちょったんじゃろ?」チュ、チュ、と何度も舌を絡ませながら、俺は笑った。本当は、もう笑える余裕もないくらいなんだが。
「だって、雅治、今日……ずっと、優しくて……んんっ、ああっ……いつも、優しいけど……はあ、ン、あっ」
「今日は伊織に、何度も惚れなおしたからのう……」
「え、あっ……そ、ああっ、ンッ、雅治、あ、気持ち、い……っ」
「んっ……愛しちょるよ伊織……じゃから思いきり、甘えさせたかった……んっ、ああ、伊織……」

耳もとでささやいた瞬間のことだった。
伊織のナカが、ぎゅううっと締まって、俺を骨の髄まで絞りとろうとする。
まずい……さっきからそれなりに激しく動かしていたせいで、イキそうになっちまう。

「ああ、そんなに締めなさ……ンッ、ああっ」
「好き、雅治……愛してるっ、あ、あっ……奥、ダメ、イッちゃ……」
「ンッ……ああ、俺もダメだ、我慢……できんっ」

うっとりとした目で愛してると言われて、完全に制御が効かなくなった。
かわいい、俺だけの伊織……ずっとこの腕のなかで、俺が一生、甘やかしていきたい。
激しく腰を振って、伊織の嬌声がより甘美なものに変わっていく。強く抱きしめて、何度もキスをしながら、俺たちは同時に果てていた。





「今日はちょっと、びっくりしちゃったな……」
「ん? なんのこと言うちょ……ちょ、やめんしゃい」

ベッドに移動して、2回めを終えたときだった。伊織が俺の腕に頭を預けながら、指先で乳首を突いてくる。
吹きだすように笑うと、伊織も一緒になって吹きだした。

「雅治は、おっぱい感じない?」
「感じるが、最中じゃないと妙な気分じゃ」
「じゃあ、あとでチュッチュしちゃおうかな……」
「ん? 仕返しのつもりか?」

びっくり、がなんのことだったかと一瞬は迷ったが、おそらく、あのチョコプレイのことを言っているんだろうと推測した。まあ、びっくりするだろうな、普通。

「なんであんなことしたのー?」
「伊織、チョコが甘くて好きじゃろう?」
「うん、大好き」

にこっと目を細めるその笑顔に、俺も大好きだ、と思わず口走りそうになる。堪えながら、自分の唇を舐めた。キスのしすぎで、すぐに乾燥する。まあそれなら、ずっとキスしちょけばええだけか。

「俺にとっては、伊織がチョコみたいなもんなんよ」
「えっ……?」
「とろとろじゃき。熱くて甘くて、今日はよう音もでて、最高じゃ」
「ちょ……もうー、最低っ」

笑いながら抱きしめて、また覆いかぶさる。首筋に顔をうずめると、んん、とすっかりその気になった吐息にドクン、と胸が波打った。

「はあ……伊織、今日は朝までずっと、溶けあうか?」
「え……そんなこと言って、大丈夫かな雅治……? も、もつ?」そんなに若い? と茶化してきた。
「ほう? お前も挑発がうまくなったのう……おしおきじゃの」
「えっ、ひゃあっ! あ、ちょ、雅っ……ン、もうっ」

朝までたっぷり愛したあとは、たぶん、この箱のなかのチョコが全部なくなっている。
そんな想像にニヤリとしながら、俺は伊織のフィズに酔いしれた。





fin.
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