ざわざわきらきら_12


12.


柔らかくもねっちりとした感触が唇に何度も落とされる。おまけに、チュ、チュ、という音と、「ん、はあ」という吐息も聞こえていた。
あ、これ、なんか濃い目のキスだ……ぼんやりわかりはじめて、ようやく目が覚める。
というか、上半身だけじゃなく、足もめちゃくちゃ絡まってる……。

「ンン……侑士、さん?」
「あ……堪忍、伊織さん。起こしてもうた?」

ほとんど覆いかぶさって、体を絡ませて、こんな粘着質なキスをぶちゅぶちゅ何回もしておいて、「堪忍、起こしてもうた?」は正気だろうか。と、少し言いたくなったけど、幸せなのでやめておいた。
なんだかんだ言いつつ、右手はクッションの上に丁寧に置かれていた。侑士さんは大胆だし強引だけど、律儀な人だなあと、笑いそうになる。そういうところが、好きなんだけど。えへへ。
にしても、いつまでつづけるんだろう、ずっとンチュンチュいっている、この人。

「ン……侑士さ……ちょ、ストップ」
「ん? なんでえ?」
「ん……少し、背伸びとか、呼吸もしたいですし」

というか、タオルケットがアンダーバストまで下がっていて、まる見えだった。さりげなく胸の上までタオルケットをかける。
恥ずかしい……カーテン越しとはいえ、朝の太陽に照らされちゃっていた。

「ふうん? ええよ。ほな終わったら教えて?」

と、言いながらキスの標的が首筋に変わった。しかも、せっかく胸の上まであげたタオルケットをやんわりと下げられ、大きな手に乳房を包まれた。
ちょっと……嘘でしょ?

「あ……ちょっと、侑士さん」
「あ、終わった? ほなつづき……」
「ン、ちょ……」

今度はしっかりと舌まで絡めるキスが降ってきて、おまけに親指で、完全に突起が愛撫されはじめていた。やだ、気持ちい……じゃなくて! も……これ男あるある! なぜ男という生き物は、朝からしたがるんだっ! 寝起きなんですけど!

「侑士さんっ、ま、待って、ちょっと、なにしてるの?」
「なにって……俺、昨日おあずけくらっとるし」いつもヤラしい声だけど、一段とヤラしくなってるっ。
「おあずけって、したじゃないですか……」
「そのあともほしかったのに、伊織さん嫌がったやん……俺、あんなんじゃ足りひん」
「ひゃっ……! あ……ンッ」

突起を愛撫するのが、親指から唇に変わった。侑士さんの長めの髪がファサッと胸もとに寝そべっていく。足りひんって……あんな疲れるエッチを、また朝からしろって? ていうか、こうなるたびに2回も3回もしろってこと!?
ああああああ、存在自体がエッチな人だとは思っていたけど、見た目そのまんまじゃないか忍足侑士……! わたしたち昨日やっと結ばれたばかりなのにっ。いや、だからこそってこと? わからなくは、ないけどさ……!

「侑士さ……ンッ、ホントにするの……?」
「やって伊織さんが好きなんやもん……したい」
「う……」ずるい、ずるすぎる。
「俺とは嫌なん伊織さん? ここ、とろとろんなっとるけど?」

ごく自然と下着のなかを這っていく長い指先に、もうほとんど降参しかけてしまう。

「ああっ……ン、もうっ……だって、朝、ですよ?」
「ええやん、どうせ俺ら仕事は自由なんやから……な? 好き。伊織、大好きや、かわいい……」
「ン、あっ……はあっ……も、ああっ」

結局、返事はまた落ちてきたキスでぐちゃぐちゃにされて、答えさせてもらえなかった。
朝から疲れちゃう……とは思いつつも、侑士さんに愛される喜びに、わたしの体は抵抗しない。ずっとこうしたかったから、無理ないのかも。
こないだまであんなに喧嘩しまくっていたのに、嘘みたいだよね……。

「ン、侑士さん……好き」
「はあ……伊織さん、俺も、愛しとるよ……」

いつだって甘ったるい侑士さんの愛に溺れて、このさきこうしてずっと、うっとりな毎日を送れちゃうのかな……。





「全然あかん。やりなおし」

なんて考えは、甘かった。
侑士さんとの熱い夜を終えてから、10日目。なう、事務所だ。

「ええっ! これ、つくるのに3日もかけたんですよわたし!?」
「何日かかってようが関係ないわ。あかんよこんなん。そこらへんにある絵本と変わらんやないか。2作目はもっと派手さが必要んなる。絵本業界は競争が激しいんや。もっと、あっと驚かせんかい」

このクソ野郎……。という言葉を、なんとか飲み込む。
デビューが決まってから侑士さんとふたりで翠松書房に行ったさい、『ざわざわきらきら』は最低限の編集で校了とし出版することが決まったのだけど、さっそく2作目、3作目の構想を練りはじめてほしい、と山田編集長に言われた。
もちろんわたしの右手が完治するまではダミーも描けやしないが、いざ描けるようになったとき、すぐに形にできるように準備はしておけ、ということだった。
というわけで、数日前からわたしは左手をつかってごく簡単なダミーを描きつつ、文字が書けない部分はパソコンでポチポチと字コンテを作成している。
それだってすごく時間がかかるのだ。そんな努力の結晶に、侑士さんはあっさりと、いつものように赤ペンでバツをつけた。

「侑士さん厳しい! 全然、優しくない! わたしの彼氏なのに!」
「俺はいま伊織さんの彼氏やなくて、編集者やの。アホなこと言うとる暇あったら、はよなおせ」

この人の編集者魂には、ある意味、恐れいる。ホント、この時間が憎たらしいっ。
いつも超優しくて甘々な侑士さんは、いったい誰なの!? というくらい、編集者になると目つきまで変わって、口うるさく、嫌味ばっかりで、重箱の隅を楊枝でほじくるようなフィードバックばっかりしてくる!

「なおしようがありません! だってこれ十分、面白いもん!」
「俺がおもろないって言うとんねん。覚えてないんか? 俺は読者の代表や。そんな作者のエゴ作品ばっかりつくって売れるわけあるか。センスも骨折しとんちゃうか。ほら、フィードバックしたとこ、はよなおせ」おい、いま言わなくていいこと言ったな!?
「侑士さんのセンスがおかしいってことはないんですか? この展開だってこの展開だって胸アツでしょう!? 大人どころか子どもだって喜びますよ!」
「俺のセンスはお前より絶対に上じゃ。こんなもん子どもどころか大人でも喜ばへん。ええか伊織さん? 伊織さんは、フィードバック慣れしてなさすぎや。こんなんボロクソに言われて当然やねん。あと、つくった直後は自分の作品への客観性がないもんやねん。せやから俺が、客観的に指摘しとるの。はよなおせ」

ああもう、最後に絶対につく「はよなおせ」が腹立たしいったらありゃしない!
めっちゃくちゃ自信あったから余計にムカつく! クリエイターでもない男になんでここまで言われなきゃならないのかっ!

「侑士さんのバーカ! アーホ!」
「はいはい、気が済んだ?」
「彼氏のくせに!」
「いまは彼氏やなくて編集者やっていうとるやろが。あと、彼氏やからって甘やかすと思うな。はよなおせ」
「ええ、ええ! たしかに逆に厳しいくらいですよね!」チクショウ……。なにか言ってやらないと気が済まないっ。「あ、じゃあいまなら浮気してもいいんだ!」

あっかんべー! と言わんばかりにわたしがそう言うと、侑士さんは目を一直線にしてじっとりとわたしを見据え、大きな、それはとても大きなため息を吐いた。

「はあ……ガキみたいなこと言うてないと仕事せんかい。はよなおせ言うとるやろっ!」

結局、怒鳴られてしまった。うう……悔しい。ホントに、すごく自信作だったのに……。
わたしのかわいい侑くんがここにはいない。あともう少し時間が経てば出てくるはずだけど、少なくとも、この瞬間はいない……。

「うう、わかりましたよ……侑士さんのバカ」

ダメ出しが嫌なわけじゃないけど、ちょっとくらい褒めてくれてもいいのに……。「伊織さんよう頑張ったね。せやけどここは違うかなあ?」って、それだけで気持ちよく作業できるのに。侑士さん、全然、優しくないんだもん……。ほかのときは極上に優しいのに。いつも好き好き言ってくるくせに。混乱するよ……。
しょんぼりと背中を向けつつ、わたしは自分の作業机の上にある時計を見た。怪我が完治するまでの作業は朝の10時から17時30分までと、侑士さんにうるさく言われている。時刻は16時53分だった。はあ……まだあと40分もかわいい侑くんには会えない。
ますます、しょんぼりとしてしまう。
首を限界まで折り曲げてぶすーっとしたまま、3分くらいが過ぎた。そろそろこの重たい頭をあげて描きなおさないと、また侑士さんに怒られる……そう、思いはじめたときだった。

「ああ、もう……機嫌なおしいや」
「えっ……」

ふんわりと、あたたかい腕がわたしの肩に回ってきた。侑士さんが、うしろから抱きしめてきたのだ。うっかり、泣きそうになってしまう。アメとムチが激しい。

「……いまは編集者じゃ、なかったんですか」

泣きそうになっていることをバレたくなくて、また、わたしの天の邪鬼が発動した。
はあ、と耳もとでため息が聞こえてきた。面倒くさい女だって思われてるだろうか。
だって侑士さんはふたつの顔を持ってるかもしれないけど、わたしは侑士さんにひとつの顔しか持ってないんだもん。絵本作家やってるときだって、侑士さんの彼女だもん……。

「うっさい。いま彼氏」
「……ずるい」とか言いつつ、顔がニヤニヤしてしまった。ああ、大好き。「侑士さん……やっぱり優しい」
「まったく……調子ええことばっかり言いやがって」
「へへ。だって、嬉しいんだもん」

回っている手で、わたしの髪をなでてくれる。きゅん、として、侑士さんの腕に顔をうずめるようにして、それをぎゅっとつかんだ。侑士さんのいい香りがただよって、わたしの体が喜んでいる。

「……もうちょい頑張れるか? 気楽にやってええから」
「うん……頑張る」
「ん、ええこやな。こっち向き?」

言われたとおりに顔を右に向けると、優しいキスが何度も落ちてきた。はああ……頑張れる! 頑張れるよう侑士さん! 最初からそうしてよ!

「侑士さん……好き」
「俺も伊織さん好きやで……せやからごほうび」

今後は、チュチュチュチュチュチュ、とまるでキツツキのようなキスが落ちてきた。侑士さんは、バードキスをよくしてくる。それはわたしたちの大切なスキンシップのひとつだった。お互いがくすくす笑いながら、何度もくり返される。

「ふふっ、くすぐったい……」
「くくっ。やっと笑顔んなったな?」
「ん……ありがとう侑士さん」
「ええよ。な、伊織さん。今日も俺の家、泊まらん?」
「え、今日も?」
「ええやん、どうせまだ仕事は休憩中やろ?」
「そうだけど……」

このところ、着替えを取りに帰っているだけなのですが、わたし。
侑士さんに抱かれてから今日で10日目。わたしは毎日、侑士さんの家に泊まっている。
そして異常かもしれないが、毎日、抱かれている。誤解しないでほしいのですが、こんな交際ははじめてです……って、誰に言い訳をしているんだろうか。

「今日も伊織さん、俺にちょうだい? ええやろ?」

わたしの右手への心配はどこにいってしまったんだろうか。
そうは思いつつも、侑士さんのお誘いは断れない。というか、全然、断りたいと思わないから、わたしもどうかしてるんだろう。もちろん月のものがきたら断るつもりだけど、毎日みだらなことに耽っているからこそ、編集者のときの変わりようが怖い、というのもある。
さっきまであんなに厳しかったのに、突然のおねだりも上手なんだから侑士さんってば……。
少し恥ずかしくなりながらも、こくんとうなずくと、侑士さんは嬉しそうに笑った。

「ほな、あと30分やな。伊織さんちょっと煮詰まってきとるから、テレビでも見ながら気楽にやり。俺も30分で仕事かたづけるわ。はよ帰って、買い物して、ふたりで風呂入って、ご飯食べよ」
「はーい」

時計を見ると17時になっていた。お風呂の前にだけ「ふたり」とついていたことには気づかないふりをしながらテレビをつけると、跡部財閥のニュースの続報が流れてきた。
今週の頭からどのワイドショーをつけても、この報道ばかりだ。わたしはまったくの無関係者なのだけど、これにはいささか、うんざりしている。
どうやら跡部財閥の御曹司である跡部景吾とかいう人が、跡部財閥グループ会社で働いていた過労死遺族に個人的に慰謝料を3億も支払っていた、ということらしい。でもそれが、そんなに大ニュースにするほどのことだろうか。その3億は、跡部景吾さんが遺族女性を口説き落としたくて支払ったものだと言われている。それって要するに、3億つかって女性を口説いたってだけでしょう? 単純にうらやましいし、口説くのにお金を使うのなんて、額が違うだけで庶民の男性たちだって普通にやっているじゃないですか。
だけど、世間は厳しいのなんのって。
マスコミは、まるで誰かさんのように重箱の隅を楊枝でほじくるような報道をくり返し、庶民感情を逆なでさせて喜んでいた。
そもそもスケールが大きすぎる話だ。だからこそ、庶民のひとりとしてはずっとポカンとしているニュースなのだが、その後の中継に、わたしはもっとポカンとすることになった。

「えっ」
「ん?」

テレビに女性が映っていた。跡部景吾とかいう人の下心で無理くり3億つかまされたとされている遺族女性だ。彼女は、どういう経緯か知らないが跡部景吾さんと連弾して歌った動画が報道前から拡散されてバズっていた。しかもその歌が抜群にうまかった。いまや、一躍のときの人である。
その彼女が、報道ではモザイクをかけられていた顔をさらけだして、記者会見を開いている。その姿に驚きの声を先にあげたのは、侑士さんだった。

「どうかしたの侑士さん」
「いや……これ、どうなってんの?」
「さあ? なんか、記者会見らしいですよ」

と、わたしが答えた直後、テレビのなかの女性は言った。
『あの3億円の慰謝料は、わたしが跡部景吾さんを脅して巻き上げたお金です』
これには思わず、わたしも「えっ」と声をあげて、もう一度テレビに向き直った。
侑士さんが仕事の手を止めて、テレビの前まで歩いてくる。ワイドショー、てんで興味なさそうなのに。一緒にいるときはいつも夜だし、たいてい映画とかドラマとか見てしまうのでこの報道を一緒に見たことはなかったけど……侑士さん、この話題には興味があったんだろうか。

しかも、「うわ……跡部、大丈夫なんかこれ……」と、つぶやいていた。

関西の人だなあ、と、思わず笑いそうになる。
なぜだろうか、関西の人はまったく会ったこともない人なのに、自分が一方的に知っているという理由で友だちみたいに話に出すことがある。
侑士さんにもそういうところがあるんだと思うと、少しかわいく見えてきた。

「ふふっ」
「え、なにがおかしかった?」
「いや、侑士さん、跡部景吾って人のこと友だちみたいな言い方するから、面白いなあって」
「まあ、友だちやからなあ、跡部は」

さらっと流されるように言われたそのボケに、なんてツッコむべきか考えながら侑士さんの顔を見ていると、ツッコむ気力が失せてきた。
わたしと目も合わさずそう言った侑士さんが、テレビを真剣に見ていたからだ。
この人が真面目な顔してボケるときはもっとわかりやすいし、わざと気取っていたりするんだけど。え……? と思う。もしかして、ボケてない?

「嘘や絶対……跡部がそんなことするか」
「ちょ、待って」

テレビに向かって話している侑士さんは、おじさんのようなひとりごとをくり返している。その内容がボケの延長ではなく、ごく自然と口に出しているものだから、ますます本当に友だちっぽい。

「ひょっとして、跡部をかばってんのかこの人……」そしてまったく、わたしの話を聞いていない。
「侑士さん……ねえ」
「ん? ちょっと待って、これ聞いとるから」記者会見に夢中だ。
「跡部財閥の御曹司のお友だち、なの?」
「え? ああ、うん。そやねん」
「ええっ!?」
「うわっ、びっくりした……伊織さん、シー。聞こえへん」
「あ、はい……すみません」

仕方ないので、心のなかで叫ぶことにした。
ええ!? 跡部財閥の御曹司の友だちなの侑士さんって!? 跡部財閥ってものすごい金持ちじゃなかったっけ。いや、そりゃそうか。だって財閥だもんね。待って待って、その御曹司のお友だちって、どういうこと?
ああいうボンボンの友だちって、こんなに普通に歩いてないでしょう!? なんかこう、もっとハワイとかで女はべらせてブイブイ言わせてるような男ばかりじゃないの!?

「うわあ、これはすごいことんなったな……」
「すごいお友だちがいるんですね、侑士さんは……」
「え? ああ、まあ、たまたまな」

わたしの心の叫びをよそに、侑士さんは結局17時30分が過ぎてもテレビを観つづけていた。もちろんわたしも観ていた。おかげで、だんだんと心の叫びも冷静になっていく。そして侑士さんがちょこちょこ発するツッコミで、この一連のニュースが妙なことは、なんとなくわかりはじめた。

「じゃあ侑士さんの見立てでは、侑士さんのお友だちとあの女性は、本当は好き同士ってことですか?」

ひととおり記者会見を見終わって、わたしたちは車に乗り込んだ。
いつものように、侑士さんのマンションへ向かう前に、近所のスーパーへの道のりを進んでいく。

「たぶんなあ。まあ最近、跡部と連絡も取ってないから詳しいことはわからんけど。跡部ってアレで、正義のために動くようなヤツやから。女を口説くのに金でつったりせえへん……ちゅうか、そんなことせんでもアホほどモテよる」
「はあ……なるほど」

それは見ていてなんとなくわかる。跡部景吾さんは、どのワイドショーで見ても、どんな写真を使われていても、すんごくイケメンだ。
侑士さんもアホほどモテる人なのに、その侑士さんにアホほどモテると言われるということは、アホの最上級でモテるんだろうなと思う。まあ、お金持ちというだけでモテるうえに、財閥御曹司、あげく正義のために動くような性格の持ち主で、あれほどイケメンなら無理もないかもしれない。わたしはもちろん、侑士さんのほうが好きだけど。きゅん。

「せやから、連日の跡部批判の報道、おかしいなあって思っとった。そもそもが嘘なんちゃうかなって思ってたけど、今日になってあの女の人やろ? でもあの人が言うとることも、ありえへん」
「そうですか? なんとなく、そういうこともありそうだと思ったけど」
「いやいや……よう聞いたら話むちゃくちゃやったで。それでも嘘っぽくないっちゅうのはすごいな。せやから、あの人たぶん跡部をかばっとるんやわ。最初に流れてきたおかしな跡部の噂も、跡部があの人をかばっとったんやろ。さっきの記者会見で、確信したわ。そもそもバズッとった動画がもう、めっちゃ愛し合っとったもんな」侑士さんも、あの動画は見ていたらしい。
「じゃあ、あれ全部、演技ということですか?」
「夢がミュージカル女優なんやろ? やりかねんよな。ものすごい演技力や」

だとしたら、本当にすごい。女優さんって現実世界で演技をすると、あんなにすごいんだろうか。いや、あれがそのへんの女優にできるとは思えない。バックにすごい演出家がついてたりして。だってさっきの記者会見は誰がどう見ても、ぶっとび女そのものだった。だから話に信ぴょう性があるのだ。それもこれも計算……? うーん、だとしたら感動するほど素晴らしい。あの記者会見はネットでも見れるだろうし、時間をとって、またじっくり見ておこう。

「でもお互いが想い合ってて、だからお互いがかばって自らを陥れているんだとしたら、まるで、ドラマの世界ですね」
「そうやな……まあ跡部って昔から、ドラマみたいなヤツやったわ」

跡部景吾さんのことを話す侑士さんは、とても嬉しそうだった。とても大切なお友だちなんだろうなと、なんとなく思う。

「ねえ侑士さん、跡部さんに、電話とかしてあげなくていいの?」

最近、連絡も取ってないと言っていたし、これほど今回の件を知っているということは、侑士さんはずっとワイドショーのチェックをしていたということだ。となると、今回の件はかなり心配だろうに。

「んー、そうやな。しよかな、とも思ったんやけど、せんようにしてんねん」エンジンを止めて車から出ながら、侑士さんは言った。
「え……どうして?」わたしも車のドアをバタン、と閉める。お互いが自然に寄り添いながら、スーパーに入店した。
「あいつが俺を必要としたら、まず間違いなく連絡がくる。連絡がないってことは、俺はあいつの時間の邪魔することにしかならん。俺が心配しとるなんて、連絡せんでも、あいつならわかっとるやろし。跡部って昔から世話焼きでな。せやのに人に心配されたり世話焼かれるの、苦手なヤツやねん。ほんなら、そっとしといたろと思てな。けど……たぶん、あの女の人の演技には、さすがの跡部も度肝抜かれたやろなあ。ほんで、怒り狂って惚れ直しとるとこや、絶対」

くっくっくっ、と、また嬉しそうに笑った。侑士さんのお友だちの話は、わたしの知らない侑士さんを垣間見るようで、それはなんだか跡部さんには申し訳ないのだけど、嬉しい時間だった。
少しだけ、吉井を思いだした。わたしの友だちと言える人は吉井だけじゃないけれど、社会人になってからいつも近くにいて話を聞いてくれたのは吉井だ。そういえば侑士さんと付き合いはじめたこともまだ報告していなかった。そろそろランチに誘うかな、と思う。

「侑士さん、跡部さんのこと大好きなんですね」
「やめてえや、気色悪い。そういうんちゃうけど……まあ、跡部と俺は付き合いも長いからな」

照れくさいのか、好きとは言わないのが、かわいい。大好きなくせに、と心のなかでひとりごちた。
聞くと、侑士さんと跡部さんは、もう18年の付き合いになるのだという。

「じゃあ、中学時代からの友人、ということですか」
「ん。俺と跡部、テニス部でな。跡部は部長。俺はレギュラーやったんや」
「へえー! 侑士さん、テニスとかやってたんだ!」
「まあ、ずっとやっとったよ、これでも。ユースの世界大会とか出とったし」
「世界大会!? すごい! え、どこの学校ですか?」
「氷帝学園」
「ひょ、氷帝学園?」

めっちゃくちゃ有名校じゃん……ていうか、めちゃくちゃ金持ち校じゃん! 地方出身のわたしでも知ってるような、名門中の名門じゃん! 
うわあ、と、つい引いてしまう。なんかとんでもない人と付き合ってる気になってきた。あの学校って頭いい人じゃないと入れないよね? たしか付属だし……中学時代からって、いやいや、かしこじゃん!

「どないしたん、伊織さん、すごい顔してんで」
「いや……侑士さんって、だからなんだか、お上品な感じするんだなあって」
「ええ? うっそお?」
「ホントですよ。それに、頭もいいし。納得です」

買い物かごに晩ごはんの材料を入れながら、なんだか申し訳ない気分になってしまう。
右手がつかえないから、今日も晩ごはんは侑士さんにつくらせるし、右手がつかえてても、わたしがつくれるものなのど、たかが知れている。
ああ、だから金銭感覚がおかしくてシャンプー台とか入院費とか平気で払っちゃったりするのかな……いや、それは侑士さんに失礼か。だけどこの人、いわゆる「ええとこのおぼっちゃん」ってことだよね? わたしなんて、ど田舎で生きてきたような人間なのに……。

「あれ? なんや落ち込んでる?」
「いや、落ち込んでるっていうか……わたしと侑士さんじゃ、つりあわないだろうなって」

マンションも高そうだし。貧乏人のわたしの部屋、よく何日も居座ったなあ、侑士さん……嫌だったろうなあ。

「ははっ……なに言うてんねん、アホやなあ」

そっと、侑士さんが手をにぎってきた。はっとして左側を見あげると、侑士さんはいつもの優しい笑顔でわたしを見おろしている。
ドキッとする。その視線に、深い愛情を感じたから。

「俺の手、伊織さんやないとぴったりハマらん」
「へ?」
「離したないって思うの、伊織さんの手だけやから。それって、つりあうってことちゃうの?」
「侑士さん……」
「めっちゃ好きや。伊織さんは?」
「……好き。すごく」
「ん。ほらな? 想いもちゃーんと、つりあっとる」にこっとしながら、わたしの耳に口を近づけた。「夜もめっちゃ、つりあっとるやろ?」
「も……侑士さんっ」
「くくっ。今日もそれ、たしかめような?」
「もう、エッチ……」
「その顔も好きやで。かわい」

ちょっとオシャレなスーパーで、わたしたちはなにをやっているんだろうか。と、頭の片隅では思っているのだけど、都会ってわたしたちみたいなイチャイチャカップルを誰も気にしないから、すごく居心地がいい。
ええ、もともとわたしは、そういうの見て「ケッ」とか思っていたほうですけども。
結局、しっかりと手をつないだまま、買い物を終えて侑士さんの家に帰宅した。
帰宅してすぐ、わたしたちはお風呂に入った。こないだまでのシャンプータイムは、いま、この時間に代えられている。

――もうええやん。お互いの体は見まくった仲やし、シャンプー台なんか使わんでも一緒に風呂入ったほうが一石二鳥や。
――なにとなにの二鳥なんですか……。
――ん? 言わせんでや伊織さん……嬉しいくせに。

シャンプータイムはすっかり無くなり、それは夜のアダルトバスタイムに移行されている。あの夜の翌日にはもう、そうなっていた。本当に、わたしの右手の心配はどこへいってしまったんだろうか……。
いや、心配はしてくれてるんだけども……ちょっとツッコみたくなってしまう状況ではあるのだ。
しかも侑士さんがやりやすいから、という理由で、シャンプータイムのあいだは高さのあるバスチェアに座り、わたしは侑士さんのお腹にコアラ状態で巻きついている。一応このとき、侑士さんは腰にタオルを巻いてくれているのだけど、まったく意味がないくらい主張してくることもあるので困っている……ただでさえ恥ずかしいのに、そうなってしまったときは本当に恥ずかしい。ダイレクトに胸にあたるし、男の人だから(しかも侑士さんだから)仕方ないんだろうけど……とりあえず、今日は大丈夫そうだった。

「そうや伊織さん、提案なんやけどさ」
「はい?」
「来週くらいに俺が世話んなっとる美容師のとこ、行かん? シャンプー教えてくれたのもそいつやねん」

美容師、と聞いて、すぐに「合コン」という文字が頭に浮かんだ。
侑士さんを合コンに誘った、あの特徴あるしゃべりかたの……なんだったっけ、名前。

「合コン参加の誤解も、解いときたいし」
「え……」まだ言ってるの? もういいってば。まったく、くだらない嘘を引きずってるんだから。
「ついでに伊織さん、そこで切ってもらったらええわ。しばらく行ってへんやろ、美容院。俺もそろそろ切ってもらいたかったし」
「え、侑士さんと一緒に?」
「ん。仁王ならやってくれると思う」ああ、そうだ、仁王という名前だった。「伊織さん、あいつにシャンプーしてもろたら、もう俺や満足できへんかもなあ」

少しだけ寂しそうに言いながら、シャワーで優しく髪をなでるようにして泡を流してくれる。いつもとても、気持ちがいい。
さっきの編集者さんは、本当にどこにいっちゃったんだか。急に子どもみたいになる侑士さんがかわいくて、わたしは抱きついているそのままの体勢で、侑士さんを見あげた。

「ふふ。その人のシャンプー、うまいんですか?」
「めっちゃうまいで。寝てまうで」
「そっかあ。でも、わたしは侑士さんのシャンプーが世界一だと思う」
「え?」
「だって、こんなに愛情たっぷり洗うことなんて、いくらすごい美容師でもできないでしょ? そんな気持ち、伝わりようがないですよ。だからわたしの髪はきっと、侑士さんのシャンプーをいちばん喜んでますし、わたしも侑士さんのシャンプーがいちばん好きです」
「伊織さん……」

笑顔全開でそう言うと、侑士さんもニコニコになって、背中を折り曲げてきた。
愛しいキスタイムがまたはじまってしまった。だけど何度したって飽きないし、幸せ。
とはいえ、なんか、胸に当たってきている気が……。

「んんー、もう、めっちゃ好き、伊織さん」
「うん、わたしも侑……って、ちょ、侑くん!」
「いや……せやけど、煽ったの伊織さんやんかあ」
「すぐ反応しすぎだってば……もう」
「堪忍。思春期やねん……って、えー! 伊織さん、もう終わりなんっ?」
「終わりっ! なんかずるずるいきそうだしっ」
「ちょ……もうええやん、風呂でもイチャイチャしようやあ」
「嫌です! ちょ、どこ触って! やめなさい!」
「痛っ……ひどっ……ひどいやんかっ!」
「知りません!」

タオルの下から侑士さんが主張してきたので、わたしはすぐにキスを中断して、背中を向けることになった。
だいたい、お風呂でなんて……わたしの右手の心配は、本当にどうなっちゃったんだ!





しかしわたし自身が右手の心配をはるかに超えるような事態に遭遇してしまったのは、翌週の木曜日、夜のことだった。
仁王さん、という人が勤めている美容院『FREEDOM』に入って、本人が奥から出てきた瞬間に、わたしは目を見開いて固まってしまったのだ。
彼はどこからどう見ても、吉井の妹と歩いていた、あのイケメンだった。

「おう、よう来たのう忍足。彼女も、ありがとうな」
「……」吉井の、元不倫相手ってことだよね?
「どないした伊織さん? 大丈夫か?」侑士さんがすぐにわたしの異変に気づく。まずい、平静を装わなければ!
「だい、大丈夫……うん」
「はは。緊張しちょってんかのう。とりあえずふたりは奥の個室で切る。ろっ子、案内だ」
「はい!」

アシスタントの女性が、すぐに個室に案内してくれた。その席はお店の奥側にあり、大きな横長の鏡の前に、椅子がふたつ並べられていた。まるでカップルシートなのだけど、たぶん、芸能人とかが来たときに活用するんだろうと察しがつく。
いや、そんなことどうでもいいんだってば……! 侑士さんのお友だちの仁王さんって、吉井の元不倫相手で、つまりは吉井の妹のいまの彼氏ってことになる。
姉からすぐ妹に鞍替えしたあの人が、仁王さん? うわあ、もうどうしたらいいのわたし。

「伊織さん……? どないしたんさっきから」
「へ……? ど、どないした、とは」
「なんか、様子が変やん」

アシスタントの女性が出ていった瞬間に、侑士さんがじっとりとわたしを見てきた。
ものすごく鋭い視線である。いや、なにか疑っているような視線だ……。これは、白状するべきなんだろうか。でもわたし、吉井の友だちだからなのか、どうしても仁王さんにはあまりいい印象がない。それは、ああして目の前に立って言葉を交わしたら、なおさらだった。
めちゃくちゃセクシーな人だったし、いかにもプレイボーイだし。余計に姉から妹へさっさとシフトした節操の無さが、なんだか許せない気分になる。でも、侑士さんのお友だちにそんなこと思うなんて……だけど、侑士さんに隠しごとをする気にもなれない。

「それは……その」言ってしまうか、と思ったときだった。
「お前……仁王に惚れたんちゃうやろな?」
「は、はっ!?」
「これやから……嫌やったんや、仁王に会わせるん」
「ちょ、侑士さん!? なに誤解してんの!? 違う!」
「ああ、もうええ。ええです、はいはい、仁王はイケメンやからな」
「だから違うって!」
「お? なーんか仲よさそうじゃのう、ふたりとも」

ツン、とした侑士さんに必死になっているあいだに、仁王さんが微笑みながら個室に戻ってきた。
うわああ、たしかにイケメン。いやいや、そうじゃなくて。

「俺の彼女、お前に惚れたらしいわ」
「ははっ、お前は嫉妬深いのう忍足。そんなわけなかろう」
「そうですよ! そんなわけないじゃないですかっ!」
「どうやろ? ちょっとイケメンやとすぐにホイホイなるからな」
「ちょっと侑士さん!?」聞き捨てならんぞ、いまのは!
「ほう? それで彼女は忍足にもホイホイなったっちゅうわけか」仁王さんはさらっと言った。ちょっと! なにノッてんのよあなたも! 初対面でしょわたしたち!?
「そうそう、そう……って、俺もイケメンってだけなん!? そうなん伊織さん!?」
「そ、だから違うってば!」
「はははっ……仲いいのが、ようわかるのう。目の前でノロケんでくれるか」

言いながらも、仁王さんはとても優しい笑顔だった。
およ? と思う。なんか……さっきと全然、イメージが変わって見えてきたな、この人。
なんで? なにがきっかけ? 仕事モードに突入したのか?

「そっちはどうなんや、仁王。あの子とはうまくいったんか?」
「おう、おかげさまでの。じゃからお前には感謝しちょるよ」
「さよか。合コンやった甲斐があったな」

侑士さんが意味深にわたしをチラッと見た。少し、ぎょっとしてしまう。
ひょっとしてマジで、どうしてもってお願いされたのだろうか、このイケメンに。え、じゃあ、吉井の妹さんとは、合コンでくっついたの?
いやいや、吉井の妹さんが合コンなんてするタイプにはとても……。

「そういうことじゃ。それでの、忍足」
「ん?」
「俺ら、結婚することにした」
「ええっ!?」

流れるような会話だった。そして、ここで声をあげるのは、侑士さんだったはずだ。というのに、侑士さんが驚く前に、その話を聞いていたわたしが大声をあげてしまった。
侑士さんが目をまるくして、わたしを見ている。当然、それは仁王さんのほうが、もっとまんまるな目でわたしを見ていた。

「どうしちゃったんじゃ……?」
「伊織さん……ホンマにどないしたん?」
「あ……いや、その……」
「仁王が結婚するのが、そんなショックなん?」
「いやそうじゃなくて」
「さっきから俺、冗談めいて言うとるけど、地味にショック受けてんで?」
「違うんですってば! だからその……」

ああ、もう言うしかないのか。さっきから指摘されているように、わたしはあきらかに様子がおかしいし、仁王さんを見ながらこんな悶々とした時間をあと何時間も過ごせるはずもない。
よし、と意を決した。吉井、ごめん! 望んでないかもしれないけど、これは不可抗力だから!

「仁王さんのことをその……今日お会いする前から、わたし、知ってるんです」
「ん? 俺を?」
「ああ、まあ仁王、カリスマイケメン美容師やもんな」雑誌にもよう出とるし、と付け加えている。若干の嫌味が入っているところは、聞き流そう。
「やめんしゃいその、ダサい呼び名」
「ええやんけ。めっちゃ笑える」
「お前のう……」

侑士さんと仁王さんはとても仲がいいことが、会話からも読み取れた。だからこそ、言うべきだと思った。だってこんな感情をわたしひとりでは抱えきれない。

「そうじゃなくて、吉井の友だちなんです、わたし……前に務めていた会社の同僚で」

二人の会話を聞いていたら言うタイミングを逃しそうで、わたしは完全に空気を無視して、言った。吉井の、友だちだと。
その瞬間、仁王さんの眉根が、ピクッと動いた。

「吉井?」

侑士さんは当然ながら、きょとんとしていた。
が、仁王さんはこれも当然ながら、目を見開いて、わたしを見ていた。

「なんか、すみません」
「いや……」仁王さんの顔が、若干、険しくなる。うへえ、怖い。
「わたしも、知らなくて……」おかげで、よくわからない言い訳をした。
「え、な、え? どゆことなん? 吉井って、誰?」

事情がまったくわかってない侑士さんだけが、わたしと仁王さんを見比べて慌てだした。ただならない空気だけは、察知したのだろうと思う。

「そうか。俺の話、聞いちょったんかの?」仁王さんは侑士さんの質問には答えず、つづけた。
「いえ、あなたのことを聞いたのはついこのあいだです。たまたま、わたしと吉井でランチしているときに、妹さんとあなたが歩いているところを見かけて、そのときにあなたがお相手だと、知りました。なので仁王さんを見るのは、今日で二度目なんです」
「なるほど……そうか」
「……え、伊織さん、ひょっとして、仁王の前の」
「それならこのあと、3人で食事でもどうだ?」

侑士さんが、なにか言いかけたときだった。
仁王さんがカラッと、その空気を変えるように、なぜかわたしたちを笑顔でディナーに誘っている。
その提案に、今度はわたしが目をまるくした。3人で、食事……?

「な、なんでですか?」

つい、聞いてしまった。だって、なんで食事する話になるんだ?
この話の流れで誘ってきてるってことは、吉井の友だちだと知ったから……ですよね?
弁解、してくるつもりだろうか。どんな弁解をされても、わたしはやっぱり仁王さんに憤りを感じてしまう。
だって、いくら騙されていた不倫関係とはいえ、ついこないだまで吉井と愛し合ってたはずなのに、吉井と別れて1ヶ月そこらで妹のほうに夢中なって結婚までしようとしていることは、事実だ……ああ、反芻してて具合が悪くなりそう。わたしがもし吉井の立場になったらと思うと、耐えれない。侑士さんは絶対、そんな人じゃないけど……。

「佐久間さんは、忍足の彼女じゃろ?」
「そ……はい、そう、ですけど」だ、だから……?
「忍足は俺の恩人じゃき。その彼女に俺が誤解されたままじゃと、なんちゅうか、俺をこうして慕ってくれちょる忍足が、気の毒だ」
「仁王……そんなん、ええのに」
「ん……まあそれだけじゃのうて、俺、彼女のことが本当に大事なんよ」

仁王さんの言葉に、わたしは途中から、呆然としてしまった。
こんなに優しい声で、こんなにまっすぐ初対面の女に接する人が……姉妹に手をつけるなんて節操のない真似をするとは、思えなくなってくる。
だけど……なにも否定してこないってことは、事実なわけだよね? だっていま、彼女のことが本当に大事だと、言った……。それは、妹さんのことでしょう?

「じゃから俺だけならまだしも、もし彼女が悪く思われとったら、たまらん」

それは、ごく自然にわたしのなかへ入ってきた、仁王さんの想いだった。





美容院から歩いてすぐのところに、仁王さんは招待してくれた。
入りやすいフレンチバルで、おつまみとワインが充実しているお店だった。

「今日は俺のおごりの。急に誘ったから」
「いやそれはあかん! 俺、こないだもお前に支払いさせたばっかりやんけ」
「そのぶん、今日こうして店に来てくれたじゃろ。じゃからおあいこっちゅうことで」
「仁王、あかんて」
「ええから。じゃから佐久間さんも、遠慮なく好きなもん注文してくれ」
「は、はあ……」

オシャレな街に勤めているオシャレな人は、急にお店が必要となったときも、女子が好きそうなオシャレな店を知っているものなのだろう。
それとも、観察眼でわかるのだろうか。わたしはこういうお店がドンピシャで大好きだ。雰囲気もお料理も、魅力的な場所だった。おまけに、静かで話しやすい。
侑士さんはしぶしぶと、仁王さんの「おごり」を受け入れた。本当にいい友人関係なんだな、と思う。だからこそ、わたしの持っていた彼のイメージとの乖離が広がっていく。
違和感は、この時点ですでに、はじまっていたのだ。

「仁王、結婚するってことは、もう彼女と一緒に住んでんの?」

注文したワインで乾杯をして、侑士さんは食事をお皿に取り分けながら聞いた。
ああ……本当なら、それはわたしの役目なんだろう。まあでも、右手のせいにできる。しかしこんな事態では、右手が動いていても対応できなかっただろうなと思った。
わたしはいま、それくらいビリビリとしている。

「そうなんよ。最初は同棲のつもりじゃったんやけどの。いろいろあって、もう結婚しようっちゅう話になった」
「そうなんや。えらいスピード婚やなあ。けど、おめでとう」
「おう、ありがとな」

そのいろいろを、いまから聞くことになるんだろうか。吉井は言っていた。「これ以上ないってくらい、愛しあっていたはずなの」と。なのにすぐ、妹と結婚とは。
とはいえ、仁王さんの言っていた「誤解」という言葉も、やっぱり気になる。わたしは妹さんのことを悪くは思っていなかったけど、たしかに妹さんもちょっと、実の姉にひどいんじゃないだろうかと、少し感じていたかもしれない。

「佐久間さんは、どこまで知っちょる?」
「あ……吉井が離婚を考えていると言ってきて。それで、不倫がバレたって言ってきたんです。それまではわたしもなにも知らなかったので、驚きました。仁王さんも、知らなかったんですよね?」
「そう、俺はなんも知らんかった。もう、忍足にも話したことじゃけど。すまんの、こんなこと何度も聞かせて」
「いやいや、俺はええんや。気にせんで話して。伊織さんも、しっかり聞いたげて」
「あ、はい……」
「順を追って話すと、俺のいまの彼女は、姉のことが嫌いだった。まあ本人は苦手だと言っていたが、いま思えば、苦手を通り越した存在じゃったと思う。脅威っちゅうか、怖いっちゅうか、の」
「脅威、ですか? 怖い……?」

吉井を知っているわたしとしては、どちらもあまり結びつかない形容詞だった。
吉井は、底抜けにあかるい。ポジティブで、溌剌としている。もちろんハッキリと物事をいうタイプではあるけど、それが嫌味でもない。パワハラ的なことをするようなタイプでもないし、クラスのなかにひとりはいるような、リーダー的存在だ。だからこそ、吉井の不倫の事実には、わたしも驚いていた。
一方で妹さんの印象は、真面目、堅物、という感じだ。だから吉井とは真逆のイメージしかなかった。
その堅物な妹が感じる脅威、とは……どういうことだろうか。

「意外じゃろ? 俺の前でもそうだったから、おそらく佐久間さんの前でもそうだと思うが、とてもそんな言葉が似合う人じゃなかった。強くて、サバサバとした印象はたしかにある。だがそのなかに、優しさが垣間見える人だった。だが俺が見てきたのは、本来の彼女の姿じゃなかったんよ」
「本来の、姿……?」
「ん。まずは、不倫もそうだな。とてもそんなことをするような人だとは思ってなかった」
「はい、それはわたしも、聞いたときに驚きました」

じゃろ? と、仁王さんは微笑んで、言葉を区切った。

「なんせ、俺を4年半も欺いちょったこと自体がすごい」
「言えとるわ……」

侑士さんが、納得したようにうなずく。たしかに仁王さんは、とても鋭い人に見える。
わたしがどんなにやり手でも、この人を騙そうとは思わない。すぐに見透かされてしまいそうな雰囲気があるからだ。

「真剣に付き合ってきたつもりだったぶん、俺は、ショックも大きかった。体調をひどく崩してのう。そのあいだに、俺を懸命に支えてくれたのが、妹のほうだった。彼女は彼女で、このことが発覚する前日に、自宅マンションが火事に遭ってのう」
「え……火事!?」
「伊織さん、前に近所で火事あったやろ? あれや」

侑士さんが、そっと教えてくれた。
あのマンションに、吉井の妹さんが住んでいたのかと、わたしはまた驚いた。

「そうか、佐久間さん、近所なんやの」
「はい、そうです……そうですか、あのマンションに」
「ん……じゃから、それどころじゃないはずなんじゃけど。彼女は自分のことはそっちのけで、俺の心配をしてくれた。だが彼女が自分のことを後回しにしたのは、それだけじゃなかったんよ」

それは、突然やってきたという。不倫だと仁王さんが知って数日後、吉井の旦那さんから連絡があり、家に来てほしいと言われたそうだ。
そのときの吉井は、別人のようだったと、仁王さんは言った。

「旦那が、本当に知らなかったのか、お前はそれを証明できるのか、証明できないなら慰謝料を払えっちゅうて、俺のことを責めたててきてのう」
「え、真広さんが、ですか?」

吉井の旦那の名前を、わたしは思わず口にした。仁王さんが、苦笑しながらうなずく。
あのジェントルな真広さんがそんなことを言うなんて、にわかには信じがたい。

「何度聞いても、頭にくるやっちゃなあ……騙されたのはこっちやっちゅうねん」侑士さんが、自分のことのように憤慨している。
「たしかに、ひどいですね」あの、真広さんが……そんな嫌な男だったとは。「あのでも、それは、さすがに吉井は仁王さんをかばったでしょう?」
「おう、そう思うかの? まあ、そうかもしれんな」
「そりゃ、だって、騙してたの自分なんだし、反省もしてたでしょうし」
「それが、かばいもされんかったんよ」
「え……?」

現実味がない話に、わたしは頭のなかで、「嘘でしょ?」と言っていた。
吉井なら、「彼は本当に知らなかったの! 悪いのはあたし!」と、言ってしまいそうなのだけど……。かばいもしなかった? あの、リーダー的存在の、吉井が?

「まったく、俺と目も合わさんでの。裏切られた、と思った。ああ、この人にとって俺はその程度じゃったんやのうって、一気に熱も冷めれば、笑いそうにもなった。まあ不倫だとわかった時点で、よりを戻す気もなかったが」
「そんな……」

じゃあ、吉井が「これ以上ないってほどに愛しあっていたはず」と言っていたのは、なんだったのか。愛している人が自分のせいでそんな理不尽な目に遭っているのに、目も合わせない……?
瞬間、脳裏に跡部さんとあの女性のことが思い浮かんだ。そうだよ、愛しあってたら、ああなるでしょう。それが、まるで正反対じゃないか。

「許せん、と思ったよ。だがその直後、俺にも彼女にも救いの手を差しのべたのが、妹だった」
「え?」

妹さんは、突然その現場に、「お話があります」と乱入してきたそうだ。
そこで彼女は、仁王さんが慰謝料を払う必要はないと突っぱね、旦那の真広さんに詰問したという。

「そのとき、あの人が旦那から5年間、モラハラを受けていたと知った」
「え……! そ、本当なんですか?」

わたしは衝撃を受けた。吉井は、モラハラを受けて黙っているような女じゃないからだ。吉井との付き合いはそこそこ長いはずなのに、わたしはいったい吉井のなにを見てきたんだろうか。それだけじゃない。吉井の旦那が、モラハラをするような男だとは思えない。
呼吸が荒くなる……さっきから吉井も、吉井の旦那も、わたしの知っている二人じゃない。別人の話をされている気がする。

「本当じゃき。あの人が旦那の前だと俺に視線も合わせんかった理由も、そういうことかと思った。あの人は旦那に支配されていた。だが、そこから抜け出せずにいた。俺との恋愛は、その延長にある気休めに過ぎん。あの人はそうして追い詰められて、不倫に走った。俺にとっては、だからなんだ? っちゅう感じなんじゃけど……それでも、妹は優しくってのう」

ふう、とため息をつくように、その日を思いだすように、仁王さんがぼんやりと天井を見あげた。思いだして、胸が痛くなったのだろうか。

「どこから仕入れたんか知らんが、5年間のモラハラの記録を大学ノートに書きつづって、これが証拠だと旦那の前に叩きつけた。それをすることで、姉も、同時に俺のことも、旦那から守ったんよ」

――姉を否定し、人並み以下だと決めつけ、劣等感を植え付け、意図的に貶めた。その証拠が、すべて、ここにあります。

モラハラの証拠を妹さんはかき集め、吉井が離婚できるようにと、旦那の前に突き出した。さらにその後、仁王さんときちんと向き合うようにと告げたらしい。

――これでお義兄さんとは離婚できます。きちんとけじめをつけてから、仁王さんと向き合ってください。いまの姉さんに、仁王さんと付き合う資格はありません。本当に仁王さんを愛してるなら、いつもの姉さんに戻って。そうして改めて、仁王さんの愛に、嘘偽りなく応えてください。

「自分は、火事に遭ったばかりじゃっちゅうのに……俺だけじゃなく、あんなに嫌いだった姉のためにも、動いとった。彼女がどれほどの時間を割いてあの証拠集めに努力したのか、見当もつかん。俺は、そんな彼女の想いに強く惹かれた。それは、俺のためでもあるっちゅうことが、わかったから」

――仁王さんを傷つけることはわかっていたはずです。あなたはそれを知っていながら、仁王さんを傷つけた。こんなに、優しい人を。

「苦しくなるほど、胸が打たれた。じゃけどそのあと、もう俺に会いたくないと言いだしての。俺もどんどん、つらくなって。それで、俺が彼女を口説き落としたくて、忍足に協力してもらったっちゅうわけなんよ」
「ん、ええ話の筋やな仁王。いま、俺の誤解も解けたわ」
「は、誤解?」

仁王さんが首をひねる。まさか、侑士さんの言い訳が嘘じゃなくて本当だったなんて……。
いや、もうそんなことはいまさら、どうでもいい。

「いや、こっちの話」
「ふうん?」
「そう、だったんですか……」

いまの話だけでも、わたしのなかで仁王さんの節操のなさは消えていた。そこまでされたら、惚れてしまうだろうとも思う。なにより、吉井の仁王さんへたいする裏切りは、相当に彼を傷つけたことが、よくわかった。
わたしが持っている吉井と妹さんのイメージが変わっていく……だけど結局この姉妹は、真逆なんじゃないだろうか。

「ん。だがそれだけじゃない。こっからは、忍足も知らん話」
「ええ、まだあんの……?」

ここですでに、わたしは動悸が走っていた。
吉井はそこから1ヶ月を過ぎたころ、突然、妹さんの前に姿を現したそうだ。そして、「雅治を返して」とせがんだという。
吉井という女は、絶対にそんな真似をする女じゃないはずだった。いくらわたしの前で涙を流すほど仁王さんを愛していたとしても、そういう女たちを「みっともない」と一蹴してきたような女なのだ。
何度だって思う。吉井の話を聞いているとは信じがたい。だけどそれが、本当の吉井の姿なのだとしたら?

「さっき佐久間さん、あの人と一緒に、俺と彼女が歩いちょるところを見たって言うたじゃろう?」
「あ……はい」
「たぶん、そのあとじゃと思う。あの人は、妹を車道に突き飛ばして、殺そうとした」
「えっ……」
「ちょ、嘘やろ……? 殺人未遂やないか」
「そうだ。それだけじゃない。俺の彼女は幼少期から、さんざんな目に遭ってきちょったことを、このときはじめて俺に話してくれた。だが妹はそれでも、姉を許そうとしちょる。本当に、俺にはもったいないくらい、尊い人だ」

そこから先、わたしはうまく言葉を発することができないまま、仁王さんの話を聞くことになった。





帰宅したのは、23時を過ぎたころだった。
今日は吉井に電話をしなくちゃいけない。侑士さんもそれを察している。タクシーで、わたしを自宅に送ってくれた。

「伊織さん、思いつめたあかんよ?」
「はい……いや、親友というほどではなかったんですけど、やっぱりちょっと、あまりにもわたしの知ってる吉井じゃなかったので、ショックで……」
「ん……こっちおいで」
「侑士さん……」
「かわいそうに。つらいな……」

アパートの下で、侑士さんが優しく抱きしめてくれた。すごく、勇気づけられる。
吉井との電話が終わったら、本当なら侑士さんに抱きしめられて眠りたい。

「……しんどくなったら、何時でもええから、電話してな? もちろん、無理せんで寝てもええよ?」
「はい……ありがとう、侑士さん」
「ん、ええねん。せやけど明日はまた、元気な笑顔みせてほしい」
「はい、約束します」
「ん……ほな、約束とさよならのチュウ、一緒にしよか」
「ふふ……はい」

3回、わたしの唇に侑士さんの愛が注がれる。最後は触れた唇が、なかなか離れなかった。
侑士さんの愛情が、流れ込んでくる。ふいに、泣きそうになった。

「ん、頑張ってな」
「うん、ありがとう侑士さん」
「ほな、おやすみ」
「おやすみなさい」

侑士さんはわたしの頭をそっとなでて、帰っていった。
大好きな人。最愛の人。こんなにかけがえのない人を手放してしまったら、狂いそうになるのもわかる。
だけど今日まで吉井が、わたしに……いや、妹以外の全員に隠して生きてきた感情に、本当に「愛」が存在したんだろうか。
自宅に帰ってから、吉井に電話をかけた。ランチの誘い以外で電話したことなんて、一度もなかった気がする。
だけど彼女はずっとわたしの話を聞いてくれた、友だちでもあるから。
コール音が、10回鳴った。あきらめて切ろうとした直前だった。吉井が、電話に出た。

「もしもし?」
「吉井……」
「どしたの、こんな時間に」
「うん、ちょっとね、聞いてほしいことがあって」
「そっか。ごめん……悪いんだけど、あたし、しばらく会えそうに」
「仁王さん、結婚するらしいよ」
「え……?」

吉井の絶句が、その顔が、目の前に見えるようだった。
窓から見える景色は、東京だからそれなりに灯りもついている。燃えていた、妹さんの以前のマンションも見える。けどわたしには、そこに闇しか見えなかった。吉井が目の前にいる気がしているのか。吉井という存在は、妹さんにとっては、闇でしかなかったんじゃないだろうか。

「わたし忍足さんと付き合うことになって。そしたら忍足さん、仁王さんと友だちだったの。それで今日、全部、聞いた」
「……全部って、どういう」
「全部だよ吉井。吉井が、妹さんにしてきたこと、全部」

沈黙だった。発覚することを、恐れていたのか。それともあの妹さんならば、発覚するなんてことはないと、高をくくっていたのか。

「小さいころから、妹さんの大切なものを奪って、ボロボロになるまで使い果たして、飽きたら捨てるように妹さんに投げてたってことも聞いた」
「……」
「自分がした過ちの全部を妹さんのせいにして、罪をなすりつけてたことも聞いた」
「……」
「妹さんの初恋の人へのラブレターを、勝手にネットに公開して、平気な顔してたことも聞いた」
「……」
「こないだ、車道に妹さんを突き飛ばしたことも!」
「……」
「ご両親に、仁王さんのことで泣きついて、妹さんと仁王さんを別れさせようとしたことも!」
「……」
「それでも、知ってた? 妹さんはね、いまだって、吉井を責めたりしてない! 吉井のこと、かばってるんだよ!?」
「……」
「なんとか言え! 吉井!」

わたしは、泣いていた。なにも言い訳をしない吉井の心が、どういうふうに動いているかわからない。
それが、どれだけはがゆいか。いままでずっと近くで吉井に話を聞いてもらっていたのに、わたしはなにも彼女をことを知らなかった。それが、ひどく情けない。
それでも吉井は、わたしの友だちだって、思ってる。わたししか、彼女を怒ることができないんじゃないかって、どこかで信じてる。
吉井……この声に少しでも応えてくれたなら、わたしだって、吉井を救いたいって思うよ。

「もうわたしと関わりたくないかもしれない。でも友だちとして言わせて」

わたしから吉井になにか言うなんて、はじめてだ。
でもこれはきっと、最初で最後の、友だちとしてのアドバイスになる。

「吉井のやったことは、絶対に許されない。吉井は、このままじゃ絶対に幸せになれない。ねえ吉井、人の幸せって、誰かよりなにか秀でてたり、損得や勝ち負けじゃないんだよ。お金でもないし、地位でも名誉でもないっ。本当の幸せは、人が人を幸せにすることでしか手に入れられない! 人を不幸にしてたら、その人は一生、幸せにはなれない。だからお願い、もっと周りの人のことを大切にして。吉井を守ってくれようとした妹さんを」
「うるさい、死ね」

そこで、電話が切られた。
ああ……と、思わず声が漏れ出ていく。流れていく涙が、止まらない。
耐えきれなかった。わたしはいま、やっと本来の吉井の姿を、電話越しに知ったのだ。
侑士さんに泣いてすがりたかった。慰めてほしかった。それでも、わたしが受けた心の傷を安易に伝えて、心配をかけたくない。
吉井……こういうのが、本当に愛してるって、ことじゃないの?

「さよなら、吉井」

なにかもう少し、吉井の心に響く、かけられる言葉があったのかもしれない。
だけどわたしには、それが思いつかなかった。救うことが、できなかった。
仁王さんが、そうであったように……吉井にとってわたしなど、所詮、その程度の存在だったのだ。
虚しいビジートーンが耳の奥に残った、悲しい夜だった。





to be continued...

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