Episode1


また青のジェミンちゃんだ、と思う。あと1枚であがれるのに、こうも連続で青のジェミンちゃんが手札に積まれては、何度「UNO!」と宣言してもあがることはできない。だってあたしの手元にあるのは、赤のジャンググなんだしっ! ああ、でもジェミンちゃんカッコイイ……。

「はい、俺UNOー」
「えー! 忍足くんさっきまで7枚も持ってたじゃん!」
「んん、せやけど俺、天才やからなあ」
「侑士さんすごい。さすがだね。素敵」
「ん? 千夏さんもかわええよ」

……こいつらは、人の家だってのに。

「あ、僕あがり」
「えー!」
「うわ、不二……」
「ふふ、僕も天才って呼ばれてたからね。ごめんね忍足」
「周助、UNOって言ったあ!?」
「言ったよ。伊織が聞いてなかっただけじゃないの?」

いじわるな視線をあたしに向けて、周助はくすくすと笑った。
今日は4月24日。あたしと周助が大喧嘩して仲直りしたあの記念日から、ちょうど2ヶ月が経つ。
今日は、あたしたちに仲直りのきっかけをくれた忍足くんと千夏を呼んで、UNOをしようという話になった。ひなみはもう寝かしつけたから、すっかり大人だけのパーティになっている。

「あー、また負けた……」悔しい。ゲームとなると、あたしはめちゃくちゃ負けず嫌いだ。
「よっしゃ、もっかいやな」
「だね! さっきから侑士さんと不二くんしか勝ってないよ」
「ふふ。二人とも、BES好きなわりに弱いね」周助が茶化すように言った。
「わたしはBESも好きだけど、パク・ヨジュンが好きー」歌い出しそうな勢いで千夏が言った。酔ってる、この人。
「へえ……えーっと?」周助が首を傾げた。
「韓国の俳優さんだよ、周助」ああ、そう。と、どうでもよさそうに周助は頷いた。
「千夏さん、俺は?」
「へ?」

わ、はじまった、と思う。……こいつらは、どこまでも人の家で。

「俺のことも好き? パク・ヨジュンとかいうのと、どっちが好き?」
「そ……もちろん、侑士さんがいちばんに決まってるじゃん」

呆れた視線で、あたしは周助と顔を見合わせて苦笑した。付き合いたてのふたりはラブラブだ。この2ヶ月のあいだに当然いろいろと済ませたんだろうけど、呼び方まで変わってるし、千夏は相変わらず忍足くんに媚を売っている。
いつか化けの皮がはがれたとき、忍足くんがどんな反応するか、あたしは楽しみで仕方ないんだケド。

「千夏さんは偉いなあ、ちゃんと彼氏がいちばんで。ねえ伊織?」
「でたよ……また周助の嫌味」
「だって本当のことでしょう?」

あたしはそんなふたりを見て、いまだってうらやましく思ったりしてる。あたしと周助も、もちろんラブラブな時間はたまにあるけど、周助はときどき口うるさいし、あたしもあたしでひなみの子育てと仕事とBESの情報を集めるのに精一杯。
目の前の恋人同士のラブラブな時間を過ごすことは、やっぱり前より断然少ない。周助も、そんな気持ちなのかな、と思う。いまだって、じとっと千夏と忍足くんを見てるから。

「うるせーなー」
あたしがそう言うと、周助の眉が八の字になった。「口が悪いなあ、もう」
「ホンマやー、伊織ちゃん。女の子なんやから、もっと千夏さんみたいに上品にならな」
「は……?」
「え」

忍足くんのその発言に、周助とあたしはピキ、と固まった。
忍足くんが千夏のことをものすごく勘違いしているのは、ふたりが出会ってから今日までの様子を見ていたら嫌というほどわかる。が、「上品」はどう考えても間違っている。
おかげさまでしらっとしていたら、同じくしらっとしていた周助は、ふっと鼻白むように笑った。
スイッチが入ったな、とあたしにはわかった。周助は、あたしのことを少しでも下げるような発言を聞くと、ちょっといじわるくなる。なんせあたしがずっと教育してきた、不二周助だからだ。

「千夏さん、男の9割はクズなんじゃなかったんですか?」ほらね、やると思った。
「えっ!」
「え……?」

周助は少しだけ黒いオーラをまといながら、ピシャリと言った。
なんてこというの!? って千夏の声がこっちまで聞こえてきそうで、喉もとまで笑いがこみあげてくる。
忍足くんは、驚愕の表情で千夏を見た。

「そ、そんなん言うてたの、千夏さん……?」クズ……? と、忍足くんがつぶやいた。
「やややややや、あのーえーっと……違うの! 侑士さんと不二くんは、もちろん別だよ!」
「いや俺が聞きたいんは、そういうことやなくて……」
「男なんか9割クズだから、結婚なんて興味ないんでしたよね?」
「不二くん!」
「僕は聞いたそのままをお話しているだけですよ? ふふ」

ギリギリと、千夏が奥歯を噛んでいる音が聞こえそうだ。さてどんな言い訳をくり広げるのか。千夏の饒舌が、きっとはじまると思った。

「千夏さん、そんなふうに思てんの……?」忍足くんの目がちょっとうるうるしてる。
「ちがっ! きゅ、9割だから! だから侑士さんは違う!」
「ホンマ……?」
「ホンマ、ホンマ!」
「それやったら、まあ……」でも、クズって……と、忍足くんはボソボソとつづけている。
「そっか、じゃあ僕はクズなのかな」
「だから不二くん! それ違うて言ったよね!? 不二くんのことはすっごい素敵だなーって思ってたよずっと? だってこんなに彼女に尽くす彼氏いないじゃない? だから不二くんは1割。侑士さんも1割。ずっと伊織にはもったいないって思ってたよ、正直、うん!」
「ちょっと」

自分の言い訳をしたいがあまりに、千夏はしれっと話をすり替えたあげく、あたしを貶めようとした。
この女は、こういうことが天才的にうまい。しかもこういう貶めかただと、周助が「もっと言ってください」って顔で見ることもわかっているから、全部、計算なんだ。テメー、このやろー。

「だってー、伊織なんかいっつも適当なウソついてさ。不二くん困らせて」

案の定、うんうん、と周助が満足気に頷いた。おい、マジでちょっと待て。

「言っておくけどさ!」と、あたしは机をトン、と叩いた。
「え、なに」
「今度はなんや……」
「なあに? 伊織、なにかあるの?」

周助がツン、とあたしを咎めるような口調で言っている。いい男、尽くす男って言われて、なに調子に乗っちゃってるんだか。
そりゃ千夏はそう思うよ。だって千夏が周助の存在を知ったときは、何度も言うけど、あたしが教育したあとなんだから!

「千夏は昔の周助を知らないからそういうこというんだよ。あたしが大概なのはわかってるけど、周助だって大概だったんだからね!」
「昔って……侑士さんも知ってるころ?」千夏が忍足くんに首を傾げてる。この女、うまく話が逸れたことがわかって、また媚を売り出しやがったな。
「んー……俺と不二、中3の頃やからなあ、知り合ったの。まあそれまでもなんとなく知っとったけど。優しそう、でもどこか男っぽい、天才、くらいしか知らんから、俺は」
「それも、間違ってはないよ。だけどそこに1つ足りない要素がある!」

あたしは堂々と言い放った。いつもあたしばっかり悪者にされて、たまるかっての!

「ふふ。なにを言い出す気? 伊織。僕が大概って、どういうこと?」

ついにこの日が来てしまったな、と思った。
あたしと周助の思い出を引っ張り出す日だ。いつか、いつか聞いてほしいと思ってた。
これまでずっと、どうしようもない、調子のいい人間なのに、なぜか不二周助にめちゃくちゃ愛されている女として勘違いされているあたしだけど……それにはちゃんと理由がある。

「そうですかそうですか。みんな知らないようだし、周助はすっかり忘れちゃってるようだから、UNOついでに話しますよ、あたしたちの出会いを」

そうして、あたしの思い出語りがはじまった。





中学3年生になったばかりの、4月。あたしは周助と、はじめて同じクラスになった。
不二周助、という人のことは、もちろん知っていた。全国レベルのテニス部のレギュラーで、「天才」の異名をもつ周助は、全学年の女の子にもとっても人気で、あたしは違うクラスの子たちからも、「不二くんと同じクラスいいなー!」とうらやましがられていた。
同じクラスになって間近で見た周助は、とっても綺麗な男の子だった。サラサラのブラウンの髪の毛に、目を開いたときのキリッとした二重まぶた。でもいつもニコニコとしていて、すごく優しそうな人。ああ、この人はきっとモテるんだろうなと思ったのは、はじめて日直が一緒になった、4月3週目のときだった。

「佐久間さん。ゴミ捨て、終わったよ」
「え、不二くんゴミ捨てまでやってくれたの!?」
「うん。あとはそれだけだったから。ほかにまだやることあったかな?」
「ううん。あたしも黒板消し終わったから、これでおしまい!」

その声も、透明感があった。近くで見るとなんだか色素が薄い雰囲気の人で、この人の彼女になれる人は、きっととびきり可愛くて、すごく幸せものだろうな、とぼんやり思った。
あたしには当然そんな順番が回ってくるはずもないから、ただの憧れ程度に考えてただけだけど、音もたてずに自然にとなりに座ってくる周助に、ドキドキもしていた。

「あ、じゃあ日誌は、あたしが書いちゃうね」
「本当? 助かるな。佐久間さん、優しいね」
「え、いやいや、全然こんなの、すぐ済むし。あ、ねえ不二くんって、下の名前は『しゅうすけ』だったよね?」
「うん」

いまはどうか知らないけど、当時、日誌に当番の名前を書かなくちゃいけなかった。あたしは自分の名前である「佐久間伊織」を書いたあと、右側にあけておいた空欄に、周助のフルネームを書こうとした。
ちょっと相合い傘みたい……というか、あたしと周助の名前が並ぶのがなんだか嬉しくて、間違ったりなんか絶対にしたくなかったから、念のために聞いたんだ。

「漢字、どうやって書くんだっけ」
「ああ、えっと、周辺、の周に……」
「うんうん、周辺の周ね」

『周助』だよね、と思いながら、わざわざ聞く自分に、少しだけいじらしい気持ちになったりしてたんだけど。

「助平の助」

あたしの時間は、ここでピタリと止まった。

「え……?」
「うん? どうかした?」

どうかした、じゃないだろう。という言葉を、かろうじて飲み込んだ。
いま、なんつった? という乱暴な言葉も、かろうじて飲み込んだ。
『周辺』の『周』までは、全然スムーズだった。だけど、『助平』の『助』って、いったいなに? それって、スケベの助平!? いや、スケベの『助』ってことだよね!?

「あの……不二くん、サ」

どうしよう、と思う。言うべきか、言わざるべきか。でも目の前の周助を見ても、全然、冗談を言ってる雰囲気じゃなかった。かなり真顔で、ものすごく当然のことのように言った声のトーンからして、おそらく、素だ。つまり、天然でこれを言っている。

「うん?」

自分が言ったことはもう忘れてしまったのか、周助はテニスラケットのガッドをぐにぐにと確かめていた。「そろそろ張り替えたほうがいいかな……」と、ひとりごちていた。
ちょっと待って、もっとほかに気にすることがあるから!

「そ、いまの……あの、名前の件、なんだけど」
「うん? なあに?」
「そのー……不二くんはその、名前をね、いまみたいに、漢字を聞かれたとき、いつもああやって、答えてる……のカナ?」
「うん? そうだよ?」

あまりに愕然したせいで、ずおおお、と息を吸い込んでしまった。
ビニール袋がほしいくらい、息を整えたかった。大げさにも、手が震えそうになった。

「佐久間さん、大丈夫? なんだか苦しそう……」
「ご、ごめん、過呼吸とかじゃないから、大丈夫」
「そう? ならいいんだけど……」

心配そうにあたしを覗き込む周助は、やっぱり綺麗な顔で。だからその顔で「助平の助」と言ってしまっている自分を、もっと反省してほしい気持ちでいっぱいになった。
ていうか、いつも、あの説明を、しているって……!?
「ねえ不二くん、名前の漢字、なんだっけ?」と聞かれて、「うん、周辺の周に、助平の助なんだ」って言ってるってこと!? 不二くんが!? このハイパーイケメンの不二くんが!? ありえない! い、いままで誰にもツッコまれなかったのかな……ああでも、この人のこの天然っぽさを目の当たりにしたら、言えなくなっちゃうのもわかる。と、頭のなかは高速回転だった。
この件を指摘したところで周助は傷ついたりはしないだろうけど、なんだかそれは、「ねえ、鼻毛が出てるよ」という感じの、言ったほうがいいだろうけど言わなくてもあとで自分で気づいてほしい、そんな事柄のように思えていた。
でも……それなら、あたしが言ってあげなくちゃ。不二くん、それは鼻毛レベルでやめたほうがいい! そんな思いを胸に、あたしは意を決したんだ。

「あの、サ」
「うん? 佐久間さん、大丈夫? なんだか顔色が」
「やめたほうがいいと思う!」
「え……?」
「あのだから、その、名前の、漢字の説明の……」

このとき、ポカンとした顔の周助は、首を傾げて、じっとあたしを見てきた。
ああ、すごいイケメン……と、しつこく思った。これはなにがなんでも、やめさせないといけない。不二くんの名誉に関わることだ。気づいたからには、放っておけない。だってイケメンは、あたしたち女子の癒やしだから! と、さらに意思は強くなった。

「周辺の周に、助平の助?」
「ソレ! それだよ、それそれそれ!」
「わっ……大きい声。佐久間さん、どうしたの? そんなに興奮して」
「どうしたのっていうか、どうしてなにも思わないの……あたしはそれが、疑問でしかないよ!」

マジでバカなんだ、この人……いや、バカは言いすぎた、天然なんだ。こうなったら、もうあたしが彼を救うしかない、と感じた。
家族の人は誰も知らないのかな。あたしが家族だったら、こんな綺麗な顔したお兄ちゃんとか弟が、こんなこと言ってたら、死にたくなる!

「ん……なにか、変だったのかな」

いや、変すぎるから!
周助はこのとき、はじめてあたしに困った顔を見せた。眉間にシワを寄せて、うーん、と目を閉じたまま唸っていた。

「不二くんその、周辺の、周は、すごく、いいと思うんだ。わかりやすいし!」
「うん」
「だけど、助は……助はちょっと、どうだろう?」
「どうって?」
「い、意味わかって言ってる?」

きょとん、という音がしそうなほど、周助はその細い目を大きく開いてぱちくりとさせた。
わあ、目を開けるとまた、一段とイケメンになる……ああ、なんてことなの。こんなイケメンが、平気で「助平」を連発しているなんて。あたしの頭のなかは複雑な思いで大変なご乱心状態だった。

「助平のこと?」
「そそそそ、それっ、あの、わかってる!? 意味!?」
「好き、を擬人化した言葉だよね。だからちょっと、ロマンチックだなって思ってる」
「は……」

開いた口が、塞がらなかった。違うだろ、違うだろー! と叫びたくなるのを、あたしはぐっと抑えたんだ。
そうか……この人、助平の本来の意味ばかりに注目して、一般的にどう思われるかわかってないんだ……なにそれ? 古典が得意だから? 信じられない!

「不二くん、サ」
「うん?」
「助平って、普通の人が聞いたら、全然、ロマンチックじゃないから、サ」
「え? どうして?」

どうして? じゃねえよ。

「助平って、はっきり、『すけべい』って発音してるからわかってないかもしれないんだけど、それって、『スケベ』と同じ意味だから……」
「……スケベ?」
「ああっ……不二くん、言わなくていいからっ」

なんだか申し訳ない気分になっていた。当時まだ14歳の周助に、スケベって言わせるなんて。変態オヤジが卑猥な店に行って女子高生を目の前に、金にモノ言わせてアレコレしている、そんな気分になっていたんだと思う。

「そっか。そういう意味もあるよね」

ていうかそういう意味しかねえよ、個人的には。

「え、じゃあ僕……ずっと、変なこと言ってたのかな?」
「うーん……たぶん」本当はたぶんどころじゃなかったのだけど、ちょっと遠慮した。「スケベの助って言ったら、不二くんが、そういう……エッチな感じの人だって、思われちゃうよ?」
「え……あっ……どうしよう、そんなつもり、僕、なかったよ」

ああ、神様。天然って罪です。度を過ぎるとバカが過ぎます。どうしてこんなイケメンに、天然という無邪気さを与えたのですか? いらない! 全然いらないから取っ払って!

「佐久間さん……」
「えっ?」

気づくと、周助の顔が、ぐっとあたしに近づいていた。
ものすごく真面目な顔して、さらにあたしを覗き込むように見ている。その距離に、急激に胸がバクバクと音を立てはじめていた。

「ありがとう。そんなこと言ってくれた人、はじめて」

でしょうね。
言いにくいでしょだって。相手は周助だし、超真顔だし。中学生女子たちのその気持ちは、いまのあたしには痛いほどわかる。当時のあたしも思ってた。そして、「周助の助に助平の助」を聞いたことがある女子は、みんな引いてたと思う。

「あ……ううん、余計な、お世話だ……ケド」
「そんなことないよ。僕、すごく感謝してる。佐久間さんに会えて、よかったよ」
「あ……あ、そ、そっか! あ、じゃあ、日誌、書いちゃうね!」
「うん、ありがとう」

それが、天然・不二周助との、最初の会話だった。





その翌日からだった。周助は、放課後になるとあたしを見つけて、気軽に声をかけてくれるようになっていた。
なっていたのは、いいんだけど、その内容が、また、なんというか……。

「ねえねえ、佐久間さん」
「あ、不二くん。どうしたの?」
「うん、昨日ね、考えてみたんだよ。僕の名前のことなんだけど」
「あ……漢字、の話?」

うん、とニコニコしながらあたしの前の席に座って、ノートを広げだした。

「助数詞、の助はどうかな?」
「じょ、じょすうし……?」
「うん。ほら、こう書くでしょ?」

周助はシャーペンをカチカチ押して、綺麗な字で「助数詞」と書いていた。
へえ……じょすうしって、そうやって書くんだ。と、一瞬でも感心した自分がいまとなっては恥ずかしい。
ていうかどういう意味だよ、と即座にツッコんでおくべきだったと思う。

「いや、あのー……不二くん、それって『じょ』だから、聞いてすぐに『すけ』に結びつかないと思うんだ」
「え、そうかな?」
「うん……それに、じょすうしって言われて、すぐにこの漢字が思い浮かぶ人も、あんまりいないと思うっていうか、ネ?」
「そっか……。一晩、考えたんだけどな」

シュン、としていた。いやいや、バカか! アッ、いけない。あたしってば。不二くんになんてこと思ってるんだろう。本人だって一生懸命なのに。
と、まだまだピュアだったあたしは、周助のこのおとぼけっぷりを、なるべく優しく見守ろうとしていた。

「わかった。違うんだね。じゃあもう少し、考えてみるね。ありがとう、佐久間さん」
「ああ、うん」
「じゃあ僕、そろそろ部活だから、行ってくるね」
「うん、あの、頑張って……」
「うん、頑張ってくる」

すごくカッコイイのに……なんだかとても残念な人だな、と思った。
しかもそれは、翌日になってもつづいたのだ。

「ねえねえ佐久間さん、『侘助』の『助』はどうかな?」
「わ、わびすけ? いや、それ、なに?」
「ツバキの一種だよ。小形で赤い一重の花が、八分ほど開いて落ちるんだ。すごくかわいくてね。赤とか、白とか、ピンクとか。綺麗じゃない? それに、今回はちゃんと『すけ』って読み方だし」
「あー……えっと、綺麗だなって思うけど、お、大人ならわかるのかなあ? ちょっと中3のあたしたちには、すぐには浮かばないっていうか」
「そっか……じゃあ、これもダメだね」

シュン、としていた。いや……待って。なんかもう、ついていけそうにないんだけど。と、短気なあたしは早々に思っていた。だんだん周助の存在感が、あたしのなかで尊いものから下がっていくのを嫌でも感じた。これ以上、憧れの位置から落ちてほしくないと思っていたのに、でも距離は近くなった気がして、とても複雑だった。
あげく、それはさらに翌日もつづいた。

「ねえねえ、佐久間さん、『甚助』の『助』はどうかな?」
「じ、じんすけ……? あの、それはなんなの?」
「情欲が深くって、嫉妬深い男のことを『甚助』っていうんだよ。僕にも合ってるなって思ったんだ。知らない?」
「え……不二くんて、嫉妬深いの?」
「うん、好きな子ができたら、いろんなことに嫉妬しちゃうと思う」
「ああ、そう……」

正直、開始3日目で疲れている自分がいた。毎日のように「これはどうかな?」と聞いてくる周助が、なんというか、重かった。『助』のすべての責任が自分にあるかと思うと、素直に「いいね!」とも言えなかった。あと、チョイスがチョイスだったもので。
センスが微塵もない。人にわからせようという気があるのだろうかと、問い詰めたくなるほどだった。小一時間、問い詰めたい。

「なんだか、これもダメそうだね……」
「あ、不二くん……ごめん、なんか返事うまくできなくて」
「ううん。大丈夫。また、考えてくるね」

そして案の定、その翌日も、周助はあたしに声をかけてきたのだ。この人のしつこさは、このころから天下一品だった。

「ねえねえ、佐久間さん」
「今日はなに……」

いささかうんざりしている自分が、不思議だった。周助には憧れていたのに、裏切られた気分を勝手に感じていたのかもしれない。
態度も横柄になってしまっている自分が嫌だったのだけど、周助はそんなことをなにも気にせずに、あたしに同じ話をしてきた。

「うん、助宗鱈の『助』でどうかな?」
「いや、だからさあ、不二くん!」

なにを考えているんだろう、この人は。いや、ていうか、頭のなか、どうなってるんだろう。テニスのしすぎで、古典好きすぎておかしくなっちゃってるんじゃないのか。
一向に「正解!」という感じの「助」を持ってこないことに、このときのあたしはイライラしはじめていた。

「わ、……どうしたの、佐久間さん」
「ア……ごめん、大きな声だして。あの、スケソウダラ? って、誰も書けないと思うし、最初のと同じ理由でさ、すぐに思いつかないじゃない? ていうかなんでいきなり、スケソウダラなの……」
「お鍋が、美味しいからと思って」
「え? ああ、スケソウダラのね。ああ、なるほどね」

ってなるかー! ダメだ、つきあってられない。
こうなることが前日の晩から目に見えていたあたしは、わざわざネットで『助』を調べたくらいだった。こんなに何日も、周助という名前について考えてみることになるとは、自分でも思ってなかった。
やらなくてもいい課題を無理やり押し付けられた気分で、本当はFFのゲームしたかったのに、そういうのもイライラの原因のひとつだったような気がする。

「あのさ、不二くん」
「うん、なあに?」
「なんか、思ったんだけどね」
「うん」
「普通に、助けるの『助』でよくない?」
「えっ……」

このとき周助は、目をまんまるにさせた。ああ、やっぱりカッコイイ。そういう顔もあるんだ、不二くんって。なんだか不思議な人。ちょっとイラッとしたけど、そんなにかわいい顔を見せられたら、どうでもよくなってきちゃう。と、なったのは言うまでもない。
結局イケメンに弱いあたしは、すでに笑顔になっていた。

「でもそれじゃあさ、佐久間さん」
「ん?」
「たす、の『すけ』になっちゃうじゃない? 助数詞の『すけ』はダメなのに、それはいいのかな?」

うるせーなー。細かいんだよいちいち。と、内心は思いつつも、あたしは笑顔を崩さなかった。

「あー……でも、みんなすぐわかると思うんだよね。こういうのってほら、わかりやすさがいちばんだから。周辺の周に、助けるの助って言われたら、ほとんどの人が理解すると思うよ」
「そっか……そうなんだね。うん、佐久間さんがいうなら、きっとそうなんだね」

やっと正解が出たというのに、周助がなぜかシュンとしていたのを、いまでも覚えてる。そういえば、あの日からずっとこの正解の説明を使いつづけてるくせに、なんでシュンとしてたんだろう。





当時も、不二くん、なんで元気なくしちゃったんだろ……と、思いながら、あたしは家までの道をてくてくと歩いていたと思う。
本当によくわからない人だった。これまでの周助のイメージは、テニスの天才で、頭もよく、人当たりよく、超イケメンで、優しい、という、誰もが感じるものだったから、余計に。
あんな無邪気な顔を毎日のように見せてくるなんて、思ってもいなかったんだ。
あたしをその思考から遠ざけたのは、近くから、ポン、ポン、というボールが跳ねる音がしたことだった。あたしはその音が気になって、音のするほうへ自然と足を伸ばしていた。
そこは、ストリートテニス場だった。周助のことを考えていたせいか、パッと目が輝いたのが、自分でもわかった。
それまで、ちゃんとテニスというのを見たことがなかった。不二くんっていつもこういうことをしているんだ、と、思うと興味が湧いて、あたしは近くのベンチに座って、その様子をじっと見ていた。
背中に影が落ちてきたのは、それから20分くらい経ったときだった。不思議に思って振り返るより先に、影の正体が二人、あたしを挟み込むようにして、ドカッと両隣に座ってきたのだ。

「えっ」
「君、どこ中?」右に座っている男が話しかけてきた。
「え……あ、青春学園です」
「へー、いいとこじゃん。ね、テニス好きなの?」今度は、左に座っている男だった。
「好きっていうか……まあ」

リハーサルでもしていたのかと思うくらい、男たちは交互に話しかけてきた。
見るからに、高校生だった。右は金髪、左は赤髪で、EXITかよ、と言ってしまいたいくらいだった。いや、当時はロンブーかよ、と思っていたかもしれない。とにかく交互に話すから、漫才に似たものを感じていた。
おまけに距離が近くて、その顔もニヤニヤとしていて、あたしは怖くなった。
逃げようにも、左右は塞がれてるから無理だったので、人生経験の少ない14歳の脳みそを駆使して、時計を確認するフリをした。

「あっ、もうこんな時間、帰らなきゃっ」

と、立ち上がった。でもすぐにその肩に手が置かれ、ドスン、とまたベンチに座らされる。あっけなく敗退していたのだ。

「いーじゃん、もう少しゆっくりしていきなよ」
「い、いや、家族が、心配するので」
「まだ4時じゃん、なに? もしかして俺たちが嫌とか?」

嫌に決まってんじゃん! と言いそうだった。だってなんかチャラいし、肩に手を平気で乗せてきてるし、テニスラケット持ってるけど、全然スポーツマンって感じじゃない。そして、どうにもイヤらしい目でずっとあたしを見ていたことも、怖かった。

「ああ、じゃあこうしよ。君が、俺とテニスして勝ったら解放。1球勝負」と、金髪が言った。
「おお、それ超いいじゃん、俺のラケット貸してあげるよ」と、赤髪が言った。
「いや、あたしテニスとかやったことないんで! 無理です!」
「やるだけやってみたらいいじゃん、まぐれで勝てるかもよー!?」

と、赤髪が言ってからが突然だった。
彼はあたしを後ろから、羽交い締めにしてきたのだ。

「やっ、なに!? ちょっと! 離して!」

なんで急に!? と思っていると、金髪のラケットがあたしのスカートをめくるように、太ももを撫ではじめていた。同時に、赤髪に後ろから口をふさがれていた。うそでしょ、こんなところで痴漢する気!? と涙があふれでそうになったときに、背後から、声がしたんだ。

「その勝負、僕が受けます」
「あ?」
「は? なんだお前?」

その声にはっとした。赤髪の力がゆるんだ一瞬の隙に、あたしは駆け出して周助の背中に隠れた。聞いたときから、あたしにはわかってた。周助の声だって。

「彼女、僕のクラスメイトなんです。だから僕が友だちとして、その勝負、受けます」
「不二くん……」

まるでヒーローのような周助の登場に、あたしの胸は踊っていた。
周助はテニスバッグからラケットを取り出して、涼しい顔をしながらも、隠しきれない黒のオーラが全身から漂っていた。見たことのない不二周助の姿に、あたしはドキドキした。

「は、中学生が俺らに勝てると思ってんのかよ」赤髪が見下すように言った。
「あれ? もしかして負けるのが怖いのかな。さっきまで威勢がよかったのに」

周助は高校生相手にもなんの怯みも見せず、挑発していた。

「ああ!? なんだとコラ!」金髪は短気だ。
「僕が負けたら、彼女を好きにしていいです」
「えっ!?」

その発言に、あたしは思わず声をあげた。いまならわかる。周助が負けるはずなんてないこと。だけど、当時のあたしは困惑した。青春学園のテニス部は強いし、周助にあれだけのファンがいる事実、天才と呼ばれていることからして、負けないとは思っていた。けど、もし、もしも負けたらあたし好きにされちゃうのに、なんてこと言うの!? と目を見開いた。

「そのかわり僕が勝ったら、全裸になってくださいね」
「ええっ!?」あたしはさらに大声をあげた。
「おいおいめちゃくちゃ調子に乗ってんなクソガキがよお!」金髪は、ピキピキと青筋をたてていた。
「ちょ、不二くん、それはいくらなんでも……」
「どうして? さっき佐久間さんの服を脱がそうとしていたよ、この人たち。同じことしてもらわなきゃ、フェアじゃないでしょう?」
「でも、あの、全裸になったら捕まっちゃうし……」
「そっか……佐久間さんは優しいね。捕まっていいのに。けど、佐久間さんに免じて、パンツ一丁でいいですよ」

黒いオーラでニッコリと微笑む周助は、当時から怖かった。
そして周助から「パンツ一丁」という言葉が出てきたことも、なんだか怖かった。

「好きに言わせておきゃあ、ガキが! やってやろうじゃねえかよ。あー!? じゃあ、テメーが負けたら、その女を好きにするからな!」
「さっき僕が言った条件をなぞってるだけですね。わざわざ言う必要ないのに。効率が悪いなあ」
「てっめ……!」
「ていうか、不二くん!」
「おい、聞けよ、凄んでんだよこっちは」

赤髪がなにか言っていたけど、あたしはそれどころじゃなかった。あたしは周助が現れたことで幾分、緊張からほどけていた。だからだろう、ちょっと強気になっていたんだ。

「うん?」
「も、もし負けたら……あたしが好きにされちゃうじゃん!」

怒り半分、困惑半分でそう言うと、周助は、そっとあたしの頭に手をのせた。
それはすごく優しくて、ティッシュペーパーが1枚落ちてきた、それくらいに、軽かった。

「僕は絶対に負けない。大丈夫だよ、安心して」

周助が、あたしにはじめて触れた瞬間だった。





圧倒的という言葉が、こんなにハマることってあるだろうか、というくらいすごかった。
周助はあっという間に金髪から1ゲーム勝ち、やけくそになった金髪が赤髪を呼んで、ダブルスとシングルスの戦いになったのに、手も足もでないほど、彼らはコテンパンにされていた。
周助はそうしてゲームを終えたあと、目の前で泣きそうになりながら服を脱いでいる高校生二人を楽しそうに眺めていた。
当時から、周助は性格がひん曲がっているところがある。とくにあたしを傷つけた連中には、容赦しない。このときなんて、付き合ってもなかったのに。

「早くしてくださいね。僕ら、中学生だから早めに家に帰りたいので」
「……クソガキがッ」負け惜しみの金髪は、涙声だった。
「クソガキに負けた高校生はクソ野郎になるのかな? ねえ佐久間さん、どう思う?」

くすくすと微笑みを絶やさず、周助はあたしに振り返った。すでにパンツ一丁になっている金髪と赤髪を見るのは抵抗があったので、あたしは背中を向けていたのだ。

「ね、ふ、不二くん……」
「うん?」
「帰ろ? もう、十分だッテ!」
「いいの? 僕は気が済まないけど、佐久間さんがいいなら、いいよ?」
「も、不二くんがコテンパンにしてくれただけで、あたしは十分だから!」
「そう? ふふ。わかった。じゃあ帰ろう」

そっとあたしの背中に触れて、周助は促すように歩き出した。
金髪と赤髪がなにかわめいていたけど、あたしにはもう一切、聞こえてなかった。
周助にもまったく聞こえてなかったのか、あたしの横で、ずっとニコニコしていた。

「不二くん、今日、ありがとうね。不二くんのテニス、はじめて見たよ。噂には聞いてたけどサ、すっごい強いんだね、不二くんって!」
「ふふ。そう? 佐久間さんにそう言ってもらえると、僕も嬉しいな」

優しく笑う周助の髪は、春風にサラサラとなびいていた。夕日があたしたちを照らして、なんだかロマンチックな気分になった。
このときには、あたしはもう恋に落ちていたんだと思う。

「でも、ごめんね? 偶然、見かけたの?」
「……うん、まあそんなとこ」いま思えば、ひょっとして周助はあたしの帰宅を見守っていたのかもしれない。
「あたしのためなんかに……体力、使わせちゃったね」
「かまわないよ。だって僕、周辺の周に、助けるの助で、不二周助だからね」

ア、と口を開けたあたしに、周助はくすくすと笑って、「佐久間さん、かわいいね」と、ごく自然に付け加えた。
もうそれだけで、あたしのテンションは最高潮だった。

「ねえ佐久間さん、知ってた?」
「え、知らないなんだろう!?」
「まだなにも言ってないよ、ふふ、面白いんだから」
「ア、ごめんごめん、早とちり」

周助が話しかけてくれる。その笑顔をあたしだけが独占している、ふたりきりの時間が、すごく嬉しくて。

「周助の周にも、救う、助けるって意味があるんだよ」
「そうなの!? じゃ不二くんって、救って助けて助ける人ってこと?」
「ふふ、そうだね。ひょっとしたら僕は……」

大きな風が、あたしたちのあいだを通り過ぎた。
その風が吹いてくれたおかげで、あたしの頬が髪の毛に隠れた。このとき、「よかった……」と思ったことを、あたしはいまでも覚えてる。

「佐久間さんを救って助けるために生まれたのかも、ね?」

真っ赤になったから。心臓が、飛び出すかもしれないって、本気で思ったから。
このころのあたしは、きっと冗談、と思って、ヘラヘラするしかできなかったけど。

「あ、ははははは。あー、そうだったらすごい!」
「うん、僕もそう思う」
「てか、ていうかさ不二くん!」
「うん?」
「目、開けてよー。テニスのときみたいに」
「僕いま、目、開いてるよ?」
「え……」

そんなことを話しながら帰ったのが、あたしと周助の、はじめての思い出になった。





「だから、周助ってすっごい天然で、すっとぼけてるの」
「またそんな、昔の話」

いろいろ思い出したものの、「助平の助」を話し終わったとき、忍足くんと千夏は、若干、引き気味に周助を見ていた。
そりゃそうだよね。まさか「助平の助」なんてド真剣になって言ってた感じに見えないもん。いまの周助からは、想像できないはずだ。

「うーん、全然、結びつかない」千夏が眉間に指を乗せて唸りだした。
「こんなエピソードいっぱいあるんだから」
「……もう、伊織はいじわるだね」

周助は少し困ったようにそう言ったわりに、机の下でそっとあたしの手を握って、微笑んだ。
ア、と思う。これは合図なんだ。もう、忍足くんと千夏いるのに! とニヤけそうになる顔をなんとか抑えて、手を握り返した。
でもひょっとして周助も、テニスコートのことを思い出したのかな。

「不二って、天才ちゃうかったっけ」
「忍足よりは天才感が出てたんじゃないかな」
「……それは否定せんし、実際そうやろ。越前にニセ不二先輩って言われたときは、ホンマにしばいたろうかと思ったけど」
「僕のニセができるだけでも、すごいことだと思うよ」
「うわあ、めっちゃ上から……」
「わたしのなかでは侑士さんのほうが、天才だよ」
「ホンマ? 千夏さんにそう思われとったら、もうなんでもええわ、俺」

また、人の家でイチャつきまくるふたりに、そろそろ面倒くさくなってきた。
でもどうやらそれは、周助も同じだったみたいだ。

「ねえ、もう十分UNOも堪能したし、そろそろ、ふたりとも帰ってくれるかな?」

急だった。周助から飛び出した黒いオーラに、忍足くんと千夏はぎょっとした。
ああ、やっぱり……とっとと帰ってほしくなってるんだ。と、あたしは苦笑した。
こうなったら周助は止まらない。いつだって優しいけど、ときどき頑固で、強引で。そういうところが、いつだってあたしの胸をドキドキさせる。

「あー、ほな、千夏さん、帰ろか!」
「そ、そうだね! じゃあまた!」

忍足くんと千夏はバタバタと帰っていった。
天然エピソードの話を聞いたばかりだから、嫌な予感がしたのかもしれない。周助ってそういう、得体の知れない怖さがある。
ふたりの背中を見送ったあと、周助は玄関先であたしの腰を抱いた。

「もう伊織、僕の恥ずかしい過去をバラして……」
「えー、嫌だった? あたしは懐かしいこと思い出したんだけどな」
「ん……僕も。だから、今日はいいでしょ?」

そう言って、首筋に優しいキスをしてくる周助が、いまでも大好きで、たまらない。

「ねえ伊織、知ってた?」
「うん?」
「あのとき、助けるの助って言われて、僕、ちょっと残念だったんだ」
「あ、それ思ったよ。なんでだったの?」
「うん……ふふ。あれで、もう伊織と話すきっかけなくしちゃったなって思って、ね」
「……周助、ひょっとして、だから、わざとおかしな『助』にしてた?」

くすくすと笑いながら、周助がそっと頬に、こめかみに、唇にキスをする。
あのときはこんなふうに触れ合うことになるなんて、思ってもなかった。

「あの日からずっと、僕は伊織に恋してるからね」
「……あたしもだよ、周助」

……いいかな。今日は、抱かれても!





fin.
Request from 柚子様



[book top]
[levelac]




×