ボイル_02


2.


「そら佐久間が悪いわ」
「同感」
「えええええええ! 急な裏切り!」

一気に恥ずかしくなって景吾の家から飛び出して帰った金曜日。
スマホの電源はずっと切ったままでいた。週末にはいつも景吾の家に行っていたのに、もうあんな醜態をさらしては行くこともできなくなって、本日、月曜日の昼休みに至っている。
幸い、景吾が家まで押しかけてくることはなかった。……幸い、なんて強がりだけど。
景吾、どうしてるだろう。お互いにいることがわかっているのに、休日に会わないことなんてなかったから……落ち込みが半端ない。

「いやそら……そらお前、できへんで普通。いくら跡部でも」忍足はいつもの定位置で、今日は椅子に座って話に入ってきていた。
「そうだよー。小さい頃からずっと自分のこと見守ってきたたくさんの使用人の前で、キスなんかできるわけないじゃん!」千夏は忍足に賛同している。
「でも、あの女に見せつけたかったの!」
「それはようわかったって……せやけどあの美人がひとりそこにおったって、できるかっちゅうねん、そんなこと」
「忍足でも?」
「俺ならする」
「するんかいっ」

千夏の軽快なツッコミが飛んだところで、わたしはがっくりとうなだれた。
こないだから、うなだれてばかりだ。情けない。
てかそうか、忍足ならするんだ……まあしそうだ、めちゃくちゃ平気な顔して、しそう。

「俺は彼女の言うことやったら聞くわ。でも跡部は無理やろな。ああ見えて恥ずかしがり屋さんやから」
「あんな氷帝コールかましといて、どこが恥ずかしがりなの」さっき裏切ったばかりのくせに、千夏は急に景吾を責めだした。
「恥ずかしポイントが凡人とはちゃうねん。せやけど人並みに、公衆の面前で……いや、使用人の前やからかな、キスは恥ずかしいと思う、跡部は」
「でも犯人の前ではしたもんっ」しかも、すんごく濃いやつ!
「知らんヤツなら平気かもしらんけど。ちゅうかな佐久間、お前ちょっと頭冷やせ。それとこれと状況ちゃうことくらい、わかるやろ」

忍足の正論にぐうの音もでない。わたしだってどうかしてるのはわかってる。
それでも景吾が好きなのはわたしなんだって、思い知らせてやりたかった。
だいたい、だ。メイドの分際で景吾の腕マッサージするとか、意味がわからない。
景吾も景吾だ、「そうか、頼む、ありがとう」じゃないよ! 頼んだあげくお礼まで言って、あんな、あんなエロいマッサージ! それともエロいからお礼言った!?

「あああああもう嫌だ、苦しい。消えてほしい」
「こいつ……まるで中学生やな」
「無理ないよ忍足。伊織にとっては、はじめての彼氏、はじめての恋愛だからねえ。あたしもはじめて付き合ったときはこんなだった」千夏は堂々と黄昏れている。
「おまけに相手は跡部やもんな。まあしゃあないっちゃ、しゃあないか」
「あんなモテる男、彼氏にした宿命だよ伊織」

だからわたしが我慢しろってこと? ずるいよそんなの……!

「だって忍足だって千夏だって言ったじゃん! あの美人は危険だって!」
「そら……落ち着きいや、自分」
「落ち着けない!」
「いや、あれだけの美人だから、普通の男ならなびいちゃうこともあるかもって程度だよ、伊織」
「そやそや、跡部は普通やない」
「さっきから普通って言ったり、普通じゃないって言ったり!」
「ゾッコンやって、お前に。ずっと言うてきとるやろ。その意見だけは俺も千夏も変わらへんよ」
「そうだよ伊織。なんでそんなに不安になってんの?」
「う……だって」

忍足の前で、それを告白するのは困難だ。こいつにまで発情していると思われたくない。
千夏はわかってないんだろうか。わたしがあれだけ、景吾が求めてこないことを相談していたというのに。

「ま、俺らが話しても埒が明かんし、跡部、呼んどいたわ」
「えっ!」
「ふたりで話し合い。それがいちばん」
「なん、ちょ、勝手なことしないでよ!」

と、言ったそばから、景吾が向かってくる姿が見えた。ガタン、と音を立てて席を立つ。
逃げたい、めちゃくちゃ逃げたい!

「あーかん佐久間、ここにおり」
「忍足っ、離してっ」

だって昨日あんな醜態さらして、どんな顔して会えばいいわけ!?

「離さんって」
「あ、でももう離しても大丈夫そうだよ忍足? あたしら退散する?」
「おお、そやな」

景吾はものすごく冷静な態度で、すたすたとわたしの前に立ちはだかった。
いつのまにか、忍足と千夏はそそくさと教室を出ていっている。あの二人、コンビネーションがバッチリすぎて怖くなる。それだけわたしと景吾を応援してくれてるってことは、わかっているけども。

「……呼んだか?」
「わ、わたしは、呼んでないっ」
「はあ……なあ伊織、なぜ電話にでない?」

遠巻きに見ている生徒たちが、コソコソと話しはじめた。
付き合って1ヶ月する頃にはすっかり噂になっていたわたしたち。いろんな女から恨みを買っているはずだけど、前の騒動のときの景吾の処理がきいて、なにもされることなく過ごしている。
だけど、冷やかしの的という的になっているのは、嫌ってほどわかる。いまなんてとくに。

「……スマホ、切ってるから」
「ああ、そうかよ。お前はもう俺とは連絡も取りたくねえってことか?」
「……」
「黙ってないでなんとか言えよ」

なにが言えるというのだろう。傍から見て、わたしが頭のおかしい女なのはたぶん間違いない。あれほど忍足と千夏に呆れられたことからも、それは確実だ。
だけど、どうにもならなかったんだ。嫉妬で頭がおかしくなりそうで。あの女に、見せつけてやりたくて。

「ちょっと、こっちに来い」
「えっ」
「いいから、来い」

景吾がわたしの手首を掴んで、ぐんぐんと校舎内を歩いていく。教室内の冷やかしの声が大きくなっていた。それがだんだんと遠くなっていくのを感じながら、わたしは黙って景吾に従った。
やがて連れられた場所は、生徒会室だった。

「ここなら、話しやすいだろ」
「……」
「まだ黙ってるつもりなのかよ、伊織」
「……昨日のことは、ごめん」

絞り出すようにして、そのことだけは謝った。景吾を困らせた。いくら、いつもわたしを甘やかしてくれるからって、あんなふうに困らせちゃいけなかったのは、最初からわかってる。

「ああ、もういい」

だけど、もう景吾とあの人が一緒にいるところを見たくない。

「わたし……しばらく、景吾の家には行かないようにする」
「……なに?」

そうするほか、ないと思った。
あの人は景吾の誕生日の10月4日までいる。今日が10月1日。しばらくと言ったって、たかだか4日のつもりだけど、4日の辛抱ならできる。
景吾がいるときは、毎日のように行っていたんだから、わたしにとってはしばらくだ。

「俺の誕生日には、祝ってくれるって約束じゃなかったのかよ?」
「……」
「はあ……」

天井を見て、景吾は深いため息をついた。わたしだって、険悪なことを言ったのはわかっていた。手のかかる女だと思われているだろうか。自分でもそう思う。
だからって素直に、あなたとセックスしたいの、なんて言えない。
発情してんのかって言われた以上、絶対に口にはできない。すごく軽蔑された気分だったから。すごい下品な女だって思われた気分だったから。
ううん、気分じゃない。あんな言い方、実際に思ったに決まってる。

「……わかった」
「え……」
「好きにしろ。俺もしばらくは連絡しない」

そう言って、景吾は生徒会室を出ていった。
やってしまったという後悔は、もう、しても遅かった。





10月4日は、見事なまでの秋晴れだった。風はそれなりに冷たかったのだけど、自分の無様さに頭を冷やすにはちょうどいい気もする。
昼下がりの屋上は、考えごとをするにはピッタリの場所だ。今日という日にこんなに天気がいいとは、さすが景吾だな、と思う。

「あ、伊織いた……アンタさあ、もうスマホ見てよ!」
「持ってきてないんだよ……」
「はあ?」

千夏の声に振り返りもせずに、わたしは空をぼーっと見ていた。いまごろ景吾は学校中に女子に追いかけ回されてうんざりしている頃だろう。そのせいなのか、この屋上はいつもより人が少ない。

「もしかして、まだ電源切ったまま!?」
「うん……」
「ちょっと、それじゃいつまで経っても仲直りできないじゃん」
「だって連絡しないって言ってたし……」

電源をつけたら、連絡しないと言っていた景吾が、本当に連絡してこないことにひどく落ち込むと思ったのだ。そんな自分の未来が新宿の母レベルで見えたおかげで、わたしはスマホの電源を落としたままにしていた。
ずぼらな性格が幸いして、毎日やってるアプリもなければ、頻繁に連絡を取り合っていたのは景吾と千夏くらいなもので、わたしはスマホなしの生活でも、なんの不自由もないと実感している。

「伊織さあ、もう、いい加減にしなよ。跡部がかわいそうじゃん」
「わたしは、かわいそうじゃないってか」
「そりゃあアンタのしんどい気持ちもわかるけどさあ。このまま自然消滅んなったらどうすんの?」
「嫌だ……」
「でしょうよ」

体育座りでうなだれる。千夏はとなりに座って、言葉とは裏腹にわたしの頭を撫でてくれた。ああ、こうして景吾に頭を撫でられていたほんの数日前が恋しい。

「跡部、めっちゃしけた顔してんでえ、佐久間」

泣きそうになっていたら、頭上から声が振ってきた。もう頭をあげるのも面倒くさいほど、誰だかわかる。涙がすっと引っ込んだ。

「また登場してきたの、忍足……」
「迷惑そうな顔すんなや千夏。お前、今日は議事録係やからな」
「だー、また回ってきたのか、議事録……」

面倒くさいけど顔をあげると、忍足が千夏に議事録帳をポイ、とわたしていた。いつかこんなことがあったなと思い出す。あのころはまだ、景吾への気持ちがふわふわしてた。
たった3ヶ月前のことなのに、もうどうしょうもないくらい好きになってる自分に気づいては、胸が苦しくなる。好きなのに、どうしてこんなにつらいんだろう。自業自得なのはわかってるけど。

「なあ佐久間。跡部、楽しみにしてたと思うで。お前と誕生日過ごすの」
「あたしもそう思うー」
「どうだか」
「なにを気取ってんねん。ホンマお前らは……付き合う前も付き合ってからも意地っ張りなやっちゃなあ。付き合うまでに10年かけて、付き合ってからも喧嘩で10年かけるつもりか?」
「そんなのもう、そんなことになったら、お別れしてるに決まってるじゃんっ」
「せやから聞いとんねん、別れてもええんか?」
「いいぞ忍足! さすが世話焼き!」
「ちゃかすな千夏。俺は真面目に佐久間と話しとんねん」
「すみません……」
「なあ、どないなんや」
「……いいわけ、ないじゃんか」景吾と別れるなんて考えられない。だってこんなに好きなのに。
「ほな誕生日おめでとうって、言うだけ言うたれよ」
「そだよ伊織。意地張っててもいいことなんかない。あたしは恋愛の先輩なんだから、言うこと聞きなさい」
「そうやで。プレゼント用意しとるんやろ? それわたして、おめでとう言うたらええねん。それで仲直りや。跡部やったらそれでもう許してくれるって」

その忍足の断定的な発言に、はっとした。プレゼントをわたして、おめでとう……。
まずい。誕生日プレゼント、なんにも用意してない。

「……あれ、この反応なんやろ」
「プレゼント……どうしよ」

わたしの顔を見ている二人の口が、ポカンと開いている。

「伊織って……ずぼらだからねえ」
「考えられへん。どうせ跡部にも会わんと暇しとったくせに」

悪態を右から左に流しつつ、わたしは口を手にあてて自分にひいていた。

「呆れた女やな。なんで跡部、こいつ好きなんやろ」
「忍足、あたしもそれ、ちょっと疑問」
「うるさい!」





放課後、家に帰ってからすぐに着替えた。景吾の誕生日プレゼントを買いに出るためだ。
ネットで検索して景吾に買おうと思っていたプレゼントをチェックする。
どちらも駅前のデパートにありそうだった。

「伊織、今日は遅くなるの?」
「えっ、な、なんでっ!」

バタバタと支度を終えて家から駆け出す手前で、母が声をかけてきた。
急いでいるのにやめてほしい。時計を見ると時刻は16時だった。
全然、余裕だとは思うけど、気が急いて仕方がない。

「なんでって……今日は景吾くんの誕生日だって言ってなかった?」
「あ……えっと、うん。でもそんな……遅くなんない、と思う」
「夕食後にふたりでお祝いするんじゃなかったっけ?」
「うんと……それは……」

まごまごしながら説明に困っていると、母がニヤニヤとわたしを見てきた。
なんなんだこのオバサン……こういうときにやけに勘が働くのは、母親だからなのか、この人だからなのか。

「ふうーん。まー、好きにしていいわよ。せっかくなんだからゆっくりしてきたら?」
「好きにって、それ高校生の娘に言います?」
「だってえ、なんかうまくいってなさそうだし。素直にならないと捨てられるわよー?」
「余計なお世話!」

なんでもかんでも見抜かれている気がしたせいで、玄関を思い切りしめた。
うまくいってなさそう? それって大人の女が見たらすぐにわかるんだろうか。
……ひょっとして、あの女も気づいてる? いやいや、気づいてるに決まってる。あんな頻繁に行っていたのに、3日も景吾の家に行ってないんだから。
じゃあそれって、もしかして、わたしはみすみす自分から、餌をまいてしまったということにもなる……?

「ああ……もう、なにやってんだわたし!」

プレゼントは買ってないわ、ライバルにチャンスあたえるわ、景吾には発情女って思われるわ、もう死にたいっ!
頭痛がしそうなほどの後悔のなかで、なんとか駅に向かおうとしていると、となりの景吾の家の前に、ロールスロイスが停まっていた。
はっとして、思わず身を隠す。何人もお手伝いさんが誰かを送るように出ているのが見えて、景吾がそこから出てくると思ったからだ。
でも、そうではなかった。すぐに、あの声が聞こえてきたのだ。しかも車からではなく、それは門前からだった。

「お世話になりました」
「こちらこそ、いろいろと助かった」

つづけて、景吾の声がした。あの美人インターンが、大きなキャリーケースを引いている。そういえば、今日が最終日、研修修了の日だ。夜までいると思っていたけど、もう帰宅ということだろうか? というかあのインターン、まさかあのロールスロイスに乗って帰るつもり? どんだけ姫待遇なんだ。

「いろいろと、うるさいことを言ったかと思います。大変、申し訳ありませんでした」
「それがアンタの仕事だったんだろ? 気にすることはない」
「景吾さんは、本当にお優しいですね」

ニッコリとダイナマイト級のあの笑みを、景吾に向けている。景吾も微笑んでいる。
……これ以上ないってくらいお似合いだ。胸が鷲掴みされたように痛い。
なんで景吾の誕生日に、わたしはこんなものを見せられているんだろう。
見なきゃいいんだけど……。見ちゃうよ。だってそこに、景吾がいるんだもん。

「それと、お誕生日おめでとうございます。これ、ささやかですが」
「わざわざ用意していたのか。ありがとう。受け取らせてもらう」

彼女が、景吾にプレゼントをわたしていた。わたしよりも先に。いや、わたしよりも先にプレゼントをあげた女なんて、学校にめちゃくちゃいるけども。でもあんなに嬉しそうにしている景吾の笑顔を見れたのは何人だろうと思うと、息が苦しくなってきた。

「はい。ですが景吾さん、ちょっといいですか?」
「どうした?」

受け取って、景吾がその中身を確認するよりも前に、彼女は景吾に一歩近づいた。
その行動に、声をあげそうになった。彼女が透き通った頬を寄せるように、景吾の頬に近づいていく。まさか外国式の、頬を寄せ合うあの……チークキスをするつもり?
瞬間、わたしは背中を向けた。3日前のデジャブだ。見てられない。腕のマッサージなんかよりも、全然、100倍見ていられない。今度こそ泣いてしまう寸前で、わたしは反対側に走り出した。もう嫌だ、わたしの景吾が、わたしのじゃなくなる……!

「あら? あれは……」
「アーン?」

まだなにか声が聞こえた気がしたけれど、振り返る気にはなれなかった。





「あの、これラッピングできますか?」
「え? これを、ですか……?」
「あ……ダメ、ですかね」
「いや、すみません。ちょっといい袋ならありますけど……」
「じゃああの、それでいいです」
「はい、かしこまりました」

仕方がないので、あとで大型雑貨店によってラッピングのセットを買おうと思った。
普通に生活している高校生に買えるものなど、たかが知れている。わたしなんてバイトもしていないから、本当に些細なものしか買えない。だからいろいろと考えた。景吾を笑わせたいのと、景吾に喜んでほしいのと、それで予算内でできることを、結構前から考えていた。プレゼント自体は買ったから、あとは簡単にラッピングしたら、わたすだけだ。でも、そんな日がやってくるんだろうか、とさえ思ってしまう。
あのインターンが言っていた「ささやか」とはなんだったんだろう。「些細」と「ささやか」では意味合いが違うが、その言葉以上に違うのだろうなと卑屈になる。
そんなことよりも……。景吾はあのあと、チークキスしたんだろうか。

「はあ……」

誰かにアピールするように吐かれた、大きなため息が虚しい。キスなんて、わたしとしかしないと思ってた。いやそりゃ、外国式の挨拶だってことはわかりますよ。だけどここは日本じゃないですか。

「お姉さん、お姉さん」

だいたいアレって親しみこめてやるもんでしょ? 
親戚とか、友だちとか。そっちはメイドで、あげく跡部財閥のインターンでしょ? 立場が全然、違うじゃんか。

「ねえ、お姉さん。寄っていかない? 初回500円で1時間飲み放題!」

なのにチークキスを立場が下のほうからしかけるって、どういうことだ、おい。美人だからなにしてもいいって思うなよ! ていうか景吾だって突き飛ばすくらいのことしたらいいのに!

「お姉さんってばー!」
「なに!」

人が考えごとしてんのに、しつけえよ! と景吾の口調で怒鳴り散らしてやろうかと思った。
どっからどう見てものホスト野郎に、ギラギラの目で振り返る。
さっきから聞こえてなかったわけじゃない。聞こえてたけど無視してたのだ。

「こわっ……ねえ、ホストクラブ興味ない?」
「ないってわからないですか? ていうかわたし未成年ですから!」
「えっ……あー、残念。美人つれてくと先輩たち喜ぶからと思ったんだけどなあ」

えへらえへらとした茶髪の兄ちゃんが、頭をかきながらそういった。

「美人……?」
「うん、かわいいし、美人だし、そそるよねー。俺、タイプかも」

営業トークなんだということはわかっていた。
しかし未成年だとわかった相手にわざわざ営業トークするもんだろうかと、異常なポジティブ思考が働いていく。
こういうモノ好きもいるんだ、と思う一方で、じゃあわたしをタイプというあなたは、男としてわたしをどう感じるのか。聞きたいことが、湯水のように流れてきた。

「ねえホスト」
「いや待って、ちょっとその呼び方はないと思う」
「じゃあホストさん」
「普通、お兄さんじゃないかな! オレ、君より年上だよ!?」
「じゃあお兄さん」
「なんなんだよ極端な子だな……」

言われなくてもわかっています、ここ数日で嫌というほど。

「わたし、美人ですか? 本気で言ってる?」
「え……ああ、うん、いい女だと思うよ」
「魅力、あります?」
「そりゃ、あるから声かけたんじゃん」

ホストは案外、いい人なのかもしれないと思った。
しかも女はたくさん見尽くしてきているだろう。景吾には劣るけど、ついでに忍足にも劣るし、なんなら宍戸にも劣るけど、この人もわりとイケメンで、モテる気がする。

「性的な魅力は?」
「え……?」
「抱きたいって思います?」
「はっ!? ……いや、あの、オレいまバイト中だからさ、あー、明日とか、明後日なら!」
「あの、じゃあいいですか? ちょっと、追加で」
「つ、追加? いやうち、そういう店じゃないから、そういうオプションとかも……」
「見て、これ」

念のため持って出ていたスマホに、ようやく電源のスイッチを入れた。充電器に挿しておいたままだったから、電池はフルに入っている。
すぐさま検索エンジンアプリを立ち上げた。そしてこの検索は、三度目だ。

「この人とわたし、どっちがいいと思いますか?」
「は?」

スマホをホストから見て正面になるようにして、向きを変えた。
ホストがわたしの手のなかのスマホを覗き込む。ミスキャンパス? というその声と、ほとんど同時のことだった。
真横から、突然わたしの手首に長くて綺麗な手が伸びてきて、強い力でつかまれた。

「ひゃっ」
「うわっ、びっ!」

わたしが声をあげるのとほぼ変わらず、ホストの声が重なる。
手の先にある顔を見ると、思い切り眉間にシワを寄せた景吾が、鬼の形相でわたしを睨みつけていた。





「どういうつもりだ……伊織」
「な、なん……」
「どういうつもりだって聞いてんだ!」

駅前の、人通りの多いにぎやかな場所で、景吾の怒号が響いた。
周りの人たちがなにごとかと見ている。ちらほら氷帝の制服も見えた。
わたしの全身から、血の気が引いていく。まずい、どっから聞かれていたんだろう。
「抱きたいと思います?」からだったら、完全にまずい。ものすごい誤解をされているに決まってる。

「け、景吾、違くて、これは……」
「ナンパされて連絡先交換か? おい」
「違う、違う!」
「じゃあなんだ、お前からナンパでもしたのか」
「そうじゃなくて!」

ぶんぶんと強く首を振っても、そんなことに効果がないのは、つかまれた手首が痛すぎることで伝わってきた。
景吾は怒りを込めた表情を一切変えずに、ドスのきいた声でつづけた。

「てめえ、おい」
「ひっ」

ぶん、と音がするほどの強さでわたしの手首から手を離した景吾は、そのままホストの胸ぐらをつかんだ。いけない、この人なにも悪くないのにっ……でも、怖くて声が出ない。

「お前は誰だ……」
「おおおおおおオレは、すぐそこの、ホストクラブで……!」
「見りゃわかんだよ、伊織になんの用だ、てめえ」
「かかかか勧誘、勧誘で声かけただけです!」
「勧誘で声かけてナンパするとはどういう教育受けてやがる。潰してやろうか、お前の店」
「ご、誤解です! 声かけてきたのは、そっ」余計なことは言うなホスト!
「俺の女に、いい度胸だな、おい。覚悟はできてんだろうな? このまま警察に突き出してやってもいいんだぞ!」
「だから、誤解っ……誘ってきたのは、そっ」
「景吾!」

結局は余計なことを言おうとしたホストの声を、どうしても止める必要がある。それがわかったとき、わたしはやっと声を振り絞ることができた。
景吾はわたしの声に、少しだけ力を緩めた。それでもその手はホストの胸ぐらをつかんだままだ。視線だけが、こちらに向けられた。やっぱり顔が、怖すぎる……。

「や、やめてあげて。あの、すごい、誤解が生まれてるから」
「……」
「ほ、本当に誤解だから! このホストなんも悪くないし!」

パッと、胸ぐらから手が離れた。離れた瞬間に、ホストは駆け出していた。
ざわざわと人が増えていく。これは死ぬほど恥ずかしい。わたしにお手伝いさんたちの前でキスを迫られた景吾も、こんな気持ちだったんだろうか。
その件はもう謝ったけど、いまはもうこの件も含めて、土下座して謝りたい。

「つまりはお前が、誘ったってことかよ?」ゆっくりと距離を詰めてくる景吾に、後退りしかできない。
「いやあの……」決して、誘ったわけではないんです、質問したかっただけで。「せつ、せつ、説明するから、そ、どっかその、ばばば場所、変えない?」

ホストのように、口が回らなくなっていた。
人は本当の恐怖を覚えるといとも簡単にどもるのだと、久々に実感した。





ソファの上で、わたしはいつも通りに景吾のとなりに腰を下ろしていた。お互い目もあわせずに、なにもついていないテレビ画面を見つめている。

「お誕生日、おめでとう……」
「……それでチャラにしようと思ってるわけじゃねえな?」

思っています、ごめんなさい。とは言えない、絶対。殺される。
インサイト状態で目を見開きまくったままだった景吾を、わたしはなんとかあの場から遠ざけることに成功したものの、帰り道、景吾はまったく口を聞いてくれず、やがて自宅前に到着した。
もうこのまま帰ったほうが身のためだと思ったわたしが、「……それじゃあ、失礼します」跡部さん、と付け加えそうになったのをこらえたところで、「誰が帰すと言った。話が終わってねえぞ」と腕を引っ張られ、結局わたしは景吾の部屋に、ドキドキ展開とは程遠い状況で連れ込まれていた。いや、いろんな意味でドキドキだけど。

「説明しろ。お前はあのホストに発情したってことか?」
「ま、また言った! ひどい!」

チラ、とこちらを見たんだろう景吾が、眉間にシワを寄せているのが気配でわかった。
目を合わせたら殺されそうだと思っていたのに、ショックが蘇って、わたしは景吾の顔をもろに見た。また目が見開いていて、もう見慣れたとはいえ、ぎょっとする。

「じゃあなんだ? 抱きたいかと、あのバカホストに聞いたのはどういうことだ!」

自分の部屋だからなのか、遠慮なく怒号をあげる景吾にビクッとする。
やっぱりそこから聞いてたんだ……ああ、わかっていたけど、この展開。だいたいいつも、こういうときは都合の悪いところから聞かれてるものだ。

「だから、それは……」

景吾が抱いてくれないから、わたしに魅力があるのか質問した。と言えたら、きっとこの喧嘩は終わる。
だけどそれは言えない。言えないし、なんか悔しい。自分はあんな美人とチークキスしておいて、なんでわたしばっかり、求めてるみたいになってんの。

「俺が止めてなかったら、お前はいまごろ追加オプションであの野郎に抱かれたのかよ!?」
「そん、そんなわけないじゃん!」
「じゃあ説明しろ!」
「だから……」
「なににキレてんのか知らねえが、俺の連絡を何日も無視したあげく、ほかの男に抱かれようとした理由を、俺に説明しやがれ!」

カチン、ときた。違うと言っているのに、しつこい。絶対、景吾だって誤解だってわかってるくせに、しつこい。
しかも、「なににキレてんのか知らねえ」だと……?
わたしがこの3日間、どんな思いでいたか! あの美人インターンと景吾の卑猥な想像して、胸がかきむしられるようにつらくって、そりゃ景吾だって連絡無視されてて怒ってるかもだけど、いや今日はもっと怒るようなことがあったのもわかってるけど、わたしだって嫉妬で気が狂いそうだったのに!

「だって……わたしを拒絶したのは景吾じゃんか!」
「アーン!? 俺がいつお前を!」
「みんなの前でチューしてくんなかった!」
「お前バカか……!? 昔から俺を見てきてる使用人の前で、そんな恥ずかしい真似ができるか!」

うう、忍足、ビンゴだよ。いやそんなのどうだっていい!

「じゃあなんで、そんな景吾を昔から見てきてるお手伝いさんたちの前で、あの人とはキスしたの!?」
「はあ!? なんのことだ!」
「してたよ今日! チークキスとかいうヤツ!? なんかあの、海外ドラマとかでこう、なんかするヤツ!」
「してねえよ!」
「してた! あのバカみたいに美人なインターンがお世話になりますとか言って、プレゼントわたして、さも、親しげに!」

そこまで言ったら、景吾は急にトーンダウンしたように口を閉じた。
いつも思うけど、この人との喧嘩は本当に体力がいる。お互い怒鳴りまくるせいだけど。

「やっぱりお前、見てたんだな……それで走り去ったってことか」
「いまそんな話してない! ていうか、見てたってなに、見られちゃまずかったんだ!?」

ああそうか、わたしが走り去ったとこ見てたから、景吾は彼女を見送ったあと、わたしを追いかけてきて、それで、あの場に居合わせたってことだ。
そんで、ホストとのやりとり見つけておかんむり? ざまあみろ! だったらわたし以外の女とチークキスなんかしないでよ!

「お前な、人のこと言えるのか!? バカみてえな誤解ばかりしやがって!」
「はーっ!? 誤解っ!? どこが!? めっちゃ距離、近かったですけど!?」
「あれは耳打ちされただけだ!」
「み、耳打ち!? いやー、親しくて結構ですね! 好き、とか言われたの!?」
「くだらねえ想像しやがって!」
「どっちが!」
「彼女は、早くお前と元の関係に戻ってほしいと嘆願してきただけだ!」
「なんでそんなこと言われなきゃ! ……え、嘆願?」

怒号と怒号が飛び交う部屋が、一気に静まり返った。
元の関係に戻ってほしい……? どういうこと? あのインターン、わたしと景吾の邪魔ばっかりしてたじゃん。なんでアンタに嘆願されるの? 嘆願するくらいなら、邪魔しなけりゃいいでしょうよ。

「……なんで、そんなこと」
「自分のせいだと、気づいたらしい。お前が、感情的になったことを気にしていた」

ぐいっと、無理くり正面に体を引っ張られた。
さっきまでの怒りはどこにいったのか、真剣な目の景吾が、切なげにわたしを見つめている。ずるい……そんな顔で見てくるなんて。

「……よく聞け伊織。研修に来る連中は、決まって俺の生活に口を出す」
「え……」
「俺に、規則正しい健全な生活をさせるのが彼らのミッションだ。今回、はじめて俺に恋人がいたことで、そのミッションを掲げられた彼女は、焦っていた」

規則正しい、健全な生活……。それで、19時に帰れとしつこかったのだろうか。遅くなれば景吾の夕食も遅くなるし、健全じゃないこともしちゃうかもしれないから……?

「だから、俺に気があるとか、そういうことじゃねえよ」

本当に……? あんなに触れ合ってたのに?
ていうか、景吾は? あんな美人と1週間も同じ屋根の下で生活して、なにも思わなかったの?

「け……景吾は?」
「アーン?」
「いい女だなーとか、思ってたんじゃないの?」
「な……お前、俺を疑ってたってのか?」
「だって、あんな美人……それに景吾は、わたしのこと……」

景吾の目がきゅっと細められた。さっきよりもひどく切ない表情をして、わたしをじっと見つめている。
疑ってたわけじゃない。だけどキス以上のことを求めてこないから、不安だった。
ちまたの高校生は、交際1ヶ月でほとんど済ませてるって聞いたし……千夏に。その情報がどこまで正しいのかは知らないけど、わたしを不安にさせるには十分だった。

「言っただろ? 忘れたのかよ」
「え……」

コツン、と額が重なった。じんわりと胸があたたかくなる。
告白されたときにしてくれた、景吾からの合図。
話を聞けよってときに、いつもしてくる、わたしたちだけの、特別なスキンシップ。

「10年前から、俺のなかの女はお前だけだって、言ったろ」
「景吾……」
「それは、この先も変わらない……絶対だ」

景吾のキスが、しっとりと落ちてきた。3日ぶりのキス。景吾の誕生日。
わたしはずっと、こうしたかったのに……バカみたいに嫉妬して、喧嘩して。景吾を怒らせて。
素直になればよかったんだよね……忍足と千夏のいう「ゾッコン」を、ちゃんと信じてれば、こんな喧嘩も、しなくて済んだはずだ。
でもその自信には、あとひとつ、決定的に、足りない。ほしいんだよ、景吾。

「ン……伊織?」
「黙って、お願い」

ものすごく勇気を出して、わたしはキスしたまま、景吾に舌を出した。
絡まって、激しくなるキスの音が、体中を刺激していく。戸惑っている景吾のことなんて、もう無視しようと思った。
千夏だって、自分からすれば? って言ってた。母だって、素直になれって言ってた。
女はときどき大胆にならないと、いけない気がする。

「ちょ、待てよ……」

キムタクか、とツッコみたくなるような口調で、景吾は赤くなっていた。
どうしてそんな困った顔するの? やっぱりわたしじゃ勃た……魅力ないから?

「……お前、やっぱ発情してんじゃねえか」
「も、発情してるよ!」
「なっ……大声だすなっ」

困惑を隠せない顔で、景吾がわたしを見つめる。なんでそんなに好きって言ってくれるくせに、抱こうともしてくれないの!? 勃たない!? 勃たないですかわたしのみすぼらしい体じゃあ!? ああもう、ためらうことなく下品な言葉を使っちゃったじゃない!

「景吾をちょうだい! 誕生日だから!」
「……俺の誕生日なのに、お前がほしがるってどういうことだ」

顔を赤くしているくせに、重箱の隅をつついてくる。
そんなのも無視してやる。思いを伝えなきゃ。もうこのまま待ってるだけなんてつらい。

「景吾が、ほしいの。もっと触れたいし、誰にも触れてほしくない。あんな美人に腕とかマッサージされて、気持ちいいとか言ってる景吾見たくなかった。事件のとき以来、あんなキスしてくれないし、全然、それ以上求めてこないし、わたしじゃ興奮しない? わたしみたいな女じゃ、景吾は……。景吾が、わたしは景吾がほしいのに」

泣き出していた。ああ、こんな予定じゃなかったのにと、涙を流しながらやっぱり後悔する。
発情バカだと思われているだろうか。思われているだろう、あれだけ「発情してる」と言われたんだから。しかもさっき、認めた。でも発情してなにが悪いの。好きなんだからそうなりたいよ。

「はあ……なるほどな。それもあって嫉妬してたってことか」

泣くなよ、と親指で頬を撫でてくる。勇気を出して言ったのに、景吾は優しくごまかした。

「いまごろ気づくとか……」
「俺の気持ちがなんもわかっちゃねえのな、お前は」

ぎゅっと、抱きしめられる。景吾の、優しい香り。
この腕に包まれるだけで幸せなのに、わたしが贅沢なんだろうか。わかってるよ、景吾の気持ちは。好きでいてくれてることもわかってる。でもそれだけじゃ、なんか切ないから。

「ところでその紙袋、なにが入ってんだ?」
「へ……あ、あいや、これは」
「見せてくれ。俺のだろ?」
「……まあ、はい」

「景吾がほしい」の懇願をごまかされた気がしたのだけど、今日は景吾の誕生日だ。
わたしはおずおずと紙袋を差し出した。ホストのおかげでラッピングもできなかったから、サプライズ感もなにもない、簡素なプレゼント。

「……駄菓子」
「うん。景吾って、こういうの食べたことないでしょ」
「くくっ……ああ、まさかこんなものをもらうとは思ってなかった……ん? これは?」

プレゼントは駄菓子の詰め合わせにした。マクドナルドも知らなかった景吾は、きっと駄菓子も食べたことがない。でもそのごちゃごちゃした駄菓子のなかに、わたしはそっと本命プレゼントを忍ばせていた。あまりに安っぽいから、それだけあげるのが嫌で、駄菓子をおまけで買ったのだ。

「なんだ、こっちにメインがあるじゃねえか」
「安物だよ……?」
「そんなこと気にしてんのか? お前は本当に、バカだな」

リボンを解いて、景吾はそっとネックレスをつけた。ポイントもなにもないシルバーのネックレスは、景吾の首によく似合う。そう思って買ったけれど、喜んでくれてる、かな?

「ありがとう、伊織」
「嬉しい?」
「あたりまえだろ。好きな女にもらったものは、なんでも嬉しい。これもな」

ひとつ、駄菓子を手に取って、景吾が笑う。
そのあまりにミスマッチな組み合わせに、わたしも思わず笑った。

「ふっ。やっと笑ったな」
「……ごめん」
「俺も悪かった」
「ううん……」
「伊織」
「ん?」
「コインの問題、覚えてるか?」
「え?」

なぜいま、そんな話をするのだろうかと疑問に思った。
するとおもむろに、景吾は近くにあった財布から5セントコインを取り出した。
4日前に、難問を解く際に使ったコインだ。
ピン、と、あのときと同じ動作でコイントスして、キャッチする。出てきたのは表だった。

「表……」思わず口に出してしまう。
「な? もう1回」
「あ、また表」
「何度くり返しても、表が出るぜ」
「うっそ、なんで?」
「見てみろ、いいか」

それから10回くり返して、それは全部「表」だった。なにこのマジック、あのとき解いた確率と全然違うじゃんか。細工……してあるんだろう、たぶん。なんのためにかはわからないけど。

「なんでだと思う?」
「ホントになんで?」
「このコインの表が出る確率は、俺がこの先、お前を愛しぬく確率と一緒だ」
「へ……」
「つまり、100パーセントだ」

裏が一度でも出たら、どうするつもりだったんだろうか。でも細工されているコインだから、わざわざ使ったんだとわかる。だって、いつだって死角はない景吾だから。

「わかったら、もういっぺん言ってみろ」
「え……」
「お前がほしいものだよ」

急に真剣な目をして、じっと見つめてくる。
こんなときにまで、景吾はわたしに言わせるつもりだ。ひどい、わたし一応、女なのに。
男がリードするもんじゃないの? こういうの。

「……景吾が、ほしい」
「それはな、伊織」
「うん……」

ダメだって言われちゃうのかと身構える。卒業するまで待ってほしいとか?
どっちが男でどっちが女なんだよ、とこの先を想像してツッコみたくなってきたところで、景吾がわたしのあげたネックレスをゆっくりと親指で撫でながら、笑った。

「俺が今日、言おうとしてたことだ」
「えっ」
「俺のセリフを取るんじゃねえよ」
「う、そ……」
「ったく……カッコくらいつけさせろ。つくづくお前は、黙ってられねえ女だな」
「そ、そのつもりだった?」
「そう言ってる」
「あ……」

顔が熱くなっていく。なにもいらないとか言ってたくせに、そんなこと言おうとしてたんだと思うと、今日仲直りして、本当に良かったと思えた。
同時に、まったく期待していなかったせいで、全身が脈を打っていく。
わたしひょっとして……なんの心の準備もないまま、いまから、しちゃうのかな。

「やるよ、お前に、俺の全部」
「けい……」
「そのかわり、お前のすべてを、俺にくれ」

わたしのためらいがちなキスよりも、もっと激しいキスが落ちてきた。





to be continue...

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