その果実、My sweet drop.


「伊織?今どこ?」

「侑士!!えっとね、えっと、侑士が指定してき――」


「あー、あかん…やっぱもう、空港着いとんかな…」

「へ…?え、そ、そうだけど…どうか…したの?」








その果実、My sweet drop.








成田空港、午前9時48分。

今は9月、そして、今日はわたしの誕生日だ。

わたしが何故、成田空港に居るか。

お察しの通り、それは侑士が帰ってくるのを待っているから。

わたしと侑士は、高校を卒業してから付き合い始めた交際1年5ヶ月と29日の恋人同士。

交際が12ヶ月と22日経った頃、恋人として一番いい時期に、彼は2年間留学の為、ロンドンへ経ってしまった。

それでも侑士は、「なるべく帰るようにするで、堪忍な」とわたしを元気付けてくれた。

寂しいのはわたしだけじゃなくて、侑士だって同じで。

毎晩、ちゃんと電話をくれる。最近は携帯も便利なもんだ。


そうして過ごしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。

何度も言うようですが、今日はわたしの誕生日。

侑士は、必ずわたしの誕生日には日本に帰る!と言ってくれた。

そして、漸くその日が来た。

成田空港で、侑士が指定してくれた到着ゲートに1時間前に着いたわたし。

ドキドキ、ソワソワしながら侑士を待っていた。

なんせ侑士に会うのは、半年と7日ぶり!!


「あぁ…なんやちょ…ほんま言い難いねんけどな…」

「ど、どしたの…なな、何…?」


そんなわたしに、到着時間の30分前に侑士からの電話。

ものすごく嫌な予感がする、というのはこういう時の心境を言うんだと思う。

侑士の暗い声。

舞い上がりすぎていた気持ち。

それが一気に堕ちていく、この感じ。


「もぅちょお、はよ、電話出来たら良かってんけどなぁ…俺もあれや…どうしたもんやか…て、考えとったら時間が経ってしもてな…」

「何…どしたの侑士…もしかして…帰って来れないの…?」


すでに涙声になっている自分に気付く。

電話越しに反響されて戻ってきている自分の声が、震えていたからだ。

嫌だ、この日を何ヶ月も前から楽しみにしていたのに、会えないなんて嫌だ。

絶対に、絶対に、絶対に嫌だ。


「堪忍…実はな…」

「嘘っ…そんな…どうして?何があったの…?」


努めて冷静な声を出そうと頑張る自分に、また泣けてくる。

どうしよう、会えないなんて考えられない、最高の誕生日になるはずが、最悪の誕生日になってしまう。


すでに声だけじゃなく、体ごと震えてしまいそうになっていた時。

突然、強い衝撃と共にわたしの体が大きく揺れた。


「もう着いとんねん」

「っ!!!!!!」


後ろから、いきなり抱きすくめられたわたしの体。

少し顎を引けば、ごつごつとした腕が目の前に見えた。

こめかみに、そっと降ってきたキス。

香る、侑士の匂い。


「くくっ…びっくりしたやろ?」

「侑っ……も、酷い侑士ーーーーっ!」


侑士の腕の中に包まれて安心したわたしは、堪えていた涙が零れ落ちた。

そのまま振り返って、侑士に抱きつく。

侑士はその状況に笑いながら、ぎゅっと、強く抱きしめ返してくれた。


「はははっ!到着予定よりはよ着いてん。せやのに、伊織がそこにおるんやもん。めっちゃ愛しなるやん…ちょお意地悪したなってん、堪忍な」

「ううっ……ちょっと本気で涙出たじゃんかぁぁぁ…」


「おーおー泣かしてもーた…可哀想になぁ?誰にいじめられたんやぁ?」

「憎たらしー…うう…」


悔しくて、泣いてる顔を見られたくなくて、侑士の胸板から頭を上げなかった。

侑士はそんなわたしの頭を優しく撫でてくれていた。

しばらく、そうしてくれていた。
















め、めめめっちゃかわええ…俺の伊織。

付き合った途端に甘えるような仕草を見せた伊織は、付き合う前はなんちゅうか、ツンケンしとる女やった。

今でいうアレや。ツンデレやな。


高校でおんなしクラスんなった時、なんやこいつ、なんでこないにツンケンしとんじゃぼけぇ…とか思っとった俺も、段々、その態度が俺にだけやってことに気付いて、それってひょっとして俺のこと好きなんちゃうか?って思たら、もう気になってしゃーないで…いつの間にか、俺は伊織に夢中んなっとった。


友達やった頃にそんな態度やったのに、今はこんなにかわええ。

そのギャップがまた、付き合ってからの俺をドキドキさせてしゃーなかった。


「侑士、結構な荷物だねぇ…」

「ん、お土産やらなんやらな、ぎょーさんあるで。まぁ、2、3週間くらいゆっくりするつもりやし…伊織も今夏休みやろ?」


「うん!夏休み!ねぇ侑士、今日何する?」

「せやなぁ…とりあえず、はよ伊織と二人きりになりたいわ…」


俺がそう言うたら伊織は決まって、顔を赤うして照れ隠しに目を逸らしよる。


「…な、なに言っちゃってんだかー!」

「くくっ…伊織、その誤魔化し方、相変わらずやなぁ」


「な、なんのことだかー!」

「顔真っ赤にしよって…ちょっとは慣れぇよ?」


久々のじゃれ合いが、俺にはめっちゃ心地良かって…。

愛しさがめっちゃ募ったせいで、電車に乗って揺られとる間中、俺は伊織の手を握っとった。

最初はなんやかんや話しとった伊織やけど、いつの間にか電車に揺られて気持ち良さそうに目を閉じとった。

昨日、楽しみで眠れんかったんかと思うと、ほんまめっちゃその寝顔がかわええて…。

肩にもたれ掛かる伊織の温もりで、俺もいつの間にか眠っとった。















侑士の自宅マンションは留学前にモチロン解約。

戻ってきた時は伊織のアパートに泊まらせてな、と侑士は前々から言っていた。

そうしてわたしのアパートに到着した途端、「米がたらふく食べたいねん…」と呟いた侑士。


どうやら、イギリスの料理はあり得ないくらいマズイみたいで。

その話は本当なんだって実感するほど、侑士の食べっぷりはすごかった。

お茶碗山盛りのご飯、只今3杯目中である。

全く、どっちの誕生日なんだか…でも侑士がここにいるだけで、最高。


「侑士、ごはん、ついてるよ…くくっ…」

「んぁ?…どこ?」

「ぷふっ…口元。子供みたいなんだからもー」

「ん〜…伊織取ってえや」

「はいはい…じゃじっとしてて」


そして、漫画のようにお米を食べていた侑士の口元には、お約束のお米粒。

取ってと甘える侑士がもうすんごい愛しくて、わたしは、はいはいと言いながらも得体の知れない満足感に浸っていた。これって母性本能だろうか。


「そうやのーて」

「えっ…」


狭いアパートの中、隣に座る侑士の口元に手を伸ばした時、侑士は箸を置いてわたしの手をパシッと掴んだ。

そうやのーてって、どういうこと?


「あかんなぁ伊織、もっと小悪魔にならな…こんまま食べて?」

「!!……はう…」


そのままわたしの手首を掴んで引き寄せた侑士。

急に縮まった距離にドキドキしながら、わたしは唇をはふっと動かしてお米粒を取った。

また侑士の香りが漂う。わたしの大好きな匂い。


「…取れた?」

「とれとと取れた…」


「はははっ!なーんやてぇ?」

「と、取れたよ!」


至近距離で見つめた侑士の顔は、わたしよりも1ヶ月年下だってのに、すっごく色っぽくて。

おまけに、引き寄せられたままの腰に手が回っていて、離れることは許してもらえそうもない。

侑士はじっとわたしを見つめて、黙ったままだ。


「ゆ…侑士…?」


穴が開くほど見つめられて、しかも沈黙のこの状況に耐えれず侑士の名前を呼んだ時、侑士は気がついたように、眼鏡を外した。













あーやばいわめっちゃかわええもうめっちゃ抱きたい…。

せやけど、昼間は嫌がるねんなぁ…断られたらショックやし…伊織の誕生日やで、機嫌損ねたないし…。


「侑―――んっ…」


せやから、とりあえずキスさせてもろた。

伊織とのキスも半年振りや…最後にしたん、成田空港やったでな…。

あん時は人前を嫌がる伊織も、思い切り抱きついて受け止めてくれたわ…

なんや〜〜〜〜、思い出したら泣けてきそうや。


「ゆ、侑士ごはっ…」

「後でええ…」


せやけどいっぺんキスしてしもたら…俺の悪い癖なんやけど、もうあかん。

止まらんくなる。

伊織の唇からキスの音が出とるんがめっちゃそそる。

や、俺がわざと音立てとるんやけど。


「侑士っ…」

「好きや伊織…んっ…めっちゃ会いたかった…」

「んっ…わたしも…んっ…会いたかったよ…」


右、左…角度を変えながら唇を離すその瞬間に漏れる言葉がちょお切ない…せやけど…ものっそいムード満点ちゃう…?

これはもしかして…いけるんちゃうか…?


「伊織っ…!」

「ひゃっ…!」


いったれ、と心の中で叫んだ俺は、そんまま伊織を押し倒した。

強引に捻じ込んだ舌をかき回して、その舌を首筋に送って、俺はその流れに任せて伊織の胸を…


「やめい!!」

「っ…ぅ……」


揉んだら、思い切りしばかれた…。

………痛い…意外に結構痛い…。

腕っ節が強いんや…伊織は、高校ん時バレーしよったさかいに…。


「きき、気が早すぎる!も…っ…わたしはその為だけの道具!?」

「ちゃっ…!ちゃうわ!!せやけどかわええから、したなる…っ…」


「今日わたしの誕生日なんだよ!?わかってる!?」

「そ…か、堪忍や…堪忍、ちゃんと、わかっとる…」


叩かれた背中のヒリヒリを感じながらも…俺は傍にあった荷物を開けた。













しししし、死ぬんですけど!!

ただでさえ、侑士とのアレの時は心臓がバクバクで、おまけに眼鏡外すし、付き合ってから長い時間が経つってのに、全然慣れてくれなくて、わたしは、侑士に幻滅されたくないから出来るだけ暗いとこが良くて!

だから昼間は嫌で!それにしちゃったら、わたし、どうしてもすぐ寝ちゃって!だから、だから、今日は誕生日だから侑士とのソレは夜に取っておきたくて!

侑士を叩いて、心にも思ってないことを言って、とりあえず難を逃れた。

だって勿体ないもん!!寝て時間潰したくないもん!!


「伊織ー…怒っとる…?」

「お、おおおお、怒ってるよ!!」

「さよか…」


本当は怒ってるんじゃないけど、も、内心ヘロヘロになってるのを悟られたくなくて。

わたしに背中を向けて突然荷物の整理をしはじめた侑士の弱気な声に、そう返事をした。

侑士の背中が、くた…としなだれる。

新橋駅からとぽとぽ帰るおっさんみたいに寂しい背中だ。


そんな侑士は、そっ…とこっちをやんわり振り返った。

思いの外、落ち込んでいるその目がいじらしい。

やっぱりしてもいいよ?と言ってしまいそうになる。

でもその侑士の目は、だんだんとニヤニヤ…と細められた。

口元の端なんか思いっ切りにんまりしている。


「…何その顔…」

「機嫌、直ると思うねんけど、知りたい?」


「えっ…何焦らして…!もしかして、もしかして、誕生日プレゼント!?」

「くくっ…欲しいか?」


「欲しいよ!」

「現金なやっちゃ…」


そんなこと言いながらも、侑士はニコニコとしてわたしの前にそれを差し出してくれた。

可愛くラッピングされた大きな大きな箱。

わーーーー!!と歓声を上げながら丁寧にその箱を開けると、たくさんの発泡スチロールの中に、とっても綺麗なラベルの貼ってある瓶が現れた。


「ワイン…!」

「赤ワインや。伊織、今日で二十歳やろ?このワイン、伊織と同級生やで?」


「すごい!!侑士、よくお酒買えたね!?」

「や、一応、知り合いのおっちゃんと一緒に買いに行ってん。あっちはワイン好きが多いで、ええ酒ぎょーさん教えてくれ…っておい」


侑士が説明してくれている経緯をちゃんと聞いてはいるのだけれども、年代物の赤ワインってのを飲んでみたくて飲んでみたくて!

わたしは着々とコップを持ってきたりしながら、赤ワインを飲む為の準備を始めた。


「だって飲みたいんだもん!あ、でも侑士はダメだよ?まだ19歳だから」

「ちょ、そらないやろ!?」


なんだかんだと言いながら、ちゃっかりオープナーを用意していた侑士にわたしが意地悪に釘を刺すと、侑士はぎょっとした顔をしてわたしを見る。

それがおかしくって、なんだか嬉しくって。

そんな中、ムードのないマグカップにとぽとぽと注がれていくワイン。


「残念だなぁ〜せっかく一人で飲み干そうと思ってたのに〜」

「あほぉ、一人で全部飲んどったら俺暴れるわ。なんぼしたと思てんねん」


「なんで!これわたしへの誕生日プレゼントじゃん!?」

「プレゼントは、自分も得することを選ぶとええんやで〜?」


憎まれ口をたたきながらも、侑士の優しい表情が暖かい。

こっつん、と味気のない音のした乾杯の後、飲み込んだ赤ワインの味はすごくマイルドで。


「んっ…!すごい…美味しい!赤ワインて初めて飲むけど美味しいかも!」

「初めて飲むんがコレて…贅沢なやっちゃ…美味いに決もとるやろが」


侑士の嫌味を無視しながら、これが意外にも何杯でも胃袋に入っていく。

わたしってもしかしてお酒強いのかも…と思って調子に乗ったのは確かだ。


1時間後。


「ふぁ〜〜…美味しいよぉ侑士ぃ〜〜」

「お前…ちょお酔っとるやろ?」


「酔ってない!…れす」

「…それでか」


酔ってる。

お酒がぐらんぐらん頭の中で揺れている気がする。

しらけた顔で、でも優しい顔で、だけど呆れながら、侑士が微笑んだ。

でもワインが美味しい!!酔ってると分かっててもやめられないとまらない…


「かっぱえびせん♪」

「おいおい…なんの話や」


頭の中で歌ってたつもりが声に出してしまっていたらしく、すかさず侑士が突っ込んできた。と同時に、なんだかトイレに行きたくなる。

でもわたしは今、侑士の肩に頭を乗っけて甘えていた。

酔っていると、こんなに素直に甘えることが出来るんだと思った。

トイレに行きたいけど、行きたくない。

トイレから戻ってきても侑士はそこにいるけど、二人の時間を大事にしたい。

滅多に自分から見せることのないこの甘ったれなわたしを、このままずっとずっと、侑士に可愛い可愛いされていたい。

…ずっとずっと、侑士と一緒にいたいのに。

時間が経てば経つほど、侑士と離れる時間が近付いてくるなんて、なんだか残酷だ…。


「伊織…?」

「…トイレ…いちくる」


どうしてだろう、侑士がそこにいるのに、わたしは今にも泣きそうなっていた。

ちょっと、そんなこと考えただけで。

お酒を飲むと感情の波が激しくなるのはどうやら本当のことらしい。

だから笑い上戸だとか、泣き上戸だとか、説教魔だとか、キス魔だとか…。


「ふぁあ!」

「危なっ…っと…大丈夫かいな…」


いろいろ考えながら立ち上がろうとすると、立ち上がった瞬間に足元がふらついた。

反射神経の良い侑士は、そんなわたしをすぐに受け止めてくれた。

背中から伝わる、侑士の温もり。

ああーああーーーーああーーー…誕生日なのになんか切ないよぉ…。


「伊織?」

「なんで侑士…っ…留学しちゃったのおおお〜〜〜」


「ちょ…おいおいお前本格的に酔っ払いやな…」

「伊織寂しいよお〜〜!ずっと一緒にいたいのに…っ…侑士ぃ〜〜〜!」


こんなわがまま、言ったこともない。

お酒の力ってすごいのだ。身を持って知らされる。

振り返って侑士に抱きついて泣き喚くわたしを、侑士は必死に宥めてくれた。


「堪忍や伊織、泣き止んで?伊織泣いたら侑士も泣くで?」

「だってっ…だって…!ずっと一緒にいたいのにぃ〜っ!」


「俺かてずっと一緒に居りたいよ、堪忍な、伊織寂しいよな?俺も寂しいんやで?」

「心配だよぉ〜…!浮気しちゃやだよぉ!」


「って誰がやねん!しとらんわ!どんだけ被害妄想じゃ!」

「わかんないじゃんそんなのぉ!信じてるけど侑士タラシだもん!外人姉ちゃんセクシーだもん!」


「おま…なんやねんそれ…頭冷やせあほ」

「ぎゃっ…!」


何気に酷いことをずけずけと言ってのけるわたしに、侑士は結構呆れ顔。

誰がタラシじゃ…とぶつぶつ言いながら、わたしをトイレに放り投げた。


とりあえず、うぃうぃと酔っ払いらしい泣き方をしながら、わたしは用を足した。

手をごしごしと洗ったついでに顔もがしがしと洗った。

それでも火照ってる顔。お酒が入った上、泣いてるんだから無理もない。


「…わっ!」

「頭冷えたか?」


トイレから出ると、侑士はそこで待っていた。

出た途端に目の前に胸板があったもんだから驚いて仰け反りそうになったわたしを、侑士は咄嗟に引き寄せて抱きしめる。


「っ…侑士…」

「俺酔っ払い嫌いやねん…」

「うっ…」


抱きしめているくせに、いきなり傷つくことを言ってきた侑士。

それでも、口調はどこか優しかった。


「せやけど伊織は好き。大好き。めっちゃ好き。お前がどんだけ酔っ払っても、めっちゃ可愛えって思うよ。全然嫌やない」

「……侑士…っ…う…また…泣かせ…っ…」


わたしを見つめてそう言ってきた侑士に、わたしはまた目の前が歪んだ。

どうしよう、今はもう、そんなこと言われるだけで感情的になって泣いてしまう。

だけど侑士はすかさず、軽いデコピンをしてきた。


「泣くん早いわ…な、伊織…キスしょーか…」

「…っ」


しようか、と言った割には問答無用でわたしに唇を寄せてきた。

同時に、私の背中に回されていた手が移動して、その両手が私の右手を包む。

次の瞬間、右手の薬指に冷たい感触。


「!!」


通し終わって、わたしがそれを指輪だと気付いても、侑士はキスを止めなかった。

さっきよりももっともっと強く抱きしめて、長いキスを何度も繰り返す。

そんな執拗なキスを受けてすっかり酔いが回ったわたしは、足から崩れ落ちてしまった。


「おっと…」

「侑…士…溶ける…」


トイレの扉を背にへたれ込んだわたしと一緒に、侑士はあぐらをかいて座った。

そしてもう一度キスをした。前触れのように。


「なぁ伊織、俺かて寂しいよ…せやけど俺の決めたことやもんな…堪忍な。伊織やったら絶対待っとってくれるって思たんや。でも俺もやっぱ寂しい。俺かて離れたない。めっちゃ心配や。悪い虫付いとったらどないしょーって…わがままやろ…?やで…俺の束縛の証、受け取ってくれへん?」

「これ…どうしよ…すごい綺麗…うっ…ふぇっ…」


「そうそう、今が泣くとこや。勉強したな、伊織」

「侑士っ…プレゼントは…じぶっ…じぶっ…自分も得すること、って、言ってたのに…」


出てくる涙をひっくひっく止めようとしながらごしごしと顔を擦るわたしは、まるで子供のようだと我ながら思う。

でも、そんな子供のようなわたしを、侑士は笑って抱きしめてくれる。


「俺も得しとるで?伊織に付こうとする悪い虫に、彼氏おんねんぞー!って、証明出来るやろ…?」

「侑士ずるいよそーゆーのー……うう…でもありがと…」


「ん…誕生日おめでとうな、伊織…な、キスしょーか…」

「んっ!する!」


今度こそ、戸惑う前に返事をした。

侑士はそれにちょっと目を見開いて、「酔っ払いめ…」と呟いて。

けれど、優しい優しいキスを落としてくれた。





あなたに心から愛されてると感じた。

あなたを好きになって良かったと、心から思った…

その想いこそが最高の、バースデイプレゼントなのかも、しれない―――♪



fin.



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