そっと


恋に落ちるのは、きっと一瞬。





そっと





「ご…ごめん…」

「いや?こっちこそ堪忍な?辛かったんちゃう?」

「…ううん…」


泣き腫らした目を見て、可哀想やなぁって侑士が頭を撫でてくれた。
申し訳ないって思いながらも、その優しさに一度は止まったはずの涙がまた溢れそうになる。


「とりあえず中入り?時間大丈夫やろ?」

「うん…」


ぐずぐずと鼻をすすりながら、ゆるゆると靴を脱ぐ。
そういえば、侑士のうちに来るの久しぶりだな、なんて今頃思い出す。
久しぶりなのにこんな状況で、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ココアでええ?好きやったよな?」

「あ、うん。ごめんね、でもいいよ?ホントに…ただでさえ迷惑かけてるのに…」

「何言うてんのや今更」


そんな仲やった?俺ら、なんて侑士が笑ってくれるから。
あたしは小さくありがとう、って呟いて。
零れてしまった涙をこっそり拭いた。


「…あかんかったん?」


突然、核心をつかれてびくりと身体が震える。
キッチンから聞こえた侑士の声はひどく真面目で、でも穏やかなもので。
すごく気を遣ってくれてるんだろうな、と思った。


「……分かってたんだけどね」


予想はしていた。
覚悟もしていたはずだった。
跡部君は、大学内でもとても人気がある人だったし。
そんなに、仲が良い訳じゃなかったし。
侑士が仲介してくれて、何度か3人でご飯を食べたり、顔を見れば話をしたり。
それでも、彼に近づけた気がしていて。
近づいたら、もう待ってなんていられなくて。
大好きだ、なんて思って。
特別になれないかって、淡い期待を抱いて。
想いを伝えた結果が、これだった。


「…跡部君さぁ…ずるいんだよ…」

「うん」

「…悪いなって…すごい申し訳なさそうな顔して…、」


いっそ、ひどく扱ってくれたら良かった。
あんな風に言葉を選んで、時間かけて断られたら。
嫌いになることも出来ない。


「…格好ええ男やろ、跡部」

「…悔しいけどね…」

「でも、好きやったんやろ?」

「……うん……」


跡部君のこと、知ったつもりになっていたのかもしれない。
でも、好きだったのは本当で。
この涙だって、跡部君を想った時間があるからで。


「…結果はこうなってしもたけどな。跡部のこと好きやったって気持ちは、無駄やないと思うし」

「うん…」

「大切なもんやと、思うんよ」


いつの間にか、2人分のマグカップがテーブルに置かれていて。
侑士が隣に座ってた。


「…侑士に優しくされると…泣きたくなる」

「ええやん、好きなだけ泣いたら」

「…嫌だよ、何か、侑士に甘えてるみたいで」

「失礼やな。何が嫌なん」

「だってずるいじゃん、そんなの!すごく嫌な女みたいで、そんなの、」

「…なら、俺が慰めたいって言うたら、ええ?」

「……?」


そういえばどうして侑士は隣に座ったんだろう。
いつも前のソファに座るのに。
なんて、気付くのが遅かったかもしれない。
本当は、最初からこうするつもりだったのかも。


「…っ!」


ふわりと、侑士の匂い。
ニットから覗いた首筋に見とれている間に。
あたしは侑士に抱き締められていた。


「ゆ、侑士…?」

「俺な、ほんまは優しくないんよ」

「え…?」

「…つけこみたい、だけやねん」


頼りない声が、ぽつりぽつりと降ってくる。
その声に、胸に火が灯った気がした。
あぁ、何て現金なんだろう。


「つけこまれちゃうから…離して…」

「もうあかんわ…俺かて、ずっと我慢してきたんやもん」


友達、のはずだった。
跡部君との仲も取り持ってくれた。
跡部君に振られたあたしを、わざわざ家まで呼んで話を聞いてくれて。
優しくて、友達思いの。


「ずるいんは俺も同じよな」

「ゆ、侑士…、」

「今はあかんって分かってるんやけど…無理やわ」

「…っ、」

「好きや、伊織。好きや」

「ずるいよ…」

「ずるくても構わん。伊織がこの腕の中に居ってくれるんやったら」


繰り返される、愛の言葉に。
ダメだと思うのに。
侑士にすがりつく手を、止めることなんて出来なかった。


「跡部を好きな伊織でもええ。ずるくてもええ」

「侑士…」

「そんな伊織が好きやから」


もう、きっと。
あたしの答えは決まってる。


「…俺のもんになって」








この優しい腕が、あたしだけのものになるならば。
ずるい女でもいい。













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後れ馳せながら、誕生日祝いにワイティさんへ捧げます。
誕生日関係ない上に、ハッピーな話でもないですけどね(笑)
忍足は理性的だけど、一回踏み込むとそっからは勢いづく気がします。
「あかん!けど止まらん!せやけど、あかん!」みたいな(笑)
久しぶりに忍足書いたんですが、こういう優しい忍足が割りと好きだったりします。
ワイティさん、お誕生日おめでとう!
色々ありますが、ワイティさんにたくさんの幸せがありますように…。
いつまでも親友、いつまでも大好きです!

2009/11/09 柚子




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