癒瘡木-yusouboku-


「はーぃ・・・どちらさまですか?」

「愛を、届けに来ました」


「!?・・・周助!?」





「ご名答」




癒瘡木-yusouboku-




「・・・ど・・・どしたの・・・・?」


どうしたの?って・・・僕、やっぱり来ちゃまずかったの?


一人暮らしの彼女のマンションに、僕が予告なしで現れたことで、疲れた顔した君が心底驚いたような顔して僕を見る。

彼女はここ最近、僕に会ってくれようとしなかった。


「・・・試験で忙しいのはわかるけど・・・邪魔しないから、傍に居させて欲しいんだけど・・・だめかな?」

「・・・・・」


「伊織・・・?」

「・・・うう・・・周助ぇ・・!」


思いつめたように俯いた後、伊織は泣きそうな顔して僕に抱きついてきた。

伊織にはこの大事な期間、甘えちゃうから来ないでって言われてた。


その気持ち、なんとなくわかるけどね・・・でも僕の気持ちはどうなるの?

こんなに長い間会えないなんて・・・僕は伊織に会いたいよ。


その一心で僕が今日、突然、会いに来たもんだから、てっきり怒られるのかと思ってたんだけど・・・


大変なんだね・・・疲れてるんだね・・・


そうやって心の中で呟いて、伊織を優しく包み込むように抱きしめた。

久々に伊織に触れることが出来て、僕は、本当に嬉しくて。


「伊織の気の済むまで、こうしててあげる・・・」


そう言って、ゆっくりと伊織の頭を撫でた。











+++++











「明後日ね、模擬試験で・・・その次の日も、またその次の日も・・・・はぁ・・・」


紅茶を淹れて僕の横に座った伊織が、ため息をつきながらそう言った。


「帰ったほうがいい・・・?」


本当は帰りたくない。こうして君と朝まで居たい。

邪魔しちゃいけない それが頭ではわかってても・・・僕は伊織に会いに来てしまった。

疲れた君の顔を見ていると、僕に出来ることならばそう、癒してあげたいって思ったけど・・・


「どうして!気の済むまでこうしててくれるって、言ったじゃない!」


僕の弱気な発言と、その気持ちを読み取ったかのように伊織は小さく怒鳴るように言った。

連日の試験や宿題や課題・・・勉強勉強の毎日で、彼女は少し情緒不安定になっていて・・・


「うん。してるよ。こうしてる。ごめんね?」


僕はそう言って、彼女の後ろに移動して、その肩をそっと抱きしめた。


「あ・・・ごめん・・・私・・・」


そんな自分に気付いてるのか、伊織は申し訳なさそうに僕の腕に手を置いて俯く。


「伊織・・・?気にしないで?」


そんな君の顔見てると、僕まで苦しくなっちゃうよ・・・


僕は静かに伊織のこめかみに唇を寄せて、大丈夫だよ・・・と呟いた。


「周助・・・なんか・・・その・・・ずっと、会えなくて・・・こうやって周助が来るってことは、よっぽど私、冷たかったってことだよね?」

「ううん。冷たいなんて思ってないよ・・・まぁ・・・だけど、少し、寂しかったかな・・・」


伊織を困らせるつもりなんてないけど、やっぱり、寂しかったよ。

毎日のように会ってた僕らが突然、何日も会わなくなって・・・ごめんね、我慢できなくて。


罪悪感を少し感じて、僕はより強く、伊織の肩を抱きしめた。

彼女のやわらかい感触を久々に感じて・・・我慢できずにその細い首に唇を落とす。


「・・・周助がそんな風に甘えるなんて、なんか得した感じ・・・ふふっ」

「だって・・・ここ最近、顔も見ないで連絡も取らないままだったんだよ・・・?」


「うん・・・周助の声聴いたり・・・会ったりすると・・・勉強より周助との時間になっちゃって・・・」

「・・・今日は、いいの?」


「もう周助に会っちゃったもん。私だって、そんな我慢強いほうじゃないから」

「伊織ずるいね・・・そういうとこ・・・」


「え?」

「・・・今までの不満、ぶつける気力なくしちゃうじゃない?」


きっとね、きっと君より僕のほうが、辛かったに決まってる。

君は試験勉強に追われて、気を紛らわせただろうけど・・・僕は何をしてもだめだったよ。伊織に会いたくて、仕方なかった。


「周助・・・」

「ねぇ、キスしたい・・・伊織・・・」


伊織が頷くその前に、僕は伊織の唇に噛み付くようなキスをする。

そのキスの間、伊織はゆっくりと体勢を僕に向けて僕の腰に手を回した。


「ん・・・?」


唇を重ねたまま、伊織が不思議そうな声を出すから、僕はそのまま目を開いて伊織の顔を見てみると、伊織も目を開いていて、僕のズボンのポケットに手をつっこんで何かしている。


「んん・・?」


思わず僕も、どうしたの?っていう意味を込めて不思議そうな声を漏らした。

すると伊織は僕のポケットに入っていた口紅を取り出し、僕らの顔の横に掲げた。


「んーーっ!」

「ふふっ」


少し唇を離して甘い音を響かせ、何度も何度も角度を変えて、僕らは笑いながらキスをした。


「これ!私の口紅!!」

「ふふっ。そうだよ?」


僕のしつこく迫るキスを伊織はくすぐったそうに避けて、その口紅を見つけたことが嬉しそうに驚いた顔でそう言った。


「なんで周助が持ってるの!?」

「あ、やっぱり探してた?」

「当たり前じゃない!一番のお気に入りなんだから」


少しむくれたようなその顔が本当に本当に可愛くて・・・そんな伊織を見ていると、僕は思わず抱き寄せて、また、キスをした。


「ん・・・っ・・・ちょっとぉ、周助っ!」

「いいじゃない。ワケはキスの後で・・・」


ずっと伊織に会いたくて、ずっと我慢してたんだよ?

僕のこのくらいのワガママ、少しくらい訊いてくれたって罰は当たらないんじゃない?


伊織の抵抗を拒んで、僕は音を立てながら何度も何度もキスをした。


「んっ・・・周助ぇ・・・」


伊織が苦しそうな顔して僕の名前を呼んだから、最後にチュッと口付けて、額同士をつけたまま伊織を見つめて僕は言った。


「好き・・・伊織・・・」

「・・・私も・・・好きだよ」


真っ赤な顔で僕から目を伏せてそういう君が今まで無いくらい愛しいよ・・・


「じゃ、じゃなくて・・・ これ、口紅っ!なんで周助が!?」

「・・・あ、うん。僕の部屋に、伊織が忘れて帰ったから・・・」


「周助の家に忘れてたんだ!?」

「うん。今日、渡そうと思ってポケットに入れたまま僕もすっかり忘れてたよ。ふふっ」


「良かったぁ〜。ごめんね、ありがとう」

「いいえ。どういたしまして・・・あ、ねぇ、つけていい?」


「え?」

「伊織に、口紅。塗ってもいい?」


「えっ・・・周助が?」

「うん・・・だめ?」


「いや・・・いいけど・・・」

「そう?じゃ、遠慮なく・・・」


伊織の今の火照った顔に、綺麗な赤を塗ったらきっと色っぽい・・・なんて思って僕は伊織の手の中にある口紅を取って、その頬に手を当てると、ふっくらとしたその唇に丁寧に赤を染めていった。


「しゅ・・・すけ・・・」

「しっ・・・動いちゃだめだよ・・・」

「そんな・・・見つめないで・・・」

「・・・見なきゃズレちゃうでしょ?はい・・・できた」

「ん・・・これ、すごい赤いでしょ?口紅だけ塗ったら、変じゃない?」


ノーメイクの伊織が不安そうに僕に聞く。


「・・・それって僕に、言わせたいの?」

「え・・・?何を?」


きょとんとした伊織の肩を引き寄せて僕は耳元で囁いた。


「可愛い・・・すっごく・・・世界一可愛い・・・」

「なっ・・・!」

「・・・満足?」

「周助のバカ!別に、そういう意味じゃないってば!」

「ふふっ・・・わかってるよ?」


僕がニコニコしながらそう言うと、伊織は怒ったような顔を一瞬して、その後すぐに何か思いついたような顔をした。


・・・なんか・・・嫌な予感がするのは・・・気のせいかな?


「ねっ、周助!」

「・・・えーと・・・僕、そろそろ帰ろうかな・・・」


「はいはい、ちょっとじっとしてて!」

「・・・伊織・・・面白がってるでしょ・・・?」


伊織はその綺麗な顔でにっこり笑うと、僕の手の中にあった口紅を取って、僕の頬に手を当てて・・・今度は僕の唇の上に滑らせる。


「だって・・・絶対似合うもの!一回やってみたかったの!」

「・・・・・」


僕は君に弱い・・・・それを知っててやってるでしょ?

小さい頃から姉さんにせよ母さんにせよ・・幾度となく繰り返された事だけど・・・伊織まで僕を女にさせたいの・・・?

ちょっと・・・酷いよ・・・


「きゃーーっ!!周助、超キレイ!!」

「・・・・・拭いていい?」

「ええ〜!今つけたばっかりなのに!!」

「もう、満足したでしょ?」

「だめだめだめ〜〜!」


僕はその訴えにおかまいなしに手の甲でごしごしと自分の唇を擦った。


「あーーー!!」


ものすごく不満そうに僕を見る伊織。

近くにある鏡を見ると、僕の唇がほんのり赤くなっていて・・・全く・・・気持ち悪いだけじゃない。


「せっかくキレイだったのに!」


むすっとしてそう言うと、つんと僕に背中を向けて頬杖ついて拗ねはじめる。

そんな子供みたいな君がおかしくって僕は思わず頬が緩んだ。


「ね、伊織・・・」

「・・・もういい!」


・・どうしてそんなに突然怒り出すの・・?

・・・僕を・・・困らせたいの・・・?


気まぐれな君の背中に僕はそっと近付いて、そのまま肩に手を乗せると、ぶんぶんと肩を勢いよく振って僕に触れられるのを嫌がる。


「・・・ふん」


ツンケンしてる伊織がとっても可愛くて、僕はにっこり微笑んだ。


「・・伊織?怒ったの・・?」

「べっつに!」

「じゃ・・・こうしていいよね?」


僕は後ろから伊織を強く抱きしめた。


「な・・何よぉ・・・周助・・・ずるいよ・・・」


それでも拗ねたように呟く伊織に、僕はそっと打ち明ける。


「・・・伊織のほうがキレイに決まってるでしょ・・・?」

「・・・」


「じゃあ・・・こうしようよ・・・」

「何・・・よ・・・」


強がって、僕のほうを向いてくれない伊織の正面に移動して、僕は顔を近付けて言った。
 

「・・・口紅、落とそ?」

「えっ?」


「ふふっ・・・僕のもまだ取れてないでしょ?一回落としてまたつけて?今度は、勝手に落としたりしないから」

「・・・じゃークレンジング・・・」


「・・それは、必要ないかな」

「?」


大きな目で不思議そうな顔する伊織をよそに僕は舌を出して伊織に口付けてから、そのままその唇をなぞるように舐めた。


「んっ・・・しゅっ・・・」


声にならないまま伊織は困ったような顔して、その表情がすごくセクシーで・・・僕のキスは激しくなる。

伊織のその唇が僕でどんどん濡れていって、それをまた吸い取るように僕の唇が熱く重なる。

僕はその時の伊織の顔を、ずっとずっと見つめていたくて、うっすらと目を開けたまま首を傾げては、舌を何度も滑らせた。


「んっ・・・おいし・・く・・・んっ・・・ない・・でしょ・・・?」


僕が少し唇を離すたびに伊織がつっかえながら訴える。


「ううん・・・すごく・・・・・・甘いよ・・・」


僕はおかまいなしに続けながら伊織にそう囁いて、少し後にゆっくりとその唇を離した。

名残惜しそうな銀色の糸が僕と伊織を繋げてて、伊織の顔を見ると目を細めて僕を見ていた。


「・・・伊織、酔ってる?」

「・・・バッ・・・バカッ・・!!」


真っ赤な顔して僕の胸を叩く伊織。

僕はそんな伊織が愛しくて自然と笑みがこぼれた。


「ねぇ、どうだった?僕の愛・・・届いた?」

「え?」


「愛を届けに来たって、言ったでしょ?」

「あ・・・うん・・・と・・届いたよ・・」


「じゃぁ、明日から頑張れそう?」

「・・・周助・・・もしかしてそのために・・・?」


「・・・ん?何のこと・・?僕が伊織に会いたかっただけだよ」

「・・・うう・・・周助ぇ〜・・・」


今度は泣きそうな顔しながら、僕にしっかりと抱きつく伊織。


ふふっ・・・本当に、情緒不安定になってるね・・・。




ねぇ伊織・・・今日、僕は君を癒せた・・・?

大変だよね・・・疲れてるよね・・・?

でも・・・頑張ろう。僕が傍に、いるから・・・ね?




fin.
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【+Cheese+】様:相互記念夢



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