idol_01
来る日も来る日も、あなたを見てた。
テニスでしか見れない顔、見る度にドキドキして。
眠れない……わくわくし過ぎてるせいかな。
早く寝なきゃ……明日、早く起きなきゃいけないのに。
寝返りをうっては、何度も顔を綻ばす。
あの日の夜も、同じような時間をベッドの中で過ごした。
今日から……二週間前のこと。
あたしには放課後にいつも行く場所があった。
それはあたしだけじゃなくって、部活をしていない多くの女子が集まる場所でもある。
その場所に近付けば近付くほど、ギャラリーの声は大きくなっていく。
全学年のいろんな女子が集まって、黄色い声を飛ばしているからだ。
中でも一番人気は、やっぱり手塚くん。
「手塚先輩、超カッコイイ〜!」
「クールだよねえ……どうして彼女作らないのかなあ!?」
どうしてだろうねえ……と隣のギャラリー相手に心の中で返事をしてみる。
確かに手塚くんはカッコイイ。
だけどあたしは、副班長的な存在を好きになる傾向があるらしく。
初めて見たその時から、彼に釘付けになっていた。
不二周助――。
ほんわかした雰囲気の人で、時々、素晴らしい機会に恵まれて話すことがあるけど……嘘みたいに優しい。
あんな綺麗な顔して優しくて頭も良くって物腰も柔らかくて、もうそんなの、モテないわけない。
だからギャラリーの中には、不二くんのファンもたくさんいる。
競争率は、手塚くんよりは低くても、その次くらいに高い……しょうがない、素敵だし。
* *
「わ、伊織まだいたんだ」
「あ……見つかった。いやね、テニス部見てたら遅くなっちゃって」
不二くんを見ているとうっかりして学校が閉まる直前まで居たりすることがある。
今日もそういう日だった。
部活でいつも遅くまで残っている親友の千夏はあたしの隣のクラスだ。
彼女が帰り支度に荷物を取りに行く途中で、あたしは発見された模様。
「あー、また見に行ってたんだ?今日もカッコ良かった?」
「バカー、カッコ良かったよ!」
「そうだろうねえ!一緒に帰ろっか!」
「うんうん!聞いてくれる?今日ね、不二くんね……」
帰り道、千夏と分かれる直前まで不二くんの話をしていた。
片想いもいいとこだけど、不二くんを見てると勇気がもらえるあたしは、本当に充実した毎日を過ごせてると思う。
あたしみたいなコは結構多いと思うんだ。
だって不二くんに限らず男子テニス部は、本当に一生懸命で、全国大会出場まで勝ち取って。
途中、レギュラー陣は故障したり怪我したりでいろいろ大変だったらしいと後から聞いた時は、感動がもっともっと大きくなった。
そんな素振り、誰一人と見せないし、何より不二くんは、いつだって笑ってる。
あー、結局考えは不二くんにたどり着いちゃうんだ。
部員全員頑張ってるのに、不二くんだけが輝いて見えちゃう……恋だよねえ、完全に。
考えているとニヤニヤしてしまって、慌ててそれを打ち消すように顔の筋肉を引き締めた。
その時だった。
ふと、視線をやった本屋さん。
その視線の先に、不二くんを見た気がした。
「……っ……」
思わず、生唾を飲み込む。
あたしは、ふうーっと一回深呼吸をしてから、その本屋に入った。
不二くんが消えたであろう場所にゆっくりゆっくり近付く。
すると、参考書コーナーの辺りでテニスバッグを肩に掛けて立ち読みをしている背中が見えた。
間違いなく、不二くん!!
きゃー、と声を出さずに心の中で騒いでから、急いで携帯を取り出して千夏にメールした。
―ちょ、不二くんいる。
―え?なに?どこに?
―本屋!うちの近所の!
―あら偶然!話しかけちゃいなよ!
―無理だよー!そんな親しくな……
そこまでメールを打ち込んでた時、ドン、と後ろから衝撃。
「あいたっ」
「あ、すいません!」
「あ!いえ、こちらこそ!わあ!ごめんなさい!すいません、すいません!大丈夫ですか?」
本屋に来てぼーっと突っ立ってるあたしに、サラリーマン風の人がぶつかってきて、ぶつかってしまったことで、その人が持っていたファイルがフロアに散らばってしまった。
慌てて謝るあたしに、サラリーマン風の人はいいよいいよと言ってくれていたけれど、全然いいわけない。
あたしは一緒になってそのファイルを拾った。
「あ、ごめんね」
「いんです、あたしがメールなんか打ってたから」
たくさん落ちてしまった、きっと仕事で使う大事なファイル。
泣きそうになりながら謝って拾っていると、あたしの目にナイキのシューズが映った。
「佐久間?」
「え……」
見上げるとそこには、あたしの王子様。
「やっぱり佐久間だ。大丈夫?僕も手伝うよ」
* *
「不二くん、アイス好き?」
「うん?うん、好きだよ」
「あ、じゃ、ちょ、ちょっと待ってて!」
今の「好きだよ」、録音したい!!
なんてバカなことを考えながら、あたしはアイスの自販機まで走った。
真夏の夜は暑い。
そんな暑い日だっていうのに、おまけに部活帰りだっていうのに、あんなに不二くん働かせて。
あたしはなんて迷惑なコなんだ。
でも……うううううううう、ただの同級生なのに、名前覚えてくれてた!!
しかもこれで、またちょっと、仲良くなれるかも!!
「えっと、はい!これ、今日のお礼!あ、無難にバニラにしてみたけど、良かった?」
「うん、ありがとう……いいの?なんだか悪いな……」
「全然!!本当に、ありがとう!助かったよ……不二くんが助けてくれなかったら、もっともっと、時間、掛かってたと思うし」
「本当?そう言ってもらえると、嬉しいね」
優しく笑う不二くんは、あたしの横でアイスをぱくぱく食べた。
信じられない……!もう素敵過ぎてどうしよう。
いかにも普通を装ってあたしもアイスを頬張っているけど、味なんて全くわからないくらい緊張してる。
「あ、ふ、不二くんアレだね!もうすぐ、全国決勝!」
アイスを食べているからなんだけど、妙に沈黙化してしまった空気にどぎまぎして、あたしは思いついたことを口にした。
きっとテニスの話題なら、不二くんも話しやすいはず!
すると不二くんは案の定にっこりと笑って、あたしに首を傾げて話し始めた。
「うん、頑張らないとね。佐久間、いつも応援してくれてるよね。ありがとう」
「えっ……」
その瞬間、思いも寄らぬ言葉を聞いたあたしは、アイスを口から溢しそうになった。
嘘……知ってた?いや、同級生で応援してる人なんて、死ぬほどいるけど。
あ、だからもしかして、あてずっぽう?
「あれ?いつもテニスコート、見に来てくれてるじゃない?」
だけど不二くんは、きょとんとしてあたしを見ている。
違う、適当に言ってるんじゃない。
本当に、あたしがいつも見てること、応援してること、知ってるんだ。
…………し、信じられないけど…………これは、夢じゃないし。
「……え、不二くん……気付いてたん……だ?」
「うん、いつも来てくれてるんだなって思ってたよ。だからさっきも、すぐに佐久間だってわかったんだ」
「え、あ……す、すごいね、記憶力、いいね!不二くん!」
「うーん……記憶力、ってだけの問題じゃ、ないかもしれないけど」
「えっ……」
「あ、ねえ佐久間、決勝、観に来ない?」
それは一瞬、聞き捨てならないような言葉を聞いたような気がした直後の、突然のお誘いだった。
すかさず、「え、いいの!?」ってあたしが出した言葉に、不二くんはにっこり笑って。
「うん、応援してくれる人は一人でも多い方が、心強いから。勝ちたいからね、絶対」
「そ……そうだよね!うん!うん、頑張って!!行くよ!絶対行くから、絶対勝ってね!」
そう約束して、不二くんとあたしは、手を振ってわかれた。
最高の夜……何回思い出しても、ぞくぞくする。
不二くんの優しい表情、佐久間って名前を呼んでくれる声……。
明日のあたしの姿にも、気付いてくれるかな。
明日はいよいよ、決勝戦当日だ――――。
to be continue……
[book top]
[levelac]