チェック
いつのまにか …目が離せんようになってて…
下手したら そこから動けへんようになるほど
………なんで……?
俺…いつからこんなに、君に心奪われとった?
チェック
「侑士〜!部活ねーし、俺、今日彼女と一緒にか…」
「了解や、ほなな岳人」
「…って、お前、それ何?」
「なっ…見んなや!」
6時限目の数学の後…俺といつも一緒に帰宅しとる岳人が背後に立った。
「いいじゃん侑士っ!それ何の数だよ!」
「お前に関係あらへんわ。自分彼女待たせとんやろ?はよ行きーや」
「…んだよケチ!…くそくそ侑士!」
「うっさいボケ…」
俺の数学のノートの隅に隠した小さいメモ用紙に落書きみたいにして書いた正の字…俺は今日、この正の数を書くのが趣味みたいになっとった。
+ 一週間前 +
「佐久間さん、おはよーさん」
「あっ…おはよう忍足くん」
そういえば…佐久間さん、今日、日直か…。
朝練が終わって、まだ少人数しか来てへん時間帯にクラスに戻ると、黒板をキレイにしよる彼女を見つけた。
その後ろ姿を見ただけで、キッツイ練習終わった後やから余計なんか、俺は顔がにやけそうんなる程に癒された。
「伊織おはよ〜!今日日直?」
「あ、おはよう千夏…そう…日直なの〜〜面倒臭い…」
「男子誰?」
「男子は…あー…跡部くんだ」
「あちゃ…それは期待出来ないね…」
「彼は生徒会で忙しいからね…まぁいいよ!」
………なんで今日の日直、俺やなくて跡部やねん…かー…腹立つー…。
彼女は佐久間伊織…今年、初めて彼女と同じクラスんなった。
…実は高等部あがってすぐぐらいには、俺はもう彼女を知っとった。
特別何も思ってなかった相手やったのに、同じクラスんなってから…なんやろう…いつのまにかめっちゃ気になる存在になって…。
やけど、佐久間さんと俺は何の接点もない、ああして挨拶したら返す、その程度の…要するにただのクラスメイトなわけや。
跡部は高校にあがっても俺様、生徒会長様、テニス部部長様…やで、佐久間さんの日直もまともに手伝えへんくらいに忙しい。
そんなんはみんな承知の上で、跡部が日直やったとしても、誰も仕事を押し付けんままで終わる…。
はぁ…なんや、跡部と同じクラスっちゅーのが今ごっつ腹立ってきた…佐久間さんしんどい思いさせよってからに…
や…待て…これってちょおチャンスなんちゃう?
俺が跡部の代わりに手伝うって…言うてみよ…かな…。
ああああかんあかん…なんて切り出したらええんやろ…
………や、普通でええやん、焦りすぎや俺。
佐久間さん、…今日男子の日直跡部やろ?
跡部大変やで、もしアレやったら…俺、てつどーたるよ…
よっしゃ…や、アレやったらって言い方はよーないかな…もし良かったら、俺…俺と付き合って…って何言うとんじゃ!!
そうやない、そうやないで…うっかりそんなん言うたらえらいことや…えーと…一人大変そうやし…や、そうや、それでいこ…
『佐久間さん、今日、男子の日直跡部やろ?跡部は忙しいし…佐久間さんも一人大変やろ?俺、てつどーたるよ…?』
よ…よっしゃ!!ええ感じや忍足侑士!!
いくで…よっしゃ…
俺はガタッと音をさせて席を立ってから、彼女の背中に近付いた。
「佐久間さ―――」
「まぁまぁ、伊織の日直の仕事は、私が手伝うよ!」
「ホント!?ありがと千夏〜!っと…忍足くん、どうかした?」
俺がめっさ気合入れて 佐久間さん、言うて声掛けたんと同時に、佐久間さんの親友の吉井が俺の邪魔を思いっきりしよった。
吉井……………余計なこと言わんでええねん…。
せやけど、佐久間さんの耳にはちゃんと俺の声は届いとって…や…まぁこんなデカイ図体しとんのが後ろに居ったら誰でも気付くやろうけどやな…。
「…や…きょ、今日の1限目何やったかな〜思て…吉井の背中で時間表が見えへんかったから…日直の佐久間さんに聞けばわかるかと思てな」
咄嗟に考えた俺の言い訳に、佐久間さんはきょとん、として、隣に居った吉井は眉間に皺を寄せた。
「はー?…忍足さー、後ろの黒板にも書いてあんじゃん。あんたほんとに天才なの?」
「うっさぃボケ…」
「なにー!?」
吉井とは席が隣んなった事があって、佐久間さんよりは親しい。
ああ…今日はお前のその口調がめっさ腹立つわ…邪魔すんなや…。
そう思った俺の言い方が気にいらんかったんやろう、吉井はむきーっと怒り出した。
せやけどその時、俺を庇うみたいに佐久間さんがめっちゃ綺麗に微笑んで…。
「あははっ…そんなに言うことないじゃない千夏。忘れちゃうことだってあるよねぇ、忍足くん。1限目は現文だよ」
「…あ…ああ、おおきに、佐久間さん」
「どうしたしまして〜♪」
顔を隠す為に勢いよく背中を向けて席に戻った俺の背中に、吉井の 伊織は優しいねぇ〜っちゅー声が聞こえる…ほんま…めっちゃ優しい…めっちゃ優しい表情やった…めっちゃ可愛かった…どないしよ…俺…めっちゃ顔熱いやん…。
1限目の現代文が始まった時、俺の頭ん中はあの佐久間さんの笑顔でいっぱいになっとった。
窓際にある俺の席で、授業中はいつも暇があれば外を見とった。
せやけど…
佐久間さんがいつも以上に気になってしゃーない。
や、前からめっちゃ気になっとったけど今日はめっちゃめっちゃ特別や。
佐久間さんの席は、偶然にも同じ列で、せやけど、俺と真反対の廊下側にあった。
この間に5人もおる…まぁこんだけおれば、気付かれることもないわな。
俺はそっと、肘をついてからゆっくり視線と顔を廊下側に流した。
……真剣に授業を聞いて、懸命にノートを写しよる…そんな佐久間さんの一生懸命な姿が、なんや…めっちゃかわええ…。
あ…肘ついた…確かに今、あんまおもんない話やもんなぁ…?佐久間さん…。
心ん中で話しかけてみる…恋しとるなぁ…俺……………え…?
…!?
ぼーっと佐久間さんを見とったら、彼女の顔がだんだんとこっちに向いとる気がした。
そこから目が離せんまま…瞬間、俺と佐久間さんの、目が合った。
佐久間さんは目が合うと、すぐにその目を逸らして前に向き直った…。
はぁ…びっくりしたわぁ…偶然やけどめっちゃどきどきした…あかん、また俺、顔…あつー…。
+ +
…それが、つい一週間前の話や…
あれから授業中、俺は何度も何度も佐久間さんを見て…佐久間さんとは、なんや、毎日毎日、目が合うようになった。
せやけど、関係は変わらんまま…特別親しいわけやない…友達と呼べるほどでもない…ただのクラスメイト…せやけど…なぁ佐久間さん…期待してええ…?
1限目、2回
2限目、3回
3限目、1回
4限目、3回
5限目、1回
6限目、2回 …計12回…
おいおい…結構な数やでこれ…。
こんなん佐久間さんに知られたらめっちゃ気持ち悪がられそうやけど…
俺は今日1日、佐久間さんと何回くらい目が合うか数えてみることにした。
それでこれが、その結果っちゅーわけや…佐久間さん…どう説明してくれるん…なぁ…俺をこんなんさせて…どない責任取ってくれるん…。
「伊織まだ〜?」
「ごめん千夏、みんなと先行ってて〜!おかしいなぁ…どこいったんだろう…うう…」
「うん…わかったぁ…後でね!」
「うん、後で!」
授業が終わって、佐久間さんは吉井や他の友達とデニーズに行くみたいやった。
せやけど、佐久間さんは何かを失くしたんか、めっちゃカバンの中を見ては無い〜…と唸り声を小さくあげとる…あー…かわええー…。
やで…堪忍、佐久間さん…そんな時に話しかけられたくないやろーけど…今、吉井もおらんよーなったで…教室にあんま人もおらんし…俺はこのチャンスを逃すわけにはいかへんねん…。
「ああ…なんで無いんだろ……」
小声でぶつぶつそう言いながらカバンの中をひっちゃかめっちゃかにしとる佐久間さんに、俺はそっと近付いた。
「なぁ…佐久間さん…」
「えっ!あ…忍足くん…」
「…なんや、探し物?」
「え…あ、うん…生徒手帳がないの…あれに定期入ってるから…ないとすごく困る…うー…」
眉を八の字にしてめっちゃ小さい声で唸る。
かっ……かわえ…や、困っとんのに堪忍。
せやけど…その顔ずっと見とりたいわ…。
「俺、一緒に探したろか…?」
「えっ…やや、いいよいいよ!自分で探すから!」
優しく微笑んで、優しく言うたつもりやった…せやけど、佐久間さんは、なんや必要以上に俺を拒むように断ってきた…そんな気がした。
……あかん…の…?俺が傍におったら…
「…なんや、迷惑…?」
「えっ…や…そそ、そうじゃないけど…」
「せやったら…ええやん。俺、佐久間さんと話したいこともあるし」
「えっ…」
俺の話したいっちゅー言葉に、佐久間さんは少し驚いた表情で俺を見る。
そらまぁ…ただのクラスメイトやで…変な話やけど…
でもなぁ…?…俺には聞きたいことあんねん…。
「教室には落ちてないみたいやしな〜…机ん中とかちゃんと見た?」
「えっ…あ…うん…見た…」
「せやったら…今日は移動教室あったな…音楽室行ってみよか」
「う、うん…」
ほんのちょお戸惑いながらも、佐久間さんは俺と肩を並べて歩いた。
こうして隣に並ぶと…はぁ〜…小ちゃいんやなぁ…
抱きしめたらすっぽり包めそうや…あかん…めっちゃ抱きしめたい…。
「ん〜…ないなぁ…」
「やっぱりカバンかなぁ…誰もいないし…広げてみようかな…」
「……俺がおるけど?俺はええの?」
「あははっ…うん、忍足くんはいいよ」
佐久間さん…誘っとる…?
なぁ…俺なんでもええように解釈するで…なぁ…ええんやな…?
だだっ広い音楽室の中に座って、佐久間さんは丁寧に荷物を、ひとっつふたっつと出していった。
俺はその正面にしゃがんで、佐久間さんを見た…。
「なぁ佐久間さん…」
「うん〜?…と、これは古典ノートだし…」
ぶつぶつと独り言を言いながら荷物を探る姿が愛しいて…俺は我慢の限界やと、自分に言い聞かせて思い切った。
「今日、12回、目ぇ合ったよなぁ?」
「えっ…」
目線を下に…広げた荷物に向けたまんま、佐久間さんは固まった。
それから、ゆっくり、ゆっくり、俺のほうへ顔を上げる。
「…12回、目…合ったやろ…?」
「…えっ…っと…」
目を大きく開いて、じわじわと、顔が赤くなっていく…あかん…このコ絶対俺のこと誘っとるわ…我慢…我慢やで…侑士。
「一週間前くらいから…なんや、めっちゃ目ぇ合う気がしててん…俺…佐久間さん…ずっと…ずっと気になってて…な…あんま喋ったこともないし…ただのクラスメイトやのに…こんなに目が合うって…なぁ…?」
「…そ…それ…は…あの…」
片手に持ったノートをそのままに、佐久間さんは俺のガン見に耐えれへんかったんか、目を伏せた。
せやけど…顔真っ赤にして…めっちゃ…かわ…っ
「なぁ…そんな顔赤くされたら…余計に…期待してまう…」
俺の中で、それが確信に変わった瞬間…佐久間さんは言うた。
「……違うの…忍足くん…」
「え…」
ち…違う…って…な…何…?
「違う…」
「……」
な…何で違うって2回も繰り返すん…お…俺の…俺のほんまの勘違いやったってことなん…?なぁ…嘘や…嘘やろ佐久間さん…なぁ…君は俺のものやって…思ったあかんの…?
「12回…目が合ったなんて…そんなの嘘だよ…」
「う…嘘やないっ…12回…!俺、数えたんやで…?あ、俺な、目ぇ悪ないんよ!?これ、伊達眼鏡やし、俺めっちゃ目ええねんかっ…」
めっちゃめちゃ不安になってきて、俺は眼鏡を外した。
それと同時に、佐久間さんは言うた。
「違うっ12回じゃなくて14回だよ…っ!」
「嘘やないっ!!12か……………………え……?」
「……12回じゃないよ…朝礼の時、2回、目が合ったもん…」
「……え…佐久間さん…?」
俺が顔を覗きこむように彼女を見ると、 はぅ、と小さな声で持っとったノートを落として、そんまま両手でかわええかわええ顔を覆った。
「私も…忍足くんのこと…気になってて…かぞ…えて…た……。気持ち悪がられると思って…言うつもりなんて…なかったのに…ぅ」
「…あ…あははっ…おおきに!…おおきに佐久間さん…めっちゃ嬉しいで…」
俺は自然と、彼女を抱え込むようにしゃがんだまま抱きしめとった。
ほらな…やっぱり…小さな小さなかわええ身体…俺が包んだらすっぽりや…。
「ん…?」
「え…?」
ニヤついとる俺の顔を見られんように、佐久間さんの頭に頬をすり寄せてふと視線を下に落とした時、見覚えのある小さな手帳がノートからはみ出とることに気付いた。
「…これなーんや…」
「あっ…!!生徒てちょ…!!」
「なんやこんなと……!」
「あっ…!!やああああああ!!見ちゃダメ!!」
その時、それを拾い上げた俺の手が悪戯して、偶然に生徒手帳がぱっと開いた…
「…今の…俺やん…?」
「…う…ちが……うう…違いま…すん」
「どっちや」
思わずツッコミを入れた俺の、かわええかわええ彼女の言葉に、顔がめっちゃめちゃ綻んでしもた…。
俺の卒業写真のカラーコピーやで…?
めっちゃかわええ…
「な…今度は二人でちゃんと写真撮ろうや」
「…あ…うん…っ」
「約束な…」
「うん!―――はわっ」
真っ赤な顔して微笑んだ佐久間さんの額に、俺はちょん、とキスした。
「ごちそーさん…好きやで…佐久間さ…伊織…」
「…っどー…いたしまして…私も…好きゆ…侑士…」
「ん…おおきに…」
段々と小さくなる声を、聞き逃さんように耳を澄まして…俺の名前が伊織の口から出た時、俺はもう一度、伊織に…今度は唇に…そっとキスした。
この日結局、定期はさっぱり出てこーへんかった…。
ほんま、つく嘘もかわええなぁ…伊織…。
fin.
[book top]
[levelac]