Wish upon THE stars?





ほしに ねがいを






Wish upon THE stars? -1-






自分でも嫌になるくらいイラついていた。
たとえば、湿気を孕んだ灰色の曇り空がうっとおしいこととか、
七夕集会の臨時委員を押し付けられてしまったこととか、
今、前の席で銀髪の男がムカツクほど気持ちよさそうに寝ていることとか、
そのひじの下に無造作に置かれている短冊の文字が、見えそうで見えないこととか、
さっきから私は自分の願い事をなかなか書けずにいることとか、
そんなのは全部、きっと些細なことなんだけど。

仁王 雅治。
立海テニス部きっての曲者。
銀髪の詐欺師。

気になる存在だっていうのは認める。
確かに、授業中、仁王の襟元のシッポが揺れる度、
そっちに意識を持っていかれる程度には、
仁王のことをが気になっている訳だけれど。
それが恋かと聞かれれば、答えはノーで、
少なくとも、いやむしろ、仁王を好きになってしまわないよう、
最新の注意を払っていたはずなのに。

今朝、偶然見てしまった仁王の姿と、
目の前の広い背中とを重ね合わせて、
今の私は不覚にもドキドキしてしまっていたりする。
それが何より、腹立たしい。

あんな姿を不意打ちで見せるのは、反則だ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

湿度の高さに息苦しくなったせいか、今朝は目覚ましが鳴るだいぶ前に目が覚めた。
時計を見れば、午前5時を少し回ったところ。
二度寝をしようにも、どうにも寝苦しくて、
眠い目をこすりながらのっそりとベッドから抜け出た。
冷蔵庫の冷えた麦茶を飲んでぼぉっとしていたら、
起きてきた母にアッシュの散歩を頼まれた。
ミニチュアダックスフントのアッシュの散歩は、朝は父の担当なのだけど、
ついついOKしてしまったのは、
足元に擦り寄って来て私を見上げるアッシュの真ん丸い目にほだされてしまったから。


朝の空気は、湿気を溜め込んでいたけれどむっとした暑さではなく、
むしろ肌にひんやりと心地よいほどで、
川沿いに整備された土手の上の道を、
アッシュのペースに合わせて早足で歩いた。


たぶん、そこでアッシュが立ち止まったのは、
きっとだたの気まぐれで、
その時私が、何の気なしに土手から河原の方へ目を向けたのも、
偶然だったとしか言いようがないのだけれど、

そこで視界に入ってきたのが人間で、
しかも見慣れた銀髪の持ち主であることに気付いて、
私は息を呑んだ。

眼下の河原に造られたちょっとした公園で、
白のTシャツと濃いブルーのハーフパンツ姿の仁王が
首にスポーツタオルを掛けてダッシュを繰り返していたのだ。

仁王の家と私の家は、駅で言えばたしか1つか2つしか離れていない。
それでもこんな早朝に、自分ちの近所で仁王の姿を見かけるなんて思いも寄らなくて、
しかも、しょっちゅう授業をサボったり、
かったるそうにランニングしていたりする仁王しか知らなかったから、
その真剣な様子に、目が離せなかった。

上から見下ろしているのだから表情までは分からないけれど、
黙々と走り込んでいるのは、詐欺師でも曲者でもなく、
むしろ爽やかなスポーツマンといった感じだった。

それは、アッシュがくぅーんと鳴いて先へ行こうと促すまでの、
ほんの数分のことだったと思うけれど、
無防備にすら思えるその仁王の姿に、
仁王を好きにならないようにと、頑張ってきた理性が、
あっさりと白旗を揚げてしまったのかもしれない。



ねがいごとは なぁに?






Wish upon THE stars? -2-







「佐久間」

低い声で呼ばれて顔を上げれば、すぐ近くに仁王の顔があった。

「さっきから、ずーっと考えこんどるようじゃけど、まだ決まらんのか?」
仁王は身体ごとくるりと振り向いて、私の机の上の白紙の短冊をトントンと指で叩いた。

今の今まで仁王のことを考えていたせいで、
必要以上に高鳴る胸をもてあましてしまってどうしようもない。
今、私、顔が赤くなったり、不自然にな表情になったりしてないだろうか。
それをごまかそうと、考え込んでるふりをして、俯いた。

「早う書かんと、もう俺らしか残ってないぜよ?」

そう言われて視線だけで教室を見回せば、本当に他に残っている生徒は見当たらない。
そういえば、さっき担任が「書いて提出した者から帰ってよし」って言っていたな。


短冊に、願い事。


子供の頃なら
「お花屋さんになりたい」とか「ピアノが上手になりたい」とか、
いくらでも思いつくままに書いた。
1枚の短冊を書くのに、こんなに悩むようになったのはいつからなんだろう。

短冊に書けることなんてたかが知れている。
本当に叶えたい願いなんて、こんな薄っぺらいものじゃない。
だけど折角1年に1度のチャンスなのだから、真剣に考えて、書きたいじゃない?

「仁王はさ、なんて書いたの?」
思い余って、俯いたままそんなことを訊いてみれば、
「さぁのう」、とのらりくらりした返事が返ってきた。

ちょうどつむじの辺りに、仁王の視線を痛いほど感じる。

「あのさ」
「何じゃ?」
「見られてると、書きにくいんですけど」
「そうか?」

そうか? なんて言っておきながら、席を立つつもりはないらしくて、
仁王はあまつさえ、私の手元を覗き込むように顔を近づけてきた。
それだけでもドキドキしてしまう自分が何だか腹立たしくて、
私は怒ったように言った。

「だから、見ないでよ」
「何で?」
「何でって・・・見られてると書けないって言ってんじゃん」

睨むつもりで顔を上げたのに、
少し上がった右の口角と、その下のほくろに一瞬目を奪われて、
思いっきり呆けた顔を曝してしまったのが悔しい。

だけど仁王は、そんな私にはまったくお構い無しに、

「じれったいのう、ちょっと貸しんしゃい」

と言って、短冊とペンを取り上げた。

取り返そうと伸ばした私の手は、軽く交わされてしまう。

「あのちっさい犬の名前はなんちゅうん?」

仁王の口から出てきた言葉はあまりにも突拍子もなくて、
私は、手が空を切ったままの情けない格好のまま固まった。

「・・・犬?」
「今朝お前さんが連れてた、茶色のちっさい犬よ」
「アッ・・・シュ・・・だけど・・・何で?」

何で仁王がアッシュのこと知ってるの?
っていうか、今朝って、言ったよね?
私が土手の上から見てたの、気付いてたってこと?

頭の中がハテナマークでいっぱいになってしまった私をよそに、
仁王はするすると短冊の上にペンを滑らせて、
書き終えると満足げにひらひらと振って見せた。
殴り書きのようにそこに記された文字は、


--- 明日天気になりますように    佐久間アッシュ ----


「・・・ちょっと、それ、どういうつもり?」
「アッシュが、明日もお前さんと散歩に出たいって言うちょる」
「仁王?」
「飼い主思いの忠犬じゃのう」

そう言って、仁王は、ニヤリと笑った。




あした てんきになぁれ






Wish upon THE stars? -3-







完全に仁王に振り回されている状況に、今更ながら本気でむかついてきた。
目の前の男は、やっぱり詐欺師だ。
きっと今朝の姿は、幻か何かだったんだろう。
こんなヤツは相手にしないでさっさと帰ろう。
短冊なんて、私の分が飾られていないとしても、誰も気にしたりしないのだから。

そう思って乱暴に席を立ったのだけれど、
かばんを持つ手をつかまれて、また私の動きが止まった。

そして次に仁王が口にしたのは、さらに突拍子もない言葉。

「のう、俺ら、付き合わん?」

「は?・・・・どうしてそうなるかな・・・」
「俺が佐久間を好きじゃから」
「・・・冗談にしても、笑えないから、それ」

思いっきりにらみつけてやったのに、
仁王はまったく動じることなく、さらりと次の台詞を口にした。

「佐久間も俺のこと好きじゃろ?」

ありえないほどの自身に満ち溢れた仁王の言葉に、返す言葉がない。
否定しなければ、と思うのに、どんな言葉も、音にはならなかった。


「視線には色があるんよ」

私に反論の意志なし、と見たのか、仁王はゆっくりと静かに話し始めた。
それはまた、何の脈絡もない言葉なのだけれど、
私はもう睨みつけるのすら諦めて、仁王に掴まれたままの手首を見ていた。

「色っちゅうか・・・そこに込められた感情っちゅうか、そういうの、感じるじゃろ?」

仁王は、私の相槌すら待たずに、独り言のように言葉を続けていく。

「まあ、敵意とか好意とか、いろいろ。
そんで、授業中、お前さんの視線から感じとったんは・・・
なんちゅうか、好奇心、じゃろうな」

好奇心。
それはたぶん、当たっている。
好きになってしまわないよう、
感情を理性で押さえ込んだ結果の、「興味がある」という曖昧な色。


「じゃけど今朝、土手の上から感じた視線の色は、好奇心だけじゃのうて・・・」

仁王はそこで一旦言葉を止めて、私の手首を掴んでいた手を離した。
身体は自由になったのに、仁王が発するひとつひとつの言葉に影を縫われたように、
私はその場所から一歩も動けない。

「俺んことが好きっちゅう色」

仁王の手が、いつのまにか頬に触れていた。
冴えた銀色に似合う、少し冷えた指先。

「・・・土手の上にいるのが佐久間じゃって気付いて、俺がどんだけ嬉しかったか」

コツン、と仁王のおでこが私のおでこにぶつかった。

「お前さんの視線にその色がついたらええのにって、ずっと思っちょった」

伏せられた瞳を縁取る長い睫毛が、少しだけ震えているように見えた。
さっきまでの不適で強引な雰囲気はどこにもなくて、
今の仁王は、きっと今朝と同じように無防備なんだろう。

そしてさっきから私の左胸がドキドキと大きな音を立てているのは、
きっとこの近すぎる距離のせいだけじゃないはず。
私ももう、観念するしかなさそうだ。


「明日も・・・あそこにいる?」
「佐久間?」
「アッシュの散歩さ、朝はお父さんがすることになってるんだけど、
明日から、私がやることにしようかな」

高鳴る胸を押さえてそう告げて、精一杯、にぃっと笑って見せれば、
仁王は「そうしんしゃい」と言って、さっき自分が書いた短冊をヒラヒラさせた。

「アッシュも、こう言っちょることじゃしの」

そう言って、やっぱりにぃっと笑った仁王の肩越しに見える窓の外には、
低く垂れ込めていた雲が地平線に近い場所で途切れて、
そこから淡い夕焼け空がのぞいていた。


きっと、明日は晴れだ。



END







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素敵サイト「LEVEL A.C.」様が3周年を迎えられるということで、管理人のワイティさんに捧げます!!
ワイティさん、3周年おめでとうございます☆
頂いたリク内容は「仁王で、高校の同級生で、付き合うまで」というものでした。
時節柄、七夕をモチーフに使ってしまいましたが、こんなんでよかったでしょうか???
お気に召していただければ嬉しいのですが。。。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました!!
(2008.7.7)




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