シルバーリングにご用心




「誕生日プレゼント何がええ?」
「えっ?・・・あ、えーと・・・何でも、いいよ?」

・・・・ってか、その微妙な間は何やねん?









シルバーリングにご用心









付き合うて初めての伊織の誕生日やっちゅうことで、俺はペアリングをプレゼントしたいて思っとった。

幼稚舎から氷帝だった伊織は、跡部や宍戸や慈郎たちとは幼馴染で、俺がテニス部に入ったころには、もう皆の仲間の1人っちゅう扱いやった。
そんな、気を許せる友達が、恋人に昇格したんは、高校卒業間際のこと。
大学は2人とも氷帝やけど、卒業っちゅう1つの区切りが、俺達の関係を一歩進める切欠になった。

せやけど、友達だった期間が長すぎたせいか、俺と伊織は付き合い始めてからも友達の雰囲気が抜けんで、しかも伊織は人前でベタベタしたがらんから、時々、ほんまに俺ら付き合うとるんかって、不安に思うこともあって。
そりゃ、2人きりの時は手ぇつないだり、ちゅーしたり、あんなことやこんなこともしとるんやから、付き合うとるんのは間違いないんやろうけど。
でも、俺はむしろ人前でうんとイチャついて、伊織は俺のもんやって、みんなに堂々と宣言したかってん。

やから、ペアリングっちゅうのは、まぁ、俺の独占欲の表れでもあって、そういうのを伊織に押し付けていいもんかどうか、ちょっと迷うところではあった。

それでさっき、ちょうど通りがかりのショーウィンドウの中の指輪を伊織がじっと見とるのに気付いて、「プレゼント何がええ?」って訊いたっちゅうわけ。
もちろん、恥ずかしそうにショーウィンドウを指差して「これ」、とか言う伊織を思い描きながらやで。

せやのに、伊織ときたら、思いっきり目を泳がせながら、口ごもりよった。
恥ずかしいとかやない、何や、思いっきり動揺しとる感じに、ものっそ不安になって、ついつい、たたみかけてしもうた。

「な、あの、指輪なんかは、いらん?」

な、お前今、ここに飾っとる指輪、ごっつ見てたやんなぁ?
ここでいらん言われたら、かなり落ち込むで俺・・・と思いつつ伊織の顔を覗き込んだら、や。


「あ・・・指輪は、今は、いらない・・・かな・・・」


その一言は、お寺の釣鐘みたいにガーンガーンと俺の耳の中でいつまでも響いて、その後の、
「あ、そうか?ほんなら何か言うてみぃや。付き合うて初めての誕生日やし、伊織の欲しいもん、プレゼントしたいねん」「うん。じゃぁ、考えとくよ」なんちゅう会話も、もうほとんど上の空やった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「考えとく」と、伊織は言ったはずやけど、あれ以来、何となく誕生日プレゼントのことを振るんは気が引けて、かといって伊織も、自分から「あれが欲しい」なんて言って来るタイプでもなく、その件はなんとなくうやむやになったまま時間は流れて、誕生日まであと3日っちゅう時になっても、まだプレゼントが決まっとらんかった。

指輪は拒否られてしもうたけど、それでも何か、ペアのもんにしたいっちゅう思いは捨てきれんで、俺は1人でショッピングモールをうろうろ歩き回った。
指輪はだめでも、ペンダントとかどうやろ?
いや、身につけるもんだとやっぱ嫌がられるんかなぁ?
なんて、いろいろ考えながら、あちこちの店を覗いていると、ちっさなクマの人形が目に留まった。
ピンクとブルーのペアのクマには、首にシルバーのタグが付いていて、そこにイニシャルを一文字入れられるようになっとる。
俺のイニシャルのタグ付きのクマを伊織に持っててもらって、俺が伊織のイニシャルを彫ったタグつきのクマを持つ。
それ、ちょっとええかも。
まぁ、伊織は俺のモンやっていう印にはちょっと足らんけど、お互いの部屋にそれがあるというつながりを感じるんは、酷く暖かく柔らかな気持ちやと思う。

指輪やペンダントからしたら、随分子供っぽいかもしらんけど、何や、その2匹に妙に愛着が沸いてしもうて、俺は結局、それをプレゼントにすることに決めた。
タグにイニシャルを彫ってもらい、きれいにラッピングもしてもらって意気揚々と店を出る。
当日はやっぱ花束も用意しとこなんて思いながら、俺は、相当浮かれた気分で家に帰ったんや。



で、いよいよ誕生日当日。
講義が終わった後、伊織が俺のマンションに泊まりに来ることになっとった。
俺としては講義なんてサボって、朝から晩まで伊織とおりたいくらいやってんけど、学部は別々やけど、何だかんだと理由をつけて集まりたい元男テニレギュラー陣が、昼間は大学のカフェテリアで伊織の誕生祝をするっちゅうし、その後も真面目くさった伊織が「サボりはだめ」なんて言いよるから、気もそぞろで1つも頭に入ってこんのに、一応午後も大人しく講義に出席しとった。

そういや、さっきカフェテリアで、伊織は元男テニのレギュラー陣皆からやっちゅうアザラシのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめとったなぁ。
「わー、かわいい」とか言うて、ちょっと妬けるわ。
俺からのプレゼントは、2人きりで渡したくて家に置いたままやったから、なんやちょっと、手持ち無沙汰やったしな。
まぁ、どっちにしても今夜はそんなアザラシやのうて俺をぎゅっと抱きしめてくれたらええし。
そしたら俺も伊織をぎゅーっと抱きしめてやな、そんでその後は・・・いや、あかん。頭ん中暴走しすぎやっちゅうねん。

どこまでもエスカレートしそうな妄想を振り払おうと、俺は軽く窓の外に目をやった。
教室の窓からはレンガ造りの図書館と、それに続くイチョウの並木道が見える。
まだ色づいていない黄緑の葉を茂らせとる木の影にちらりと見えた、見覚えのある姿。

今の、伊織やないか?
伊織も、この時間は自分の講義に出てるはずやけど?
不信に思ってその姿を目で追って、次の瞬間、俺は頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。

伊織と一緒にいるのは、跡部や。
しかも、今、何か紙袋みたいなもんを伊織に渡しとったで。
今日渡すもんっちゅうたら、そりゃ誕生日プレゼントやろ?
それやったら、なんでさっき皆と一緒の時に渡さへんねん?
こんな、隠れてこそこそと渡すなんておかしいやんか。
表情までは見えんし、声ももちろん聞こえんけど、伊織がものっそ喜んでるっちゅうのは、遠目からもよぉ分かって、俺は思わず席を立ち、教室を飛び出した。

今、あの2人のところに行ってどうするのか、何て言葉をかけるのか、そんなことはよぉ分からんかってんけど、とにかく、「何でや?」っちゅう気持ちだけで、体が勝手に動いた。

俺が行った時には、もう跡部の姿は見えんで、伊織は1人で並木道を歩いとった。
その右手には、小さな紙袋がぶら下がっとって、それが跡部から貰ったものやと思うと、イラついた気持ちがどうにも抑え切れんかった。


「伊織」


後からかけた声が、自分でも驚くほど冷たく響く。

ビクリと肩を震わせて振り向いた伊織の表情が、中途半端な笑顔で固まって、その表情から、自分が今どれだけ冷たい顔をしとるんかを思い知る。

「侑・・・士?」

伊織が不安げに俺の名前を呼んだ。

--今日は伊織の誕生日やで。そんな紙袋の1つや2つ、見ない振りしたりぃや--

どっかで冷静な自分の声が聞こえとったけど、俺の口から出たんは、ざらざらした感情をそのまんまぶつけるような言葉。

「なぁ伊織、跡部から何もろたん?」

怯えた目をした伊織が、とっさに紙袋を背中に隠した。
悪気はないんやろう。それは分かっとる。
せやけど、俺に隠れるように、2人の間で交わされたその袋の存在が、俺の中の独占欲や嫉妬心や、そういう醜い感情を煽った。

「隠さんでもええやん?」






後手に隠された紙袋のもち手に、俺の指が掛かる。
反射的に伊織が身をよじった拍子に、袋が地面に落ちて、中から小さな箱が転がり出た。

ベルベットのような上品な光沢のある箱。
これは?この箱は?

・・・まさか、指輪やないよな?

伊織も俺も、その箱を拾い上げることもせず、言葉を失っていた。


「見せてやれよ、伊織」


俺らの間の、張り詰めた空気を破ったんは、跡部の声やった。

「この嫉妬深い眼鏡野郎に、ちゃんと説明してやれよ」
「でも・・・」

伊織は俺の方をちらりと盗み見て、何故か顔を赤くして俯いた。
何?なんでそこで恥らうような態度になるん?

そんな伊織の様子を見て、ふっと笑った跡部が転がっていた箱を拾い上げた。
そして俺の目の前で、箱をぱかっと開ける。
箱の中には、確かに、シルバーのリングが1つ、キラキラと輝いとった。

俺には指輪はいらんって言うたんに、なんで跡部からは貰うねん?
跡部から貰うことになっとったから、俺からのはいらんちゅうことやったん?
なんで?なんでや、伊織?

俺は、怒りよりも情けない気持ちでいっぱいで、何や座り込んでしまいたいくらいやった。

跡部はそんな俺の顔を覗き込んで、ふんっと鼻で笑ったかと思うと、指輪の箱を伊織に渡して言った。

「ほら、説明してやんねぇと、こいつ今にもショック死しそうな顔してやがるぜ」


「あのね、19歳の誕生日にね、男の人からシルバーのリングを貰うと幸せになれるっていう言い伝えがあるの」
「・・・何や、それやったら俺も男やで。俺かて、指輪くらいなんぼでも買うたるのに・・・」

俺をなんやと思っとんねん?お前の彼氏ちゃうん?

「それが、貴様じゃだめだったんだとさ。な、伊織」

跡部は、なんや面白そうにニヤニヤ笑いながら、伊織に説明の続きを促した。

伊織は、しばらく迷った後、ようやっと話し始めた。

「だからね、19歳の誕生日に、男の人からシルバーのリングを貰うと幸せになれるんだけどね、だけど、その人とは結婚できないんだって」

「え・・・ちゅうことは・・・伊織?」

「だから、侑士からもらっちゃったら、侑士と結婚できなくなっちゃうでしょ?」
「そうゆうことやったら、隠さんで、言うてくれたらよかったやんか」
「だってだって、結婚とかって言ったら、絶対侑士に引かれると思ったから」

伊織が湯気が出そうなほど真っ赤になりながら話すのを見てるうちに、俺の心の中はじんわり暖こうなってきた。

そんな俺らに、跡部は「けっ」と笑いながら悪態をついて、ふらりと去っていった。

やっぱ跡部、お前はイイヤツや。


2人きりになって、並んでベンチに腰かける。
「侑士、指輪のこと、隠しててごめんね」
小さな声で、俺の顔を覗き込みながら謝ってくる伊織。
さっきまでのざらついた心が嘘みたいに、伊織が愛しいてたまらんと思ってしまう俺。
もう、全然怒ってへんかったけど、そのまんま許してまうのも何や癪やし・・・

「さっき、跡部に指輪見せられた時、俺めっちゃ傷ついてんで」
「うう・・・ごめんなさい」
「ごめん、ぐらいじゃぁ、許されへんなぁ」
「え?じゃぁ、どうしたらいい?どうしたら許してくれる?」

必死な様子の伊織を、抱きすくめてしまいたい衝動を必死で抑えながら、俺は言った。

「やったら、伊織のキス100万回で許したる」

「ひゃ・・・ひゃくまんかいっ?」

予想通り、目を丸くしとる伊織の耳元に唇を寄せて、俺はそっと付け足す。

「もちろん、分割払いでええよ」

分割でいいなら、と恥ずかしそうに伊織は答えたけど、払い終わるのにどんだけかかるんかは、考えてないみたいやった。

ま、それは、追々ゆっくり教えてやればええか。

俺は伊織の手を取って立ち上がった。

「そろそろ帰らん?俺からのプレゼント、家に置いたままやねん」

うんと言って勢いよく立ち上がった伊織の唇をさっと奪う。

「まずは、1回目や」

不意打ちのキスにふくれっ面をしている伊織の手をぎゅっと握り締めながら、俺は祈った。

シルバーリングの言い伝え通り、伊織がずっと幸せでありますように。
そしてその時隣に居るのが、どうか俺でありますように。



END










素敵夢サイト『LEVEL A.C.』のワイティさんに捧げます。 Happy Birthday!!!
実は、この、19歳の誕生日に男の人からシルバーリングを・・・という話は、実際に私が19歳だった頃に流行ったジンクスだったんですよ。それで、このネタを書いてみたいとずっと思っていたんですが、ワイティさんに「お誕生日ドリをプレゼントさせてもらっていいですか?」とお願いしたところ、貰ってくださると言っていただけたので、この機会に書かせていただきました。画像のミニベアは、ストーリーの大筋とはあんまり関係なくなってしまいましたが、折角作ったので、強引に背景に使ってしまいました(苦笑)
ワイティさんのみ、よろしかったらどうぞお持ち帰り下さいませ。この1年、またたくさんの幸せが降り注ぎますように!
(2008.11.5)




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