I'm sorry -Syusuke Fuji-
玄関でチャイムが鳴る。
とりあえずそこらに散らかっていたものを端に寄せて、わたしは玄関に急いだ。
「やあ、ごめんね急に」
「ううん、大丈夫」
扉を開けると大好きな周助が笑っていて。
それだけで、疲れて寝ていたわたしの時間は、彼になら奪われたって構わないと感じる。
「お茶入れるから、座ってて」
「うん、ありがとう」
周助とは付き合って一年半。
わたしの部屋に来る時はいつも何日か前に連絡をもらうことが多いけれど、今日みたいに突然来ることもある。
一応、来る前に電話はくれるんだけど…
「周助アールグレイでいいよねえ?」
「………………」
「……?周助?」
返事が戻って来なかったから、どうしたのかと思ってキッチンから部屋の中に目を向けると、彼はぽつんと突っ立っていた…。
だけどどこか、その背中に不穏な空気を感じる。
「周助…?どうかし…」
「ねえ」
「はい?」
ねえ、の声がいつもより幾分か低い気がして、思わず引き攣ってしまう。
ああほら、また始まった。
もう何と無く予想がつくこの展開に、わたしは少しだけうんざり。
だから強気な声で返した。
これはそう、「何か?」という意味合いに近いトーンだ。
「どうしてちゃんと出来ないの?」
「…………はあ」
「あれ?僕何か間違ったこと言ったかな?」
彼はキレイ好きで。
わたしは片付けが苦手で。
でも周助が来るとわかっている日はなるべくキレイにしてる。
でも突然来られた場合は…よくこんな喧嘩になる。
「周助さ、わたし言ったよね。さっき周助が来るって電話くれた時、散らかってるよって」
「うんそうだね。でも僕が来るまでに時間があったでしょう?」
「わたし、昨日残業しまくりで周助から電話掛かってくるまで寝てたの!周助が来るまで少し時間あるから寝てようと思うのはいけないこと!?」
「いけないことじゃないよ。疲れてる時に来て悪かったね」
「なっ……何その言い方!!」
周助とこんなに子供っぽい喧嘩をするようになったのは、半年くらい前からだ。
いつも大人で冷静な周助が、わたしにだけはこうしてムキになったように、わざと怒らせるようなことを言ってくる。
その度にわたしは思うんだ。
この人本当に性格悪い!!
「だけど僕が言ってるのは今日のことじゃないよ。どうして日頃からちゃんとしようって心掛けが出来ないのって話」
「そんなのわたしの勝手でしょ!」
「こんなとこに漫画本撒き散らして『勝手でしょう』?僕はどこに座ればいいの?座る場所なんてないじゃない」
「はあ!?そこにクッションあるし!」
「このCDの中身だってジャケットと違うものが入ってるし……はあ……少し体を動かして片付ければ済むことなのに……」
周助はそうやってぶつくさ言いながら、絨毯の上に置いてあった漫画本とDVDを手に取った。
すかさず、わたしは声を張る!
「ちょっと!!」
「何!」
すると条件反射的に周助も声を張る。
わたしは負けじと続けた。
「それ何する気!?勝手に片付けないで!そこに置いてて!」
「どうして!ここに置いてたらいつまでも片付かないでしょう!?」
「あのねえ!」
さてアールグレイはどうなっているだろう。
パックがお湯に浸かりすぎて、今頃真っ黒な紅茶に仕上がっているかもしれない。
そんなことが頭を掠めたけど、わたしは周助にずかずかと向かって行った。
「ここに置いてあることには意味があるの!そこに『置いてる』の!わざわざ『置いてる』の!!それからここはわたしの部屋なの!周助の好みに変えないで!」
「ここに置いてあることに意味がある……?こんっなにバラバラに置いておいて?」
「置き方なんてどうだっていいでしょ!?」
「……はあ、呆れる…」
「何なの!?喧嘩売りに来たの!?」
「そうじゃないよ」
「じゃなんなの!?嫌なら帰れば!?」
「…………」
その瞬間、周助が黙ってわたしを見つめた。
しまった、と思った時にはもう遅い。
周助は黙ると怖いんだ。
それは本当に怒ってるってことなんだ。
「……っ……な、なに、黙って…」
だけど強がりなわたしは怖くないと言わんばかりに意地を張って返す。
すると周助は、しばらくの沈黙のあと大きな溜息を吐いた。
「全然、理解出来ない」
「……っ……そんなの価値観の違いじゃん……」
「でも女の子なんだし、散らかっているよりは片付いてる方が当たり前だよね?……でも、君にはそれが出来ない」
それってこんなに大喧嘩になるほどのこと!?
頭の中で次に出て来る周助の説教を予測しては顔がどんどんふて腐れていく。
次はこうだ、『日頃から心掛けていれば済むことなのに』。
腹が立つ!
「ていうかしょうがなくない!?」
だから先を見越して言ってやった。
だってそうじゃん!しょうがないじゃん!!
そしたら周助は呆れた顔で。
「しょうがないね……」
「しょうがないよね!?性格の違いの問題じゃん!そんなの、周助に変えられることじゃないし、それに、わたしいっつも周助がちゃんともっと前もって連絡くれてる時はそれなりにキレイにしてるし、こんな突然来てそんなこと言われたって、それに、散らかってるって言ったよね!?」
同じことの繰り返しだとはわかっていても、言わずには居られないわけで。
短気なわたしは悲鳴のように喚き散らす。
「言ってたね…」
「じゃあ周助にとやかく言う筋合いないよね!?悪いのわたしだけじゃないよね!?周助だって――!」
「一緒に暮らそうか」
「――悪い…!……ん?」
周助だって悪いよね!?…そう言おうとしたわたしに、突然、プロポーズのようなセリフが落ちてくる。
え?え?
「……君が片付けれないなら、僕が一緒に住んで片付ける。それでいいよね?」
「…え、うん…いや……それは、いいけど……えっと…うん…」
途端にわたしは勢いを無くして、目のやり場に困って、俯いて、赤くなって…。
だってこんなの卑怯すぎる。
不意打ちすぎて卑怯すぎて、もう悔しくてしょうがないのに。
「……ねえ」
「はい……」
「大好きだよ」
「…っ……う、わ、わたしも…大好き……」
わたしがそう言った瞬間、ふっと笑った周助に、呆気なく唇を奪われて。
あーあ…わたしにはやっぱり、この人しかいないんだって、呆れるくらいに再確認…。
チクショウ、本当にこの人、性格悪い…。
(じゃあまずは、このCDの整理からだね)
(…………周助ひとりでやってね?)
(…………なに?)
(…………)
fin.
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