I'm sorry -Masaharu Nioh-
砂を拾うと、雅治が隣に座った。
「のう、さっきから何を拗ねちょる」
「拗ねてない」
「……そうか」
嘘だ。
わたしはさっきから拗ねてる。
さっきから三回同じ問いかけをした雅治の言うとおり。
雅治だって、わたしの否定の言葉が嘘だなんてわかりきってる。
だけど納得した振りをする。
「……海キレーダネ」
ほとんど棒読みで。
わざとらしくそう言ったわたしに、雅治は機嫌を取るようにニコッと笑った。
「そうやの。……しっかし暑いのう…」
「……海に入ってきたら?」
「水着持っちょらんし、お前さんの今の言い方やと、海に沈んできたら?に聞こえるのう」
「…………」
「…あーそうじゃ!さっき氷売っちょるとこがあった!買ってくるか!ちと待っ――」
「――いらない」
断定的なわたしの言葉に、雅治は小さく溜息を吐く。
わかってる。
わたしだって自分のこと面倒臭いって思ってる。
雅治が気を遣ってくれてることもわかってる。
でも……素直に言えないし、でもむかつくんだもん。
「…………のう…さっきから――」
「――拗ねてない」
聞かれる前に言ってやる。
相当頭にきてるんだ。
思い出せば思い出すほど、あのシーンが焼きついて離れない。
「いい加減にしてくれんか」
だけどそれは、雅治を遂に怒らせる結果になった。
最初から、わたしはこれを望んでいたのかもしれない。
「…………」
「なんなんじゃお前……俺を怒らせたいんか?」
「…………」
「なんとか言え!」
「やっ――痛い…っ…!」
ソッポを向いたわたしを無理矢理に自分へ向かせた雅治は、怒りに満ちた目をしていて。
強引に掴まれた腕は痕がつきそうなほどに痛かった。
「なんなんじゃって言いよるじゃろう」
「なんでもないって言って……!」
「じゃあその態度はなんじゃ?言いたいことあるんならはっきり言うたらどうじゃ?安易にわからせようっちゅう態度取って、促せば返ってくる答えは何でもない?ふざけなさんな。俺にも我慢の限界っちゅうのがある」
「…………」
本気で怒っている声色を聞いて、思わず泣きそうになってくる。
ここまで怒られないと素直になれないなんて、わたしはどれだけこの人に甘えているんだろう。
「……はあ……泣かれてもわからんって――」
「――わたしのこと放ったらかして…ずっと、あのコと喋ってたじゃん…」
「……え?」
「ずっと……わたしが教室で待ってるの知ってて、わたしのこと待たせたじゃん!」
告白は波の音に煽られて、涙に歪んだ声は余計に強くなる。
「あのコを優先したのは、雅が昔恋してたから?」
「…ちょい待ち……」
「雅治すごく優しい顔してた。楽しそうに笑ってた。教室に来た時に、遅れてすまんって言ってくれたけど、理由を聞いても練習が長引いただけだって言って……なんで嘘つくの!?」
「待てって」
さっきまで頑なに黙っていた心の闇も、打ち明けてしまえばもう止まらない。
今更、彼の言い分を聞くように待つことなんて出来なくて。
「見られてないと思ってたでしょ!見てたよバカ!…ずっと、ずっと…雅治を待ってる時は、教室からずっと雅治を目で追いかけてるんだから!!――っ…」
そこまで言い切った瞬間、わたしの声は雅治の胸に押しつぶされてくぐもった。
強く抱きしめられた雅治の制服から、少しだけ香る、彼の匂い。
「…………待って…俺の話も、聞きんしゃい……」
最初からこの想いを言えたなら楽だったけど……あなたに鬱陶しく思われたくなくて、つい。
でも、結局態度に出した…結局遠回りしてあなたを不愉快にさせた。
「確かに俺、あいつのこと前に好きじゃったけど……今はお前さんが好きだ…誰よりも」
「…ずるいよ、いつも、そうやって……」
雅治はわたしが困らせると、いつもわたしのことを好きだと言って。
でもその言葉は、悔しいくらいに効き目があるんだ。
「本当のことじゃし?……待たせたのは、悪かった。嘘ついたのも…余計な心配かけとうなかったから…すまん」
「………本当に、それだけ…?」
「…本当じゃって……お前のこと、どれだけ好きじゃと思っちょる…」
「……っ……」
わたしを抱きしめる雅治の腕に、ぎゅっと力が込められて。
そのまま頭のてっぺんに、雅治のキスが落ちてきた。
「悪かった……でも今度から、気にいらんことはちゃんと言うて……お前のことを知らん間に、泣かせとったりしとうない…勝手な言い分かもしれんが…頼む」
「……わたしこそ……ごめん……ね……」
「ん……お相子じゃ」
苦笑した雅治は、わたしの顔を両手で包んで、そっと唇を寄せてくれた。
(信用できんなら、今度あいつの前でキスでもするか?)
(え!じゃあ信用できない!!)
(……やれやれ、可愛い奴じゃのう)
fin.
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