I'm sorry -Keigo Atobe-













チャカチャカ、チャカチャカ。
さっきからわたしはそれを聞きながら、もう限界が近いことを悟っていた。


「ほう、錦織相手にいい試合ししやがるな、この選手……」


少しだけ気になる試合を見ながら、違うことも気にしている景吾は自分の手からテレビのリモコンを離さない。
一体あんたは何をしに来たの?という疑問もあるけど、それよりも腹立たしいことがあって。
ほら、また変える。チャカって音がまたわたしの神経を揺さぶる。


「む、ニュースはまだか……こっちはどうなってる?」

「ねえ景吾、変えてよ。もうCM終わってる」

「あ?ああ、そうか」


わたしが見たいのは今やってるWBAフェザー級世界ボクシングの生中継。
スポーツ中継はよくCMが入る。
ボクシングの場合は1RやってCM、1RやってCM、それは別にいい。
でも夕方になって突然来たこの男が、CMの間にチャカチャカチャカチャカとチャンネルを変える!
もうそれがイライラして……!!


「よしCM、テニスはどこだったか……」

「…………ねえ」

「チッ、こっちもCMか。NHKニュースでも見るか」

「あああああああああもういい加減にして!!気が違える!!」


我慢の糸は呆気なく切れて、わたしは異常なほどに怒鳴っていた。


「な…なんだ!?」

「なんでそんな落ち着きがないの!? ここ誰の家だと思ってんの!?ボクシングの休憩は短いの!! CMがすぐに入ったとしてもそのCMはすぐに終わって、もう試合が始まってんの! 一番いいとこを景吾のせいでNHKニュース見せられてたんじゃたまんない!! 見たいものがあるんなら自分の家でやってよ!!何しに来たわけ!?」

「…………」


付き合い始めてから半年。
景吾と喧嘩したことは今まで一度だってなかった。
だから景吾はわたしの怒鳴り声を初めて聞いたわけだ。
しかも、こんな、しょうもないことで。

だけど、呆気にとられた景吾の顔を見たとこで、わたしの怒りは治まるはずもない。


「リモコン寄越して!」

「あっ…」


景吾の手からそれをぶん取って、わたしはボクシングのチャンネルに切り替えた。
幸いにも、CMが終わって始まったばかりのようだった。
全く!ただ白熱して観戦したかっただけなのに、この空気一体どうしてくれるんだ。


「……おい」

「わ!右ストレート!!…ああ、惜しい!」

「おい」

「あー!危ない!危ない!ちょ、クリンチやめろお!」

「おいって!!」


景吾を完全に無視して白熱していたわたしに、景吾は肩を掴んでまでしてわたしを自分に振り向かせた。
それが無性に腹が立つ!


「なに!いいとこなんだから邪魔しないでよ!あ!……」

「…CMだな」


またCMに入って。
わたしは景吾と目も合わせずに、目の前にあるビールを飲み干す。


「……悪かったから、機嫌直せって」

「それが謝る態度?はあ…景吾みたいな人とは結婚出来ないね、わたし」

「ああ!?なんでそんな話になる!?」

「落ち着きのない人が嫌いだから」


そう言うと、景吾はぐっと口をつぐんだ。
この人は自分が心を許した人の前で妙に甘えるとこがある。
いつも気取ってるくせに、わたしに甘えてるからこんなチャンネルをチャカチャカチャカチャカ……。
つまり、我慢が出来ないんだ!男ってホント、子供なんだから!!


「……冗談でもそんなこと口にすんじゃねえ」

「冗談じゃないし!落ち着きのない人嫌いだし!」

「そうじゃねえよ!」

「じゃなに!?」


CM中の痴話喧嘩。
CMが明けたらまたどうすんのこの空気!!


「結婚出来ねえとか、二度と口にするな!」

「……は?」


そこで、CMが明けた。
わたしはぽかんと口を開けたまま、景吾を見つめる。
景吾はバツの悪そうな顔をして。


「…………ボクシング始まってるぞ」

「ねえ景吾……それってわたしとの結婚、考えてるとか?」

「ボクシング始まってる!!」


赤くなった景吾に抱きついたのと同時に、テレビでは新チャンピオンが誕生していて。
わたしの怒りは、いつの間にかどこかへ飛んでいた。










(初めて会った時に生涯独身を貫くって言ってたの誰だったっけ?ねえ景吾!ねえねえ!)

(終わったことだし、チャンネル変えていいか?)

(………………)






















fin.



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