I'm sorry -Yushi Oshitari-
「せやからな、2^(a+b)−2^a−2^b+1=(2^a−1)(2^b−1)ab≧0で2^a≧12^b≧1やから、(2^a−1)(2^b−1)≧0てなって、(1)が成り立つんや。で次が(2)やけど、これから……」
「意味わかんない」
数学。
恨むべき数学。
わたしは数学が大嫌いだ。
だいたいさっきから侑士の言っていることの意味がわからない。
ていうかわたしには問題の意味さえもわからない。
「なんでや。a、b、cが0以上の実数のとき、次の不等式を証明せよ。って書いてあるやろ?で、証明するんはこれやん」
侑士が指差した場所をしらじらしく見る。
『(1)2^a+2^b≦1+2^(a+b)(2)2^a+2^b+2^c≦2+2^(a+b+c) 』
なんだこれは?顔文字か?
「な?」
「いや、な?って言われてもわかんないし」
さっきからこんな問題ばかりを小一時間続けて、わたしはそのどれも理解出来ずにいる。
侑士はそんなわたしになるべく優しい問題をと、段々レベルを下げて教えてくれているのだけど、意味不明。
テスト期間の真っ只中。
数学の点数が悪いわたしを見兼ねた侑士が提案して実現している今日。
誘われた時は本当に嬉しくて、わたしもやる気満々だったのに。
――正直、たったこの小一時間でもう数学にはウンザリ。
大好きな彼に教えてもらってるのにダメなんて、どうやってもダメだと思う。
「…さよか……あ、ほなこっちやろ!えーとな、mを整数とする。方程式6x+my=15のxとyがともに整数となる解のうち―――」
「もういいよ侑士、それ解けない」
侑士が更にレベルを下げた問題を選んで出題する。
とにかくイライラしていたわたしは、ウンザリの表情をあからさまに出して、侑士の出題を遮った。
すると侑士は、一瞬きょとんとしてわたしを見て。
「や、まだ問題全部言うてへんで?とりあえずやってみよや?な?えーと、でな、解のうち……」
何度やっても学習能力のないわたしに、侑士は嫌味なくらい優しくて。
それが、わたしを余計にイラつかせた。
ちゃんと勉強してこなかった自分が悪いのに。
本当は、苦手なものから逃げようとする、自分に怒っていたのに。
「もういいって!どうせわたしバカなんだから無理無理!」
完全に八つ当たり。
わたしのその苛立った声を聞いて、侑士の動きがぴた、と止まった。
「……なんや、その言い方」
わたしから一瞬も目を逸らさずに、眉間に皺を寄せた侑士が睨みつけるようにそう言って。
耳の奥から嫌な音が聞こえてきたような気さえした。
胸騒ぎと共に引き起こされる、警報。
「…や、わたし、バカだし……」
「なんやねんそれ。理解しようともせんと、努力もせんと自分のことバカやって言うて、それで終わりかい」
いつも優しい侑士が本気で怒っていて。
後悔してるのに、口を突いて出てくる言葉は、滑稽な反抗。
「だってわたし侑士みたいに頭良くないし!」
「…お前小学生か?あっほらし…話にならんな。ほなもう帰るわ。わざわざテスト期間中やっちゅうのに、ここに来た全然意味ないな!」
侑士が大きな溜息と一緒に大きな声を出して、わたしの傍から立ち上がった。
あのドアを開けたらもうきっと、彼は戻ってきてくれない。
そう思うと、押し寄せていた後悔の波は、突然嵐のような高波へと変化して。
「ゆ、侑士待って…!待っ…ッ!」
追いかけようと急いで立ち上がったわたしは、間抜けなことに脛を思い切り机にぶつけてしまった。
凄まじい悲鳴をあげるわたしの脛。
抱きつく予定だったはずが、今わたしが抱えているのは自身の脛で、おまけにうずくまっている。
「…あーほ」
「…く……」
ぱっと振り返った侑士は、わたしを見ながら淡々とそう言った。
悔しいかな、涙目で、声にならない声を出して。
わたしは侑士を見つめた…願いはただひとつ。
痛いから優しくして欲しい。
「……こらバチやな。投げやりんなって俺に八つ当たりしたバチや」
「う……い……痛い…」
「そら痛いでお前。弁慶も泣くっちゅう場所やし」
侑士はそっと近付いて、わたしの頭を小さくデコピンした後。
うずくまっているわたしを丸ごと、ぎゅっと抱きしめた。
…やっぱり……侑士はすごく優しい。
……ひどいこと言っちゃった。
テスト期間中だってのに、わたしの為に時間を費やしてくれているのに。
頭の悪いわたしに辛抱して、何度も何度も教えてくれているのに。
本当なら、侑士が先に怒鳴ったっておかしくなかったんだ。
「…侑士……ごめん……」
「……ええよ。ゆっくりやろな?大丈夫や。絶対わかるように俺が教えたるから」
「うん…ホント、ごめん……」
ニッコリ笑った侑士からの短いキスは、仲直りの、証。
(よっしゃほなやるで!)
(…ねえ侑士い、ちょっとイチャイチャしようよう〜)
(これ解いてからな…ちょ、やめて)
(いいじゃんちょっとくら…)
(やめろ!)
fin.
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