ジェラシー -Seiichi Yukimura-
「綺麗な部屋だね」
「精市が来るから昨日は大掃除……とか言ったら、がっかりしちゃう?」
付き合って間もない彼女の部屋に招待されて、俺の気持ちは容赦なく高ぶっている。
お世辞じゃない感想を送ると、彼女は舌をぺろりと出して嬉しそうに微笑んだ。
がっかりなんてするわけないよ。そんな自然体の君を好きになったんだから。
「座って待ってて。お茶入れてくるから」
「おかまいなく。あ、でもホットがいいな」
「あはは。そういうとこ、精市らしい……わ!」
かちゃ、と扉を開けてキッチンに出て行こうとすると、彼女は足元を見て少し大袈裟な声をあげた。
同じように足元を見ると、ハッハッと息を切らしてシッポを振っているペットがいた。まだ大きくなりきってないウェルシュ・コーギーだ。かわいい。
シッポが床に当たってパタパタと音をさせている。よっぽど彼女が好きみたいだ。
「犬、飼ってたんだね」
「カズマちょっとどいてー。そうなの。デブなんだー」
「ふふ。カズマっていうんだ? おいで」
そうなのーと言いながら、彼女はキッチンへと消えていった。カズマは忙しくシッポを振りながら、彼女に付いていってしまった。
俺は完全に無視、ということなのかな? しょうがないから、あとで可愛がってあげよう。
「おまたせ。ホットティーだよ」
「ありがとう」
彼女が部屋に戻って来たときも、カズマは後ろから突進する勢いで彼女の周りで走っていた。
いつものことなのか、彼女は何の気ない顔をして、カズマを部屋の外においやるように扉を閉めた。
「カズマばいばいー」と言っていたけれど、カズマはどうやらそれじゃ納得ができないみたいだ。
「クゥー、ン」
「……カズマ、鳴いてるよ?」
「いつものことだからいいよー」
「クゥ〜ン……」
「……」
それでも俺が扉をしきりに気にすると、彼女は眉を八の字にして優しいため息をついた。
「精市、犬がいてもOK?」
「俺はかまわないよ。可愛いし」
「ありがとう」
扉を開けた途端、彼女に飛びついてきたカズマ。
わあ! と声をあげながら、僕の彼女がカズマに押し倒されたようになっている。
ねえカズマ、それはやりすぎのような気もするな。
「カズマ、こっちおいで」
俺はカズマを撫でてやろうと手を差し伸べた。
だけどカズマは彼女の上ではしゃいだまま、俺はまた無視された格好で。
もしかしてこれは、嫌われているのかな。へえ、カズマは俺が嫌いなんだ?
「ごめん、なんか警戒心の強い犬なんだ」
「ううん、気にしてないよ」
カズマをよいしょ、と抱っこした彼女が俺のとなりに座ると、ようやくカズマが俺を見た。
ハッハッと息を切らしていたけれど、それは突然に終わり、パクッと口を閉じて俺を見つめている。
なんだろう……品定め?
「あ、ちょ」
「?」
するとカズマは彼女の膝から降りて、俺と彼女の間に無理やり体を捻じ込ませた。
やっぱり俺は嫌われているみたい。
でも残念だけど、彼女は俺の彼女だから。
「キスしようか」
「え」
「いきなりごめん。でもキスしたい」
彼女と初めてのキス。
俺の唐突な物言いに、彼女は目を見開いたまま。
俺はカズマを挟んだまま、かまわず彼女の顔を引き寄せてキスをした。
密着した俺と彼女の体に、カズマは苦しそうに身を捩る。
そして俺の腕と彼女の体の間に、無理に鼻を突っ込んできた。
「ちょ、カズマ!」
「へえ。嫉妬深いんだね、カズマ」
「ワン!」
「俺と勝負するかい?」
「ワンワンワン!」
「そんなに威嚇してもだめだよ。俺のだから」
カズマを抱っこして俺の右隣に
――つまり彼女と離して
――座らせたら、カズマは俺の膝を容赦なく跨いで、また彼女の膝に座る。
「あらら、カズマ……」
「ふうん」
そのカズマっていう直截的すぎる名前が余計に、チクッとするよね。
「わがままだね、カズマ」
「嫉妬深いの。ごめんね」
「それは俺も一緒だって知ってた?」
「え」
知らん顔してもう一度キスしたら、カズマは遂に、俺に突進。
(カズマ、やめなさい!)
(ふふ、いいよ。さあカズマ。何して遊ぼうか)
(カズマ、降参しなさい! 下手したら血が出るよ!)
(心外だなあ。そこまでしないよ)
(……どこまでならするの)
(ワン!)
fin.
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