ジェラシー -Masaharu Nioh-
「ん〜ん〜ん、ん〜ん〜んん〜」
「ご機嫌、じゃの」
「ん〜?ん!まあね。久しぶりだもん。みんな元気かなあ」
全身が映る姿見の前で、俺の彼女はさっきからずーっと鼻歌を歌っちょる。
こないだ買ったっちゅうお気に入りのワンピースに、同じくこないだ買ったっちゅうお気に入りのストール。
季節にあったいい色合いで、我が彼女ながらさすがのコーディネートじゃと言わざるを得ん。
「お洒落さんやの、相変わらず」
「服大好きだもーん」
「道理で小遣いが貯まらんはずじゃ」
棘を含ませた俺のその物言いも、わかっちょるんかわかっちょらんのか……。
ただふんふんと鼻歌を続けるだけでかわされた。
どうも面白うない。俺と一緒におる時はそんな可愛らしい服着たこともないじゃろうに。
「お前さん、そんな服持っちょったんやの」
「あれ?雅治見たことないっけ?こないだ買ったんだよ?」
「ないぜよ」
嘘を付いてみても虚しい。
「雅治に一番に見せたじゃん!」とふてくされたら可愛いのに。
「そうだっけ?このワンピ可愛いよね!似合う?」
どうやらそれも無い。
こいつの家は自営業で両親が共働き。
じゃから夜遅うならんと両親が帰って来んことが幸いして、俺と彼女との付き合いはなるべく金を使わんように、所謂おうちデートっちゅうのがいつものパターン。
どこか出かける時は学校帰りが多い。つまり制服デートっちゅうやつ。
要するに俺は、こんなキメ込んだ彼女を見たことが滅多に無かった。
「似合うよ。お前さんは何でも似合う」
「またまた、照れるな……とか言って!」
それが小学生の時にやっちょった剣道部の集まりっちゅうんじゃから面白くない。
どうせ初恋の相手でもおるんじゃろうし。
何をそんなに気合入れちょるんか……お前は俺の彼女じゃっちゅうことを忘れちょらんか?
言いたいことは山ほどあるが、どれもただの駄々になるし、そんな自分を見せるんも嫌じゃし。
「ちょっとちょっと、ベルト巻けない」
「今日はコロンまでつけちょる、と」
だがどうにも抑えが効かん。すでにこの心情が駄々じゃ。
鏡で何度もファッションチェックをするその仕草に、それ以上は許さんと心の中で独りごちる。
後ろから腰を抱きしめるように首筋に唇を寄せると、淡く甘い香りが鼻をついて余計に嫉妬させられた。
「ん……雅治〜!離して……」
「俺も行こうかのう、今日」
「小学校自体違うのに、来たって雅治の知ってる人なんかいないよ?」
「じゃからこそ、じゃろ」
「こらこら、どこ触ってんの」
胸に届きそうな俺の手を何食わぬ顔して払いのける。
で?今日会う連中にはどんな顔を見せるんじゃ?
「帰るの、何時んなる?」
「んー、ランチだけだし。遅くても夕方くらいには帰るんじゃないかな」
「連絡しんさいよ」
「はいはい、心配性だなあ」
そうじゃないて。
言うのは癪じゃから言わんけど。
「さ、そろそろ行くよ!……ほら雅治!離れて。遅れちゃうじゃん!」
「はいはい」
離れたらすぐさまベルトをつけて、向きを変えてバッグを持って、俺の背中を急かすように押した。
そんなに早う会いたいんか?
「俺はどうしちょったらえんかのう?」
「家でゲームでもして待っててよ」
「ふうん」
やっぱり連れて行く気はないんじゃの。
「雅の家すぐそこじゃん!」
「別に面倒じゃとか言うちょらんじゃろう?」
「だって面倒臭そうな顔してるから〜!」
そうじゃのうて。
面白くないだけなんじゃけど、結局気付いちょらんのか、気付いちょるけど気付いちょらんフリしちょるんか。
どっちでもええけど、たまには俺と会う時も気合入れんしゃい。
「よし!」
「…………」
「ん?なに?」
玄関にある鏡でまたチェックをして髪を手櫛で整える。
そんなお前を見ちょったら、今日何度目かの胸のざわつき。いや、いらつきか?
「のう」
「ん?」
「口紅はやりすぎ」
「!」
俺の胸のうちのようなルージュ。
呑み込んで溶け込ませたら、俺の心も多少晴れた。
(もう!せっかくつけたのに!)
(お前さんにはまだ早い)
(なあ!?)
(早く帰ってきんしゃいよ。それ脱がすのも楽しみじゃし)
(はあ……そうですか)
fin.
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