HUG -Thank You Girl-








やっと、本当の意味で君を手に入れた。

「わー、見て精市。みんなはしゃぎすぎだよね」
「気持ちはわかるよ。俺だって本当なら転げまわってはしゃぎたいくらいだ」
「……嘘でしょ?」
「気持ちはね、あるんだよ。気持ちだけね」

ふふ、と含み笑いの唇に左手を当てて俺を見る。
その薬指に光る指輪が、俺の気持ちをどんどん高ぶらせていくことに君は気付いてないから。
ここへきてまた好きになってしまうんだ。
すっかり僕だけの人だとわかっていても、奪われないように、そっと、そっと。

「わ、精市っ……」
「今日くらいは許してもらえると思うよ。彼らはきっと、見て見ぬふりをしてくれる」
「それは精市が怖いからだと思うけど……」
「どうかな?」
「いや、そうだから」
「でもね、空は晴天。穏やかな日曜日。広々としたベランダ。美味しい料理。片手にシャンパン。目下にはプロテニス選手同士の試合」
「確かに、贅沢だあ〜」
「だろう?」

付け加えるなら、ウエディングドレスにタキシード。
朝早くから、身内だけの結婚式。
披露宴なんて堅苦しいことはしないで、そのままだらだらとしたほろ酔いパーティーに突入した。
残ったのは仲の良い友人たちだけ。
楽しくて、嬉しくて、あたたかくて、やっぱり嬉しい。
浮かれてしまいたくもなるよ。

「おー幸村、あっつあっつじゃのうー」
「あ、仁王は失格だね」
「ん?何の話じゃ?」
「ふふ、こっちの話」
「仁王くん逃げてー」
「……ようわからんが、逃げることにする」

珍しく声をあげて笑う俺らに怪訝な顔をしてこちらを見上げていた仁王は、ラケットをくるくると回しながら、ジャケットを肩にかけてそそくさと逃げて行った。
もしかしたら彼は、君をそっと後ろから抱きしめて幸せそうにしてる俺を羨んだのかもしれないな。
……なんて、自惚れもほどほどにしないと……だけど、こんな日くらい。

「ねえ」
「うん?」
「今日までずっと、傍で支えてくれてありがとう」
「え……今日までって、今日からも、でしょ?」
「うん。でも、区切りだろ?ひとつのね」
「まあ、うん……そうね。うんうん」
「ね、今日は特別綺麗だね」
「っ、いきなり、なに……」

そのすぐに慌てる仕草。赤みを帯びた頬。
そんなになるほど俺を心から愛してくれて、ありがとう。
ねえ、俺はね、君に感謝でいっぱいなんだ。
どんなときも君の優しさが、俺を喜ばせてくれた。
愚かな人たちは俺らの結婚を僻んで、俺らの愛を疑っていたけれど……

「いろいろ言う人がいただろうけど、不安にならなくていいからね」
「……精市……知ってたの?」
「知ってたよ」
「……わたし、気になんかしてないから」

ぐっと唇をかみしめるように、強い眼差しで俺を見据える愛しき人。
ありがとう。俺のために、たくさんの我慢をして、悲しみを超えてくれて。
それなのに、俺を愛してくれて。俺を、選んでくれて。
ありがとう。

「いつまでもずっと、愛しつづけるよ」
「……精市、どっかの歌舞伎役者みたい……」
「ふふ。そういう返事をするから、いじめたくなるんだよ?」
「えっ――!」

ひゃっと小さな悲鳴が聞こえた直後、式の時よりも大きな歓声があがって、君は慌てて、俺は笑って。
ああ、怒った顔も、魅力的だ。
ありがとう。いつだって俺を、受け入れてくれて。

「精市っ……!」
「ふふ。ありがとう。こういうキスも悪くないね」
「バカ!」
「俺が幸せなんだから、いいんだよ」
「なにそれ!!も、チョー恥ずかしい!」
「本当だね。真っ赤だ。かわいいからもう一回」
「えっ!……ッ、〜〜〜〜も……バカ……!!」
「まあまあ、そう言わずに」

だって、俺が幸せになることが、君を幸せにするってことだから。

――だから今日という日を、ありがとう。



















fin.



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