HUG -She Loves You-








だから俺は、お前には敵わない。

「あいつとは別れた」
「……そうかよ」

見たこともないような跡部の顔。
何を勝手に察して、何の遠慮なのかわかんねえけど、部室に入って目が合った直後、俺にそう言った。
らしくないその言動が、きっとあいつにはたまらなく愛しく思える一部。

「つくづく、お前は嘘をつけない男だな」
「あ?何の話だよ?」
「聞いてたんじゃねえのか?」
「聞いてねえし」
「まあ、どっちだっていいけどな」
「…………」

嘘が下手なのは自分でもわかってる。
んなことしょっちゅう長太郎に言われてる。
宍戸さんに嘘は似合わないですって……ほっとけよな。
だから見守ってるフリも、彼女はともかく、きっと跡部さんは気付いていると思いますって。
それもほっとけ。
だってよ、だからなんなんだ……ったくどいつもこいつもうるせえんだよ。
それが全部わかったとこで、俺の立場が変わるわけでもなんでもねえだろうが。
……まあでも、今日の俺の嘘は、確かにとびきり下手だ。
昨日、跡部の言う『あいつ』に偶然会ってる。
俺と帰りながら突然泣き出したあいつのこと見てられなくて、抱きしめた。
もしかしてそれも、なんとなく跡部はわかってんのかもしれねえな。

「お前が悪いんだろうなってのはだいたい想像つくけどな。でもって、未練たらたらってことも」
「はっ。言ってくれるじゃねーの」
「違うのかよ?」
「さあ、どうだろうな?」
「人の幼なじみ散々傷つけたんじゃねえのかよ?」
「言っておくが俺から振ったわけじゃねえぞ?傷つけられたのはお互い様だ」

あいつを失ったと思い込んでやがる。
見ていて痛々しいほどの強がり。
泣きたいくせに、泣くことに慣れてねえから、悲しみをいくら感じても表現できない。
……弱くて、強い跡部。
そんなお前に、本当のことを言わない俺は、誰とどんなプライドで戦ってんだ?

―俺なら、泣かせたりしねえから
―亮、離して……
―離したくないっつったら、うざがられて終わんのかな
―そんな、思わ、ないけど……っ、亮のこと、傷つける
―それじゃ、これまでと変わんねえのな。なら、離さない
―亮、ごめんっ……わたし、やっぱり……っ

……あいつはまだお前のこと想ってる。
傷つけられて気が狂いそうだってどんだけ喚いても、やっぱりお前が好きなんだ。
だから、抱きしめられて一度は俺に収まったあいつの辛さも、泣きながらごめんと振り払われた俺の腕も、俺の中に襲ってきた虚しい恋心も、俺を傷つけて苦しんだあいつの涙も、お前を求めて泣くあの声も、なぁ、跡部……お前になら、何もかも――

「おい跡部」
「アーン?」
「来客みてーだぜ?」
「……?」

部室の窓から見えた、いつも追いかけてた愛しい影。
それは、きっと跡部を探してここまで来るんだろう、あいつの姿。
いつの間にあんなに女っぽくなったんだろう。
俺はいつからあいつのこと、こんなに好きになってたんだろう。
あの時、強引に奪おうと思えば、きっと奪えた……俺は誰よりも、あいつの理解者だって自負してる。
だから俺なら、絶対、絶対傷つけたりしないのに。

「温室育ちのぼっちゃんに、ひとつ教えといてやる」
「……なんだ」
「お前さ、人のこと言えねえくらい嘘が下手だぜ?」

あとはお前次第だろ?
そんなに好きなら、手放すなよ。
俺はこれからもずっと、見守ってるふりしてやるからよ。
だから最後に、カッコくらいつけさせろ。

――全部やるよ、お前に。



















fin.



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