エレジー





「謙也、昨日告白されたんやって?」

「……あんたまでそんなこと聞くん、やめてよ」




















エレジー



















わたしの友達が唸っとる。

ほらな?言わんこっちゃないやろ?って、心の中で呟いたけど、酷い話や。

言わんこっちゃないって言う前に、わたし、千夏に言うたことなかったわ。


――謙也好きなら、見張っときいや。

何度か訴えかけたことはあるんやけどな。目で。

全然伝わってへんかったんね……もう、ホンマにじれったい女やね。


「今日聞かれたん何度目なん?」

「あんたで三度目」

「なぁ、千夏はそれでええの?」

「もう、それも三度目や。伊織まで鬱陶しい質問せんでよ」

「わたしやからやろ?今更気付いたん?あんたアホやないの?」

「アホでもなんでもええねん。わたしに関係ないねん」

「あんたな、そ――」

「――それ本気で言うとるんか?」


わたしが言おうとしたセリフをまんま盗られてぎょっとする。

顔を真横に向けたら、そこに白石が居った。

人の背後からのっそりと、わたしの肩から顔を覗かせて涼しい顔をしとる。


「な、なんや白石まで!」

「堪忍な千夏ちゃん。偶然、耳に入ってきたんや」

「もう、ええ加減にして」

「あっ……千夏……」


白石の登場によって、友人はくるりと背中を向けて去って行ってしまった。

じとっと白石を見ても、悪びれるどころか微笑んで、


「なんや怒らせてしもたやろか、俺」

「……あんたなぁ」


わかりきっとるくせに。

呆れるように白石を見て、わたしも千夏に続くように背中を向けて歩きだした。


「まぁ待ちいや伊織。俺かてあのふたりのこと、応援しとるんやで?」

「せやったら……!」


足を止めて、かみつこうとして、やめる。

白石になに言うても、大丈夫や、としか返事がこないことは百も承知。


「……伊織?」

「あんな、変な煽り方したら、あの子、余計に素直になれへんやろ?」


白石に煽られるんと、わたしに煽られるんは、受け止める千夏にとっては全然ちゃう。

わたしやったら素直になっとったかも知れんのに。


「大丈夫や。想い合っとるふたりが、結ばれんわけないやろ?」

「はぁ……案の定や」


「ん?なんのことや?」

「なんでもない」


やっぱり白石はいっつもこうやな、と思いながら、もう一度歩き出した。

校舎内の日当たりのいい廊下で、なぜか流れで白石と肩を並べて歩く。

こんなことはしょっちゅうで、白石に好意を寄せとる女子達にむっとした顔を向けられることもしょっちゅうや。


さて、走り去って行った彼女は中三の時にクラスが一緒になった友達で、初めて会った時にはすでに、見てわかるくらい謙也のことが好きやった。

気付いてないのは本人だけ。少女マンガみたいな話やけど、これがホンマで。

謙也から、あいつとは幼馴染やって言われた時に妙に納得して、誰も居らんとこでこっそり泣いた。

やって、謙也も千夏が好きやって目をしとったから。

あー、わたしはこの鈍感同士の露知らんとこで失恋するなんて、なんて惨めやろって思った。


「ひとつ聞いてもええか?」

「なんよ」


せやけど、あろうことかわたしは千夏のことが大好きんなってった。

やってめっちゃええ子なんやもん。

謙也が惚れるんも頷けるわ、って、また納得して、仲良くなっていく自分に複雑な気持ちを抱えながらも、やっぱりわたしは、千夏が大好きやった。

それは千夏と付き合ってきた数年間積み上げてきた、揺ぎ無い思い。

喧嘩したって、今みたいに素直になってくれへんかって、わたしは千夏が好きや。

やで、わたしは、わたしの初恋の人である謙也と、千夏と、幸せんなってほしい。

だって絶対想いあってんやもん、あのふたり。

それやのに謙也が千夏以外なんて嫌やし、千夏が謙也以外なんてのも嫌や。絶対。


「伊織はええんか?」

「は?」


考えとったら、白石がわけのわからん質問をしてきた。

一瞬、何を言われたか察知出来んで口をぽかんと開けてしもうたやないの。


「せやから、伊織はええんか?こんまま、あのふたり……」

「あんた、何言うとるん?」


キッとわたしが睨むように見たら、白石は全然堪えてない様子で続けた。


「なぁ、俺、いつになく結構真面目に聞いとるんやで?」

「やから……なんの、話なん……」


白石とは、高三になって同じクラスになった。

実は中一の頃からよう知っとる男やけど、同じクラスんなったんは初めて。

日ごろ遊んだりするほど仲ええわけやないけど、学校内では結構仲ええ方やと思う。お互い。

せやけど、別に白石に恋愛の相談とかしたことないで、されたこともないし。

やで、いつもの笑みを消した真面目な顔で、お前はそんな役目でええの?って聞かれとるような質問に、めっちゃ困惑した。


「誤魔化さんでええで?」

「誤魔化してなんかないやんか」


「よう言うなぁ、そんな辛そうな顔で」

「あんたホンマに、なんの話してんの?」


ぷいっと顔を背けて空を見上げたら、雲行きが怪しくなってきとった。

あー、今日は雨が降るんかなと思ったら、変に切ない気持ちになっていく。

もう何度も心の中で納得したことなのに、白石がわけのわからんこと言い出すから……!


「――あたっ!……んな、なにすんねん伊織」

振り返って肩をどついたら、白石が、それこそ、いつになく大きな声を出した。

それもまたようわからんけど腹立つ!

「あんたなんなんいきなり!いきなり現れていきなりなんなん!なんかめっちゃ腹立つやん!」

「いきなりはお前やろ……ちょお待ちい伊織、そない怒ってどないしたんや」

「あんたなんか嫌いや!」


チャイムが鳴る直前に教室に入って、教室中に響き渡る声で後ろからついてくる白石に言い放った。

一斉に注目を浴びて恥ずかしい思いをしたんは、わたしの方やった――。












白石、いつから気付いてたんやろ。


「伊織ー」

「…………」


雨の中の帰り道。

ぼんやりそんなこと考えとったら、後ろから当の本人の声がした。

あかん。今めっちゃイライラする声や。わたしにわざわざ動揺させるようなこと言うて、なんなん。


「伊織って。聞こえとるくせに、かわいげないなぁ」

「なんよ!」


「怒らせるつもりちゃうって」

「ちゃうでも怒る!怒らせたないなら今日は部活も無いんやしとっとと帰り!」


「お前なぁ、俺のオカンか」

「あんたの存在は今日はイラつくんよ!」


男テニが部活中止なんは知っとった。

やって、わたしが部長として所属しとる女テニが中止やったから。

一緒に部活することはほとんど無いけど、だいたい、男テニが無い日は女テニも無い。


「そないな言い方せんでも……。まぁせやけど、もう怒らせとるからどっちに転んでも無駄なんやろ?それなら……」

「白石のボケ!」

「ボケて……女の子やろ?せめてアホにしとき」

「ドアホ!!」

「……今日はなんでそんな嫌われたんやろなぁ、俺」


さっきまでそないに降ってなかった雨が、白石が背中から声を掛けてきてくらいから強まってきた。

白石、雨男ちゃうやろな……それも腹立つ。

天気予報も見てこんかったんかあいつ……みたいな顔してわたしをチラ見しながら、周りの生徒たちは傘を差して帰宅を急ぐ。

あー、もううんざりや。

雨ってだけでうんざりなのに、あれこれ考えてもやもやして。

そんなわたしの心を映し出しとるかのような空にも。

それを嘲笑うようにこぞって傘を持って歩く生徒たちにも。うんざりや!


「ああ!もうなんなんこの雨!」

「まるで更年期やな。俺の傘に入っていかんか?」


「要らん心配――……っ」

「……っ、謙也……」


ちょうどそんな時やった。

思わず息を呑んだ……わたしだけやなくて、それは白石も同じみたいやった。

裏路地の角を曲がった瞬間で、視界に飛び込んできたふたりの姿。

人気の少ないとこで、ずぶ濡れんなっとる謙也と千夏が、互いの愛を確かめるように抱き合っとった。

謙也の大きな手のひらで頭を撫でられながら包まれとる千夏を直視して、わたしは動かれへんようになって。


「……伊織、雨強なってきたで。びしょ濡れんなるで」

「……白石に関係ないやろ?」


「酷い言われようやなぁ。関係あるんやけど……」

「濡れてもええの。ほっといて」


「ほなせめて、隠れよか」

「……っ」


その状況を見ても声色ひとつ変えんかった白石は、わざと冷たくしたわたしの後ろから腕を引っ張って、向こうから見えんように、傘の中にすっぽりわたしを納めて、そのまま片手でわたしの頭を抱えた。

白石の優しさに、ぬくもりに、甘えたくなったその刹那。

失恋はとうの昔にしたつもりだったのに、これで本当に終わったと思ったら、涙が出てきた。

ずっとずっと好きやった謙也。

あの日、失恋したわーって泣いてから、とっくに諦めた恋やったのに。

ふたりの想いがやっと通じ合って嬉しい気持ちと、酷い喪失感と、ごちゃ混ぜで襲ってくる。

せやから、声が上擦って。


「しらい、し……なに、してくれと、るん……セクハラや」

「なんでもええで。こんなチャンスないやろ」


「……っ、あんた、こんな、時に……なに、言う……っ」

「こんな時やから、たたみ掛けんとな……俺が知らんと思っとったんか?」


いつもより優しい声で、わたしの頭を撫でる。

ちょうど今、千夏が謙也にそうされとるように。

なにやっとんの白石……?

そんな優しされたら、もっともっと泣いてしまうやないの。


「俺が包んだるで……謙也やなくて、堪忍な」

「アホっ……い、いつ、から……気付い……」

「ずっとや」

「ずっ……と?」

「ずっと……俺が伊織のこと好きんなってから、ずっとやで……ずっと伊織のこと、見とったからな」


ホンマのどさくさ紛れの告白に、わたしの肩が僅かに震えた。

なんとなく、抱きしめられた瞬間に過ぎった予感が、当たっとった……。

嘘みたいや……白石みたいな男が、わたしのこと、好きやなんて。

思いながら視線を傾けると、わたしの肩を抱いとる白石の腕も、少しだけ震えとった。


「白石……?」

「ん?」


「緊張、してるん?」

「……さぁ、どうやろな」


「あんた、白石やろ……?」

「せやで……やから、こんな時さえ自信満々やと思ったんか?」


白石の顔を見たくても、いつの間にかわたしの肩に頭を埋めたままで、動かへん。

僅かな隙間から入り込んだ雨が、白石の肩を濡らしていく。

失恋と告白が同時に来て、ようわからん感情が渦巻いていく。

白石を傷つけたくないけど、わたしは傷ついとって、やで多分、それは結果、きれいごとで……。


「俺も――」

「――え?」

「俺も今日、失恋したようなもんやろ……?」

「……白石……」

「やっぱり伊織は謙也が好きなんやなって、思い知らされたわ……結構ショックやで?」

「違う、好きなんと、違……」

「無理せんでええって……ああそれと、嫌い、は堪えたで……」


ぎゅっと、傘と一緒にわたしの背中を強く抱きしめる。

完全に、弱った心に付け込まれとるってわかってても、本人曰く、ホンマにいつも自信満々の白石の、こんな掠れた声聞いたら……


「ご、ごめん……嫌いは、嘘や……」

「ホンマに?」

「ホンマよっ」


必死になるように急いで答えたら、白石はふっと無理して笑うのと同時に、もう一度、わたしを抱きしめる手に力を込めた。

濡れた互いの体が、静かに揺れる。

わたしの想いも白石の想いも雨に溶けて、混じり合って、ぐちゃぐちゃや。


「なぁ……伊織」

「な、なん……?」


聞いたことのないような白石の甘く切ない声。

耳元で囁かれて、パニックに近い状態で言葉がつっかえる。


「嘘でええから、好きって言うてくれへんか?」

「えっ……」

「嘘で嫌いって言えるんやったら、嘘で好きって言えるやろ?」


白石はゆっくりと顔を上げて、わたしを見つめて、いつものお決まりの笑みひとつ見せずにそう言った。

失恋したばかりの、涙で熱くなった顔が、じわじわと、さっきとは違う熱りを巡らせる。


「白石……っ」

「なぁ、これきりにするから……ちゃんと、これで、諦めるから……お願いや」


懇願する白石の瞳に吸い込まれそうになって。

喉に絡まる言葉を、わたしは、いつのまにか吐き出していた。


「――っ、…………好き、や……」


雨音に消されてしまうくらいの小声で、ゆっくりと声にしたら、白石はやっと、少しだけ微笑んで。

でも、その微笑みは、めっちゃ、めっちゃ切なくて。


「……ありがとうな……俺も好きやで、伊織……」

「しらい――」

「――大丈夫や……これきりや」


涙と雨で濡れたわたしの唇と、近づいてきた白石の吐息は……その瞬間、ひとつになった。




























fin.
Spin-off of 『Stolen』 from locataire owner is 月薫



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