思い半ばに過ぐ








「桃〜!これ、不二先輩に渡しておいて!!」

「あ〜?またかよ…」

「あ!桃、これ、私も!!私は手塚先輩にね!」

「お前まで!?ダメだって、部長はこういうの受け取らねーぜ?」

「それでも渡すのがアンタの役目でしょー!?」

「なんだそりゃ!!」












思い半ばに過ぐ












桃城くんはいつだって、クラスの人気者。

あのテニス部に居るっていうのに、一年生で目立っている越前くんとかいうコよりも桃城くんの方が親しみ易い雰囲気がある。

おかげで桃城くんはいつも、キャーキャーと騒がれているテニス部の先輩達と、その先輩達に近寄りたくても近寄れない後輩の女の子達との橋渡し役。

私はそんな桃城くんに…恋している。


「あっ!次の授業移動じゃん!」

「やべー!お前らこれは後で預かるから!こんなことしてる場合じゃねー!!」

「わかった!!じゃあまた後で渡すから、桃よろしくね!」

「わかったよ!」


チャイムが鳴る寸前に移動教室だということに気が付いた、その女の子がバタバタと用意をして走り去ろうとする。

後ろの席でそれを聞いていた私もすっかり忘れていて、机の中にある教科書を慌てて取り出す。


バサバサバサッ 


「あっ…」


女の子達に続いて走って教室から出ようとした私の腕の中から、教科書とノート、それにペンケースまでもが見事に落ちて散らばってしまった。


「ひゃーっ、佐久間さん早くしないと遅れるよー!」

「構ってる暇ないって先に行こう!」


内気な私は、友達が少ない。

物静かな私を構ってくれる人なんて、ほとんど居ない。

そんな環境にはもう慣れっこの私が、彼女達のその当然である態度に落ち込むこともなく、せっせと落ちた物を拾っていると…


「大丈夫か?佐久間。…ったく、あいつら女なのに放ったらかしかよ」

「い、いいよ桃城くん…遅れちゃうから!…」


「いいっていいって〜。それにさ、一人で遅れて行くよりも、二人のほうが心強いだろ?」

「…桃城くん…」


そう言いながら落ちた消しゴムを拾って、すっごく素敵な笑顔で私に向いた。

彼は、どうしてこんなに優しいんだろう…いつもこうして私の中に、すんなりと入り込んできて…私の胸の中の脈を早くしていく…。




キンコーン…




「うわっ…マジでチャイム鳴っちゃったな…」

「あ…ご…ごめん桃城くん…私のせい…」


「ははっ!なんだよ佐久間、気にすんなって!よし!行こうぜ!正座覚悟でな!ははっ!」

「…ふふっ…うん!」


次の授業の先生は、本当に厳しい人で…私達は案の定、遅れて行ったことによって、そのまま廊下で正座されられてしまった。

でも、そんな廊下での正座も、桃城くんと二人きりなら…なんか、いいかなって。

苦痛だけど…私は正直、嬉しかった。


「なぁなぁ、佐久間ってさー」

「え…?」


まるでドッキリTみたいな小声で、先生の命令により私から1メートルくらいに離れた位置で正座していた桃城くんが、正座から5分も経たないうちにそうして話しかけてきた。


「あんま笑わないよな」

「え……」


「さっき、笑った顔見て思ったんだけどよ」

「う…うん?」


「お前、笑ったほうが可愛いぜ?」

「えっ」


突然、何を言い出すのかと思ったら、真顔でそんなことを言われて 私は真っ赤になって俯いてしまった。


そんな私の様子には全く気が付いてないのか桃城くんは私に向かって、


「ちょっと今の俺カッコ良くねーか?かかかっ」


なんて言いながら声を抑えて笑っている。

冗談なのか本気なのか、その言葉に緊張している私の身にもなって欲しい。


それでも、桃城くんと話していることが

本当に楽しくて、嬉しくて…いつもはそんな勇気もない私も、少し話してみることにした。


「桃城くんは…」

「ん?」


「い、嫌になったりしない?あの…毎日、先輩達にラブレターとか…」

「あー、もうウンザリだよ。ははっ…だけどなんかさー…」


「なんか…?」

「人を好きなことって悪いことじゃねぇだろ?そういう時の女の子ってさ、なんか可愛くねぇか?」


「え…そ…そうなの?」

「あ…そっか。佐久間は女の子だからわかんねぇよな」


「好きなコ…いるの?」

「えっ…」


はっ…

やだ…私…つい…何聞いちゃってるんだろ!


「ごめんっ…なんか変なこと…」

「いや…ちょっと意外だなって…佐久間もそんな話するんだなーって…」


のんびりと天上を見上げて、桃城くんがそう言って…私達はしばし、沈黙の空気の中にいた。


「い…いる」

「えっ?」


「だから、さっきの答えだよっ…いるよ、好きな奴」

「あっ…そ…そうなんだ」


私にとっては、桃城くんのその答えのほうが意外で…いや…意外っていうか……かなり…ショックで…そのまま黙ってしまった私に、桃城くんは適当に話を逸らして…私はその話に、ただ相槌を打って…そして5時限目の授業が終わった。













桃城くんに、好きな人がいる…。

中学二年生にもなれば、そんなことは当たり前なんだけど…

なんだかいつも陽気な桃城くんは、テニスのことばかり考えているような人に見えていたから…


……。


違う…違う…

自分じゃないって確信してる。だから、こんなにショックなんだ。

私は憂鬱になりながら、テニスコートの傍を通りかかった時いつもなら桃城くんの後ろ姿を見て胸を高鳴らせて帰るのに、今日はその姿を見ようとしないまま、胸を締め付けられる想いで帰った。


そのまま家に帰る気がしなくて、図書館に寄った。

その後、近くの喫茶店に入って、本を読みながらココアを飲んだ。


これが私のストレス解消法…というか…自分を落ち着かせる為に最近見つけた手段だった。






そのまま時間が過ぎて行き、ふと時計を見ると午後6時を指していた。

私がそろそろ帰ろうと、席を立とうとした時、喫茶店の出入口から私の大好きな人の声が聞こえた気がして、咄嗟に振り向いた。


「ねぇ桃城くん、もちろん、ここは奢りだよね!」

「しょーがねーなー。まぁ、いろいろ教えてもらったしな」


「ていうか別にそうじゃなくたって、デートなんだから奢るべきだよね!」

「あのなー、橘妹!そういうこと言ってっと、またどこから神尾が…れ?」


その姿に、その会話に…固まってただ見つめることしか出来ない私に桃城くんが気付いて、「よぅ!」と高々と手を振って、その彼女と近付いてきた。


「こんな時間までどーしたんだよ佐久間っ」

「桃城くん、彼女、だあれ?」

「ああ、クラスメイトなんだ。あ、こっちは不動峰―――」

「ごめん、帰るっ…」

「えっ…」


ガタンッ


椅子を蹴るようにして私は喫茶店を飛び出した。

不動峰…?

誰…怖い…その存在を知るのが…彼女…だよね…絶対彼女だ…デートだって言ってたし…それに…すっごい…すっごい可愛かった…


「ふっ…ふぇ…っ…」


走りながら、私の目に涙が溜まっていた。

いつの間にか声にまで出して泣いて、私は自分がどれ程に桃城くんを想っているかを、再確認させられていた。


走って、近くにあった公園に入ってから、わけもわからずただゆっくりと足を進めて、流れる涙をハンカチで拭いた。


桃城くん…

誰かを好きになることは、悪いことじゃないね…そういう時の女の子って、確かに…想い合えていれば、すごく可愛いんだと思う…

だって、桃城くんの彼女、すごく可愛かった…すごく…

私みたいな片想いじゃ、全然敵わないくらい…

桃城くん…悪いことじゃないけど…人を好きになって、でもその人が違う人を想っていたら…悪くなくても…苦しいよ…


「ひっく…ひっく…ううっ…」


声を殺して泣けるほど私は強くなかった…

誰かが通りかかっているならば、きっと私を見て察しがつくだろう…

それくらい、私は声を出して泣いていて…
















「…なんで泣いてんだ…佐久間…」

「…!!」


その声に、息が止まりそうな程の衝撃が私の体中を駆け巡った。


「佐久間…」

「…なん…で…」


ゆっくり振り返ると、桃城くんが切なそうな顔して立っていて、私に近付いて、少し目を逸らせて照れくさそうに言う。


「…っ…な、なに勘違いしてんだぁ?あれは別に、彼女でもなんでもねぇぞ…」

「えっ…」


「お前がそんな…そんなんだと、俺…自惚れるじゃねーかよ!」

「え…う…?…自惚れ…るって…?」


「だから…俺が…好きなのは…」

「…嘘…桃城…くん…?」

「くそっ…もう!!どーにでもなれ!!」


桃城くんがそう叫んだ後、私は彼の腕の中に包まれていた。


「おまおおおま…くっ…っ…佐久間の…こと…好き…だ…!!悪いかよ!」

「……わ……悪く…な…い…」


桃城くんのその告白に、その言動に…私の脳内の天と地が一気にひっくり返って。

体が硬直したまま、桃城くんに不自然に抱きしめられていた。


「ん…んじゃもう、泣くなよ?…な…?」

「はっ…はい…」


そう言われて気が付くと、私の頬には涙の跡だけが残っていて すでに涙は止まっていた。


「き…気付いてたんだけど…よぉ…」

「え…」


「お前が…俺のこと見てるんじゃねーかって…けど…」

「…け…けど…?」


気付かれていたんだ…ちょっと…ビックリ…


「…自信、なかったんだよ…全然、話しかけてきたりしねぇだろ?」

「あ…ごめ…」


「いやでも…その…佐久間のさ…そういうシャイっつーか…に…惹かれ…」

「えっ…」


「だ…だから…」

「え…あ…うん…」


「つか…今度から…伊織って呼んでも…いいか?」

「えっ!あう、うん…」




私と桃城くんは、抱き合ったままそんな感じで延々と話をしていて…どっからどう見ても、おかしなバカップルだったことは、間違いない…みたい…


次の日、桃城くんが私のことを伊織って呼び始めたことで、噂が一気に広まって…友達も、増えて…

内気な私もだんだんと明るくなって…今は楽しい毎日を送ってます。





これからもずっとずっと、大好き!桃城くん!






















fin.
Count Number 8787:Request from たーぼん様



[book top]
[levelac]




×