手探りの気持ち








「桃、これ不二先輩ね!!」

「わっ!ちょ、なんだよお前らまたかよ!」

「桃〜!こっちは手塚先輩!絶対渡しておいてよね!」

「…つかお前ら返事こねんだから、もう諦め―――」

「うるさい問答無用だから。あ、佐久間さん元気〜!?」

「え、あ、あ、うん、元気!!」

「それは良かった〜!!ほんと、可愛くなったよね〜佐久間さん」

「い、いやそんなこ…」

「…桃、断ったら今度の日曜、佐久間さん連れ出しちゃうからね!」

「な…っ!!それだけはやめろ!!」













手探りの気持ち













「あ…」

「ぷぷっ…冗談だって、桃が本気にしたー!あははは!!」

「くくくっ!!おっかし…顔真っ赤にしちゃって…前フリしといてあげたんだから、しっかりしなよね〜!!じゃね〜!」

「んのお前らーーーーーっ!!」


大きな笑い声を立てて、いつも通りに彼女達は各グループに戻っていった。

桃城くんは、今だに(きっとこれからずっと…?)彼女達が憧れる手塚先輩や不二先輩達の橋渡し役…

この頃は毎日、桃城くんと一緒に食べているお弁当。

丁度、そのお弁当を食べ終わった頃に、決まってこのやりとりがされる。

だけど今日は…終わり方がちょっと違った…桃城くん…?


「ったく…余計なことばっか言いやがってよぉ…」

「でも桃城くん…本当に顔赤い…大丈夫…?」


「…っ…いや…その…」

「………………?」


私が顔を覗き込むように桃城くんを見ると、慌てて目を逸らした。

付き合ってから1ヵ月半、私達は中学生らしいお付き合いをしている。

付き合っているっていうのは、一体何なのかよくわからないくらいに、ただこうして一緒に居て、たまに手を繋いで、本当にごくたまに、抱しめ合う。

……わわ、思い出したら、私まで真っ赤になりそう…っ…。


「その…あの…今度さ、日曜…部活が…ないんだよ」

「え…!!珍しいね〜…」


「おう、まぁな…ちょっと休憩だよ、次は全国だから…それまでの間、土曜はやっても日曜は…部活は休み。一ヶ月くらいだけな」

「へぇ〜…そうだよね、たまには休息も必要だもの。青学テニス部の練習量って、いつお休みしていいかわからないくらいだもんね」


そう、青春学園テニス部は全国でもかなり強い方で…テニスの名門と言われる学校のひとつ。

桃城くんは、その青春学園テニス部のなんと、2年生でレギュラーの座を勝ち取っている一人。

もう一人、ものすごーく怖そうな…2年生でレギュラーの人がいるけど…。

桃城くんとはあまりうまくいかないみたいで、いつも喧嘩してるって。

でもなんだかんだ、桃城くんは、彼…海堂くんのことをいろいろ、いい意味で気にしているみたいだけど…。

…とにかくいろんな意味で、とっても楽しそうなテニス部。

私もごくたまに、休日や放課後、練習を見に行ってみたりする。

全国に出る為に、ここ最近のテニス部は練習もお休みなしでずーっとやっていた。

だけど…どうやら、今度の日曜日はお休みみたい。

…えっ…てことは…もしかして…桃城くん…あ…もしか…して…


「…だ…だから…その…今度の日曜…さ…」

「あ…う、うん…」


桃城くんがどうして顔を赤くして、私を日曜連れ出すと言った彼女達にそれだけはやめろなんて言ったのか、私は漸く気が付いた。

桃城くんの目が、私の方をチラチラと見ては、逸らして、すごく言いにくそうにしている。

だけど…だけど…私もそれを切り出す程の、勇気はないからね桃城くん!

ちゃんと、ちゃんと はい って答えるから…早く言って…!息が止まりそう!


「……デデッ…デ…デ…デート…いいいいいいいいい、行かねえか…?おおおおおおお俺と…」

「…!あ…はい…あのあのあの…ぜぜぜ、是非…」


物凄くどもりながら私をデートに誘った桃城くんに、こちらもこちらでどもりながら、少し、桃城くんの肩に寄り添って答えを出した。

その時、桃城くんは思わず、 「よしっ!」 と小さく言って、片手でガッツポーズして、そんな自分にワンテンポ遅れて気が付いてから、必死に誤魔化していた。





+ + +





そして日曜日。

昨日から、私は鏡の前で睨めっこ。

どんな格好をして行けば、桃城くんに合わせることが出来るのか、必死で考えた。

きっと桃城くんのことだから、ラフな格好で来るに違いない。

ジーパンに…Tシャツってとこかなぁ…夏だし、そんなもんだよね。

じゃあ私は…スカートでも穿いちゃおうかな…こないだ…買ったやつ。

うんうんと1時間以上も悩んで、私は結局、普通のお出かけ用の洋服を身に纏った。

待ち合わせは午後1時…それに合わせてお昼ご飯を食べていると、母親が私を見て、嬉しそうにからかってきた。


「あら…なんだか今日は随分とお洒落してるのね〜!」

「えっ…べ、別にそんなことないよ」


「え〜〜〜うそうそ〜!そのスカートだって、お母さんにあーんなにおねだりして…やっと買ったものじゃない。勿体ないからって特別な時にしか着てなかったのに…ふふ…」

「いいでしょ別に…たまにはお洒落したい時だって…!」


「またまたそんな誤魔化して…デートでしょ…?」

「!!…ち、違うよ!!」


「うそ〜!!そんな真っ赤な顔されてもなぁ〜〜。こないだ一緒に帰ってた、桃城くんとかっていうテニス部のコ?アンタ大人しかったのに、最近明るくなったし、なーんか色気づいてきたと思ったら…」

「もっ…お、お母さんに関係ないでしょ!!もう行くから!!」


「あっ…ちょっと気をつけるのよ〜!頑張って来なさいね〜〜!!」

「頑張るって…も…行って来ます!!」


大きな音を立てて玄関を閉めて、私は少し、そこに立ち止まって顔を覆っていた。

もうもうもう…何よ面白がって…ニヤニヤして!!もう!!

……でも……最近、よく言われる…可愛くなったとか、綺麗になったとか…明るくなったとか、垢抜けた、とか…よく笑うようになった…とか…。


待ち合わせ場所…公園の傍を歩いて、ふと過ぎる。

誰もいないブランコになんとなく座って、それで遊ぶわけでもなく、辺りを見渡すわけでもなく、私はたくさんの子供達に蹴られて少し他の地面よりへこんでいる砂の上を、足でごしごしと擦りながら、ぼーっと考えた。


私と桃城くんの始まりは、ここからだった…。


『女の子ってね、恋すると綺麗になるんだよ?』


中学校にあがったばっかりの頃、母が私にそう教えてくれたことがある。

……もしかして私…恋してるから…少し、変わったの…かな…。

桃城くんが…私を変えてくれた…?

………って、わわわわわ…!なんかすごい恥ずかしいよそれ!!


「よぅ伊織!」

「!!…あ…も、桃城くん…おはよう!」


いろんなこと考えて、ブランコでひとり顔を赤くしていたら、後ろから桃城くんが突然、声を掛けてきた。

そうだった…私の視線の先にも入口はあるけど、ここは後ろにも入口がある…みんなの公園だった。


「具合…悪いのか?」

「えっ!?なな、なんで…?」


「いや…いろいろ俯いて考え込んでるみたいだったからよ…」

「あ、違うの!えっと…よ、洋服見てたの!」


「洋服…あ……っ…」

「え…?」


なんの誤魔化しにもなってない、私の、洋服を見ていたという言葉に、桃城くんは今そのことに気が付いたみたいに私を見て、言葉を詰まらせてから目を逸らした。

……どうしよう…なんか変なこと言っちゃったかな…。


「…か…か…」

「か………?」


「…〜〜〜〜〜!す、すげーかわいいなっ!!」

「!!…あ…あり…ありがとう」


二人して…

そこに立ち止まって、お互いが目を逸らして、お互いが俯いて。

私達はしばらくそうして、相手の目を盗んではチラチラと相手を見ながら、もじもじ、どきどきを繰り返していた。

桃城くんは想像通りに、ジーンズにTシャツで…でもすごく、カッコ良くて。

少し、落ち着いた後に、私に手を差し伸ばしてから、笑った。


「行こうぜ!せっかくの、デートだろ?」

「あ…うん!!行こう!!」





+ + +





デートする…ただそれだけで頭がいっぱいだった私達は、特別、どこに行こうとか、何をしようとか、決めることすら忘れてて。


「悪いな伊織…俺…ほんっとバカだよな…」

「そ、そんな、桃城くんが悪いわけじゃ…!」


どこに行くのか決めてない私達がいきなり行けるとこなんて、そうそうなくて。

映画館に行こうかとも思ったけど、超満員で入れなくて…いきなり喫茶店に入るのは、ちょっと味気ない気もして。

どこに行こう、どこに行こうって言いながら、私達は、ただひたすら歩いていた。


「いや、俺が悪いよ…こういうのって、男がリードするもんだろ?」

「そんな…!私は別に…ね、ねぇ桃城くん!!」


「ん…?」

「…その…私、別に…そんな、デートコースが、どーのこーのとか、拘らないし…それに…私…私は…」


言いたいことが、うまく言えなくて、ストレートに伝えようとすればするほどに、胸が高鳴って…

でも…ずっとそうして落ち込んでいる桃城くんを見ていられなくて…。


「…伊織…?」

「私は…私は桃城くんとなら、何してたって…どこ行ったってすごく…楽しいよ…?こうして…一緒に歩いてるだけで…桃城くんは…違うの…?…私は……嬉しい…よ…」

「えっ…あっ…え…」


自分でそう言いながら、桃城くんはそうじゃないから、つまらなそうな顔をしているのかな、と一人で勝手に想像して、泣きそうになる。

そんな想いがあって、私がしゅんとして俯くと、桃城くんが誤解したのか、妙に慌て出す。


「おおおおい、伊織、泣くなよな!?悪かった…!頼むから泣くな!?」

「な…泣いたりしない…ごめん、私こそ…変にしんみりして…」


「いや…その…ごめんな、なんか情けなくてな……俺…俺から誘っといて…なんか、他のことで頭いっぱいになっちまってよ!」

「………他のこと…?」


慌てて私を覗き込んで、頭をぽりぽりと書きながら謝って。

桃城くんが思わず出したみたいなその言葉の意味を、私が聞こうとした時。


「あ!…あいや…その…他のことっつかその…今日は俺―――」

「―――桃城くん!」


後ろから、聞き覚えのある声がして…私がゆっくり振り返ると、そこにはあの、"カノジョ≠ェいた…。








+ + +






「…えっ!あ…た、橘妹!!」

「こんなとこで何してるの〜?あ…あれ…あなた確か…」

「……こ…こんにちわ…佐久間伊織って言います…」

「こんにちわ!私は橘杏!よろしくね佐久間さん!」


嫌味なくらいに笑顔で、なんの悪気もないその笑顔で出してきた手を、私は静かに重ねて、弱弱しく握ってから、無理矢理に顔を綻ばせた。


「お前こそこんなとこで何してんだよ!あっち行けよ!」

「えええええ〜そんなこと言わなくったっていいじゃ〜ん!デート?ねぇねぇデートー!?」


「うるせえよお前には関係ねーだろぉ!?」

「なによケチー!」


二人にはいつものことなのかもしれなくても…その二人のやりとりは、私を不愉快にするには十分すぎるほどのじゃれ合いだった。


それに重ねて、橘杏―――と自己紹介した"カノジョ≠フ存在は私にはとても厄介なものだった。

"カノジョ≠ェ悪いわけでもないのに、こうして嫉妬することで、自分の心の狭さと醜さに自己嫌悪に陥る。


今でさえ―――

少し高めのヒールで颯爽と歩いてきた"カノジョ≠フ、同じ女性としてあまりに不公平な、大人びた可愛さに…そんな"カノジョ≠ゥら漂う、心地良い、甘いコロンの香りに嫉妬している。


あんなに近くに居る桃城くんに、その香りが届いていないはずもない。

私より"カノジョ≠ニ深い付き合いのように見える桃城くん…私よりも、ずっと彼を深く知っていそうな"カノジョ=c。


一瞬、あまりにも他人事のように、二人が【お似合い】に見えた。

桃城くんの来ているジーンズとTシャツも、私が着ている中学生には少し高めのスカートと、淡い色のカットソーより、"カノジョ≠フ着ているピンクの派手すぎないワンピースの方が何倍も似合う。


「…あれ…ねぇ、佐久間さん?」

「えっ…あ…ごめん、ちょっとぼーっとしてて」


私が静かな嫉妬と共に、自分の容姿や心の問題に落ち度を感じていると、いつのまにか"カノジョ≠ェ私に話しかけてきていた。


「あ、ううん、いいのいいの、ごめんねデートの邪魔して!またね〜!」

「二度と邪魔すんじゃねーぞー!!」

「ったく桃城くんはうるさいの!またね佐久間さーん!」

「あ、うん…また…」


屈託のない笑顔で、私の態度に嫌な顔ひとつせずに去っていく"カノジョ≠ェ、今まで以上に美しく見えた時…

もしかして"カノジョ≠焉A桃城くんのおかげで、キレイになっているんだとしたら…


私は、一気に突き落とされた気がした。


「悪いな伊織、あいついっつもあの調―――伊織…っ!?」

「え…あ…ごごめん、なんでもないの…ごめん…」

「…なんでもなくねえだろ…?………橘か…?」

「……私…最っ低―――ひっく…っ…!」

「伊織…」

「ごめん…最低なの…私…ひっく…ひっく…」

「…場所、変えようぜ…」


勝手に変な想像をして、勝手に…泣き出した私に、桃城くんは黙って背中を押してくれた。

そのまま誘導されるように、前も見ないで歩きたどり着いた場所…


「…ひっく…ここ…」

「待ち合わせ場所に引き返させるなってんだよな!?はははっ!」


「桃城…くん…」

「でもよぉ、俺…ここが好きなんだよな」


「……」

「……お前と…気持ちが通じ合った場所だから…好きなんだよ、ここが」


先に私をベンチに座らせて、子供の目線に合わせるかのように、桃城くんは私の前にしゃがんで、そして私を見上げて、軽く微笑んでそう言った。

とても、とても優しい顔で、私のことを怒っているとか責めているような色は、全くなかった。


「…っも桃城…っくん…うっ…ごめっ…」

「なんだよ謝ることねえだろ〜?別に伊織が悪いわけじゃねえし…な?だからもう泣くなよ」


私の頭を、手を伸ばして触れてから、ぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でる。

それが嘘みたいに暖かくて、さっきまでの私の醜い心を、洗い流してくれているようだった。


「それに…悪い気しねえぜ?俺のことでそんな…泣いてくれるなんてよぉ」

「…ひっく…だって…橘さん…すごく…可愛くて…私なんか…」


「あーほらほら…俺はそれがいけねぇと思うぜ?」

「えっ…ひっく…」


「橘妹は確かに可愛いのかもしんねえけど…俺は伊織が一番可愛いし…だから…そういう考え方は良くねぇよ…もっと自信持てって…俺が好きなのは…伊織なんだからよ…だろぉ〜?」

「…っ…うん、ありがとう桃城くん…ありがとう…!」


語尾につけた、だろぉ〜が、わざとらしく声を裏返らせて。

私を和ませようとしてくれていることと、彼の感じた照れくささが少し伝わって。

泣きながらも、笑顔を取り戻した私は、邪念を全て消したせいか、スッキリとしていた。


「…あ…っと…それと…さ…」

「…え、うん…」


私の笑顔を見て安心したのか、ふいに隣に座ってきた桃城くんに少し席を譲るように避けて、まだ涙の跡が残る頬を、そっと掌で吸い取ってからぱちぱちとまばたきをしていると、すぐに、桃城くんが切り出してきた。

さっきとは違った緊張地味の表情に、私も妙に、畏まってしまう。


「…そ…今日その…他のこと考えてるっつたの…は…だな…」

「……う、うん…」


ごくり…と、桃城くんが喉を鳴らせたのがわかった。

もしかして…と私の中で、少しの期待と不安と得体の知れない感覚が波打つ。


「…俺のこと…な、名前で呼んで欲しい…ん…だ…けど…よ…」

「えっ!!」


想像してたことと、全然違うお願いをされて、でもそれが、意表をついたけど、がっくりするようなことじゃなくて、いろんな感情を交えて、私は大袈裟と言えるほどに驚いていた。


「え、あ、いや、嫌だったら無理強いはしねえ!!汗」

「あ!い、いや、そうじゃないの!!嫌なんかじゃない!!ずっと呼びたいって!!…あ……」


「え…」

「あ…のその…ずっと…あの…呼びたいなって…思ってた…」


私が大きく驚いたことで、勘違いした桃城くんが必死に私を気遣って、嫌がってるなんて誤解された私もまた必死になって、つい…言ってしまった…

ずっと、心の中で…誰にも秘密にしてた私の独占欲…。


「…まじかよ…」

「…まじ…だよ…」


私達はまた赤くなりながら、お互いの顔色を伺う。

そこからなんとか一歩、抜け出すための手段として…私は、小さな声で言ってみた。


「……た…武…っ…」

「!!!!!…お、おう!」


私が呼んだことで、背筋が伸びたみたいになった桃城く…た、武は、不自然に大きな声で返事をした…そして…少しの沈黙の後に私に向き直った。


「…伊織…もっかい…言ってくんねえか…?」

「えっ…あ…」


向き直ったと同時に声を掛けられて、私が彼の方へと思わず向くと、ぎこちなく、肩に手が回されていて…私達二人の距離は、付き合ってきてから1ヵ月半、史上最短となっていて…あと10cmも近付けば、唇が触れてしまいそうな位置だった。


「…なぁ…もう一回…呼んでくれよ…」

「………た…武…」


「…伊織…」

「……武…」


そのまま、ゆっくりとゆっくりと、まるでスローモーションになって短くなってゆく二人の間につられるように…

私はなんの躊躇いもなく、静かに目を閉じていた――――――。


























fin.
Count Number 22000:Request from 湊様



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