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「おはようございます、テニス部の部長をしてます、手塚国光と言います」

「あ…あらら、それはどうもご丁寧に…あ、伊織ですね?」

「はい、その、今日は一緒に遊ぶ約束をしていたんですが…」

「お母さん〜!こないだ買ったスカー…えっ…ぶ、部長!?」

「おはよう、佐久間」

「やーーーーーーーーーー!!」

「お、おい!」

「伊織っ!!」














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なんで部長がここに…!?

部長にパジャマ姿を見られてしまったことで、私は急いで玄関を閉めた。

まだ影でそこにいるのが見える。

だだだ、だって今何時だと思ってるの!?

日曜だってのに、まだ8時なのに!!


「伊織!!アンタ部長さんになんてことするの!!」

「だ、だってお母さん!私こんな格好なのよ!?」


「だからって失礼でしょ!!スカートなら箪笥の中よ!」

「てててて、ていうか部長…何しに…今日は私が部長の家に…」


部長を家から閉め出してしまったことに自分でも何がなんだかわからなくなってしまった。

母をシッシッと手で払って、とりあえず、声を掛けてみる。


「あの…っ…ぶ、部長…?」

「ああ、どうしたんだ」


玄関の厚いドア越しに聞こえる部長の声がくぐもっていて、早く会いたいのに今起きたばかりの私はとても部長に会えるような格好じゃなくて。


「ど、どうしたんだって、それはこっちのセリフです!」


ついつい強がった口調で言ってしまう。


「いや…うちまで来る道のりが心配で…来てみたんだが…」

「わ、私からお伺いしますって、昨日電話で話したじゃないですか!」

「ああ…突然悪いとは思ったんだが…」

「ま、まだなんの支度も…!!」

「そうか…それなら、やはり家で待っておこう。じゃあな」


玄関の外にいる部長の足音と、その影が白々と消えていく。

はぁ〜〜〜〜と脱力した私は、ちょぼちょぼと支度を始めた。


そう、今日は部活がお休み。

そして私と部長がとーーってもいろんな事があってから付き合い始めて3ヶ月が過ぎる頃。

なかなか二人でデートなんて出来ない忙しい日々の中で、つい先週、部長が、「是非、今度うちに来い」と誘ってくれて…私はとっても嬉しくて、「来週の日曜に行ってもいいですか!?」っておねだりして、今日は部長の家にお邪魔することになっている。


昨日の電話の時、「午前中に行きます!」って言ったのに…迎えに来るなんて…しかもこんな早く!!


お休みの日はたっぷり8時まで寝る私の私生活が仇となって、寝癖でぼさぼさの頭に着古したパジャマ、さらに洗ってない顔を部長に見られて、私はかなり落ち込んだ…。


とりあえず…お風呂に入ろう…。







「じゃあお母さん、行ってくるね」


母に出してもらったお気に入りのスカートを穿いて、私は玄関を出た。

時間を見ると、11時を回っていた。

今日は部長の家で、部長のお母さんの手料理をお昼にご馳走になる。

そうだよ…こういう時ってお昼に合わせて行くのが普通でしょ?

なのに…どうして8時に来るんだか…でも…心配だからって迎えに来てくれたのは…やっぱり嬉しいな…。ふふ。


「何をニヤニヤとしているんだ?」

「わぁ!!!!!!!」


私が部長のことを考えながらてくてくと歩いていると、傍の公園から部長の声と姿がして私は驚きの声を上げる。


「ぶぶぶぶぶ、部長!!ななんあんあな何してるんですか!!」

「…いや…やはり心配で、待っていただけだが…」

「ま…待ってって…!!あ、あれからずっとここに!?」

「そうだ。どうかしたか?」

「どうかしたかって…だって…さ、ささ、3時間ですよ!?」

「そのくらい、お前を待つことに何の苦もないが?」

「えっ…」


部長は自分で気付いてない。

そんなちょっとした一言が、どれだけ私の心拍数を高めているのかと言うことを。

いつもこうして部長はバカ正直になんでも言うものだから、私はついつい顔を真っ赤にしてしまう。

部長はそんな私を見て、時々、ふっと笑う。


「…どうした?」

「な、何でもないです…」


その笑顔にふらふらになりそうなんですよ…もう…。

そうして私が俯くと、何気なく手を握ってきた部長に、更に私は顔を赤らめた。

…桃には申し訳ないけど、私、こんなにドキドキする事って今までなかった…。


そうしたまま、電車を乗り継いで、10分ほど歩いていると、部長の家が見えてきて。

広いお庭の中を潜って玄関までたどり着くと、部長がその手で開ける前に、バッと扉が開け放たれた。


「いらっしゃい!!伊織ちゃん!」

「えっ!!」


私が部長のご自宅にお邪魔する前に、すでに部長のお母さんが玄関前でスタンバイして待っていた。


「どうしたんですか、母さん」

「二人が見えたから、ふふ。さぁさぁ、上がってちょうだい。今日は奮発したのよ〜」

「あっ…は、はいっ」


とんでもなく美人な人だと思った。

この親にしてこの子ありというか…部長はお母さん似なのかもしれない。

部長のお母さんに腕を引っ張られて、部長を置いたまま私は居間へと案内された。


「国晴!!日曜だからと言って寝転んでTVばかり、いい加減にせんか!」




2階からだろう、誰かがものすごく大きな声で怒鳴っているのを聞いて私はびっくりする。

国晴って…きっとお父さんだよね、てことは今のは…おじいさんかな…。


「あらあら、嫌ねぇ、ごめんなさいね伊織ちゃん、聞き流しておいていいからね」

「あ…は…はい…」


私がそう返事して、部長のお母さんが差し出してくれたお茶に手をつけると、またまた2階から大きな声がする。


「父さん、いつまでそんな格好をしているんですか、着替えてください」

「国光の言うとおりじゃ!!」

「日曜なんですよお父さん!国光も、もう少しゴロゴロさせてくれたっていいだろう!」


……な、なんか面白い家族……。


「ねぇ伊織ちゃん、国光、最近とっても楽しそうなのよ」


聞き流すことの出来ない2階からの会話に、私がふふっと笑っていると、それが日常茶飯事なのか、部長のお母さんは突然、私にふってきた。


「えっ…」

「俺の…その、もう来てるんです。ちゃんとしてください、父さん」

「何!もう来らっしゃったのか!」

「あ!そうか…今日は国光の彼女が…」


か…彼女っ!!

ぶ、部長ってば、や、やっぱりそう説明して…。

ま、まぁ…と、当然か…。


「今日のことだってね、『お友達が来られるのね』って私が言ったら、国光ってば、眉間に皺寄せて、『お友達…ではありません。俺の大事な人です。』って、もう、誰に似たのかしらねー、あの真面目くさったとこ」

「ええっ…ぶ、部長が…」


部長のお母さんの暴露話に、私が顔を赤らめていると、とんとんとんとん、と複数の足音が聞こえてきた。


「あ、これはこれは、はじめまして。いらっしゃい。国光の父の、国晴です」

「あ、あ、はじめまして…佐久間伊織ですっ!」


とっても優しそうな部長のお父さん。

部長のお父さんってことが信じられないくらいに柔らかな雰囲気の人だった。


「よういらっしゃった。祖父の国一です」

「あ、佐久間伊織です!よよ、よろしくお願いします」


一方、むちゃくちゃ厳しそうなおじいさん。

ちょ、ちょっと怖い…。

…部長がお母さん似っていうのは撤回……。

絶対おじいさん似だ!


「佐久間、食事までまだ時間があるから、上に行かないか?」

「えっ…あ…」


こ、これはまさしく…ぶぶ、部長のお部屋に…どど、どうしよう…心臓が痛いくらい鳴ってる…!!


「あ、そうね伊織ちゃん、それがいいわ。まだまだ時間あるから」

「うん、そうするといい」

「そんなことを言わんでも、ここで話をして待っておれば…」

「お父さん!!」

「なっ…」


部長のお父さんとお母さんが同時におじいさんに言って、おじいさんはその気迫に押されたのか黙ってしまった。

そんな場面に私が苦笑いをしていると、部長が「行こう」と私の背中を押す。


階段をトントンと上る度に高まる緊張。

部長の部屋………。


「入れ」

「あ、はい」


戸を開けてくれた部長を通り過ぎて、私はこれでもかというくらいに整った部屋に入った。

想像はしていたけど…まさかここまでとは…。


「ぶ、部長…」

「なんだ、どうした?」

「せ、制服畳んでるんですか…?毎日…」

「ああそうだ。なんだ、畳まないのか?」

「えっ…」

「きちんと畳むことによって精神も落ち着くだろう」

「は…はぁ…あっ…、これって釣り道具ですか?」

「ああ、そうだ」

「へぇ〜…すごいですね」

「…今度、一緒に行こうか?」

「えっ…ほ、本当に!?」

「ああ…嫌じゃなければ…」

「い、嫌なわけないじゃないですか…うわぁ…嬉しいな」


私がそうしてガラス張りのロッカーを見て微笑むと、後ろから暖かい空気に包まれた。


「!!…っ…部長…」

「嫌か…?」


「いえ…そんなこと…ないです…」

「ならこうしていたい」


私の首回りに、部長のたくましい腕が絡んでいて…ふわっと部長の香りがして、私は眩暈を起こしそうになってしまった。

何度もキスして、抱きしめ合っているのに、私は全然慣れなくて。


「部長…」

「ん?」


「す…好きです…」

「…ああ、俺も好きだ…」


そう言った後の部長の、私を抱きしめる腕の力がきゅっと強くなった。

私は目の前にあるその腕を外からくっと掴んで、この上ない幸せを――――


「国光!!食事が出来ておるぞ!!」


ッ…!!!!!!!!


階下から聞こえてくるおじいさんの突然の大声に、私も部長もびっくりして、お互いが身体を強張らせた。

それと同時に、部長の眼鏡がカランと小さな音を立てて私の身体にぶつかりながら床に落ちる。


「あっ…」


手を離しかけている部長の腕の中からすっとしゃがんで、私はその眼鏡をすぐに取り上げた。


「大丈夫ですか、部長」

「ああ…すまないな。ありがとう」


部長のその声とほぼ同時にくるっと振り返った私はその眼鏡をまた床に落としてしまった。



「なっ…おい…」


部長が私の目を見つめた。



…嘘…初めてだっけ…部長の眼鏡外した顔…

どうしよう、どうしようどうしようどうしよう…!!

か…かかかかか…カッコ良過ぎる……!!!!!!!




「すすす…すいませ…」


再度落とした眼鏡を拾う様子もなく、部長の顔を見たまま、目を見開いて固まってしまった私を 部長は不思議な顔して見返している。


「どうした…、佐久間…?」

「はっ…あ…あの…いや…」

「具合でも悪いのか?」


眉間に皺を寄せてそう聞いた部長は、私の顔がよく見えないのか、距離を縮めて私の顔を覗き込んできた。

その部長の行動に、私はまた身体を硬直させてしまった。


か…身体が動かない…!!


「あ…あの!!」

「なんだ…どうした?」



それでも、私は彼の彼女であって…3ヶ月も付き合っていれば、欲も出始めていて…



あまりに整ったその顔立ちを見て、私は思わず言ってしまった。

どうしても、独り占めしたくて。


「…キ…キスしてもいいですか…?」

「………」


部長はその私の言葉を聞いて、そのまま固まってしまった。

まるで、蝋人形みたいに。


「ぶ…部長…?」

「………あ、ああ…大丈夫だ…」


「あ…あの…」

「あ、いや、ダメだ!」


がーんっ

思い切り断られてしまった…こんなに勇気を出したこと、初めてなのに…



私はあまりにその返しがショックで、今にも泣きそうな顔をしてしまう。


「いや、誤解するな!!」

「な…何が…ですかぁ…」


力なく私がそう言ってから、ぐったりと首をうな垂れると、部長が私の肩に手を置いた。


「その…俺からさせてくれ…待っていられない」

「えっ…」


ぐっと私を抱き寄せて、部長はそのまま私に甘いキスを落としてきた。

目を見開いたままの私の目に、眼鏡を外した綺麗な部長の顔がドアップで映って、私はそれだけで酔いしれてしまいそうだった。


唇を触れ合わせた後、それでもまだ触れてしまいそうな位置で、部長が私の目を見つめる。

その視線にドキッと、また胸の鼓動が高まって…


「もう一度…今度は目を瞑っていろ…」

「はっ…はい…」


そう呟いた部長の吐息が私の唇に少し触れて、私は言われた通りに、ゆっくりと目を瞑った…そして……微かにその唇が、もう一度触れ合わさる…













その時。


「早くせんか、くにみっ…なっ…!!」

「わぁぁぁぁっ!」


突然、部長の部屋のドアが開け放たれて、部長の後ろにおじいさんの影が見えた。

そのまま固まってしまっている部長から、私は咄嗟に身体を引き離す。


「こ…これは…失礼…だったのう…」


そう言い残して気まずそうに、部長のおじいさんは足早に階段を降りていった…。


「…降りようか…佐久間…」

「…う…はい…」









その後、階段を降りていった私と部長に、なにやらひやかしのような大人3人からの視線のおかげで…手塚家の食卓でご馳走になった 部長のお母さんの手料理の味を、私は今だ思い出せない…。

























fin.
Count Number 9500:Request from M様



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