HUNTER_01







「国光さん、髪、伸びたよね」

「そうか…?…まぁこっちに来た時よりは伸びたな」


「でも少し伸びたこの感じもカッコイイ♪」

「そうか…ところで伊織…」


「ん〜?」

「目が痛い…シャンプーが…」














HUNTER













1.






「え!!あ、じゃ、じゃあ早く洗い流さないと!」

「ああ…」


真夏の昼下がり…私と国光さんは近くにあるテニスコートでテニスをした後、あまりに汗をかいてしまったので、家に帰ってから二人でお風呂に入った。

カナダに来てからすでに1年半が過ぎていた。


湯船に浸かりながら、彼の頭を洗う姿を見ているとシャワーを探す手が右往左往していて。

そんな彼に気が付いたのと同時に、目が痛いと訴えてきた。

私は咄嗟にシャワーを捻って、彼の頭にかける。


「大丈夫?まだ痛いかな…?」

「大丈夫だ。お前はよく目を瞑っておけ」


ふっと笑った顔がカッコ良過ぎて直視できない…。

オールバックでメガネを掛けていない国光さんに見下ろされて、しかも目の前には素肌の厚い胸板があって…。


「だから洗い合いっこしよーって言ったじゃないですかぁ〜」

「そんな罰ゲームのようなことは出来ない」


「ひどい…なんで罰ゲーム…」

「余計に目を痛くしていた可能性の方が高いな。さぁ、交代だ」


国光さんは、どうしても頭の洗い合いっこだけはしてくれない。

身体の洗い合いっこなんて誘えないけど、頭の洗い合いっこはしたいのに…。

交際している時から、どーしてもそれだけはダメらしい…。

しかも最後の一言、本当に余計です。


「そういえば伊織も多少、テニスがうまくなったな…」

「本当!?やったぁ!国光さんに褒められた!」


だけど国光さんは、そんな私のご機嫌をちゃんととってくれる。

私の様子の変化を誰よりも理解出来るから。

ちょっとだけスネた私を、気遣ってくれているのだ。

そんな彼の不器用な優しさが、私は大好きで…。


「ん…?」

「え?」


「誰か来たようだ…チャイムが…」

「えっ…あっ…国光さん…!」


私が頭を洗ったら国光さんのいる湯船にもう一度浸かってしっかりいちゃいちゃしたかったのに…。

律儀な国光さんは、玄関先から鳴ったチャイムの音を無視することはなく…。


「Jast a moment,please!」


しつこくなるチャイムに向かって声を上げていた。

仕方がない…と思いつつ、私もすぐに洗い流してから身体を拭いた。















Tシャツを着て髪にタオルを当てながら玄関の方へ行くと、国光さんが玄関口で何故か困惑の表情を浮かべて謝っていた。


「すみません、こんな格好で…」

「いやこちらこそ申し訳ない。いきなり押しかけたも同然だしね。たまたまこっちに来たんでね、ちょっと気になって…あ!」

「え…お、叔父さん!?」


そこには、10年近く会っていなかった父方の叔父がいた。

私を見つけて、思わず弾んでしまった声を隠しきれなかったようだ。

確か学生の時に会った以来…

その時はたまたま私の実家に来ていた国光さんと鉢合わせて…。

結婚の報告をした時、「あの時の彼と!いやぁ、おめでとう!」と電話越しにとっても喜んでくれたのを覚えている。


「ああ!!伊織ちゃん!!うわぁ、久しぶりだねぇ!元気!?」

「元気ー!!叔父さん全然変わってない!!」


「伊織ちゃんはすっかり、綺麗になったねぇ」

「やだ煽てて!それより、どうしたの突然!?今、仕事はカナダなの!?」


叔父の仕事は元は日本の企業だったが、10年前に突然の転勤を下された。

場所はアメリカのマサチューセッツ州。それもかれこれ10年以上になる。

すでに母からは、叔父が日本で暮らすことになるとすれば、老後しかないだろうと聞いていた。

結婚式にも、仕事の都合で出席してもらえず、寂しい想いをした。

ずっと会いたかった親類のひとりである叔父との再会に、私も気持ちが高揚する。


「そう、ちょっと出張でね。娘が夏休みなもんだから、一緒に連れてきたんだ。独りじゃ寂しいしね」

「叔母さんは?」


「あいつと息子はアメリカに残ってるよ。出張と言っても、ほんの一週間だしね」

「そう…でも久々に会えて嬉しい!」


満面の笑みで、すっかり欧米かぶれになってしまった叔父と私の抱擁を、視界の隅で国光さんが微笑んで見ているのがわかった。

少し照れくさくなって離れると、隠れるようにしている女の子に気付いた。


「あ…ねぇ、陂ちゃん?」


最後に会った時には7歳だった陂ちゃんの成長っぷりに、私は目を輝かせた。

あどけなさを僅かに残しているものの、面影を吹き飛ばしてしまうほどに綺麗になっている。

陂ちゃんは私と目が合うと、ぎこちなく微笑んで軽く会釈を返してきた。


「伊織、とりあえずリビングでゆっくりしてもらおう」

「あ!そうだね…!叔父さん夕食決まってる!?」

「え…ややや、伊織ちゃんそりゃ悪いよ!」

「そう言わず、久々に日本食でもどうですか?俺が煩いので、伊織は日本食を取り寄せているんです」

「えそ、そう?悪いね!ほら、陂、お言葉に甘えてお邪魔しよう」

「うん!」


今日は腕を奮わなくっちゃ!と、私は早速頭の中で、今日の献立を考えていた。















「姉さん、お兄さんとはどこで知り合ったの?」

「ん〜?えとねー、同じ学校だったのよ。青春学園ってとこなんだけど。彼はテニス部の部長さんで、私は後輩マネージャーだったの」


食事も終えて食器を洗っている時、少し打ち解けた様子の陂ちゃんが手伝うようにして私の傍に来て、ふと質問を投げかけてきた。

髪の艶が綺麗な、スタイルのいい、若さで眩しい女の子…好きな子でもいるんだろうか、食事の時も国光さんと私の様子を、羨ましいなぁ〜ラブラブで、なんて茶化していた。

この歳の頃は恋愛についての情報を聞きたがる。

プロポーズは?付き合うきっかけは?どっちから告白したの?

私も高校生の頃、そんなことを親戚のお姉さんに聞いた気がする。


「ワオ!すごい!長いんだ〜!」

「そうだねぇ〜。もう10年以上だもんね」


僅かに微笑みながら言うと、ふぅ〜んと言いながら次の言葉を考えているようだった。

さぁ次はどんな質問がくるのかな?際どい質問だったらどうしよう…。


「飽きない?」

「え!?」


「そんなに長い間同じ人で。飽きたりしないの?」

「そ…そんなこと言ってたら結婚出来ないよ〜?陂ちゃん!」


最近の若い子は……なんてことを言い出すんだろうか。

キッチンとリビングが離れているところで良かった。

国光さんと叔父は、ソファに座って談笑しながらおつまみとお酒を楽しんでいて、こっちの話には全く気が付いてないようだ。


「興味ない」

「あー…まぁその歳の頃は、そうかもしれないねぇ…」


「……実はお兄さん、姉さんに飽きてたりして」

「なっ!そっ…そんなことないものっ」


悪びれた様子も見せずそう言った陂ちゃんに、大人気ないと思いながらも少しだけムキになって返事をしてしまった。

それを見た陂ちゃんの表情が、少しだけ笑う。


「kidding♪」

「も…陂ちゃん…!」


ケタケタと笑いながらリビングに消えていく陂ちゃんを見て、少し赤くなる。

小さい頃からアメリカに住んでいる陂ちゃんの自然すぎるそのセリフに、私はぷーっと頬を膨らましそうになった。


「父さん、今日は無礼講でしょ?」

「ん…?あ!お前また…こら!!」


食器洗いを済ませて軽いおつまみを乗せたお皿をリビングに持って行った時、陂ちゃんが叔父の日本酒を飲み干していた。

それに対して怒る叔父に、「いいじゃんこれくらい〜」とさらりと交わす。

どうやら今が一杯目というわけではないらしいことは、察しが付く。

それを見ている国光さんは、きっと内心、やれやれと思っているに違いないけども、叔父の手前、叱るわけにもいかずただ眺めているだけだった。


「しょうがない奴だなお前は…!恥ずかしい娘だ!」

「まぁまぁ、いいじゃないの叔父さん。無礼講よ」


私が呆れ笑いをしながらそう言うと、国光さんがチラッと私を見た。

ぐ………なんだか私達の間に子供が生まれたら、いろんなことで対立しそう…。

きっと国光さんは今、私を非難しているに違いない。


「伊織ちゃん甘やかさないでよ〜!それより、お手洗い借りていいかな?」

「あ、どうぞどうぞ。案内するよ」


私は叔父を連れて手洗い場まで案内をした。

叔父の足取りが思ったよりふらふらとしていたので、結構酔ってるんだと心配になりながらとりあえずリビングに戻る。

そこで私は、一瞬にして頭が真っ白になる光景を目にした。


「大丈夫か?」

「だめ〜〜〜…頭ふわふわする〜〜…」


陂ちゃんが、国光さんの胸に抱きついている。

いや、話から推測するに、「私酔っちゃった」状態で寄りかかったのか。

とにかく、私の国光さんの胸の中に、陂ちゃんがいることには変わりなかった。


「ど…したの…?」

「ああ、伊織…水を持ってきてやってくれないか」

「あ…は、はいっ…」


酔っ払ってしまった人の介抱なのだ、と私は自分の頭に叩き込んだ。

だから仕方ないのだと。10歳近く下の娘と国光さんが抱き合っているわけではない。

抱きかかえるしかなかったのだ、と。

それでも、どんなに頭に叩き込んでも、胸が唸り声を上げている。


「陂ちゃん?大丈夫?お水飲もうか」

「ん〜…ごめん姉さん…っ…」

「いいからいいから…とにかくその状態じゃお水飲めないから、少し離れようか」


なんとかかんとか理由をつけて、私は国光さんと彼女を引き離そうとする。

努めてニコニコしているつもりだけど、本当に私の顔は大丈夫だろうか。


「Unnn....I drank too much.....」

「I couldn't have said it better. You asked for it.」

「sorry.....」


だけど陂ちゃんは、すんなり離れるかと思いきや、うーんと唸りながら身体を少し離したものの、ぐったりとしたように国光さんの腕に抱えられて仰向けになっていた。

何故か英語で交わされる言葉がぼそぼそと、しかも早口すぎてちょっと聞き取りにくい。

そんな二人だけの会話にも、私は少しイラっとしてしまう。

最後のSORRYしか聞き取れない自分にも腹が立つ。


「仕方ないな…伊織、水を」

「えっ…あ…はい…」


わなないてしまいそうになる手をなんとか抑えようと努めていると、国光さんがそんな私には全く気付くこともなく、水を渡すように合図する。

私がそれを嫌々ながらも渡すと、国光さんはすぐに彼女の身体をぐっと起こして、大丈夫か?起きれるか?と声をかけながら彼女の口元でグラスを傾けた。


「ほら…飲めるか?」

「んっ…くっ…ん……ん…」


彼女の口から零れる水が自分のシャツやパンツに流れてもそれを気にすることなく、国光さんは陂ちゃんを心配そうに見ながらゆっくりとその唇に水を流し込む。

仕方ないとわかっていても、どうしても抑えることが出来そうにない嫉妬心。

そもそも国光さんが私以外の女性に触れているのを見たことなど、今まで一度だってない。

陂ちゃんの具合が悪い時にこんなことを思う私は間違っているのか。それが女の性なのか。


「伊織、叔父さんは?」

「え?…あ…そういえば戻ってきてない…」

「ちょっと見て来い。眠ってしまっているかもしれない。俺はこの子を客間に連れてあがる」


交友関係の多い国光さんに倣って、このカナダの自宅には私達の寝室とは別にお客さん用の寝室があった。

そこに陂ちゃんを連れて行くと言って、国光さんはそのまま彼女を抱えて二階にあがる。

………………………………………落ち着いて私。

仕方ないのよ、酔っ払っちゃったんだから。

自分に言い聞かせて、手洗い場を見に行くと、予想通り叔父さんはそのまま寝ていた。

叔父さんを起こしてから、陂ちゃんのことを話して、今日はウチに泊まってもらうことにした。







「どうした伊織…機嫌が悪いな」

「えっ…なんで?普通だよ…」


「本当か?」

「ホント…」


リビングを片付けてから二階にある寝室に入ってから鏡台の前でお肌ケアをしていると、ベッドの上で読書をしていた国光さんが前触れもなく突然そう聞いてきた。

国光さんは、どういうわけかいつも私の機嫌を見破る。

全く変わらず接しているはずなのに、何故か見破られる…私がわかり易いんだろうか。


「!…国光さん…?」

「ん…?」


さっきの光景が頭の中をぐるぐると回ってむしゃくしゃしているのは事実。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか私の後ろにいた国光さんに気が付かなかった。

突然、後ろから抱きしめられた私の肩。

首筋にひとつ落とされた、チュ、という音…次第に唇へと移動して、はしたないキスをした。

10年以上過ぎた今でも、胸が高鳴る。


「どうしたの…」

「白状させるにはこれが一番効く…」


火照った顔で鏡越しにそう聞くと、彼も鏡越しに私の目を見つめて、ふっと笑った。

悔しくて、少しむっとした顔をしたものの、今の私は、とにかく弱っていて…この気持ちをぶちまけて彼に強く抱いて欲しいと思った。女である…私を。


「……陂ちゃんにちょっと…」

「ん…?」


「陂ちゃんに嫉妬したの……。抱きついてるのも水飲ませてるのも抱っこされてるのも…」

「伊織…」


「なんか…許せなくって…」

「…………」


ぎゅっと強く抱きしめて、そんな弱音を吐いた私を、国光さんは愛してくれるだろう。

私はその瞬間を待った。今すぐに、さっきよりもはしたないキスをしてベッドで乱れさせて欲しい。


「おかしなことを言うな…俺が信用できないのか?」

「え…いや…そうじゃないけど!」


だけど…私の予想とは全く違う反応を返してきた最愛の人。

眉間に皺を寄せて、抱いていた私の肩から手を離している。


「けど…どうした?」

「けど…けど、でも、なんか悔しかったんだもん!」


「…子供相手に何を言っている」

「こど…子供だって…!もうあの子の身体は大人だよ!」


「なに…?それはどういう意味だ。大人の女性の身体なら、俺がなびくとでも言いたいのか」

「そうじゃないけど…なんでそんな言い方するの!?正直に言ったのに!怒るくらいなら聞かないでよ!」


全然わかってくれない国光さんに、珍しく声を荒げて私はそっぽを向いた。

そこに溜息をついた国光さんが突っ立っているのを無視して、怒ったように足音を立ててベッドに潜り込む。

もう知らない…っ…国光さんのバカ…求めてること、全然与えてくれない!

頭の中でそう叫んでから、外側に寝返りを打つ。

そんな意地っ張りな私に、国光さんはそっとベッドの中に入ってから、背中を向けている私の肩にそっと手を置いて、耳元で囁いた。


「おやすみ…」

「………」


こめかみにひとつキスをして………そんな国光さんに、なにひとつ反応しなかった私は、可愛くない女でしょうか…。





to be continue...

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