曖昧でも_01
「侑兄、あの人強いんか?」
「んぁ…?んーせやな…はっきり言うと、弱いなぁ」
「青学って強いんちゃうかってんか?」
「アホ。あれらはレギュラーちゃう。青学のレギュラーとあいつらと一緒にしたあかんで?」
「そなん?ああ、ホンマ…そういえばジャージ普通やもんなぁ」
「めっちゃ強いのおんねんで?ま、俺らが勝つけどな…」
曖昧でも
1.
うちは先週から夏休みやったさかいに、侑兄んとこに遊びに来とって。
今日は、従兄の侑兄が通てる氷帝学園と青春学園の練習試合やって聞いて、こうして侑兄を応援しよ思て、なーんもわからんテニスを見に来たんやけど。
目の前でフッツーのジャージ着た二年生やか一年生やか知らんけど…テニスがわからんうちには全くオモロない試合がさっきからずっと続いとって。
はっきり言うて、めっさ退屈しとった。ふぁ…
「ゲームセット、ウォンバイ氷帝!!」
審判の人のどえらいデカイ声で、うちの欠伸が消されたわ!
「伊織、退屈なんはわかるけどな…女の子なんやさかい、もうちょい上品に欠伸しぃや…」
「侑兄は昔っからうっさいねん。うちは別にこれでええの!」
「はぁ…さよか…なぁ伊織、喉渇かへんか?今から休憩入るみたいやし…」
「渇いたわ!侑兄、当然奢りやろ!?」
「しゃあないなぁ」
「やったで!」
侑兄は昔からめっちゃうちに優しゅーて。
うちもこんなめっさカッコエエ従兄がおるって、地元でもいつも自慢やったのに。
うちが小学5年ん時、侑兄はこの氷帝学園に入る為に東京に行ってしもうた。
せやけど侑兄との縁は切りたくないよって、うちも夏休みんなると、こうして遊びに来よる。
侑兄はうちが来ても嫌な顔ひとつも見せんで、家に泊めてくれるさかい。
ホンマ、めっちゃ優しい。
せやけどこんなエエ男で、もう高校も3年生やっちゅーのに、なんで彼女おらへんのやろ。
いーっつも、適当な女と遊んでばっかや。
「ん?なんや伊織、なんか言いたいことでもあんのか?」
「えっ!!いや…別にそんなん、ないで…」
あかん。考えとることバレたんかと思たわ〜。
侑兄はなんでも見透かすさかい、ちょっと怖いねんなぁ。
「ほなここで待っとき。兄ちゃん、買うて来るから。どこにも行くんやないで?迷子になられたらかなわんからな。ええな?」
「わかったっちゅーねん。うっさいわ〜ホンマ…」
侑兄は「だぁっとれ」っちゅーてうちの頭を叩いてからベンチから自動販売機まで走って行きよった。
ベンチに座って、みゅーっと伸びをして空を仰いだら ああ、なんや東京の空も悪ないなぁって…また大きな欠伸がうちを襲ってひょんと目の前見たら、なんや、猫が歩きよった。
なんや…?ヒマラヤンの野良猫かいな…珍しっ!
このどっかの漫画にでも出てきそうなありえへん境遇に、うちは目を見開いて、その猫に向かって手をのよ〜っと出したんや。
「チッチッチッチ…こっちや…こっち、おいで…」
「ほあら〜」
「ほ、ほあらやて…?なんちゅーカワエエ鳴き声しとんよ自分〜!」
「ほあら〜」
その猫はうちに寄ってきよった…かと思ったら!
くるっと踵を返してどっかに走り去って行きよった!
「あかんて自分!迷子になるで!!」
別に野良猫やさかい、迷子っちゅー言葉もなんか変なんやけど、うちはいつの間にかそう叫んで、その猫だけに視線を集めて追っ掛けた。
「自分ちょぉ待ちって!!」
ドンッ!
「うわっ!!」
猫に集中しとったさかい、目の前まで来とった人に全然気がつかへんで、うちは思いっきり誰かに正面からぶつかってから そのまましりもちをついてしもうた。
「…ったぁ〜…」
「おい、大丈夫か!?」
うちにぶつかった人はビクともせんとそのまま立っとって…うちにびっくりしたんか焦った顔して手を差し出してきよった。
「あ…すんません、えらいおおき…に…」
うちは目の前に差し出された手を ぐっと掴んでその人の顔を見た。
その瞬間や。うちが恋に堕ちたんは…。
手塚国光―――――それが、彼との出会いやった。
* *
「すまんなぁ、手塚。うちの従妹がなんや迷惑掛けたみたいで…」
「いや、大丈夫だ。それよりも…怪我はないか?」
「ない!ないです!!全然ないです!!」
「そうか。それならいい…」
「あっ!!あの!これ、あの、お詫びです!飲みませんか!?」
うちは侑兄が持っとる缶ジュースを取って、手塚さんの前に差し出した。
「いや、結構だ。それじゃ俺はこれで」
即答やで…なんや…めっちゃクール!!めっちゃカッコエエ!!
立ち去っていく手塚さんの背中を見ながら、うちはほえ〜としとった。
「お前なぁ、ここで待っとけって言うた―――」
「侑兄!!」
「なっ…なんやねんお前…いきなりデカイ声出すなや!」
「あれ誰や!!誰!?あれ誰!?」
「だ、誰って…あれは、相手の学校の部長や。手塚」
「手塚はわかっとる!その後の名前は!?」
「手塚国光や…な…なんやねんお前、その目の輝きは…」
「ありえへん!!あの人めっちゃカッコエエ!!侑兄!なんで今まで隠しとったんや!!」
「隠し…っ!!な…なんの話や!!」
「な、あの人強いやろ!?めっちゃ強いんちゃう!?」
「ん…ああ…まぁ、そら強いけどやな…」
「やっぱりな!!あんなカッコエエ人が弱いわけあらへんもん!」
「伊織…?お前…まさか惚れたやなんて…」
「惚れた!!むっちゃ惚れた!!一目惚れや!!」
「なんやて!?あかん!!あれはあかんで!!」
「ぬわっ…な、なんやねん侑兄…血相変えてなに怒鳴り散らしとんねん…」
「ダメや!あんな男に惚れてもな、お前、フラれまくってめっちゃしんどい想いするだけや!!」
「そんなん、告ってみーひんとわからんやん!!」
「アホか!お前はあの男がどんだけ堅物か知らんからそんなことが言えんねや!とにかくダメや!兄ちゃん、そんなん絶対許さへんで!!」
「うちが誰のこと好きになろーと侑兄の知ったこっちゃないやろ!!ほっといてーな!!」
「あっ…!待ちぃ伊織!自分、どこ行くねん!!」
「うっさい!」
なんやあれは!!
あんなにめっちゃカッコエエ人とッ捕まえて、何が許さへんや。ほっとけっちゅーねん!
うちは侑兄が何であんなに怒るんかさっぱりわからんで、侑兄の止める声を背中にして、手塚さんの消えた方へ走って行った。
おらん…
何分経ったかわからへん。
うちはそこら中見渡したけど、手塚さんは一向に見つからへんくて。
しぶしぶとコートに戻ったら、すでに試合が始まっとった。
うちから見て左側のフェンスにおる侑兄がうちに気が付いて、「こっちや」と手を振っとった。
せやけどうちは、反対側のフェンスを見た途端に目を爛々とさせた。
そこには手塚さんが…めっちゃめっちゃカッコエエから、ホンマに目立ってて、後ろ姿ですぐわかった。
コート内では、またまたフッツーのジャージ着た人らが今度はダブルスで試合しよる。
良かった、なんや、退屈な試合してはるわ…!これなら声も掛けやすいわぁ〜。
「手塚さん!!」
うちが後ろから声を掛けると、手塚さんと同じジャージを着た全員がこっちに振り返ってきよった。
いや…うち、手塚さん呼んだんや…あんたらは別に…。
「うにゃ〜!かっわいい!!手塚の知り合い?ねぇねぇ、名前は?いくつ?」
赤毛の髪した人懐っこそうなくりんくりんの兄ちゃんが、いきなりうちに話しかける。
「あ、うちは佐久間伊織言いますねん!あ、あそこにおる、忍足侑士の従妹なんです!高校1年です!!」
「へぇ。忍足にこんなかわいい従妹が居たなんてね。くす」
うわ〜…えらいベッピンさん…でも…男やよなぁ?この人…。
「……佐久間、と言ったか?」
「えっ!あっ!はい!!」
うちがぼけっとベッピンな男の人を見とると、手塚さんは眉間に皺を寄せて近付いてきた。
「俺に何か用か?」
「あ…いや…あの…ちょっとですね…あの、いきなりなんですけど…」
「何だ」
「う、うちと付き合おうてもらえませんか!?」
「断る」
「うわっ!即答かいな!」
漫才しとるみたいに即興で返事してきよる。
うちがその冷たさにめっちゃ引いとると、傍におった、たまごみたいな頭した優しそうな兄ちゃんがなんやひやひやした顔しとる。
「て、手塚、相手は女の子なんだからもうちょっと…あ…アイタタタ…」
「え、お、お兄さん大丈夫ですか!?」
突然胃を抑えて唸り出したんを見て、うちは咄嗟にその人に近寄った。
「おい、お前」
「て、手塚さん、この人なんやめっちゃ痛そうですよ!」
「大丈夫だ。それより、向こうへ行ってくれないか。今は試合中だ。それにお前は相手側の人間だろう」
「えっ…」
「今、うちの部員が大事な試合をしているんだ。それを下らない用事で邪魔されるのは耐え難い。わかったら行け」
「…あ…え…えらい…すんません…」
さっき、うちに手を差し伸べた時の優しげな表情はもうどこにもあらへん…厳しい事を言われたうちは 周りにおった青学の人等からの慰めの言葉をちらほら掛けられながらも、侑兄の待つ氷帝側のフェンスへ帰った。
「お前、あっちに行って何してたんや!!」
「告ってん…」
「はぁ!?…アホか…」
「即効で断られて…邪魔やって怒られた…」
「はぁ…さよか…せやから言うたやろ?手塚はな…」
「めっさカッコエエ…」
「は!?」
「めっさカッコエエよ!あんな下っ端の部員の事もやで?めっさ気にしてんねん!めっちゃ大事にしてんねん!跡部さんとは大違いやん!!」
「アホか!!声デカ…!!うわ…跡部がめっちゃこっち見てるやんけ」
「うち、諦められへんわ!!」
そんなんで、試合終わるまで、うちはずーっと手塚さんを見つめとった。
手塚さんはたまにうちの視線に気付いとったけど、なーんの変化も見せへんと…いわば、もう完全無視や!そんなテニスに対して情熱的なとこもめちゃめちゃカッコエエ!
もう、うちはすっかり虜やった。
* 翌々日 *
「侑兄!起きて!!」
「んん〜…なんや…今日は部活休みやさかい…寝かしたって〜な…」
「はよ起きてって!!青学まで案内してや!!」
「んん〜…なんや青学………せ、青学やて!?」
ものっそい勢いで侑兄がベットから起き上がって、目を見開いてうちを見た。
「なんやねんそれ!!」
「今日はな、跡部さんから聞いたねんけど、青学は登校日らしいねんか。ちゅーことはやで?手塚さんに青学に行けば会えるやろ〜〜〜!?うひゃひゃ〜〜〜!!」
「アホか!!行ってどないするっちゅーねん!!」
「もっかいアタックすんに決まってるやんかぁ〜」
「ダメや!何回やったって一緒や!アホかお前は!」
「なんやねんその言い草っ!ええよ!そない言うんやったら、うち、一人で行くさかい!!」
「あかん!!ちょ、待ちって伊織!!」
「ええわっ!!もう、侑兄なんかに頼まへんわ!!」
うちはめっさ怒ったフリしてぷぃっと侑兄に背を向けてから ずかずかと寝室から出ようとした。
「わ、わかった!わかったからちょぉ待ち!!」
にや…侑兄は、うちが怒ると何故か弱い。
めっちゃ心配性やって、うちが一人で東京を徘徊すんのをめっちゃ嫌がる。
「………ホンマ侑兄!?」
うちはゆっくり侑兄に振り返って、目をハートにして喜んだ。
侑兄は、はぁとため息をついて、しぶしぶ〜っと頷くと、だらだらだらだらと支度をしてから、うちを青学まで連れてってくれた!
「ここや…」
青春学園高等部…そう書かれてある門をくぐるとめっちゃ綺麗な緑がそこら中に埋まっとって、うちは思わず歓声を上げた。
「ええなぁ〜…うち、ここに転校したいわぁ〜」
「アホか…」
そんなん言いながら、ぽてぽてと校内を歩きよると、侑兄がテニスコートで足を止めた。
「へぇ…結構ええコートなんやなぁ…」
「綺麗やねぇ」
侑兄がコート内に入ってなんや隅々見て回る。
うちはそんな侑兄の姿見ながら、「どんだけテニス好きやねん」と心の中でツッコミを入れた。
そうしてふとフェンス脇を見て、うちは固まった。
ヒマラヤンの野良猫や……!!
こないだ練習試合の時に見かけた野良猫がまたうちの横を歩きよる!
うちは懲りずに身を屈めて、手を差し出した。
「チッチッチッチッチッチ…」
そないしてくいくいと指を折ると、今日はぷぃっとそっぽを向いてどっか行きよる。
うちはなんやめっさ悔しくなって、その野良猫の後を付いて行った。
そうしてたどり着いた先は…
「図書室…やな…ここは…」
ヒマラヤンの野良猫は図書室前にある窓からひょいと逃げて行ってしもうて…うちはどんくさいから、その窓から外に出ることは出来へんかった…。
to be continue...
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