ずっと、




今年は特別な日に、きっとなる。僕が、するから。
そんなふうに心に決めたのは、半年ほど前だった。毎年一緒に過ごす、伊織の誕生日。そして相変わらずの、僕らの記念日。
この時期になるとワクワクを隠しきれない伊織が、どういうわけか今年に限ってはクールに決め込んでいて、一切その話を持ち出さないでいる。
まさか僕の心に決めている覚悟を、伊織はなんとなく気づいているのかな? ……まさかね。
でも、いつもなら1ヶ月前になると目に見えてソワソワしているのに、不可解だ。今日は当日まで、あと3週間というところ。ひょっとして、君もそろそろ(いい加減)、大人になったってことなのかな。
9回目の記念日にワクワクしてソワソワしていつまでも子どもなのは、僕だけ? うーん、だとしたら少しだけ、寂しいかも。

「周助さ、ホントにココ、クリアしたの? 信じらんない」
「したよ。伊織はアクション苦手だね」
「……あたしより先に、エンディング見たんだよね」
「見たよ」
「ひょ、ひょっとして、ひょっとしてさ」
「教えない。ねえそれより伊織……」
「あーちょっと待って! ギエー! こいつ強い! 強すぎる! ワー、またやられそっ!」

ポータブル式のゲーム機に向かって盛大な声を張り上げている伊織は、僕のことなんかまったく無視して、ゲームに夢中になっていた。
伊織がそれなりにゲーマーだって知ったのは付き合い始めたあとだったっけ。
僕がゲームの話をしはじめたら目をらんらんとさせて、僕よりはるかに詳しい知識を披露してくれた。
あのときは驚いたなあ……それももう、9年も前になるんだね。時が経つのは、早い。

「伊織、最近うちじゃそればかりだね」
「だって周助がこのゲーム貸してくれないんだからしょうがないじゃッ……うわ、あっぶな!」
「……貸したら僕の電話、たまに無視するでしょう?」
「え……? それは……考えすぎだよ」
「その間がね、考えすぎじゃないんだろうなって僕は思」
「や、ちょ……ウソでしょ……アッシュ、か、カッコイイ……ッ!」

話しかけても、すっかり僕を無視してる。ゲームのなかの主人公に目をハートにさせちゃって。
本当はそのアッシュに夢中になってる伊織が気に入らないから貸さないんだけど、それは言わないでおこうと思うのは、こういう瞬間。

「ねえ、伊織」
「ワー! もう……アッシュ……ラブ!」
「……伊織!」
「え!」

僕にも愛してるって言って。最近、聞いてないよ。

「え? なになに?」
「今年の誕生日、どうしたい?」
「え?」
「今年の、伊織の誕生日。ふたりの記念日。24日の話だよ」

そんなにカツゼツ悪いかな、僕。それとも僕なんかよりも、そのアッシュに誕生日を祝ってほしい?

「……ああ、その日、ね」
「ねえ、なにしようか? 美味しいもの、食べに行く?」
「あーうん、そうだねえ……うん」

ひと段落ついたのか、ピコン、と音をさせてゲームを中断した伊織は、めずらしく僕に向き返った。
少し素っ気なくされたあとにそうされると、長いあいだ一緒にいるのに胸が高鳴る。
相変わらず僕はこの気まぐれな彼女に夢中だな、と内面でぼやいてみたり。

「ていうか、周助ー……海外出張、近かったよね?」
「うん?……うん、そうだね。どうかしたの?」
「帰国がホラ、たしかー、23日の夜だって聞いたから」
「うん、それが、どうかした?」

首を傾げて伊織にうながす僕に、伊織は妙にソワソワしながら目を泳がせた。
またピアスでも開けたのかな……チラリと耳に視線をやると、反射的に「違うし!」と返されてしまった。

「違うんだね……本当に?」
「本当だし! だから、そうじゃなくて……だってホラ、仕事が終わってすぐ飛行機に乗って23日に帰国でしょ? すっごい、すっごいハードスケジュールじゃん。すっごい疲れてるよね? 毎年さあ、朝から晩まで一緒にいるから、今年もそのつもりなんでしょ? だけど、すっごい疲れてるじゃん、周助。だから、あの……ネ? ていうか、それに、あの……ネ?」

ああ、なるほど……と、伊織が言わんとしていることがなんとなくわかって、僕はすでに胸が熱くなってきていた。
もう、こういう伊織を見るたびに何度だって再確認してしまうんだ。本当に、愛しい人だって……この人しか、僕にはいないって。

「伊織は、本当に優しいね」
「えっ……」

申し訳無さそうな顔をしている伊織をそっと引き寄せて強く抱きしめたら、びっくりしたような声で慌てる伊織が、バカみたいにかわいい。

「だから24日は、僕にゆっくりして欲しいって、言いたいんだよね?」
「そ……そうそう! だって周助ホラ、海外出張のあと、いっつもモノすんごい疲れてて、あたしの話もうわな空なくらい! だから、絶対寝てたほうがいいと思うん」
「うわの、空ね」
「……細かいっ」
「ふふ、ごめんごめん」

サラサラの伊織の髪の毛を手のひらで撫でながら、こめかみと頬にキスをした。
伊織はそれに応じるように、僕の首筋に鼻を寄せる。くすぐったいこの感触が、どこまでも愛しい。

「飛行機のなかで寝れるって言ったってサ、疲れるし」
「そうだね……」
「そうでしょ!? それなのにあたしの誕生日に無理して付き合わなくても、サ! あ、いや、もちろん記念日ってこともあるだろうけど、夜からとか、あ、ていうかなんなら翌日とかで全然いんだよあたしは! 25日とか、26日とかでもいいし! 1日ゆっくりして、サ! それとか、もう28日に全部ひっくるめてやっちゃおうよ! あたしの誕生日も、周助の誕生日も、ふたりの記念日も!」
「伊織」
「エッ!」

諭すように伊織の頬に触れてその目を見つめたら、伊織が緊張したように僕を見返した。
どういうわけか、顔が硬直してる。どうしてそんなにドキドキしてるんだろう。本当にかわいいんだから。

「伊織は毎年、誕生日には必ずお休みを取るでしょう?」
「う、うん」
「それは伊織が自分のために取ってるお休みだってわかってるけど、僕は少しだけ自惚れて、実は僕のためにも取ってくれてるんじゃないかなって、思ってたりするんだ」
「そ……そりゃ、そりゃ、そうだよ! 当然だよ。ふたりの、記念日でもあるんだし。でも、でもね、無理すること」
「うん……だから、自惚れていいんでしょう?」
「そ、モチロン! あ、でもね周助……」
「だったら僕が伊織を独り占めしたいって思うのも、当然でしょう?」
「え」
「僕は無理してるんじゃなくて。付き合い始めてから、必ず2月24日だけはふたりでって、暗黙の了解で決めてきたんだから。だからこそ今年も、絶対に絶対に24日の朝には間に合うように手配してもらったんだ。なにがなんでも、伊織と一緒に居たいから。だから、そんな心配しなくていいから。疲れなんて感じない。特別な日なんだから。なにより僕の疲れをいちばん癒やしてくれるのは、伊織なんだよ?」
「しゅ、周助……」
「それに、28日は毎年、伊織のお父さんとお母さんにお呼ばれしてご馳走してもらうしね。今年だってもう決めてくれてたでしょう? いまさら予定変更なんて、言いたくないよ」
「うちのお父さんとお母さんは別にそんな、気にしないよ!?」
「それでも。僕もお父さんとお母さんに、久々に会いたいし。その前にはちゃんと、伊織の誕生日お祝いしたいし。楽しみだね、当日。いろいろ考えておくから、伊織も、楽しみにしてて」
「でも……しゅうす」

僕の名前を呼ぼうとする伊織の唇に、深く深く口づけた。赤い顔して潤んだ瞳に、僕はすっかり、虜にされて。
そのまま彼女を押し倒したら、はずかしそうに僕を見上げる伊織に、我慢ができなくなってしまった。





「不二さん……」
「やあ、おはよう」

いよいよ2週間後に、伊織の誕生日が迫ってきていた。
当日は朝から、伊織の大好きな映画でも見て、ランチして、お散歩して……とデートプランを考えていた僕は、このところずっとワクワクしている。
今年は9年目の記念日だから、僕が勝手に特別に考えてることもあったりして……伊織がどんな顔をするだろうと思うと、自然とほころんでくる頬に、恥ずかしくなることもしばしば。そんな顔をしていたときだった。
仕事がひと段落してつかの間の休憩している僕に、新卒の事務員である女性が声をかけてきた。

「あの、すみません……今月の海外出張なんですが」
「……うん? どうかしたの?」

浮ついていたせいか、その彼女の声のトーンに特に不安も感じず、僕は返した。

「不二さん、帰国を1日早めて、23日、と……」
「うん。24日の朝からはちょっと大事な用があって……あれ、先方、ダメだって? 長引くようなことなかったはずだけど」

不安になって返すと、目の前の彼女は僕の不安が的中したように顔面蒼白になっている。
驚いて、「どうしたの?」と声にならない声で問い返すと、彼女はますます伏し目がちになって。

「すみません!」
「すみませんって……?」
「すみません、不二さん。わたしの、手違いで……帰国が24日になってしまいました」
「えっ」
「申し訳ありません! あの、キャンセル待ちも申請してます! でも……望みは、薄そうで」
「ああ……それは、困ったな……。ちょっと待って。24日の何時に成田到着?」

一瞬、目の前が暗くなりかけたけれど、朝か昼なら、大丈夫……。伊織も、目くじら立てたりしないはず。

「……22時です」
「え?」嘘でしょう? 全然、笑えない。
「すみません……22時なんです。23日で取ったつもりだったんですっ! すみません! 本当にごめんさい!」

ほとんど涙目になりながら必死に僕に頭を下げる若い彼女が不憫だった。
女の子に怒鳴るなんてこと、いくら後輩とはいえちょっとできないし……ただでさえ、僕、怒鳴ったりしないし……。
腹は、多少はそりゃ、立つのだけれど。

「不二さん……あの、すみ、すみません! 大事な用だったんですよね……?」

もう完全に24日の帰国が確定したような言い方は、少し癪だった。
ああ、ダメダメ。怒って解決することじゃないんだから。

「……うん、彼女の、誕生日で」
「え」
「毎年必ず一緒にいるから、今年もと思ってたんだ。まあ、ただの遊びだから、うん、いいよ」
「本当に……本当に申し訳ありません! ごめんなさい!」
「ああ、もういいから、うん。大丈夫、泣かないで、ほら」

女の涙は卑怯だって、こういうときこそ、僕は思う……伊織に泣かれたらまいっちゃうけど、好きでもない女性だって、仕事のことで泣かれたら、怒る気にもなれない。

「すみません、すみません不二さん! 本当に、本当にわたし、なんてお詫びしたら……彼女さんって、このあいだの方ですよねっ。このあいだ、迎えに来られてた!」
「うん……いや、うん、いいよ。……次回から、気をつけてね」
「本当に、本当に申し訳ありませんでした!」

一気に落胆した僕は、望みの薄いキャンセル待ちを、期待せずに待つしかなかった……。





そんな僕をあざ笑うように、1週間前に迫ってもキャンセル待ちの報告はない。
いよいよ、伊織に言わなきゃいけないだろうなと心を決めた僕は、伊織の部屋に来ていた。

「ふぁー、よく寝た……」
「夜勤明けだったんだっけ」
「うん。昨日忙しかったんだよねー。おまけに苦手な人と夜勤だったから、余計で……」
「大丈夫? こっち、来る?」
「……うん!」
「ふふ。おいで……はいはい、よしよし」

ぎゅっと僕の胸に抱きついた伊織を抱きしめて、いつものように髪を撫でて、背中をトントンとしてあげる。伊織とのスキンシップにうっとりとしつつも、さて、どのタイミングで言うべきかな、と考えていた。
猫だったらごろごろ言ってるだろう伊織は、いつになく僕に甘えていた。
ああ、このムード壊したくないのに……伊織、怒るだろうなあ……あれほど楽しみにしててって言ってたの、僕なのに。

「あのね……周助」
「うん?」
「実はちょっと、相談っていうか」
「……そうなの?」

僕も相談、と言おうとしていたから、どこかほっとしてしまった。
それで急いでしまったせいか、つい、伊織の話を遮るように言葉が口を衝いて出ていく。
らしくないって、自分でも思う。

「僕もちょっと、相談があって」
「え」
「あ、伊織から……」
「いやいやいや、いいの、いいの。周助から」

しばらくこのやりとりをしていたら話が進まないと思ったせいか、それとも罪悪感に耐えれなくて、早く言ってスッキリしてしまいたかったせいか。
僕は即座に、話を始めた。勝手な僕に、伊織は黙って頷いてくれたから。

「そう? じゃあ、あのね、あの……本当に、申し訳ないんだけど」
「申し訳、ない?」
「うん……。24日、一緒に、居れなくなっちゃって」
「エッ!」

伊織のその顔が、愕然、というより驚愕に見えて、僕は困惑した。
信じられないよね……あれだけ念押ししたの、僕なのにね。がっかりさせちゃうよね。

「ごめんね。実は手配ミスで……帰国が24日の夜中になっちゃったんだ」
「そ、そうなんだ、そっか……!」大きく目を見開いている。
「ごめん……」
「ううん、大丈夫! 仕方ないよ!」
「だからデートは……翌日の25日に変更……できるかな?」
「あ、うん! 25日なら休み取ってるから! 全然いいよ!」

伊織はあっさりした顔で、うむうむと頷いてくれていた。思った以上にすんなりと。きっと申し訳なさそうにしている僕を、元気づけようとしてくれているんだ。
ああ、すごく愛しい。こんなことになったのに文句のひとつも言わないなんて。

「本当に、ごめんね」
「いいのいいの。だってホラ、出張のあとだし、結局そっちのほうが、よかったんじゃないかな! って、あたし提案してたしね!」
「うん……だけど、やっぱり一緒に居たかったよね。僕だって、同じ気持ちだし」
「いんだってばー! ……でも、めずらしいね、周助がミスなんて」

ふふ、と笑った伊織に、僕はつい言い訳めいてしまった。
「僕っていうか、事務員さんなんだけどね」
「あ、そっか。手配するのは事務員さんの仕事! ん……? 事務、員?」
「伊織?」

ぽつ、と事務員という言葉をつぶやいてからどこか危うげな目で一点を見つめる伊織は、なにかを悟ったかのようにピタリと動かなくなり、その目を細めた。
反射的に、まずい、と思う。これが女性の勘が大活躍する前触れだって、僕は伊織と付き合ってからこの9年で、嫌ってほど知ってる。

「それってもしかして……新卒のコ?」

やっぱり……。
ああ、言わなくてもよかったのに、自分のせいじゃないって気持ちが口を衝いて出てしまった僕に責任があるのだけれど。
どうしてこういうことに鋭いんだろう、女の人って。すっごく怖い。

「……周助、あたし聞いてるんだけど」
「えっと……うん、そう、そうだね」
「こないだの、おだんごの」おだんご頭、ってことを言いたいみたいだ。
「そう、うん」
「……ああ、あの若いコ。おだんご」

明らかな悪意が込もっている。声のトーンを低くした伊織が、さも不機嫌そうに言い放った。
何度も「おだんご」と言った伊織の頭のなかで、あの日のフラッシュバックが起きているんだろうと思う。
つい数週間前に会社での飲み会で遅くなってしまったとき、僕は伊織に車で迎えに来てもらったことがあった。そのとき、伊織は対面した。酔っぱらって、僕にベッタリなおだんご頭の新卒の事務員と。

「伊織、あのコのこと、あんまり好きじゃ……」
「別にっ」
「……好きじゃないんだね」
「そうは言ってないよっ」そのムキになった返事の早さが物語っているよ。「でもなんか、周助のこと好きそうだよねあのコ。やたら、周助にベタベタしてるし。なんか、やたらあたしのこと見てたし!」

伊織の気持ちは、わからなくもなくて……僕の自惚れかもしれないけど、実は僕も、好かれてると思っている。気づかないフリしてるけど、彼女の前でわざわざ伊織の存在を強調したりするのは、無意識な抵抗があるからだ。
ありがたいんだけど、仕事がやりにくくなっちゃうし、こうやって、伊織にも不機嫌になってほしくないし。

「へえ。あのコが間違ったんだ。あのコの手配ミスで、あたし、誕生日に周助と一緒に居れないんだ」

それでもどうしたって不機嫌になっていく伊織に、僕は慌てた。
まずいな……どうしてあのコのミスだなんてうっかり口にしちゃったんだろう。わかりきってたのに、この展開。

「ごめん……」
「……周助、ちゃんと怒った?」
「えっ」
「あのコに。それ、あたしの誕生日だから別にいいけど、もっとほかの、もっと大事な用だったら絶対にあっちゃいけないミスじゃん」
「……伊織の誕生日だって、大事な用だよ」
「そういうこと言ってほしいんじゃないの。ちゃんと、怒った?」

わかっていたけど、答えをうまく回避した僕にいつもは見逃してくれる伊織が、今回ばっかりは見逃してくれなかった。
そこにこだわる嫉妬した伊織が、不謹慎だけど、愛しい。……こういう僕の下心が、うっかり口を滑らせちゃったのかな。

「ん……うん、まあ、次回から気をつけるようには、言ったよ」
「やっさし!」
「そんな、優しくなんかないよ。怒ったよ、普通に」
「ウソでしょ! 周助、あんな若いコに怒鳴ったりできないでしょ!」
「……そんな、こと」

できませんでした……。
怒ってもどうにもならないことだしね。

「あたしにはすぐ怒るのに」
「伊織……」
「いいけど別に! 周助の職場に口出す権利、あたし無いけど! あーあ。あたし、仕事の休み無理に取ったのに!」
「そうだよね、ごめんね……」
「いいよ、別に……」
「本当に、ごめん」

伊織がスネて僕に背中を向けたから、僕はそれが辛くて、後ろからそっと抱きしめた。
否定しなかった伊織の髪に唇でそっと触れて、ゆっくりと撫でて。シン、と静まり返った部屋に場違いなバラエティ番組の音だけが響く。
ごめんね、ともう一度つぶやいたら、ふてくされた顔をしていた伊織が、そっと僕を見上げた。

「チューして」

ツンツンしながらそう言った伊織の唇に、チュ、と音を立ててキスする。どうしよう、かわいい。ここでキスをねだってくるなんて。

「……ふん」
「もっとしていい?」
「ダメ」

かわいくて、だから物足りなくなった僕がおねだりしたら、一瞬で否定された。
もう、本当に気まぐれなんだから。

「……どうして?」
「このままチューしてたら変な雰囲気になって、結局そうなるじゃん」
「……僕とはしたくないってこと?」
「それで仲直りみたいになって、ごまかされそうだから!」

……そうだね。よくあるよね僕ら、そのパターン。
よくないとは思ってるんだけど、ちょっとそこに逃げてることもあるよ……ときどきね。

「じゃあどうしよう? なんで言うこと聞きます、伊織お嬢さま」
「ごきげんよう。それ、考えてたんだけどサ!」

ふざけた僕にノッて返してくれる伊織が、実はもう怒ってないことは百も承知だった。
それでも、やっぱりなにかご奉仕することになるんだろうなと思っていたら、だんだんと伊織の目が光ってきて、僕はそれに、少しゾッした。
なにを、言い出すつもりなんだろう……すごく嫌な予感がする。

「ねえ周助ー」
「嫌だ」
「まだなにも言ってないンですケド、あたし」
「嫌な予感がするんだ」
「ふふー。どんな予感がしたって、断れるわけないじゃん、あたしの誕生日すっぽかしといて」
「すっぽかし、とは違うんじゃないかな……」
「ピアス、周助に開けてもらいたい。モチ、あたしの耳に」
「……」
「あたしの誕生日、一緒に居れないンですヨネ……?」
「……はあ」
「やった! ピアッサー持ってくる!!」

僕はなにも言ってないのに。僕のため息を肯定的にとらえた伊織は、腕のなかからするりと抜け出して、スキップするように奥の部屋へ消えていった。
僕もあんまり人のことは言えないけど、伊織って絶対ドSだと思う……。
ピアスを開けるのを嫌がる僕に、ピアスを開けさせようとする、その発想。ああ、変態っぽい。でも断れない。伊織だけには弱い僕。





「はあ……、やっと着いた」

2月24日、午後23時30分頃。
……僕はようやく、伊織の実家の近所まで来ていた。今日は、伊織の誕生日だ。
今日、お休みを取っているだろう伊織はきっと実家に帰ってゆっくりしているはずだ。
25日になるまであと30分しかないけれど、どうしても今日は伊織に会って、おめでとうの言葉は、一緒に渡したいプレゼントがあった。
手のなかにあるそれを見て、らしくもなく緊張している自分に気づく。

「起きててね、伊織」

きっと起きてくれていると思う。
僕のことを誰よりも知っている伊織は、きっと僕がギリギリになっても自分に会いに来るだろうって、踏んでる気がする。
その期待を裏切らずに、僕は素直に君に会いに来たんだよ。だから、すぐに出て。

「はい、もしもし!」
「……あれ、伊織……あれ、お母さん?」

電話越しの声が似てたけど、その威勢のいい電話の出方と、せっかちな空気感で伊織じゃないことはすぐにわかった。

「ん、あ、不二くん? 伊織ならいないよ!」
「あっ! すいません夜分遅くに……、僕、間違っちゃったみたいです」

慌てて謝罪した。
いくら家族ぐるみの交際だからって、こんな時間に伊織の実家に電話するなんて、非常識もいいところだ。

「あははっ! 間違えちゃったのか。いいよいいよー。それより不二くん久々だねえ? 月末、盛大にしてあげるからねー! 食べたいものあったら伊織に言っといてね」

それでも、まったくそんなことを気にさせないようにしてくれる、優しい声。
そして毎年必ずこの時期になると聞く、お母さんからのありがたい言葉に、心がじんわりとあたたまっていく。
こういうお母さんだからこそ、伊織が生まれてくるんだ。だからこそ、ずっと一緒に居ようと思う、伊織とは、ずっと。

「お母さんのご飯は美味しいから、なんでもいただきます。いつもありがとうございます」
「うまいこと言ってえー! それで? 伊織に用だったんだよね? 携帯に出ない?」
「すみません、携帯にかけたつもりだったんです」
「ああ、そういうことか。携帯ならつながるんじゃないかなー。夜はうちに戻ってくると思うけどねー。夜中に仕事終わって、すぐに姉ちゃんとご飯に行ったらしいから。もしかしたら朝まで戻んないかもしんないね。まあそれなら、うちにも連絡はあると思うけど!」
「そうですか……え?」

姉ちゃん、というのは伊織の大親友で、僕らの5歳年上である千夏さんのことだ。
ネットで知り合ったという千夏さんは、警戒心の強い伊織があっという間に心を開いたことから急激に仲良くなって、もう8年くらいの付き合いになる人だ。
普段から伊織がとてもお世話になっていて、伊織の大好きな人……正直、僕がときどき嫉妬するくらいに、仲がいい。
だけどそれは、千夏さんも同じらしいとこっそり伊織から聞いたのは、少し前のこと。

「ん? どうかした不二くん?」

そんなことよりも。
自然と流れていく会話のおかげで思わず聞き流してしまいそうだったけれど、いま、お母さん……。

「仕事?」って、言いました?
「そうだよー、看護師の委員会かなんか。ずいぶん前から決まって、今年は誕生日に休めないってめちゃくちゃ怒ってたよアイツ。周助と一緒に居れないじゃん! とか言ってサ。ごめんね不二くん、毎年、朝からデートなのにねえ」
「ああ、いえ、いいんです。そうそう、そうでした。ずいぶん前から怒ってましたよね……1ヶ月前、くらいでしたよね?」
「そうだったっけ? あーそうだったかも。お正月過ぎたあたりね」

一瞬、呆気にとられたことを気取られないように会話をすすめながら、僕はだんだんと、いろんなことのつじつまがあっていくような気がした。
……へえ。お正月過ぎたあたりに、ね。

「それで、今日は千夏さんと?」
「そうそう。姉ちゃんとね。姉ちゃんが今年は不二くんに取られなかったって喜んでたよ。アハハ!」
「あはっ……ははは。そうですよね」
「9時くらいに委員会が終わるって言ってたから、それからご飯しに出たみたいだけど……あー、あのオヤジまだあがってこないな」
「え?」
「ああ、いやね、あたしもさ、伊織も誰もいないもんだからオッサンとさっきまで一緒に出かけて飲んでたんだけど、あのオヤジすんげー酔っぱらってさー、うちマンションの5階じゃん。あんなでかいオヤジ抱えて歩けもしないから、車の中に置いてきてやったんだよ」
「え……お父さん、大丈夫ですか?」

なんて、伊織のお母さんらしいんだろう。
僕も将来、伊織にこんな扱いをされることになるのかと思うと、少し苦い気持ちになる。

「いんだよもう面倒臭いオヤジだよホントに! まあそういうことだから、また、月末にね!」
「あ、はいっ、ありがとうございました。すみません夜分遅くに……」

いえいえ、はいはいまた、じゃあねー、と元気よく切られた電話の不通音を耳にしながら、僕はじんわりと湧いてくる怒りに身を任せていた。
こんな大きなスーツケース片手に、マンションに寄り道もせずにここに来たっていうのに……。
伊織……ふうん。そう。





僕は、伊織に電話せずに彼女の実家前で待ち伏せした。
明日は朝からデートだと約束しているから、伊織は絶対に帰ってくる。
今日のこと、千夏さんと食事に行ったことはともかく、だけど、なるべくなら僕にバレたくはないだろうし。

「つかさー、もうホンット、先輩がいい人過ぎるんだわ!」
「伊織がそういう人らに出会えたことだけでもさー、いまの職場にいろいろ不満はあっても、勤めた価値ってあるんだよね。必要なことだったんだよ」
「そうだよねー。あ、てかそうだ! 千夏さ、今度さ!」
「ちょっと待って伊織……アレはー」
「なにー?」

すっかり酔っ払っている二人の声は、遠くからでもよく響いて聞こえた。
ようやくその姿が見えたころに、じっと見つめる僕の視線を感じたのか、妙に敏感なところがある千夏さんが僕を見つけて指を差すように手を上げている。
そうか……千夏さんも一緒に帰ってきたってことは、千夏さんは今日、伊織の実家にお泊りするってことだ。
ふうん。つまり伊織は……今日の僕のことなんて、全然、頭にないわけだ。

「不二くんおひさだね!」
「お久しぶりです、千夏さん」
「ええっ! 周助!?」
「……おかえり、伊織」

にっこり、と笑って首を傾げた僕に、千夏さんがおどけた顔をして「およ?」とつぶやく。
千夏さんはよくわかってる。伊織から散々、いろんな話を聞かされているということもあるだろうし、彼女が敏感な人だということもあるだろうけど、ともかく、僕の表情が、どういう意味を持っているかを、よくわかっている。
だけど伊織はきっと、もっとわかってるはずだ。

「来てくれ、たんダ!」
「来たよ。食事に行ってたの?」
「そうそう! 千夏がたまたま誘ってくれてー……ははは」
「そう。よかったね。誕生日に断りきれない委員会の仕事のストレスも、そりゃあ吹っ飛んだよ、ネ?」
「エッ!」

若干、ギョエ! と聞こえた声になりきってない伊織の声は、その真っ青な顔にピッタリだった。

「あんなに怒ってたのに、ネ?」
「……えっと、えっと」
「もし僕が無理に予定を空けてたって、最初から伊織とは一緒に居れなかったんだよネ? 今日」

最後の音がたどたどしくなる伊織の口調を完全に嫌味で真似しながら、僕は詰め寄った。
伊織はめずらしく、僕に対して後ずさりする。
そうはさせまいと、手首をぐっと掴んだ。

「ギエー!」
「どうしたの悲鳴あげて。3週間前、仕事直後で疲れてるから僕にゆっくりするように言ったのは、自分が仕事が入ったって言いにくいからやんわりと僕をうながしてたんだよね仕方なく中止にしようとしてたってことだよね?」

息する暇もなく僕は続けた。伊織は無理に割って入ろうとする。

「ごめん! だだだ、誰から聞いたの!」……そこ? ごめんまでがいつになく早いよ。
「誰が無理に休み取ったんだって? それで、わざわざ休み取ったのに、僕の会社の事務員のミスで一緒に居れないって言ったときのあの伊織のお怒りは、一体なんだったのかな?」
「だだだからごめんって! でもムカつくジャン! ていうか言いにくかったんだもん!」
「本心はラッキーって思ってたでしょ」
「おおおお思ってない!」

まるで図星ですと言わんばかりに顔を真っ青にして、髪を振り乱して首を左右にする伊織に、ふふ、と強張る僕の顔。

「……思ってたんだね」
「おおお思ってないってば! あたしだって言い出そうとしてたんだよ! 努力したんだから!」
「じゃあなんで、あのときわざわざ怒ってみせたの? 僕にピアス開けさせたのは?」
「そ……それは、それはなんか……おだんごが気に入らなかったっていうか、サ! 周助のこと、いじ、いじめたかったって言うか……」
「……」
「ごめん! ででもホラ、結局いちゃいちゃ楽しかったから、いいジャン!」
「伊織!」

いつの間にか千夏さんは消えていた。
たぶん、伊織のお母さんが待つ家のなかに、すでに入っているんだろうと思う。
あの人は昔から、こういう場からの逃げ足が速い。いつだったか昔、僕と伊織が千夏さんの目の前で喧嘩しはじめたときだって、いつの間にかいなくなっていた。
僕にとってはありがたいけどね。伊織を味方する人が、いなくなるわけだから。

「だって……いいい言ったら周助、絶対ガッカリするじゃん! ごめん!」
「伊織にウソつかれるほうがガッカリするとは思わなかった?」
「ごめん、だって……し、しょうがないじゃんあたしAB型だし! 平気でウソついちゃうんだよっ」
「またそうやってすぐ開き直る……血液型は関係ないでしょう?」
「関係ないっていうのはB型なんだよ! だってごめんって言ってるのにうううう……てか寒いっ!」

もう、ため息を出すのも疲れる。話を違う方向へ持っていこうとして寒さを訴える伊織が、ものすごく憎たらしい。
とりあえず僕は、喧嘩したときのいつも通りの対応をすることにした。

「あっそ」
「え」
「寒いんでしょう? 中に入れば? 僕は帰るよ」
「ちょ……ちょちょ、ちょっと待ってよ周助! こんな終わり方って、無い!!」
「どっちがそうさせたの」
「てかあたしさっきからごめんって言ってるのに、周助いっつもそう! どうやったら許してくれるの!」
「謝れば済むと思ってるその謝り方じゃ許す気にはなれないよね、一生ね」
「本気で謝ってるのに! ごーめーん! ごめんごめんごーめーんー!」
「あのね……バカにしてるでしょ、僕のこと」
「はあ? してないし!」
「逆ギレ……」
「だってどこが終わりなのかわかんないし! だいたい周助は!」
「結婚しよ」

ムッとした伊織が言い返してきて、いよいよくだらないことからの本格的な喧嘩に移行する直前だった。
そんなの僕は望んでないって気持ちが、もう耐えきれなくて。

「いっつ、も、……」

伊織の目が大きく見開かれる。まるで、見たことのない世界に突然に放り込まれたみたいな顔をして。
だって、どこで言うのが適切なのかまったくわからなくて。なんだか、ムードとか、タイミングとか、正直どうでもよくなってきていた。
そもそも今日は、このために急いで伊織に会いにきたようなものなのに。こんな意味のない言い争い、しに来たわけじゃないよ、僕は……。

「周助……」
「……うん」

伊織が唖然と、口を開けたまま僕を見つめる。

「いま……」
「うん」
「なん、て?」
「結婚しよう? 僕と」

伊織のゆっくりとした口調に間髪いれずに、もう一度プロポーズ。
途端に静かになった伊織の顔は、まさに「ポカン」だ。
一生に一度しか使えない、伊織を黙らせるのに最適なこの言葉をここで使ったのは、案外、正解だったりして。
だって、伊織のその表情がおかしくて、思わず笑いがこみ上げてきちゃう。

「ぷっ」
「えっ、なんで笑っ」
「だって、伊織だって、笑ってるじゃない」
「エッ!」
「顔、ニヤけてる。そんなに嬉しかった?」

そっと一歩近づくと、もう逃げない伊織がヒタ、ヒタと汗をふくように口元に手をやった。
僕がそう指摘したことで余計にニヤけた伊織の顔に、ますます笑ってしまう。

「へへっ」
「へへって」
「あ、へへって言っちゃった」
「へへっじゃないでしょ、女の子なんだから」

お互い、笑いが止まらない。
伊織の口から出てきた正直な「へへっ」という感想と、そんな面白いリアクションをたまにしてくる伊織への愛しさと、だからこそやっぱりこの人と一緒にいたいという再確認とでごちゃまぜで、僕らはさっきまでの喧嘩が嘘のようにケタケタと笑っていた。

「だって周助、そのタイミングでずるい」
「どのタイミングならよかった? さっきの状態だと、きっと喧嘩になるだけでしょ?」
「そうだけど……」
「ねえ、僕ら付き合って今日で9年目」
「うん、9年目……だからその微妙なタイミングも、よくわかんないし」
「結婚を決めて、なんだかんだ準備して、1年くらいかかるでしょ」
「え、うん……まあ、そうかな」
「だから、10年目の記念日に、結婚式あげたくて……それで、今日言おうって決めてたんだ」
「あっ……」

言いながら、僕がいつものようにポケットから出してきたプレゼントに、伊織が声をあげた。

「目ざといね、伊織ってば」
「だって、そんなこれ見よがしなラッピング、誰だって……!」
「ふふ」

その瞳がわずかに潤んでいく。
お酒のせいもあってか、だんだんと赤くなっていく伊織の頬。涙にあおられて上下する肩。
そのすべてが、僕だけのものだから。その証に。

「これ、超キレイ……」
「うん。みてみて、この裏側」
「あ……」

ゆっくりと箱を開けた瞬間に飛び出した言葉と、うっとりするようなため息。
裏側を見せると、ぽろっと伊織の頬にこぼれていった涙が、まるでドラマのワンシーンのように綺麗だ。

「これなら絶対、間違いないって思ったんだ」

「周助がくれるものなら、絶対に間違いなんかないよっ!」
「キュウリでも?」
「ノウ」

キュウリが大嫌いな伊織のその返事に笑った僕を見て、伊織も涙顔で笑った。
君の大好きなディズニーのエンゲージリング。その裏側に、僕と君のイニシャル。
わずかに震えてる伊織の手をそっと握ったら、はっとした顔をして、息をのんだように僕を見上げる。
そっと左手を持ちあげて、いまから誓い交わすその薬指に口づけて。

「周助……」
「僕が、一生幸せにします」
「……もうどうしよう。涙が止まんない」
「へへって言わないの?」
「おかしいじゃんこんなとこでー!」
「ふふっ。僕はそういう伊織も、好きだよ」

そっと通した指輪をしっかりと見つめて、僕の胸にぎゅうっとしがみついてきた伊織が、すごくかわいい。
強く抱きしめかえしたら、伊織はぶつぶつと泣き始めた。

「う、う、うう、うれしいー!」
「うん、僕も嬉しい。伊織が、喜んでくれて。実は結構、ビクビクしてたから」
「断るわけないって、わかってても?」
「わかってても……伊織の一生に刻まれる、大事な出来事になるんだから。やっぱり、緊張しちゃうよ」
「うう、うう、もう最高だよー、周助ー」
「うん、僕も、最高」
「うん、うう……大好き、愛してる」
「うん。大好きだよ。愛してる、僕も」

ゆっくりとつぶくように言った僕の声に、伊織がふと顔をあげる。
こんな住宅街の真ん中で、キスしたい衝動にかられて、僕は大人げなく伊織の頬を両手で包んだ。驚いて身を縮める伊織に、僕はそっとつぶやいた。

「大丈夫」
「ほほほホント? だ、誰もいないかな」
「誰もいないよ……今日くらい、誰がいてもいいけどね」
「なっ……」

そっと触れると、寒空の中で凍えていた唇があたたかくなっていく。
これが僕らの愛の証だなんて、クサい台詞が頭のなかを通り過ぎていった。
愛してる、それだけじゃ足りないから、僕らはこうして触れ合って、あたため合っていくんだよね。

「ほら、大丈夫だった」
「う、うん……恥ずかしい、ケド」
「かわいい。何度でもしたくなる」
「だだだダメダメ! あとはまた明日!」
「ふふ、楽しみにしておくね」

キス以上のことも、と耳元で囁けば、まるで少女のように顔を赤くして僕を無言で叩いてくる。
それでも、僕の腕のなかにおさまってくれている、伊織が好き。大好き。

「……ねえ、周助」
「うん?」
「あたし、たぶん世界で一番幸せ」

目をきらきらさせて言った伊織のあどけなさに、魔法にかけられたような錯覚を起こした。
たしかそんなこと、僕が告白したときも、言ってた気がする。タイムスリップした気分だ。

「ねえ伊織」
「うん?」
「その言葉、伊織がおばあちゃんになっても言えるようにするよ。僕が、ずっと、ね」
「うん、ずっと……へへっ。あ、また言っちゃった」
「結婚式でもそれ、やってよ」
「やだよ! 花嫁なのに!」
「伊織らしいよ」
「シツレーだな!」
「そんな伊織が好きだよ」
「え、じゃあいいかな?」
「ふふっ、やっぱり、伊織らしいね」

怒って、笑って、泣いて、また笑って。
忙しい伊織に、僕はこの先ずっと、振り回されていたい。
それが僕の、いちばんの幸せだから。





(いやー、寝ちゃってた寝ちゃってた)
(ギエ! お、お父さん!? なにしてんの!?)
(あれー、伊織ー、お、周助くんもー)
(こんばんは……お父さん、大丈夫ですか?)
(おいオヤジ! 邪魔すんじゃないよ早く上がってこい!)
(え! なんでお母さんの声っ! えっ! なんで姉ちゃんもベランダにいんの!? なにしてんの!?)
(うん、空気の入れ換えをね、ちょっとね。おめでと伊織ー!)
(えっ)
(見られてた……かな)
(ギャー!)





fin.
Happy Birthday Dear 柚子 from 不二色



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