CLUMSY









「あっ…伊織、手塚先輩だよ」

「きゃーーっ!ほんと!!いつ見てもカッコイイよね!!」


「あ、桃城くん走らされてる」

「あ、本当だ〜」


「私も手塚先輩に走らされたいよ〜〜」

「はいはい…いいから、もう帰るよ!?」













CLUMSY













「あれ…?これって…」

「伊織〜?どうしたの?早く帰ろうよ〜」


教室で遅くまで話し込んでいた私と千夏。

周りが少し暗くなってきたこともあり、私達は帰り支度を始めていた。

早々に鞄を閉めて私が徐に隣の席に目をやると、机と椅子の間にポツンとバンダナが落ちていることに気付いた。


「あ…うん…。ねぇ千夏。これって海堂くんのだよね?」

「え〜?…あ、ほんとだ。多分海堂のだね。そんなの持ってくる奴、うちのクラスじゃあいつしかいないっしょ」


そうだよね。やっぱり。

それに、ここ、海堂くんの机だし…やっぱり間違いないよなぁ。


「届けてあげた方が…いいよねぇ?」

「えー!伊織がそこまですることなくない!?」


千夏は面倒臭そうにそう言った。


「でも…きっと海堂くん困ってるよ」

「なら伊織一人で行ってよね。私、あいつ怖いから近付きたくないよ」

「そかぁ…わかった…」


まぁ、千夏がそういうのも無理ないね。

あの海堂くんだもの。私だって平気なわけじゃない。

いっつもいっつも、ふしゅーって言って眉間にがっちり皺寄せて、呼べばギロッて睨んできて…怖いったらありゃしないもの。

でも…海堂くんは本当は優しい。


私は彼が密かに動物と遊んでいるのを目撃したことがある。

それを見てから彼の印象が変わって、隣の席になった時、少し話す程度に仲良くなった。

その会話からは彼が几帳面だと言うことや、何気に綺麗好きなとこも垣間見えた。

で、このバンダナは汗かいた時に換え用ってことも知っている。

だから、テニス部でたくさん汗かいてる彼には持って行ってあげなきゃ可哀想。


それに…




「おい荒井、何をしてる。グランド10周行って来い!」

「はっ…はい!!」


わーーーっ!!声が聞こえた!!手塚先輩だ…!!


青学で彼を知らない人なんて絶対にいない、手塚先輩。

私は先輩にものすごーーーーく憧れている。(もう、これでもかってくらい!)

だって、すっごいカッコイイし、頭良いし、誠実そうで、時に厳しくて…でも本当は優しいハズ!

もう、そんな手塚先輩の何もかもが私のツボにクリーンヒットなんですもの!!


大好きな憧れの手塚先輩をちょっとでも見れることが嬉しくて、海堂くんには悪いけど…手塚先輩に会いたくてってのも、ひとつの理由。


…と、それでも早く届けてあげないと…ね。


私はそのままテニスコートにぐんぐんと向かって行った。

近付く度に手塚先輩との距離が少しずつ縮まっていく。


あーーーっ!カッコイイ!!至近距離で見たら倒れちゃうかも!!


でも…千夏待たせてるし…。早くしないと怒られちゃうかな。

にしても、海堂くんどこに居るのーーー?


「アンタ…海堂先輩の彼女?」

「えっ!!」


後ろから突然声を掛けられて、私は心臓が飛び跳ねた。

振り返ると、キャップをした1年生らしき男の子が、私に無愛想な顔して突っ立っている。


このジャージ…青学テニス部…えっ!?レギュラー!?

てことはてことは…


「君、越前くん!?」

「…なんで俺のこと、知ってんの?」

「あ…それはえっと…」


以前、隣の席で海堂くんが、「越前の野郎…次こそは…」って言ってたからなんて言えないよ!!


「いや…有名だもん。越前くん」

「ふーん…で?アンタ、海堂先輩の彼女?」


「ちがっ!!なんでそうなるわけ!?」

「それ…持ってるから」


あ…。

そうか。私、バンダナ届けに来たんだった。


「あ!海堂くん!」


ふと、今居る場所から一番遠くのテニスコートに目をやると、海堂くんが練習をしてた。

遠くすぎて見えなかった…。早く届けてあげないと…。

そう思ってそのテニスコートに向かおうとした時、目の前にいる越前くんの顔が一気に強張って、私が不思議に思った瞬間、背後に厳しい声がした。


「越前、何をしている。グランド5周走って来い」


…この声…聞き間違えるはずなんてない…


「…ちぇ…見つかった…」

「越前!10周だ!」


体中に電撃が走ったように緊張して、私は振り向くことが出来なかった。

するとザッという砂を蹴るような音がして、目の前にその人影が現れた。


「すまないが、練習の妨げになるから…ん?」

「てっ…てっ…ってて…」


「て…?」

「手塚…先輩…っ…」


憧れの先輩のお姿が至近距離に来て、私は恥ずかしいくらいに言葉を詰まらせてしまった。


「そうだが…ん?そのバンダナ…」

「あ…っ あの、こ…これ…海堂くんに…あのっその…っ」

「…ああ、海堂に渡しておけばいいのか?」

「はっ…はい…!!」

「わかった。確かに渡しておこう」

「ありありあありありがとうございます…」

「いや、気にしなくていい」


私は勢いよく頭を下げて、そのまま千夏の待つ校門前までダッシュした。

手塚先輩と話しちゃったよ!!きゃーーーーーーーーーーーーっ!!夢みたい!!









実に変な女だな…声が裏返っていたが…何かあったのだろうか?


「ん…?」


俺が地面に目をやると、白い紙が一枚落ちていた。

俺は無意識にそれを取り、丁寧に折りたたんであるその紙を広げた。


「…なんだこれは…」







一人黙々と壁打ちをしている海堂のコートへ行き、俺は海堂にバンダナを手渡すことにした。



「海堂」

「なんスか?部長」

「ああ。さっき、お前の友達らしき女が、これをお前に届けに来ていたぞ」

「あ…(忘れてたと思ったバンダナじゃねーか…)」

「名前を言わなかったから誰かはわからないが…」

「…すいません、ありがとうございます」

「いや…」


やはりここで海堂に頼んでアレを渡してもらうべきか…しかし…プライバシーに関わるしな…。


「海堂」

「…はい?」


「心当たりは…ないのか?」

「…何がッスか?」


「いや…その…そのバンダナを届けに来た女のだ」

「…ふしゅ〜…俺の知ってる女子でこういう事をしてくれる奴は…多分、一人しかいません」


「名前は?」

「…(なんでそんなこと聞いてくんだ?この人)」


「海堂?」

「あ…あいや…佐久間伊織です」


やはりな…。


「そうか。わかった。ちゃんと礼を言っておくんだぞ」

「ッス…(何なんだ、一体…)」


俺はこの拾い物をどうしようかと頭を抱えるほど悩んだ…

しかし、やはり返すべきだろう。

その佐久間という女の気持ちも考慮して…二人になって渡すべきだろうな…






+翌日+






「ねぇ千夏〜〜!本当に、すっごいカッコ良かったんだってばぁ!」

「わかったわよ。聞き飽きたってのそのセリフ!」


昨日、手塚先輩に至近距離で出会った私はもう、嬉しくて嬉しくて死にそうで、親友の千夏に昨日の帰り道から今日の登校中と、そしてこの休み時間に至るまで、延々と『手塚先輩と至近距離自慢』を繰り広げていた。


「でも私だったら、絶対、不二先輩のほうがいいな〜」

「何よ、その、絶対ってのは!」


「だって不二先輩すっごい優しそうでカッコイイじゃない!私はどっちかと言えば不二先輩ね」

「てか、アンタにそんな選択権回ってこないから」


むかつく!!と言いながら千夏と私は笑いながら喋っていた。

すると千夏が突然、口をあんぐりさせて教室のドアに目を向ける。


「…?千夏?大丈夫?」

「あ…あ…伊織…あ…」


千夏が教室のドアから目を離さないので、何事かと思って振り向いた時…信じられない光景がそこには存在していた。


「てづ…っ!!手塚先輩!?」


よく聞けば黄色い声があちこちから漏れている。

滅多に2年生の階になんて来ない手塚先輩が現れたことで、女子生徒達が群がっていた。

その群れの中、ゆっくりとこの教室に入ってくる手塚先輩の姿があった。

私と千夏はその姿を見て硬直し、小さく声を掛け合った。


≪…な…なんで…?伊織…?≫

≪しっ…知らない…てかありえないしっ!≫


≪しかも…なんかこっちに向かって来てない!?≫

≪嘘でしょ…っ なんでっ…なんっ…≫


「佐久間」

「はっ…はいっ!!」


大きな声で返事をした私はあまりの緊張に、またしても声が裏返ってしまった。


「…いい返事だな」

「てづ…手塚先輩…どうして…あの私の…」

「ああ、そのことなんだが…ちょっと、二人で話せないか?」





……はい?





「佐久間?」

「えっ!?」

「だから、二人で話がしたいんだが…」


「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


私が叫ぶよりも先に、周りにいた女子と千夏の叫び声が一斉にあがった。


「…うるさくて話にならないな。佐久間、ちょっとこっちに来い」

「えっ…あっ…はいっ!!」


なんで、どうして、という女子らの非難の声を浴びながら、私は言われるがままに手塚先輩について行った。


「…よし…ここならもういいだろう」


手塚先輩は誰もいない美術室に入り、そう言って私に振り向くと、学生服のポケットから白い紙を一枚取り出した。


ま…まさか先輩…っ!!この私にラブレター!?

嘘っ!!嘘でしょ!?あの先輩が、私に!?

あっ…もしかして、昨日私に一目惚れ!?いやーーーんいやーーーん!

まじで!?まじですか!?


「これ…なんだが…」

「喜んで!!」


「…何がだ」

「えっ…」


「お前が昨日、テニスコートの前に落としていったものだ。喜べるものじゃないだろう。よく見てみろ、この有様を」

「…う?」


手塚先輩の手にある紙を失礼のないように受け取って、それをそっと開いてみると、そこには小さく佐久間伊織と名前が書かれていた…








ぬどりゃーーーーーーー!!!!!!!!!

英語の答案用紙ーーーーーーー!!!!!!

あまりに点数が悪くて親に見せれたもんじゃないから、スカートに入れておいたんだった!!



「て…手塚先輩…まさかこれ…み…見ました?」

「…見たからこうしてここまで来たんだ」


最悪だ…


「…うっ…ううっ…」

「なっ…!おい、佐久間っ」


私は思わず泣き出してしまった。

テストの点数は36点。

手塚先輩に見られるにはあまりに恥ずかしい点数である。

こんなにも恥ずかしい無残な結果の答案用紙を見られて、私はよっぽどバカな女だと思われたに違いなく…こんな想いを手塚先輩の前でするくらいなら…死んだほうがマシだと思った…


「おい、どうして泣き出すんだっ」

「ずっ…ずいまぜ…っ…ううっ…うっ…」

「おいっ、佐久間、泣き止めっ」

「うっ…はいっ…うううっ…」

「そんなに泣くくらいなら、どうしてもっと勉強しないんだ…!」


がーんっ


「うっ…根、根っからバカなんですよ…ううっ…ひどい…」

「根っからバカな奴なんて居ない。皆、やれば出来る」


「うー…うー…」

「いい加減泣きやめ!英語なら俺が教えてやる!!」





ぴたっ。

私の涙が一瞬にして止まった。




先輩?

今、なんて?





「…手塚…先…輩…?」

「…やっと、泣き止んだか」


先輩は困ったような顔して私をじっと見つめていた。


「先輩…本当…ですか?」


嘘のようなさっきの発言に、私は確認を取るため聞き返した。

すると手塚先輩は暫く黙りこくった後、ふぅ、とため息をついて…
 

「…一週間だけだ。…明日から昼休み、図書室に来い。明日までに、そのテストの答え合わせをしておけ。わかったな」


そう言うと手塚先輩はスタスタと美術室から出て行った。



こんなことがあっていいの!?

きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

千夏、千夏に報告ぅぅぅぅぅ!!


















「やぁ手塚…たくさん英語の参考書持って、どこ行くの?」


俺が教室から出て図書室へ向かう途中、不二が声を掛けてきた。


「ああ…ちょっとな…勉強だ…」

「クスッ。さすが手塚だね。たまには遊びなよ。ふふ。じゃあまた後、部活でねっ!」

「(余計な心配を)…ああ。後でな」


何故あんなことを口走ってしまったんだろう…俺自身、理解に苦しむ。

しかしあんな風に、女の、しかも後輩に目の前で泣かれては…どうしようも出来ない。


「手塚先輩っ!」

「ああ、待たせたな」


「いえ!!全然です!!」

「そうか」


「あの…これ、先輩に言われて…テストの答え合わせしてきました」

「ああ。こうすると自分がどこが苦手なのかよくわかるだろう?勉強の復習にもなる。まぁお前は…全体的に苦手なようだが…」


…しまった。また泣かせるようなことを俺は…


「はい!頑張ります!」


…どういうわけかは知らないが、今日は大丈夫みたいだな。

それにしても…綺麗な顔で笑う奴だな…。


佐久間のやる気ある笑顔を見て俺は安心した。

これでまた泣かれたら、たまったものではない。


「よし、それじゃここから始めるぞ。まず覚えるコツだが…」


佐久間との勉強の時間はあっという間に過ぎていった。

根っからバカだと言っていたわりに、覚えも早く、喋らせてみると英語の発音も悪くない。

俺は毎日毎日教えていく度に、佐久間の成長を見るのが楽しくなってきていた。









「おい、そこの綴りが違うだろう。昨日も言ったぞ」


俺が少し厳しい口調になり、シャープペンシルの先で佐久間の額をコツンと叩くと佐久間は嬉しそうに舌を出して「すいませんっ」と上目遣いで俺に謝る。


そんな佐久間を見ては俺はその度、何も言えなくなってしまっていた。

全く…その顔は少し反則じゃないのか?


そうして時間は淡々と過ぎていき佐久間はこの期間、一生懸命俺についてきた。

この勉強会をはじめて6日目を過ぎる頃には、彼女はしっかり英文も読めるようになっていた。



もうすぐこの勉強会も終わりだな…

こいつの成長が見れなくなるのは…

少し…寂しいな…




キンコンカンコーン…



5時限目が始まる5分前のチャイムが鳴って、手塚先輩はパタンと参考書を閉じた。


「いけない、あと5分で授業が始まるな。佐久間、もう終わるぞ」

「はいっ…あ…手塚先輩…」


手塚先輩にしては珍しく、チャイムが鳴るまでこうして教えていてくれたことは、この6日間の中でも初めてだった。


「…どうした?」

「明日で…終わりですね」


そう…この最高に楽しかったひと時も、明日で遂に終わってしまう。

毎日、手塚先輩に会って段々と先輩に慣れていって、先輩の教え方がうまいからどんどん私も英語を覚えるのが楽しくなって…そんな時間も、明日で終わり…


「…ああ」

「…」


それがあまりに哀しくて、私は思わず俯いて黙りこくってしまった。


「佐久間っ」

「え…海堂くん?」


背後で声がしたので振り向くと、海堂くんが息を切らして私を見ていた。


「次、体育だぞ。お前、着替えなくていいのか」

「えっ!!本当!?」


やばっ!!完全に忘れてた!!


体育の授業は体操服に着替えなくちゃいけないから、みんな授業が始まる10分前には着替えて準備をし始める。


うわーーーっ!これじゃ絶対間に合わない!!


「…ほら。吉井に頼まれた荷物だ」

「え…これ…」


海堂くん…もしかして、千夏に頼まれて、私に体操服の入ったバッグをわざわざ図書室まで届けに来てくれたの…?


「わーっ!ありがと海堂くん!感謝する〜〜〜!!」


私はその海堂くんの優しさに感激して、思わず彼の手を握り締めてお礼を言った。


「…や、やめろっ」


顔を少し赤くして、海堂くんは私の手を乱暴に振り払った。

それでも彼が無碍にそうしてるんじゃないことくらい、私にだってわかる。


「ふふっ、ごめんね。…あ、手塚先輩!」

「…なんだ」

「明日、最後ですけど…よろしくお願いします!それじゃ!!」


私は大急ぎでトイレで着替えて、そのまま体育の授業に出た。

海堂くんと私の光景を目の当たりにした手塚先輩が、何を考えていたかなんて、この時の私には知る由もなかった。






+翌日+






「じゃあこれを訳してみろ」

「はい…えっと…Have you ever written a letter in English ?えーと…あなたは英語で手紙を書いたことがありますか?ですか?」


「正解だ。よく出来たな」

「わぁ!やった…!」


くすりとも笑わない手塚先輩をよそに、私は思いっきり笑顔を向ける。

手塚先輩は厳しい顔して、はしゃぎすぎだと私を一喝した。


わかってるけどさぁ〜…でもだって、今日で最後だもん…少しだけ、先輩の違う表情見てみたいなって思っただけですよーだ。


「あと10分だ。今日はここまでにしておこう」


手塚先輩が時計を見て、そう言った。


「…先輩、今日はって…もう、ないですよ?」


手塚先輩がいつもの調子でそう言ったことが嬉しいような気もしたけど、私はなんだか切なくなった。


「あ…ああ、そうか。一週間目なのか」

「はい…じゃあ先輩…私、これで…」


手塚先輩との勉強会…たったの一週間だったけど、本当に本当に楽しくって、幸せだった。

…その余韻をじっくりと味わいたいっていうのが本当だったけど、私はそのお別れにぐっと我慢が出来るほど強い女でもない。


「…ああ」

「あの、本当に、ありがとうございました!助かりました!次の英語の試験は、いい点取ってみせますね!」


最後は元気で別れたい。

きっとこの図書室を出たら、私と手塚先輩はまた元通り、何の関係もない二人になる。

だからこそ、笑顔でお別れしたいと思った。


「そうか…頑張れ」


そう言った手塚先輩の顔はいつものように厳しそうで、ああ、最後の最後まで、この人は私に微塵の興味も示さなかったな、なんて考えて、ぎゅっと胸が締め付けられた。


「はい…あの…それじゃ…失礼します…」


少し落ち込み加減になりながらも、私はくるっと背中を向けてそのまま図書室を出ようとした。


「佐久間」


二歩、歩いたくらいで、背後から手塚先輩が私を呼び止める。

何かと思って振り向いて、私は疑問の声を出した。


「はい?」


目を見開いて手塚先輩を見る私に、先輩は目を逸らせながら、バツの悪そうな顔をしていた。


「その…感謝はしてくれないのか?」

「…はい?」


感謝?感謝なら、死ぬほどしてますよ。

私が英文読めるようになるなんて、どう考えても先輩のおかげです。


「…昨日のように感謝は…俺にはないのか」

「…?」


昨日のような感謝というのは何のことなんだろう?

私はワケがわからずに、黙りこくって手塚先輩を見つめていた。


「全部俺に言わせる気か!?昨日、海堂の手をしっかり握って感謝すると言っていただろう!!」

「はっ…はい!…すいませ…!!…っと…え…?」


手塚先輩が突然声を荒げたので、私は思わず謝った。

そんな、そんなことよりもこの発言は…一体何…?


「…海堂にはあって…俺にはしてくれないのか?」

「手塚…先輩…?」


「…一週間も一緒にこうして勉強したんじゃないか…何を…遠慮することがあるんだ…」

「そんな…遠慮…なんて…」


先輩…?一体…どうしたんですか?


「…っ…遠慮しているのは俺だと言うのか?」


手塚先輩が悔しそうな顔をしているのを見たそのすぐ後…


「えっ…?」


私は先輩に手を捕まれて、ぐっと先輩に引き寄せられていた。

先輩の肩が目の前にあって…私は何がなんだかわからずにそのまま硬直していると、先輩の声が耳元で聴こえてきて…


「明日も来い…その次の日も…毎日、俺に会いに来い」

「…せ先…輩…そそれって…」


私がやっと意味を理解した時、手塚先輩は私の手を咄嗟に離して、いつの間にかぐんぐんと先を歩いて図書室から出て行こうとしていた。


「行くぞ!授業に遅れる!」

「…あっ…待って下さい…先輩…っ」


この時、先輩の顔が赤くなっていたってことを聞いたのは、ずっとずっと先のこと…手塚先輩を白状させるのは、本当に、至難の業でした…





















fin.
Count Number 6666:Request from M様



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