心
「洗濯物、中に入れるの手伝って!!」
「えっ…うわっ…すごい…何この大雨!!」
「いいから早く!!」
「あ〜!!秀ちゃん達!!」
心
今日、学校からの帰り道、私はいつものテニスコートをふと覗いてみた。
そこにはやっぱりお馴染みの青学レギュラージャージを着た私の幼馴染の秀ちゃんと、秀ちゃんの相棒みたいな彼、英二くんがテニスをしていて…だけど、いつも二人でいる彼らが、今日はお友達を連れていた。
「ふふっ…大石らしいじゃない」
「そんなつもりは毛頭ない。全力でいかせてもらう」
「よーし!バリバリ頑張っちゃうもんね!」
英二君の張り切った声と、なんだか手強そうな、私の知らない声がふたつ聞こえてきて。
お邪魔しちゃ悪いかな、と思った私は、そのまま自宅へと向かった。
自分の部屋でヘッドホンをして音楽を聴きながらのんびりくつろいでいると、一階から母がすごい剣幕で私の部屋に入ってきて。
びっくりした私は咄嗟にヘッドホンを外した。
「何度呼ばせるのよ!!早く手伝って!!」
「えっ…どどうしたの!?」
「洗濯物!」
「えっ!?」
そう言われて窓を見ると、ものすごい雨が音を立てて窓を打ち付けていた。
「うわーーー!!すごい大雨!!」
そう叫びながら母と洗濯物を取り入れた私は、ふと秀ちゃん達のことを思い出して、急いで大きなビニール袋にバスタオルを4つ放り込んだ後、玄関先にある傘を適当に4つ引っ掻き集めて、その雨の中、すぐにテニスコートまで走っていった。
「秀ちゃーーーん!」
知らない人も居るっていうのに、そんなこともおかまいなし。
私はとにかく無我夢中で、秀ちゃんが居るコートまで叫んで走って行った。
どうしたんだ!って目を丸くして聞いてくる秀ちゃんに、私はとりあえず説明をしながら、ビニール袋からタオルを取り出した。
その時、私の横に立っていた背の高い人が、私を見下ろしている気がしてちょっと嫌な感じがして、私は彼をふと見上げた。
―――――そして、その瞬間…私は恋に落ちたのかもしれなかった。
タオルで皆が体を拭いて、落ち着いた後に、秀ちゃんが、初対面の彼らに私を紹介してくれた。
青学テニス部のレギュラーだってことは、見たらすぐにわかったから、私はいつも秀ちゃんから聞いている特徴を頼りに、あてずっぽで名前を言ったら、それが一人目の不二くんは大正解して、二人目の手塚くんは大間違いした。
この時すでに私は、手塚くんと仲良くなりたくて、名前を当てることをしたのかもしれない。
それくらい、彼を見たとき、私の胸は高鳴っていた。つまり、一目惚れっていうヤツで。
「…俺は…手塚だ…手塚国光」
そう言った彼の目を覗き込んだ私の顔は、赤くなっていたかもしれない。
なんて綺麗な目をした人なんだろう…
吸い込まれそうなその目の強さに、私は強く惹かれていた。
頭でそんなことを考えながら、口では何もないように私は言葉を交わす。
「えっ!!ぶ、部長の手塚くん!?あ…ご、ごめんなさい!!」
「いや…気にしないでいい…それよりも、本当に助かった。ありがとう」
「いえいえ。当然のことをしたまでだし…」
「このタオルは後日、洗濯をして返そう」
「い、いやいや!!手塚くん!そんな、いいから!!」
私は強く断ったんだけど、傍に居た英二くんや秀ちゃんが、いいからいいからなんて言って、手塚くんは結局そのまま、私のタオルを自宅まで持って帰った。
*
家に帰ってからも、私の頭の中から手塚くんの面影が離れない。
…すごく悩んだけど、それでもどうしても彼のことが知りたくて、私は、思い切って秀ちゃんに電話した。
<どうしたんだ、伊織?>
「あ…あのさ…今日のほら…部長の手塚くんのことなんだけど…」
<ん…手塚が、どうかしたのか?>
「あほら、タオル、返すって言ってたじゃない?どうやって返すのかなって」
<え?>
「だ、だって…もう、会うこともなさそうじゃない?」
幼馴染の秀ちゃんにでさえ、この気持ちが恥ずかしくて言えなかった。
本当は、気になって仕方ないから、いろいろ教えてもらおうと思ってたのに…。
<あははっ…なんだ、そんなことか。>
「うん」
<手塚、俺に手渡すか、テニスコートで返すって言ってたぞ?>
「え…テニスコート?」
<ちゃんと会って礼を言いたい、とか言うやつなんだよ、手塚は。お前がしょっちゅうテニスコート来てるって言ったら、それならここに来ればいいんだなって。>
「あははっ…真面目そうだったもんね、手塚くん」
<ああ、本当に、あいつは真面目…あっ…伊織、ごめん、ちょっとキャッチホン。>
「あ、いいよいいよ。また電話するね。ばいばい」
…直接コートに会いに来る…?
秀ちゃんの言い方が冗談ぽかったことで、私は半信半疑でそのまま眠りに落ちた。
頭の中では手塚くんの声と顔が、交互に蘇って、夢に出てくる程、離れなかった。
* 1週間後 *
それから私は毎日、テニスコートで手塚くんを待った。
それでも、彼が現れることはなく…思いつきで言っただけなのかなって、私はちょっと落ち込んだ。
それでも秀ちゃんからもタオルは返ってはこないし…もしかしたら忘れてるのかも…
そんなことを考えながら、夕食を終えた私がTVを見ながらぼんやりしていると、友達の千夏から電話があって、明日のノート提出に間に合いそうにないからと、数学のノートの書き写しをせがんできた。
千夏は近くに住んでいるし、しょうがないなぁと私は苦笑して、もう外は真っ暗だったけど、千夏の家まで自転車を漕いで行った。
その千夏の家からの帰り道、私の耳にテニスの音が入ってきて…
私がその方向へ自転車を走らせると、テニスコートの明かりが付いているのが見えた。
誰だろう…もう…夜なのに…そんなふとした好奇心から、テニスコートを覗いた私の目に映ったのは、ひたすら壁打ちをしている、私のずっと待っていた彼だった。
「手塚くん!?」
「…お前は…佐久間…。どうしたんだ、こんなに夜遅く」
人のこと言えないでしょ、と言った私に、彼はほんの少し微笑んで、その手を休めて歩き出したのを見て、私は彼のいるベンチへ向かった。
「そんな格好で、夜はそろそろ冷えてきたというのに。こんな時間に何をしていたんだ」
「友達の家に…ちょっとね…手塚くんこそ、どうしたの?」
「俺は…いつもこの時間、ここに来ているんだが…」
「えっ!!いつも!?」
「ああ、そうだ」
「なんだ…私が帰るのが早すぎるのね…」
「…なんのことだ?」
「あれから毎日、私、手塚くん待ってたの」
「…待っていた…?俺を?」
「あっ…いやその…テニスの練習、見るのが好きだから…。秀ちゃんがね、いつも手塚はすごいんだ!って言ってて…見てみたいなって。そ、それにね、ほら、タオル!!ここで返そうかって言ってたって秀ちゃんに聞いて」
「ああ、そうだ…これ…ありがとう」
「ププッ…どういたしまして……くしゅんっ」
私の話を聞いていたのかいないのか、鞄を探って手塚くんが出してきたのは、丁寧に紙袋に包まれた私があの日貸したタオル。
毎日持ち歩いてたのかと考えると、少しおかしくなった。
そうして私がその几帳面さに笑ったことに罰が当たったのか、私は身震いしてくしゃみした。
「…今日はお前が風邪をひきそうだな。これを着ていろ」
「えっ…これ…」
そう言うと、手塚くんはそれまで着ていた長袖のジャージを脱いで、私の肩にそっとかける。
「こないだのお返しだ。洗濯は無用だ」
「で、でも、これ、大事なジャージ!」
「近いうちに返してくれればそれでいい」
「…手塚くん…」
「さぁ、帰ろう。送っていく」
「えっ…いや…いいよ…」
「ダメだ。こんな夜中に一人で歩かせるわけにはいかない」
「手塚くん…そんな…私…………誤解しちゃうよ…」
「…なんのことだ」
「…いやえっと…」
「…人のことが言えるのか?」
「えっ……?」
「…なんでもない…行こう」
そうして私の自転車を突きながら、手塚くんは家まで送ってくれた。
家の前に到着すると、私は彼と離れたくなくて、その思いだけで必死に喋った。
「明日からは、もう少し遅くまで…待ってみようかな…」
「…こんなに夜遅くまでか?…何を考えている」
「…そんな怒らなくっても…」
「………週末、昼に行こうかと思っている」
「えっ…本当にっ!?」
「ああ…テニスの練習が見たいなら、その時か…大石と菊丸のいる時にするんだな」
「うん、わかった」
「それじゃ、俺はこれで」
手塚くんの言葉は一瞬冷たく感じるけど、実はとっても暖かい。
それを感じた私は、彼のことが益々好きになっていった…。
その週末、私は当然テニスコートへ行って、手塚くんも当然そこへ来てくれた。
それからというもの週末になると、私と手塚くんはテニスコートで会うようになった。
本当は、もしかしたら早く来ることもあるかもしれないって思って、私は毎日、平日も、放課後になるとテニスコートで待っていた。
でもやっぱり、遅くならないと彼は来ないみたいで…見つかるとまた怒られちゃうから、私はしぶしぶ帰る。
それが私の日課になっていた。
秀ちゃんがそこを通りかかって、不思議な顔されたこともある。
そしていつもなら、こうした週末、暇で暇でしょうがなくて、毎週のように秀ちゃんの家に通っていた私も…
手塚くんと出会ってから、惜しげもなくテニスコートへ向かっていた。
だって週末は、確実に手塚くんに会える、私の大切な大切な日曜日…。
私が出掛けようと 玄関で靴を履いた瞬間、私の携帯が鳴った。
表示を見ると、秀ちゃん、と出ていて。
「もしもし秀ちゃん?」
<ああ、伊織。今、何してる?>
「今ね、靴履いてる」
<ははっ…なんだ…そうか…今から、どこか行くのか?>
「うん…もしかして…誘おうと思ってた?」
<うんまぁ…今日はテニス部も休みで、暇だなってね。それに最近、お前、全然ウチに来ないじゃないか。>
「ごめ〜〜ん!近いうち必ず行くから!私今から、ちょっと…ふふ」
<ん…??>
「そのうち秀ちゃんにもちゃんと話すね!」
<え?>
「ごめん!もう行かなくちゃ!」
<あああ…じゃあ、気をつけてな。>
幼馴染の秀ちゃんが、私が手塚くんのことを好きだって言ったら何て言うだろう…
でもそれを話すのは、手塚くんと何にもなってない今じゃ、ちょっと気が早いなんて思ってた。
「手塚くん!」
「ああ…また来たのか?」
「またって…」
「あ…すまないそういうつもりで言ったわけじゃないんだ…」
「いいよ…邪魔しないように見てるから…」
「佐久間、そういう意味じゃないんだ…すまない」
わざと私が落ち込むと、手塚くんは慌てて私に寄ってきた。
「くふふ…手塚くん、困ってる…?」
「…全く…邪魔にならないようにしておくんだな」
少し怒った顔して練習に戻る手塚くんが大好きで。
私はこうして彼と接していくうちに、彼が心を開いてくれている気がして本当に嬉しかった。
「何故、お前はここに来る?」
そろそろ手塚くんの練習も終わりに近付いてきた頃、私はスポーツドリンクを買って、ベンチに手塚くんを呼んだ。
隣に座った手塚くんは、タオルで汗を拭きながら、徐に私にそう聞いてきた。
「何故って…ここは手塚くんよりも、私のほうが付き合い長いんですけど?」
「…そうだったな」
「ふふ」
「いや…しかし、お前がここに来ていたのは、大石が居たからじゃないのか?」
どうしてこんなことを聞いてくるんだろう…なんだかいつもとは雰囲気の違う手塚くんに私は少し戸惑いながらも、こんな話はそういえばしたことなかったな、なんて思って、普通に応えた。
「…まぁ…そうだけどね。秀ちゃんは本当にテニス大好きだし。そういう秀ちゃん見てるとね、私もなんだか嬉しいの」
「そうか…」
「うん。ここでテニスしてる秀ちゃんを、小さい頃からずっと見てきた。本当に人一倍努力して、あんなに強くなって…。あ、そうそう。それで英二くんとも仲良くなったの。それで……」
「…それで…?どうした…?」
「それで…こうして手塚くんとも出会えた…」
「………」
思わず言葉を止めた私も、遂に我慢出来なくて口走った告白…黙った手塚くんの顔を見ることさえも 小心者の私には出来なくて…それでも答えが知りたくて、私はゆっくり言葉に代えた。
「手塚くん…私がどうしてここに来てるか、それは、今の私がってこと?」
「…それだと答えが変わってくるのか…?」
「……意地悪だね、手塚くん」
「お互い様じゃないのか…?」
「そう…かも…」
「佐久間…俺は…」
手塚くんが私の方に目を向けて、私の胸が跳ねたとき、突然、後ろから声がした。
「手塚と伊織じゃないか!どうしたんだ、こんなとこで!」
そこには秀ちゃんと英二くんが居て。
心臓が跳ねた上に、突然声を掛けられて、私は余計にドキッとする。
「しゅ…秀ちゃんに英二くん!うわぁ、二人とも、いつも一緒なのね」
何事もなかったかのように答えた私の頭の中は、手塚くんが何を言おうとしていたのか…それが気になって仕方なかった。
*
少し4人で話した後、秀ちゃんが居てくれたから、私は手塚くんに送ってもらうことはなかった。
「なぁ、伊織」
「何?」
帰り道、しばらく黙っていた秀ちゃんが、私に思いついたように話しかけてきた。
「伊織…手塚と…付き合ってるのか?」
「えっ…やっ…やだ秀ちゃん!そんなんじゃないよ!」
「でも…お前、…好きなんだろ?」
「…秀ちゃんには…お見通し…?」
「ははっ…何年一緒にいると思ってるんだ。今日、手塚の隣にいる伊織を見てたら、すぐにわかったよ」
「手塚くん…私のこと…どう思ってるのかな…?」
「…さぁ…どうだろうな…」
「ねぇ秀ちゃん、応援してくれる!?」
「えっ…あ、ああ、勿論!」
「ありがと!秀ちゃん!」
ニッコリ笑った私に対して困ったように笑った秀ちゃんは
コリャ大変…と言いながら、私を自宅まで届けてくれた。
* 翌日 *
いつものように、私は学校が終わると、すぐに家に帰ってからすぐに着替えて、テニスコートへと向かった。
この時間に手塚くんが来ることは滅多にない。
だけど、稀にってこともあるから…私はその稀を信じて、彼をこうして毎日待つ。
約束もしてないし、こんなの手塚くんが知ったら、きっと重荷に思うだろうな…そんなことを考えながら、手塚くんがいつも練習してる壁の前に立って、私はそこに手を当てた。
その手にぽつっと水滴が落ちて、あ、雨だって気付いた時には、すでに私の髪の毛には小さい水滴がいくつも付いていて、すぐにベンチに雨宿りしようと鞄を頭に乗っけて走ろうとした時…目の前に、傘を差している学生服が見えた。
「油断しすぎだ、佐久間…今日は午後からは雨だと、天気予報で言っていたが?」
「手塚くん…」
憎らしいほどの嫌味を言った後、手塚くんは私の手をぐっと引き寄せた。
「あっ…」
「こうしてれば…濡れないだろう」
片手で私を抱きしめた手塚くんの鼓動が、胸に耳を押し当てられたせいで、私の頭に響き渡った。
「手塚くん…」
「初めて会った時も…雨だったな…」
そう呟いた後の手塚くんの手が少しだけ震えている気がして、私は彼の胸に、そのまま顔を埋めた。
「佐久間…」
「なに…?」
「俺は…迷っていた…想い合っていることに…酷く…怯えていた」
「…どうして?」
「…俺の弱さが、そうさせただけだ」
「今は…もう、強くなった?」
「…親友が…俺を後押ししてくれたんだ」
「じゃあ私…その人に…感謝しなくちゃ…」
そう言うと、手塚くんは何故か黙って、私をまた強く抱きしめてきた。
この時何も知らなかった私が、すべてのことを知ったのは、何年も後の…それはお酒の席で…幼馴染の大切な大切な奥さんが、英二くんと一緒になって私に笑って話してくれた…ある夜のこと―――。
fin.
Count Number 7878:Request from M様
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