心-another side-







俺ね、大石……。

そんな大石がすっごい好きだよ。

だからもう、……泣くなよ、大石。












心-another side-













伊織ちゃんは、いつも大石の隣に居た。

学校は違うけど、大石と伊織ちゃんは、ホントに仲の良い幼馴染。

俺が大石とダブルスを組むようになった時、俺達はよく近所のテニスコートで練習してた。 

その時にはもう、テニスコートじゃ、いつも伊織ちゃんの姿を見かけるほど二人は一緒に居たから……

俺だって…それが崩れることなんてないって…信じ込んでたんだよ…。


「英二!今日、ちょっと打っていかないか?」

「あ、大石じゃん!どうしたんだよ〜、突然!」


放課後に日直の仕事をしてた俺に、3-6の教室に来た大石がいきなりテニスコートに誘ってきた。


「ああ、今日は部活が休みだろ?さっき、手塚に廊下で会ったんだ。体を動かしたいっていつになくぼやいてたから、テニスコートに行こうって話になったんだ」

「ほぇ〜…手塚も好きだにゃ〜。…でも、なんで俺?」


「それなんだけど、そこに居合わせた不二が、黄金ペアと試合したいって…手塚とダブルス組みたいなって言い出したんだよ…」

「ええええっ!手塚と不二のダブルス!?…はにゃ…で…大石…受けたわけね…」


「こんなチャンス滅多にないぞ英二!やってやろうじゃないか!全国区のダブルス、見せてやろう!…負けるかもしれないけどな…」

「コリャ大変…にゃ…」


俺と大石はちょっとだけ引き攣った顔して、それでもやるぞ!って目の色変えて、いつものテニスコートに向かった。


「こんなとこにテニスコートがあったとはな…学校からもそう遠くないし、いい場所だ」

「あれ…手塚、知らなかったの?」

「不二は知っていたのか?」

「僕は大石に聞いたことあったから」

「よーし、そろそろ始めちゃう!?」

「うん!そうしよう!…手塚、不二…。遠慮は要らないぞ!」

「ふふっ…大石らしいじゃない」

「そんなつもりは毛頭ない。全力でいかせてもらう」

「よーし!バリバリ頑張っちゃうもんね!」


手塚と不二は本当に遠慮なく俺らにぶつかってきた!

手塚ゾーンは発動させるし、不二は羆で落としてくるしで…それでもなんとか4-4の攻防戦でいい試合をしていた時、突然、ものすごい豪雨が降り出してきて…


「うひゃー!!何コレ!?夕立!?」

「みんな、一旦中止だ!」

「くすっ…これじゃずぶ濡れになっちゃうね…」

「不二!走るぞっ!」


そんで、屋根のあるベンチシートんとこまで 俺達が着いた時にはもう、みーんな、上からシャワーを浴びたみたいにずぶ濡れんなってて。


「これでは風邪をひいてしまうな…」

「誰か、タオル持ってにゃいの〜!?」


俺達は、びしゃびしゃになった体をどうすることも出来なくて、そこで勢いよく降る雨を見ながら立ち尽くしていた。


「秀ちゃーーーん!」

「あれ…伊織!?」


そしたら遠くから、伊織ちゃんの声が聞こえてきて。

俺らがパッとそっちを見たら、大きなビニール袋を持った伊織ちゃんが、傘を差して水溜りの上をばしゃばしゃ走りながら 手を振ってこっちに向かって来てた。


「どうしたんだ、伊織!」

「学校の帰りにここ通りかかったら、秀ちゃん達がテニスしてるの見かけて。…今日は、英二君だけじゃないみたいだし、寄るのやめようと思ったんだけど…」


今思い返せば、伊織ちゃんはこの時、手塚のことをチラッと見た気がする。


「家に帰ったら大雨振り出してきたもんだから、心配になって。きっとみんなずぶ濡れになってると思って、家にあったバスタオルと傘ね、とりあえず引っ掻き集めてきたの。あ、ほら、これ早く、みんな、風邪ひいちゃう!」

「うにゃ〜〜!さっすが伊織ちゃんだにゃ!あんがとねーん!!」


俺達は伊織ちゃんの配るバスタオルでとりあえず体をさっと拭いて、冷え切っちった体を包んだ。


「ふふ。本当に、助かったよ…ありがとう…えっと…」

「あ、紹介してなかったな。こいつは俺の幼馴染で佐久間伊織。伊織、こっちは…」

「待って!…多分わかる!」

「えっ?」

「彼はきっと…不二…不二周助くん!」

「えっ…あははっ…すごいな…どうして僕のこと?」

「いつも秀ちゃんが話してるもの!美人な男で、天才、不二周助って呼ばれてるって!」

「へぇ…美人な男…大石…」

「ああいやっ…不二…あ、あくまで俺は、褒めてるんだぞ?」

「ぷぷっ…大石…ご愁傷様だにゃ」

「そして…彼はきっと…乾くんね!」

「ブッ!!」


伊織ちゃんが思い切り間違って、それを聞いた俺と不二と大石は思わず噴き出した。


「えっ…あら…間違えちゃった?だって…メガネ…」

「…俺は…手塚だ…手塚国光」

「えっ!!ぶ、部長の手塚くん!?あ…ご、ごめんなさい!!」

「いや…気にしないでいい…それよりも、本当に助かった。ありがとう」

「いえいえ。当然のことをしたまでだし…」

「このタオルは後日、洗濯をして返そう」

「い、いやいや!!手塚くん!そんな、いいから!!」

「しかし、それでは…」

「そ、そこまですることないよ!秀ちゃん、なんとか言ってあげて!」

「ははっ…手塚らしいな。手塚がそうしたいなら、それでいいじゃないか、伊織」

「で、でも悪い!!」

「いいのいいの、伊織ちゃん、手塚ってこういう奴なの!だから見た目もこんなんね♪」

「何か言ったか、菊丸」

「うひゃっ…グランド走らされるとこだったにゃ…」

「クスクスッ…じゃあ僕も手塚を見習って、そうしようかな」

「や、やめてよ不二くん!いいってば!!」


伊織ちゃんの慌てる顔が面白くて、それから少し、俺と不二は伊織ちゃんをからかって笑ってた。

みんなで座っていろいろ話していると、いつの間にか雨も小雨に変わってきてて、俺達は伊織ちゃんの持ってきた傘を遠慮なく借りて帰った。


「菊丸。彼女は青学の生徒ではないのか?」

「にゃ?」


テニスコートからの帰り道が一緒で、手塚と歩いているといきなり手塚がそんなこと聞いてきて、俺はちょっとびっくりした。


「彼女って、伊織ちゃんのこと?」

「ああ、そうだ」


「うん、違うみたいだけど…にゃんで?」

「いや…大石にあんな幼馴染が居たとは知らなかったからな…青学の生徒じゃないなら、今まで知らなくても当然か…」


…そんなこと気にするなんて…変な手塚。


俺はこの時わかんなかった…。

手塚の心の中で…何が起きてたかなんて。


それから何週間か過ぎた日曜日。

部活も休みで俺はすっごく暇だったから、大石の家に遊びに行った。


「どうしたんだ英二」

「だって暇すぎだにゃ〜」


「ははっ…そうだよな。部活休みだしな。俺も今、暇してるとこだったんだ」

「伊織ちゃんは?」


「えっ、伊織?」

「そだにゃ!伊織ちゃん、いるんだろ〜?」


部活がない休日は、大石は隣に住んでる伊織ちゃんと、いっつも遊んでた。

俺がからかって大石をそのことで冷やかすと、いつも大石は顔を赤くして照れくさそうに笑って。

そんな大石を見てるのが俺は何か、よくわかんないけど幸せで。

なのに今日の大石の顔は、全然照れてる感じじゃなかった…。


「ああ…最近は、忙しいみたいなんだよな」

「…大石?」


「まぁ、あがれよ英二」

「…ほーぃ…」


大石はそれきり、伊織ちゃんの名前を出してはこなかった。

俺も、なんとなく…聞いちゃいけない気がしてた。



その日の大石の家からの帰り道、俺はふらふらとあのテニスコートに行った。

別に用があったわけじゃないけど、テニスしてる人達がいる音がして、ちょっと見物に…そんなつもりで行った。


「なかなかいい音がしてるにゃ〜」


階段を上ってから、テニスコートの中を見て、俺は思わず目をぱちくりさせた。


「あにゃ…手塚…?」


そこには手塚が一人で壁打ちをひたすらしてる姿があって。


手塚、このテニスコート気に入ったのかにゃ?

手塚の家からじゃ、結構距離あるのに…。


不思議に思った俺が 手塚に声を掛けようと歩き始めた時、俺の見えない場所から、意外な声がした。


「手塚くん、ジュース買って来たよ。ちょっと休憩しない?」

「ああ…悪いな…」


…………伊織ちゃん…なんで、ここにいんの?


どうしていいのかわかんなくて、俺は咄嗟に隠れた。

こんなとこ大石が見たらって思うと、もうドキドキして…


「…佐久間…」

「ん?」


「何故、お前はここに来る?」

「何故って…ここは手塚くんよりも、私のほうが付き合い長いんですけど?」


「…そうだったな」

「ふふ」


「いや…しかし、お前がここに来ていたのは、大石が居たからじゃないのか?」

「…まぁ…そうだけどね。秀ちゃんは本当にテニス大好きだし。そういう秀ちゃん見てるとね、私もなんだか嬉しいの」


「そうか…」

「うん。ここでテニスしてる秀ちゃんを、小さい頃からずっと見てきた。本当に人一倍努力して、あんなに強くなって…。あ、そうそう。それで英二くんとも仲良くなったの。それで……」


「…それで…?どうした…?」

「それで…こうして手塚くんとも出会えた…」


「………」

「手塚くん…私がどうしてここに来てるか、それは、今の私がってこと?」


「…それだと答えが変わってくるのか…?」

「……意地悪だね、手塚くん」


いけない…聞いちゃいけなかった…。

こんなこと盗み聞きして、次に大石に会った時、俺はどんな顔したらいいっての…。


すっごい後悔して、俺はその場から消えようと急いで体を後ろに回した。


「!!…大…石…」

「…英二…忘れ物だ」


そこには無表情で立ち止まっている大石が、俺の忘れた帽子を掲げていた。

俺が固まって動けないでいたら、その後ろからは二人の声が聞こえてきて。


「佐久間…俺は…」


手塚が何か言おうとした時、動けないでいる俺の横を通り過ぎて、大石は二人に駆け寄った。


「手塚と伊織じゃないか!どうしたんだ、こんなとこで!」


嘘みたいに明るく声を上げてそう言った大石は、二人の元へ駆けつける前に、俺に小さく呟いて…あの場所へ行ったんだ。


「英二…悪いけど、付き合ってくれないか」


俺は大石に言われて、何も言えずに大石の背中にくっついて行った。

伊織ちゃんは俺達にびっくりしてたけど、すぐに笑顔になった。


「しゅ…秀ちゃんに英二くん!うわぁ、二人とも、いつも一緒なのね」

「二人とも…こんなとこで奇遇だにゃ…」

「うん、手塚くんがね、最近ここで壁打ちしてるの。だからね、こうしてたまに、お邪魔させてもらってるんだ」

「そうだったのか。手塚、何だよ、水臭いじゃないか。俺の家、すぐそこだぞ?声、掛けてくれれば練習付き合ったのに」

「ああ…いや…せっかくの休みだ。気を使わせてはいけないと思ってな」

「そうか…手塚らしいな。な?英二」

「えっ…あ…うん、にゃははっ。ホント、手塚らしいにゃ!」

「…もう、帰るのか?手塚」

「ああ…そろそろ日が暮れる頃だしな」

「そうか…じゃあ、俺らも帰ろうか。行こう、伊織」

「あ、うん…あ…手塚くん!」

「…なんだ?」

「また…今度ねっ」


そう言って大石の横を通り過ぎてさっさと帰ろうとしてる伊織ちゃんに、大石は「待ってくれよ〜」って言いながら追いかけてった。

二人がそうして歩いていく背中を俺と手塚が見てたら、大石がふとこっちに振り返って、真剣な眼差しで手塚を見た―――。


「手塚さ…」

「…なんだ?」


帰り道、いつかのように歩いていた俺達を、今度は赤く染まった空が少し眩しいくらいに照らしてた。


「…伊織ちゃんのこと…好きなの?」

「…答える必要があるか?」


「その返事じゃ、もう答えてるのと同じだにゃ…」

「………」


「わかってんだろ…それがどういうことか…」

「大石の気持ちに気付かない程、俺は鈍くはない」


「だったら!!」

「だったらどうしろと言うんだ!!」


「…手塚…」

「諦めろと言うのか?…菊丸」


「…そそういうわけじゃ…ないよ…」

「…いくら大石が好きな女性でも、もうこの気持ちは止めようがない」


今まで、不二や他の友達から、いろんな恋愛の話、たくさん聞いてきた俺でも、こんなに切なくて…こんなに複雑な気持ちになったことなんかなかった…。







<英二、手塚と、話したんだろ?>


夜、俺に電話をかけてきた大石の必死さが俺はすっごく辛かった。

なんて言っていいのか全然わかんなくて、俺がずっと黙ってたら、大石も黙りはじめて…気まずい雰囲気のまま、時間は流れてった。


「…大石……」

<ん?…>


「手塚、大石の気持ち知ってるよ」

<…ああ。手塚には、伊織に会わせる随分前から俺に…好きなコがいること、バレてたよ。>


「俺…手塚に怒鳴っちった…気付いてるくせに…って思って」

<…手塚、なんだって?>


「…好きな気持ちは、止められないって…」

<…そうか…それも、手塚らしいな。>


嘘だよ大石…全然手塚らしくなんかない。

手塚がテニス意外で、こんなに感情的になることなんて…今まで一度もなかったじゃんか。


……明日、どんな顔して大石に会おう…手塚は大石の気持ちに気付いている…大石も手塚の気持ちに気付いて……伊織ちゃんの気持ちにも…気付いてるってことだよね…大石…。





* *





「今日、手塚と話してくるよ」

「えっ!!」


次の日の昼休みに、大石が俺の教室に来てそう言った。


「は…話すって…」

「今日、雨降るみたいだから、放課後、ちょっとだけな。部活ないしさ…教室に呼び出したよ、さっき」


「…大石…」

「だから、英二、今日は先に帰っていいから。早く帰らないと降り出すぞ。俺も…そのまますぐ帰るから」



そう言って大石は、自分の教室に帰ってった。

俺は帰れるはずなんかなくて…放課後、大石の教室に行った。

そしたら、すでにもう全員が帰った後で、そこには…手塚が来ていて…俺、いけないってわかっててもその場を離れることが出来なかった。



「手塚…単刀直入に言うよ」

「…なんだ」


「伊織はお前のことが好きだ。お前は?」

「……」


「…なんだよ手塚。昨日、英二に止められないって言ってたわりに、お前、ずっと俺に遠慮してたんじゃないのか?」

「…大石、お前は…」


「何を遠慮することがあるんだ。もうわかってるじゃないか。早く、俺の大切な幼馴染を喜ばせてやってくれよ、手塚」

「お前は…それでいいのか」


「俺がどうとかいう問題じゃない!!気持ちは止められないんだろう!?手塚!!」

「…大石…」


「だったら何をそんなに迷ってるんだ!!他のことはどうだっていいじゃないか!!それが例え、友達の好きな人だって、お前の気持ちが変わるわけじゃない!それは、伊織の気持ちだって変わることにはならないだろう!?」


大石が嘘みたいに怒鳴ってて それを聞いていた俺は胸が苦しくなった。

きっと手塚も…同じ想いだった…。


「…行ってこいよ…この時間ならきっと、あのコートに伊織は居る。…伊織に降る雨を避けれるのは、俺じゃない、お前だ、手塚」

「…すまない、大石」


そう言って、手塚は俺がいる反対側のドアから出て行った。

手塚が出て行くのと同時にゆっくりと教室に入った俺に大石が気付いて…震えた声して俺に振り返ってきた。


「英二…帰れって言ったじゃないか…」

「…さっきの大石の顔見て、俺がそんなこと出来るわけないじゃんか…」


ははっ、そっか…って、大石は切なそうに笑って、そのまま近くの机に座り込んだ。


「…伊織のこと…好きだったよ…俺…」

「うん…」


「…っ…くそっ…祝福してやりたいのに、何でこんなに悔しいのかな…」

「大石………」


それから大石はしばらく泣いた。俺は何もしてやれなかった。

ただ大石が泣く姿を、黙って見ていただけだった。

大石の気持ちを考えると、俺はすっごい切なくて…それでも、想いあってる二人の邪魔なんて出来ない大石の性格が、俺には痛いほどわかる。

それはきっと、手塚も一緒だった。だから手塚は…きっと一人で苦しんでた。


「今日の大石、すっごいカッコ良かったにゃ」

「…やめてくれ、英二…」


大石がやっと落ち着いたくらいにふっと顔を上げたから、俺はこれでもかってくらいに高い声で笑ってそう言った。


「俺が女だったら、絶対手塚より大石選ぶにゃ!」


そう言った俺を見た大石の顔は、まさしく目が点って感じでさっきまで泣いてた大石が嘘みたいに笑顔になった。


「…くくっ…全然慰めになってないぞ!英二!余計虚しいじゃないか!」


そう言って俺をつっついてきた大石が 俺にはホントにカッコ良く見えた。


「にゃはは〜!!大石!帰り道、俺がパフェ奢っちゃうぞ♪」

「よーしヤケ食いだ!!…ははっ…英二…ありがとな…」


大石はそれから喫茶店3つもパフェを食べた!!

その後、胃痛で寝込んじったみたいだけど…


次の日にはすっかり表情が明るくなった大石に、俺はエールを送るからね!




















fin.
Count Number 7878:Request from M様



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