Merry Christmas








私には恋人と過ごすクリスマスイブなんて、きっとずっと無縁だと思っていた。

大好きな人はそれしか考えてないテニスバカで…

恋愛なんてそっちのけ…それでもそんな彼が好きな私は、他の誰かを想うことなんて到底、出来なくて…だから…そう思い込んでたよ。














Merry Christmas-ver.Kunimitsu-














「はぁ…」

「…どうかしたの不二?」


世間的には賑やかなクリスマスイブ当日。

そんな日に青学テニス部のマネージャーである私は、むさ苦しい男共の中で竜崎先生を除いては、一人だけ女性として、山奥にある合宿所に来ていた。


「うん…」

「らくしないのー、不二がため息!」


テニスコートで練習をしているレギュラー陣を見ながら私がベンチに座っていると、こないだから元気のない不二が私の隣に座って、大きなため息を漏らした。


「伊織…好きな人と一緒に過ごせないイブなんてイブじゃないよね…」

「…な…何よ突然…」


「伊織の好きな人わかっててこの質問はちょっと酷だったかな…?」

「不二…あんたねぇ…」


「喧嘩…しちゃって…」

「…彼女?」


「ダメだね…僕がいけないんだろうけど…」

「はー…ていうか、私からしたら、喧嘩出来る相手がいるだけ羨ましいけどね!」


「…くすっ…」

「…不二…今笑った…?」


「え?笑ってなんかないよ?」

「むっかつく…」


「それより伊織、お願いがあるんだけど…」

「なーに」


なんとなく、不二の言おうとすることがわかるようになってきた今日この頃。

はー…嫌な予感しかしないよ…。


「今日ね、手塚の目をさ…」

「無理!」


「…まだ最後まで言ってないんだけどな…」

「言われなくてもわかる!」


即答で答えた私に少しだけ開眼して私を見る不二は、正直、怖い。

だけど、そんな申し出受け付けたなんて私が手塚に知られたら…!


「ふーん…別にいんだけどね、僕は…手塚に何もかも話しても…」

「ちょっ…!不二!あんたそういうの強請りって言うのよ!犯罪よ!」


「フフフフフ…知ってるよ…」

「なー!?」


どんどん黒い影で覆われていく不二の回りを私は見逃さなかった。

あああああああ、どうして不二に私の気持ちが知られてしまっているんだろう。

そうして私と不二がぎゃーぎゃーと騒いでいると、テニスコートの奥から、罵声が飛んできた…


「不二!佐久間!テニスコートの回りを20周だ!!」

「ええええええええええ!!なんでよ手塚!!私にちょっかいかけてきたのは不二だよ!?」

「その挑発に乗ったのもお前の責任だ。言い訳をするな」

「じゃあお先に伊織。取引は成立ってことで、今晩、よろしくね」

「ふーーーーじーーーー!!!!!!」

「なーに大きな声出してるんスかぁ、伊織先輩〜」

「伊織、声、デカすぎー。静かにしてくれよにゃ〜」

「またあの二人は大騒ぎしてるんスか…」


ブチブチブチブチとレギュラー陣から非難を受けつつ、私はしぶしぶとテニスコートの周りを走った。

不二はあっという間に20周を終え、私はみんなの練習が終わってもまだ走っていた。


「佐久間、もういい。休め」

「ぜーはー…手塚…が…走れって言った…くせ…ぜーはー…」


「……こんなにトロイと思わなかったんでな。最近走らせてなかったせいか、お前がトロイということをすっかりと忘れていた」

「くっ……手塚……」


「わかったらすぐ終えて食事の支度をしてくれないか。全員、お前が走るのを待っていたら夕食を食べ損ねると言っている」

「なんですって!?ちょっとは手伝ってやろうとかそういう…!!」


「夕食の支度はマネージャーであるお前の仕事だ。甘えるな」

「う…」


手塚に厳しい事を言われると、誰に言われるよりもへこんでしまう…だって…私は手塚が好きだから…大好きで…大好きで…でもそんな私の気持ちを微塵ともわかっていないようなこの冷たさ…うう…そんなとこがまた好き…


手塚に言われて、すぐに私は走るのをやめてから、夕食の支度に取り掛かろうとした。

竜崎先生もTVを見ながら、「ほれほれ早くせんか」と声だけで私を煽る。

ちっくしょー…

私は持ってきた料理の本をペラペラとめくって、材料を見てから作れそうな物を…あ…そういえば今日…クリスマスイブなんだ…。


「先生!」

「ん?なんだい?」

「ちょっと、買出しに行って来ていいですか!?」

「買出し!?今からかい!?」

「はい!あの、家主さんがいつでも自転車は使っていいって言ってくださってたんで…」

「でもアンタ、今からはちょっと…材料ないのかい?」

「ちょっとだけ時間掛かりますけど…みんなにクリスマスを…」


そこまで私が言うと、竜崎先生は少しの間だけほけっとした顔をしてから、笑顔になり……


「…ふふっ…そうかい…いいよ、行っておいで」

「本当ですか!?」

「ああ…ただし、気を付けるんだよ?」


竜崎先生は、やっぱり女の人だな〜って思った瞬間だった。

こんなことを承諾してくれる先生なんか、きっとなかなかいないはず。

私は元気良く、はい!と返事をしてから、コートを来て街中にあるデパートへと自転車を漕いで行こうと準備をしていた…


「佐久間」

「…!?あ…手塚…」


私が自転車の倉庫で鍵を差し込んでいると、正面から手塚がゆっくりと近付いてきた。

なにやら少し、眉間に皺を寄せているように見える…あいや、いつものことか。


「今から買出しに行くらしいな」

「あーうん、ごめんね、ちょっと食事待たせちゃうけど」


「…それはいいが…危ないだろう。俺も行く」

「え…い、いやいや、いいよ!まだそんな暗くないし、それに、チャリンコひとつしかないよ?」


「…そうか」

「そうだよー。それに寒いよ、手塚、中で待ってて」


「自転車は、それか?」

「え?ああ、うん。そう、これ」


「貸せ」

「えっ…」


手塚がそう言って、私の手から強引に自転車を奪う。

びっくりして、私が思わず自転車から身を引くと、手塚がその自転車のインチをきゅきゅっと調整して、イスに跨いだ。


「えっ…て、手塚?」

「後ろに乗れるようになっているだろう。…本当はいけないことだが、やはり一人は危ないんでな…」


「手塚…それ…後ろに乗れって…こと?」

「先生には承諾を得ている。早く乗れ」


今世紀最大の真面目で堅物人間だと思っていた手塚が、警察が見つけた時にだけ取り締まるチャリンコの二人乗りをやるとは思っていなくて、私はかなり度肝を抜かれつつ…それでも手塚の優しい気持ちが嬉しく、更に…彼の背中に抱きつけるのかと思うと…きゃー!!

私はそっと、手塚の腰に手を回しながら荷台に乗った。


「お…重い…よ?」

「そんなことは言われなくとも見ればわかる」

「ちょっ…!何よそれ!!失礼じゃない!!」

「黙って捕まってろ。坂道が続くので危ないぞ」

「ひゃっ…ひゃあ!いきなり漕ぎ出さないでよ!!」

「本当に重いな…」

「なっ…て、手塚ぁ!!」


憎まれ口をどれだけ叩かれても、こんなオイシイ状況に顔を赤らめずに居られない。

手塚に回した手には冷たい冬の空気が当たるけど、それでも私は幸せだった。

だって、私の上半身を傾けて触れている手塚の背中が暖かい…手塚のコートからは、手塚の匂いがして…


「寒くないか?」

「うん…大丈夫…」


途中、信号待ちの時に後ろを振り返るような仕草で手塚が気遣ってくれた。

手塚が私の顔を見れない状況で良かった。

こんなに彼の背中に張り付いてて、真っ赤なとこを見られた時の事を考えると…いつも強気な私がむちゃくちゃ乙女な感じで…恥ずかしいったらありゃしないわ!


「しかし、冷えるな…」

「うん…寒いね…」


冷えると言った手塚の手をおもむろに見ると、彼は手袋ひとつしていなくて…そんな状態で自転車を漕いでるのかと思うと、冷えて当然だろうと思った。


「さぁ、ついたぞ」

「あ…うん!」


「…俺も少し本を見たいと思っていたんだ、お前は材料を買っていろ。すぐに戻る」

「あ、うん、わかった」


私達はデパートの一階で別れ、それぞれの買い物をすることにした。

とりあえず、クリスマスディナーになりそうな物を買って、私は手塚が一階に戻ってくる前に、二階にある紳士服売場に行って、勇気を出してみた…そう…手塚に、クリスマスプレゼントを…。


「クリスマスプレゼント用ですか?」

「あ…はい!そうです!…」


渡せるかな…べ、別に深い意味なく渡せば…いいよね…。


「どうぞ〜」

「あ、ありがとうございます…」


手塚にバレないように、それを私の割と大きめのコートのポッケに丁寧に押し込んだ。

それから一階で食料品用のビニール袋を持って待っていると、手塚は本を一冊買って戻ってきて…


「もう買い終わったのか?」

「うん、今日はチキンのクリームソース煮込みだよ!」


「…それは、楽しみだな…食べれるといいんだが…」

「なっ…!!」


そんなことを言われて、私がむきーっと手塚を見ると、彼はいつも眉間に皺を寄せている顔から滅多に見せない微笑みを返してくれて…何を言い返す気も失くなった私は、そのまま顔を伏せた…。

それから、私達はまた二人乗りをして合宿所に戻った。





+ +





「美味しいじゃないか!なぁ佐久間、今度、俺にも教えてくれないかい?」

「本当!?うん!そんなのいつだって教えちゃうよ!」

「タカさんは美味しい料理に目がないね…くすっ」

「ほんと!?みんな、美味しい!?」

「ふしゅ〜…うまいッス…」

「うまいよ伊織先輩!いや〜、合宿でこんなの食えると思ってなかったぜ、なぁ?越前!」

「ま、いいんじゃないの?」

「生意気な…」


合宿所についてから、腹ペコだという非難の中、私はちゃっちゃと料理を作っていった。

少し前に、母から習ったチキンのクリームソース煮込みにちょっとした前菜。

出来上がるとみんなの顔がぱあっと明るくなって、私はそれだけでも満足だった。




そうして夕食が終わり、食器の片付けをしてから、手塚がお風呂に入るのを見計らって、私は不二の部屋をノックした。


「あ、伊織…」

「今から行けるから、行っておいでよ…彼女のとこ」


「…ふふっ…ありがとう」

「その代わり、喧嘩して帰ってきたら承知しないよ!」


「大丈夫…絶対そんなことしない…」

「なるべく、早く戻って来なよね?」


「うん…ねぇ伊織?」

「うん?」


「手塚に想い、伝えてみれば?」

「えっ…」


そう言い残して、不二は私から自転車の鍵を受け取り、こっそりと合宿所を後にした。

想いを伝えろなんて…バカ…無理だっつの…。


不二の自転車で行く姿を窓越しから見つつ、それを羨ましく思った私は、さっきデパートまで行った時に着たコートを羽織って、バルコニーに出た。

山奥だからなのか、夕方から降り始めた雪が少しだけ積もっている。


「…ホワイトクリスマスかー…」


空を見上げると、しんしんと降ってくる雪が、ひとつ、ふたつと私の頬に落ちて…不二の背中を見届けた自分と、その現実的な状況に少し寂しくなった。


「はー…私も好きな人と…過ごしたかったな…」


一人でそんなことを呟いてみる。

そんなこと言ったってどうにもならないのに、手の平を上に向けて雪を受け止めていると、自然とそんな言葉が出て来た…


「そんな予定があったのか?」

「えっ!?」


そんな黄昏に浸っていると、突然後ろから声を掛けられて、私はびっくりして振り返った。

その声を聞き間違えるはずも無く、その物言いも聞き間違えるはずも無く…そこに居たのは、紛れも無く、手塚国光その人だった。


手塚はまた滅多に見せない表情でふっと笑うと、私の隣へやって来て、私と同じように空を見上げて手の平を上に雪を受け止めた。


「手塚、お風呂あがったばっかりでしょ!?冷えちゃうよ!」

「大丈夫だ…不二とお前の隠蔽工作に付き合わされて長湯をしてしまったせいかのぼせたんでな、これくらいが丁度良い…」


「えっ!?!?!?」

「…気が付いてないとでも思っていたのか?」


「あ…あ…」

「竜崎先生には黙っておいてやる」


手塚には敵わない…そう思った。

それでも手塚はやっぱり優しいんだ、なんて思って、一人でくすっと微笑んだ。

それを見た手塚が、何を笑っている、と眉間に皺を寄せて聞いてきて。


「う、うん…手塚がそれを許してくれるなんて、意外だなって…くくっ…」

「……不二の気持ちは、わからなくもないんでな」


そう言った。

少しだけ、私の胸の中がずきんと痛む。

わからなくないってことは…手塚にも…


「俺も…今日、一緒に過ごしたいと思っている相手が居る」

「…そ…そうなんだ…」


そこまで聞いた私は、一気に顔を伏せてしまった。

恋愛なんか興味ないって…そういう人だと思い込んでいた…その手塚が、クリスマスイブに一緒に過ごしたい相手が居るなんて…これ以上のショックは、きっともう味わえないんじゃないかってくらい…


「…佐久間?」

「手塚も…行ったらいいのに…その人のとこ」


強がりだった。意地だった。

悲しくて、今にも泣き出してしまいそうなのに、私はそう言った。

そんなこと言っておいて、本当に手塚が行ってしまったら、私はきっと泣くのに…


「行く必要がないんでな」

「………想い合ってるんだね…よっぽど…」


「ああ…そうだと思っている…」

「………」


「お前とは、想い合っていると…そう確信していたんだが…違うのか?」

「……え…」


ずずーんと項垂れていた私の首が一気に起き上がって、真横にいる手塚の目を一瞬にして捕らえた。

そんな私の状況を見ても、ぴくりとも表情を変えない手塚は、そのまま、私の目を見つめている。


「て…手塚…今…なんて?」

「…二度言うのは好きじゃないんだが…」

「で…でも…」

「どうしてもと言うのなら…違う言葉に変えるが…」

「……そ…それでお願いしま―――ひゃっ!!」


そこまで言った私の手を、突然ぐいっと引き寄せて、手塚が私を抱きしめた。

私の妄想の中や夢の中でしか有り得なかった状況が現実となって、私はパニックを起こしてそのまま心筋梗塞で失神してしまいそうになる…


「お前が好きだ…」

「…手塚…」


寒い夜空の下で、手塚に抱きしめられている私の身体。

私の頬に少しだけ当たる手塚のコートのボタンが冷たくて…その冷たさに、これは現実なんだと思い知らされる…


「あ…あ…わた…私も…私も手塚のこと…ずっと…!」

「ああ…俺は…間違ってなかったみたいだな…」


そういうと、手塚は私から少しだけ体を離して、ゆっくりと私に唇を寄せてきた。

手塚の顔が至近距離に来て、私はぎゅっと目を瞑ったけれど、唇が触れた瞬間に、その強張った身体が解放されたように落ち着いた。

そのまましばらく抱き合って、お互いのぬくもりを確かめ合った。

私が、今にも感動で泣き出しそうな想いを必死に抑えてから手塚を見上げると、彼はふっと優しく笑って、また、触れるだけの優しいキスを私に落とす。


「…たいしたものじゃないんだが…これをお前に…」

「あっ…そ、そうだ!私もあるの!!」


手塚が羽織っているコートの内ポケットから、プレゼントを取り出すのを見て、私も自分の羽織っているコートのポケットの中から、さっき買ったプレゼントを出した。

お互いが差し出したプレゼントを見て、まずはひとつ、二人で笑う。


「お前も買っていたのか…」

「あ…ははっ…同じ包装用紙…」


買出しに行った際に、お互いが買っていたんだと思うと可笑しかった。

そうして私達はお互いに、同時にリボンを解いて中身を見た。


「あっ……」

「ん……」


ほぼ同じタイミングで中身を見て、私達は笑った。

手塚が私にくれたのは、暖かそうな手袋で…

手塚が手にしている私からのプレゼントもまた、暖かそうな手袋で。


「以心伝心というところか…」

「あははっ…なんか…おっかしいの!」


手袋をお互いにつけ、見せ合って、私達は笑い合って、そのままキスをして…少しカワイイ、最高の、最高のクリスマスイブ。

手塚、ありがとう…。私、この日を一生、忘れないよ…。






















fin.



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