愛を乞う人 Oct.7







忙しい、それも仕方ないだろう。

だってあなたは手塚国光で、わたしはただの高校3年生。

でもあまりにも、あまりにも…ふたりの時間が少なくなりすぎてる。












愛を乞う人 Oct.7














「…今日で一ヶ月」

「長くね?」

「だから長いって言ったじゃん…」


わたしと国光が、ふたりきりで会ってない期間、一ヶ月。

最近、何事にもやる気をなくしているわたしに、友人の千夏はパカッと口を開いている。


「なんでだろねー。一ヶ月はキツイねー。てか手塚くんてもうすぐ誕生日じゃない?その日は?その日は会えるんじゃん!?」

「その日は一応、一緒に遊ぶことになってるけど…」


「てことはあと…え、あと4日…」

「そう、あと4日」


「…待ちきれなくね?」

「待ちきれませんな…」


引退したテニス部の指導、受験勉強、生徒会の仕事、家の用事、習い事…国光は、付き合った当初から忙しい人だった。

だけど、さすがに一ヶ月もふたりきりの時間が取れなかったことは初めて。

学園祭が近いせいか、平日の放課後は大抵仕事が入ってる。

その後は、テニス部の指導をしに行く。

で、土日が会えるかと思いきや、テニス部の試合が近いらしく、そっちに付きっ切りで会えない。

わたしはここんとこ、ずーっとほったらかし。ずーと、ずーーーっと。


「佐久間さん!朗報だよ〜!」

「え?」


その時だった。

千夏にボヤいているわたしに後ろからカワイイ声。

振り返ると生徒会役員のクラスメイトがいた。


「どしたのー?」

「どしたの?」


千夏と一緒に、そのクラスメイトに話しかけると、その子はにかーっと笑って言った。


「明日の役員会議、さっき中止になったよ!」

「!」


わたしも千夏も声がでかいせいだろう、ぼやいてたのが聞こえてたみたい。

でも嬉しい情報を提供してくれた役員に、わたしは心から感謝した。

明日はテニスの練習は休みのはず!ってことは、ってことは、明日の放課後は、国光とふたりきりになれる一ヶ月ぶり絶好のチャンス!!






* *






「無理だ」

「何故!?」


「役員会議が中止になったのは明日、俺が家の用事で学校を休むからだ。だから悪いが明日は一日中会えない」

「……」


放課後、テニス部の練習を指導している国光に会いに行って、明日の放課後暇なんでしょ!?一緒に帰ろうよ!と言ったわたしに対して、国光のこの返事。

そういうことだったんだ。滅多にない役員会議の中止の原因は、生徒会長様ってわけ。


「…あと4日の辛抱だろう?」

「…国光は全然平気なんだね」


「…伊織、困らせないでくれ。練習中だ。他の部員の邪魔になる」

「誤魔化さないでよ。国光は平気なんだねって言ってるの」


だけどその国光の素っ気無い雰囲気に、どういうわけか今日はむしゃくしゃした。

付き合いはじめてからとっくに一年が過ぎたわたし達。

国光の態度は、最初とは違って慣れがあるせいかどことなく冷たい。

いや、付き合う前から冷たかったけど、なんかこう、もっと、子供扱いされているような感じ。


「誤魔化してなどいない。今ここで話すことじゃないだろう?」


いつも、冷静で。わたしの方なんか、全然見てくれなくて。

わたしを見つめて欲しいって、国光に対して思っているのに…近くでわたしを見ていたのは、桃だった。

じろっと睨むとぎょっとしてコートに戻っていく。何も聞いてません、みたいな顔して。


「…ずっと、ほったらかし…」

「伊織、いい加減にしないか」

「本当のことじゃん!」


だいたい今だってなんなの?もう引退してるのに、いつまでもテニス部の心配して。

国光はもう、部長でもなんでもないのに!

そう思ってたら、つい、声を荒げてしまった。


「伊織!」

「そんなに怖い顔して怒ったってもう知らないよ!国光はわたしの事なんてどうでもいんだよ!」


「いつ、誰がそんなことを言った?」

「言わなくたってわかる!」


そう叫んで、テニス部員の後輩達が全員こっちに振り返ったのを合図に、わたしは恥ずかしくなって、泣きながらその場を走り去った。

追いかけてきてくれるはずの展開は、そんなにわたしを甘やかしてくれる相手じゃないことが手伝って…とうとうわたしはそのまま、自宅に到着してしまったのだ。















―今日は体調不良?いや、違うな、サボっただろ?


千夏からメールが来たのは、2時限目終わりかけの時間帯だった。

授業はたしか数学。千夏がメールしてくるのも頷ける。

彼女も察している通り、わたしは学校をさぼった。

国光への当て付けじゃない。

わたしはただ完全な仮病を使って、朝青龍の如くふてくされているだけだ。


―別に…


と、そう思いながらも沢尻エリカの如く返してみる。

国光はあれでも結構モテる。

わたしと付き合うことになった日、一緒に下校しただけで、翌日には学校中がわたしの存在を知っていた。

昨日は後輩達の前であれほど派手な喧嘩をしたのだ。

千夏だって、わかってるくせに白々しいったら。


―お前は沢尻エリカか!どんだけー!


以心伝心の千夏からのメールに、思わず噴出した。

学校をさぼってジーンズにパーカーを着て街中をうろついているわたしが噴出したことで、近くに居たすずめが飛び立つ。

そのすずめの行方を目で追っていると、青学から程近い学校の中へ消えた。

ここは確か……成金高校、氷帝学園。


―期待通りの突っ込みサンクス!てか歩いてたらいつの間にか−−−


そこまでメールを打った時だった。

氷帝に着いちゃったよー!と打とうとしたわたしの手から、携帯がすり抜けて落ちる。


「……っ…国…光…」


そこに、国光が居た。

氷帝学園の校庭内。

すっごく可愛い女の子と、両手を絡め合って話してる。

わたしの国光が、氷帝の女の子と―――いちゃついてる。













伊織と喧嘩をした翌々日、学校に行くと伊織は昨日から休んでいると吉井に聞かされた。


「てか手塚くんさー、電話とかメールとかしないの?伊織と」

「…?必要な時はするが…」


「あー、ほんと、伊織もよくやってるわ…」

「何の話だ?」


「いや…てか昨日、少しメールしたけど途中から全然連絡ないんだよね。今日もサ…休んでるからちょっと心配で電話したけど、全然、反応ないし…手塚くん、心あたりは?」

「…ない…そうか、体調が悪いんだろうな。俺からも連絡を取ってみよう」


この所、いつも喧嘩をしているような気がするな。

俺が忙しく、なかなか会えないことに不満が募っているせいだろう。

だが明後日の、俺の誕生日には久々にゆっくりと伊織と過ごしたいと思っていた。

出来ることなら、今のうちに仲を取り戻して当日は楽しい時間を過ごしたいものだ。

まず、午前中に電話をしたが、伊織が電話に出ることはなかった。

後でまたかけようと思っているとあっという間に放課後になり、昨日出来なかった役員会議を終え、もう一度電話をしたが、それでも電話に出なかった。

俺が電話をするといつもすぐに出る伊織が、そんなに体調を壊したのかと思い心配になる。


寝込んでいるのかもしれないと思い、あとはそっとしておくことにした。

すると、深夜になって漸く伊織から電話がかかってきた。午後11時半のことだ。


「もしもし伊織か?大丈夫なのか?」

≪…全然、大丈夫じゃないよ国光…≫


「どうしたんだ、風邪か?」

≪一体どういうことなのか、説明して欲しい…≫


「む…どうした?」

≪家の用事があるからって言ってたのに…学校に嘘ついてまで、なんで?≫


電話口の伊織の声は震えていた。

明らかに泣いている。

一体どうしたものかと思ったが、言っていることの意味が分からず、俺はただ困惑した。


「昨日のことか?法事だったぞ?嘘とはどういうことだ?」

≪嘘つき!昨日国光、氷帝に居たじゃない!わたし見たんだから!国光が浮気してるとこ!≫


……なぜ俺が、氷帝に?

浮気とはどういうことだ。


「伊織、何を言っている?」

≪じゃあ証明してよ!浮気じゃないって証明して!あの人誰!?≫


「人違いなんじゃないのか?」

≪そんなことがよく言えるね!?わたしが国光を見間違うわけないじゃない!≫


電話越しで叫ぶ伊織の声は、受話器の音が割れるほどに響き渡った。


「お前は俺が、浮気するような男だと思っているのか」

≪そういうのずるいよ!思ってなかったけどそれでも国光は浮気してたの!≫


「俺は法事だったと言っているだろう。氷帝に居るはずがない。人違いに決まっている」

≪じゃあ証明してよ!人違いだったって証明して!≫


悲痛に叫ぶ伊織の声を聞いて、俺は思わず怯んでしまった。

伊織は、本気で俺が浮気をしたと思っている。

一体どういうカラクリかは知らないが、よっぽど俺に似ている人物が氷帝にいるということか…。

……このままでは、伊織の誤解を解くことは出来ない。


「…そこまで言うなら証明してやる」

≪…な…悪あがきもいい加減にしてよ!≫


「俺の誕生日には、一緒に会う約束をしていたな?」

≪それが何!?会うつもりなんかないから!≫


「お前がもう俺のことなど好きではなくなったというなら、来なくていい。10時に、ふたりで初めて行った場所で待っている」

≪ちょ、くにみ…っ!≫


強引に、電話を切った。

電話口で直接、伊織の声で「行かない」とまた言われるのを恐れたからだ。

………一体どういうことか…俺が聞ける相手はあの男しかいないな。

お前は何か知っているはずだ、跡部。






* *





≪おいおいマジかよ…まさかお前にまで被害が及んでいるとはな≫


遅い時間にすまない、と午前過ぎて電話をすると、跡部は緊急だと察してくれた。

俺が深夜に電話を掛けることなどまずないからだろう。

非常識をわかっていてもつい電話を掛けてしまうほど、俺も焦っているということだ。

簡潔にことの詳細を話すと、跡部は何か知っているような口ぶりでそう言った。


「どういうことだ」

≪いや…実はな手塚、それはうちの手塚だ≫


「……言っている意味が、わからないのだが?」

≪とにかく、そりゃそもそも俺の責任だ。お前の女にも説明してやりてえとこだが…生憎7日は空いてねえ≫


「そうか…しかし、誤解を解いてもらえるのなら他の日でも構わない」

≪いや…それならこうしよう、代理を向かわせる。手塚、詳しい待ち合わせ場所を教えてくれ≫


俺はやたら親切な跡部に多少の気味悪さを感じたが、隣で女の声がしたのですぐに納得した。

そうか、今日は跡部の誕生日だったな…ご機嫌、というわけか。


















前日まで、すごく悩んだ。今日は7日。国光の誕生日。

わたしの大好きな、国光の。


好きじゃなくなったなら来なくていいなんて、そんなのずるい。

わたしが国光のこと、好きじゃなくなることなんて絶対ないのわかってるくせに、あんな強引な誘い方ずるい。

浮気されてたって、結局わたしは、国光から離れられない。


「……」


来てしまった自分に泣きそうになりながら、学校近くの喫茶店に入った。

一年前、国光と、初めてふたりで訪れた場所。

相変わらず、落ち着いた雰囲気が国光にピッタリで…。


「いらっしゃいませ」


ゆっくりと開けた扉から、暖かい匂いがした。

大好きな国光と来たから、大好きになった喫茶店。

ここ最近会えなかったのは、あの人とこの喫茶店にも来てたからなんじゃないかって、頭に過ぎって目の前が歪んだ。

その歪んだ目の中で、奥のテーブルに座るふたりの人影が揺れた。


え…ふたり?


「来てくれたか!」

「……」


わたしの姿を見つけて、国光は席を立ってわたしに駆け寄ってきた。

そんな国光の焦った姿を見るのは初めてで、その優しさが何より浮気をしている証拠なんじゃないかと思ってしまう。

それよりも、わたしが気になるのは…。


「誰…」

「ああ、彼は氷帝学園の…」

「こんにちは。忍足侑士です」






* *






「ほなちょお、俺から説明させてもらいますわ」


関西弁の俳優みたいな顔した忍足という人は、ちょっと面倒臭そうに、どこか気まずい顔をしてわたしを正面から見据えた。


「すまないな、忍足」

「いや…別にええねんけど…まぁとりあえずちゃっちゃと説明するわ」

「ちょっと待って」


国光には負けるけど、それでもやっぱり全然高校生には見えない彼は、

多分、わたしと同い年のはずだ。

いきなり初対面でタメ口を使うのは多少躊躇われたけど、今のわたしは敬語を使うほどの余裕も、愛想良く笑う余裕もない。


「?」

「どうした」

「どうしたじゃない。何故あなたが説明するの?」

「あー…せやから、それも今から説明するんやけど、実はそのな、えーと、跡部って知っとる?」

「当然。国光の宿敵だってことも」

「んん。まぁ宿敵は大袈裟やけど…。で、俺、跡部の友達なんやけど…」

「あのぼっちゃんと今回のことと、なんの関係が?」

「せやからそれを今から…まぁとりあえず、俺は今日、跡部の代理で来たわけや」

「はぁ?」


全く意味不明のその説明に、わたしはかなりイライラしていた。

だいたい国光はどうして自分から説明しないのだ。

こんなのってない。わたしがどれほど傷ついたか、全然わかってない。

だいたい説明なんかされたって、あれは国光で、女の子と手を絡めてたことに変わりはない!


「…手塚、なんや喧嘩腰やし、一番手っ取り早いやろうから写真見せるわ」

「む…」

「写真ってなっ……!?」


なんの話だ!そう言おうとした時、忍足という男がテーブルに一枚の写真を置いた。

そこに写っていたのは、髪の毛が長い、氷帝の女生徒のブレザーを着た国光!


「なっ……なにこ…」

「言うとくけど、これは手塚が女装したんとちゃうで?」


意外に綺麗だと思ったわたしはどうかしている。

こんな時に、そんなこと言ってる場合じゃないのに。

それでもすぐに忍足という男が釘を刺すようにわたしに忠告したことで、わたしの頭の中はこんがらがってしまった。

つまり一体、どういうことなわけ………?






* *






「中学の都大会ん時、跡部と頂上対決したやん、手塚」

「ああ」

「あん時に手塚の顔は氷帝中に知れたんや。ほんで、あんまりにも似とるからこいつのあだ名が手塚になったっちゅうわけやな。女やのに酷なことやけど…ま、こいつもあだ名が手塚になってから髪を伸ばし始めたらしいしなぁ。とにかくまぁ、お前らにも迷惑かけたって跡部が言うとったわ…」


話を聞いてみると、嘘のような本当の話だった。

簡潔に言えば国光にそっくりな女学生が氷帝学園に存在し、そのことで周りからも「手塚」とあだ名をつけられている女学生は、氷帝の全てを仕切っていると噂される跡部景吾の遊び心をくすぐり、来週行われる氷帝の学園祭で、その女学生にかつらを被せて男装させ、頂上対決の再現パロディをやるというのだ。

わたしが見たのは氷帝の副生徒会長が、通称「氷帝の手塚」に早着替えの練習をさせ、あまりに似ている手塚国光っぷりに興奮していた場面だと言う。


「そんな話が…」

「あるんやで。まぁせやから、手塚のこと許したって。あ、こっちの手塚も、あっちの手塚もっちゅう意味でな…」

「すまない忍足、本当に助かった」

「いやいや、ええねん、ええねん」


そこからふたりは、他愛のない話をし始めた。

その話は、わたしの耳の右から左へとすり抜ける。

途中、国光がトイレに席を立った時に、忍足という男が気を使うように話しかけてきたが、それも曖昧な返事をするのが精一杯で、わたしはただただ呆然としていた。

一方、忍足という男は口調は優しく、言っていることも柔らかいが、目が死んでいる。

なんで俺がこんなことをやらされているんだ、という気分なのかもしれない。


「俺がなぁ、手塚…」

「ん?どうした」

「ここに来たのはほんま、めっちゃ嫌やってんけど、跡部が手塚に貸し作っとけ言うもんやから、来たんやで。まぁ、バイト料貰っとるしな…」

「貸し…?」

「せや、学園祭で使うジャージ貸してや。多分、図体は一緒やからサイズに問題ないと思うで。お前普通に貸せ言うても貸さへんやろ。くだらないな…とか言うて」

「………なるほどそういうことか。わかった、まだジャージは家にある。今度持って行こう」

「おおきに。ほな来週、うち学園祭やで、よかったらふたりで来たらええわ。彼女も、まだ信用出来へんなら来週おいで。見たらすぐわかることやしな」


そう言って、忍足という男は去って行った。

氷帝学園祭の特別招待状を二枚、テーブルの上に置いて。


「…ということだ、伊織、納得してくれたか?」

「…じゃあれは…女だったってこと…?」


「そういうことになるな。全く、迷惑な話だが…」

「わたし…国光だと思って…」


一気に、恥ずかしくなる。

そして一気に、不安な気持ちが押し寄せてきた。

罵声を浴びせて嫉妬に狂ったわたしは、国光に酷いことを言った。

俯いたわたしを、国光はただ黙って見ていた。

わたしは国光が浮気したと完全に信じて、今日は彼の誕生日プレゼントさえ用意していない。

信じてあげれなかった自分が情けなくて、しかもこんなオチだったことが悔しくて。

わたしは自分への恥と、どこへぶつけていいかわからない怒りを押し込めて、

ただひたすら俯いていた。


「伊織…」

「!」


すると、そんなわたしの手に、ふと彼の手が重なる。

人前でこんなことしない国光に、久々に触れ合った体がドキン、と波打った。


「…俺は怒ってはいない。誤解も、仕方ないだろう。すぐに俺が浮気をしたと決め付けてしまったのは、お前の心に負担を掛けていた俺のせいだ」

「…国光…」


「しばらく、こうしてふたりだけで会えなかったからな」

「……そうだけど…でもわたし、今日、国光のプレゼントも…」


「覚えているか?」

「えっ」


いつもわたしを叱る国光が、優しく包み込むような視線と言葉をくれた。

そんな国光に、わたしが何も用意してないことを謝ろうとした時、国光がそれをも遮って、わたしに訴えかける。


「…なに…を…」

「誕生日、ふたりで会おうと約束させたのは俺だ。俺の祝い事だから、俺の言うとおりにして欲しかった。今日わがままを働いたのは俺だ。それほど、今日くらいはお前の傍にいたいと思った」


「……っ…」

「俺は、それで十分だ。来てくれて嬉しい。今日は時間が許すまで、ふたりで居よう」


最後に笑った国光は、店員が奥に引っ込んだのを確認した。

周りのお客さんが誰もいないのをいいことに、椅子から少し腰を浮かす。

同時にその手をぐっと引いて、テーブル越しのわたしの唇に優しく触れた。

その瞬間に強く握った手を、国光が強く握り返してくれて…。


「国光…っ…」

「俺が手を握るのは、お前だけだ。よく覚えておけ」


そう言って、しばらくその手を離してはくれなかった…。

照れくさい、わたし達の仲直り。

やっぱりわたしはこの人が居なくちゃ駄目だ。


「ん?どうした?」

「なーんでもない!ね、国光、大好きだよ」

「……ああ、俺も、好きだ伊織…」


見つめるわたしを気にして問いかけた国光に愛の告白をすると、一瞬目を見開いた国光は静かに微笑んで同じ告白を返してくれた。


ああ、もしもこれが本当の浮気だったとしても、きっと傍に居ちゃうんだろう。

だって好きだと言われた瞬間が、手塚国光だというだけでこんなに舞い上がる。

そう心の中で想像した危険な気持ちは、もちろん、国光には伏せておいた。


仲を嫌々ながらも取り持ってくれた忍足というあの美男子にも、感謝しなければ…

国光と彼の誕生日を迎えることが出来たのだから…きっと、これから毎年…。























fin.



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