Yellow_01







涼しい風がさーっと音を立てては消えていき 赤黄色の木々たちがザワザワと揺らぎ始める。

その雰囲気が、寒くなり始めた秋の空をも……愛しく…思わせてくれる。













Yellow











1.





早朝に、私は毎日このストリートテニス場に来る。

半年前に始めたテニスが今や私の大好きな趣味のひとつになっている。

毎朝、こうしてこのストリートテニス場で軽く汗を流すのが私の日課だ。


「おはよ、伊織ちゃん」

「あ…周助さんっ」


私が一人でテニスをしていると、後ろから声を掛けられた。

彼の名前は不二周助。

私とは比べ物にならないくらい、テニスが上手い彼。それもそのはず。

今、大学4年生の彼は高校卒業と共にプロに転向した青春学園大学部のテニスプレイヤーなのだ。


「今日も頑張ってるね、伊織ちゃん。靴紐、切れてるよ。ふふっ」

「えっ!!あーほんとだぁ…だからストロークの壁打ち8回までしか出来なかったんだ…」


テニスシューズの紐に気付いて、私は変な言い訳をする。

毎日のように繰り返される、彼とのこう言った軽い冗談が私の清々しい朝を一層より良いものにしてくれる。


「それは関係ないと思うけどな…」

「…ですよね?」


「見せてごらん。…あ、結構履きつぶしちゃってるね」

「そうなんです。でもこれなら紐買えばいいし」




* *




彼に出逢ったのは3ヶ月前のこと。まだ暑い夏の日だった。

私がまだ始めて間もないテニスに夢中になって、早朝にこうしてストリートテニス場でこっそり練習しようと思い何気なく足を運んでみると、そこで彼が練習をしていた。

余りに綺麗なそのフォームに、私は目が釘付けになった。

彼が打つボールには、まるで、意思があるようで…そのボールは彼の内で美しく舞っているように見えた。

そうして呆然と見ていた私に、振り向きもせず彼は言ったのだ。


「君も、テニスやるの?」

「えっ!」


私が驚いて声を上げると、彼はくるっと振り向いて言った。


「ふふっ。さっきからずっと見てるから」

「あっ…あのっ…」


その美しさはフォームだけじゃなく、彼そのものが例えられる…そう思うほど、彼の輝かしい笑顔に私はまた釘付けになった。


「長い間ここに通ってるけど…こんな朝早くこのテニスコートに来る人、初めてだよ」

「あっ…すいません、お邪魔したみたいでっ!!」

「あっ…ちょっと待って!」


どうしていいかわからなくて、私がコートから出ようとすると、周助さんは私に、声を掛けて引き止めた。


「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど…」

「あ…えっと…」


この時の周助さんはすごく困った顔をしていた。

今、思い出すだけでもなかなか見れない顔だったと思う。


「ねぇ…良かったら…僕に付き合ってくれない?」

「えっ…で、でもっ!」

「丁度、誰かと打ち合いたかったんだ。ねっ?」


それが、私達の出逢いだった。





* *





あの日から約3ヶ月。

私達は毎日のように、早朝になるとこのストリートテニス場で会い、いつも二人でテニスをしている。

最近は、周助さんが私にテニスを教えてくれるから段々と私も上達してきた。


「僕が買ってあげるよ」

「えっ!?」


私がその出来事をふと思い出していると、周助さんはしゃがんで靴紐を見て、私を見上げてそう言った。


「新しいテニスシューズ。僕が買ってあげる。ね?」

「いやいやいやいや!!そんなお世話になれないですから!!」


私は大きく手を振って断る。

当たり前だ。何百円とかの話じゃない。


「でも伊織ちゃん、先月誕生日だったでしょ?」

「えっ…なんでそんなこと…」


「やだな、こないだ話したじゃない。私20歳になったんです!って」

「あっ…」


「その時、僕が何かあげるって言っても、断られて。ふふっ」

「今回も断ります!!」


「ふーん…僕からプレゼント貰うの、そんなに嫌?」

「あいや…そういうわけじゃ…」


「じゃ、決定だね。今日はこの後予定ある?」

「いえ…今日は何も…」


「丁度良かった。僕も3時まで予定ないんだ。じゃ、一緒に買いに行こうよ」

「あ…はい…」


とっても綺麗な顔でニコッと笑うと、周助さんは「よしっ」と言って時計を見た。

…私は、この不二周助という人に、完全に恋に堕ちていた。

それに気付いているのかいないのか、周助さんは私をいつもドキドキさせる。


「じゃあ…今の時間だとお店は空いてないから…11時、ここで待ち合わせでいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「良かった!じゃあ、また後でね」


私はそのまま自宅に帰り、シャワーを浴びて朝食を摂った。



周助さんと…デート…。



そう考えただけで、私の顔が真っ赤になる。

食べていたトーストも、胸がドキドキして入らなくなってしまった。

そして10時になると、私は洋服箪笥と鏡の前から離れられなくなった。

あーでもないこーでもないと頭を抱えながら、何度も髪型をチェックして何度もメイクを見直した。



そして、11時―――。


「伊織ちゃん、待った?」

「…いえっ…全然っ…」


あまりのカッコ良さに私はドキドキが止まらなくなった。

周助さんは黒いタートルネックのセーターに黒いパンツという大人の男の雰囲気をかもしだしたコーディネートで…。


「伊織ちゃんの普段着って、初めて見たかもしれない」

「えっ…あ…私も…周助さんの普段着初めてですよ」

「あっ…そうだよね。お互い様だね」


じゃあ行こうか そう言って周助さんは私に歩幅を合わせるように歩き出した。


スポーツショップに入ると、高そうなシューズがこれでもかというくらい並んでいた。

そこで周助さんが選んでくれたテニスシューズを私は申し訳なさそうに抱えて店を出る。


「…うーん気に入らなかった?」

「そんなっ!!違いますよ!!」

「でも、あまり嬉しくなさそうだね…」


周助さんはそう言うと、あからさまに表情が暗くなり、俯いた。

私は慌てて周助さんに近寄る。


「ちっ、違いますよっ!あの嬉しいけどその…なんて言うか…申し訳なくて…こんな高い物頂いて…その…」


私まで俯きながら、必死になって周助さんに訴えると、彼はパッと顔を上げて、ぷっと噴出した。


「くく…あははっ」

「しゅ、周助さん!?」


「ごめんごめん、からかいたくなっちゃって」

「もーーーーぅっ」


「ごめんね?お詫びにお昼ご馳走するから、許して?」

「えっ!!いやいや、そんな、悪いです!!」


「ふぅーん。まだそんなこと言うの?じゃ僕は…一人で寂しくランチしろって事なのかな?」

「えっ!いや、そういう意味じゃ!!」


「じゃ付き合ってくれるね?」

「あ…あ…はい…」


周助さんと一緒に居ると、私はいつもこうして遊ばれている。

でもそんな時間が私にとっては心地良くて、本当に幸せな時だった。














白が基調のダイニングカフェで二人でパスタを食べた後、紅茶を飲みながら他愛のない話をしていると私の携帯が鳴り始めた。

液晶には「吉井千夏」と表示されていた。


「ごめんなさい、ちょっと…」

「ふふっ。いいよ、気にしないでどうぞ」


私は軽く周助さんに会釈をして、親友からの電話を取った。


「もしもし?」

<もしもし伊織ー?>

「うん!元気してた?久しぶりじゃない?」

<いや…ちょっとね、報告があって。>

「何?どうしたの?」

<実はね…婚約したの。>

「ええっ!!本当に!?」

<うん!>

「いつ!?」

<実は一年前くらいから付き合ってる人が居てね…少し前から同棲してたの。結婚は彼もあまり乗り気じゃなかったんだけど…こないだやっと承諾してくれて>

「うわーーーっ!おめでとう!!」

<ありがと。それでね、来週の土曜日、伊織空いてる?>

「え?…ああ、うん、大丈夫だけど?」

<伊織に一番に会わせたくて>

「うわっ…嬉しい!うん!絶対行くよ!はいはーい…じゃあね〜!」


私は自分でもわかるくらいに頬を緩めながら電話を切った。


「盛り上がってたね」

「ごめんなさいっ、はしゃいじゃって」


ごめんなさいと言いながら、それでも嬉しくて声が大きくなる。


「どうしたの?」

「友人が、婚約したみたいで!」


「そう!それは良かったね!」

「はい!初めてなんです!彼女の彼に逢うの!だから楽しみで!」


「ふふっ。幸せになれるといいね。お友達」

「はい!」


周助さんは、結婚とか…考えたこと、あるのかな?


私はふとそう思った。彼ほどの人なら、きっとモテるに違いない。

でも、そんな質問できるはずもなく時間は刻々と過ぎていった。


「あ、もうこんな時間…ごめん、僕、これから用事があるんだ」

「あ、いえいえ。私こそすいません。こんな高い物頂いて…なんてお礼言ったらいいか…」


「お礼なんて要らないよ。それに…そっちはダミー」

「…はっ?」


そう言って悪戯っぽく笑った周助さんは私の手を取った。

ドキッとしてつい固まる。

私はされるがままに掌を上にすると、周助さんはその上に、ぽんっと小さくラッピングされた袋を置いた。


「…?…あのこれは…」

「本当に遅れちゃったけど…ハッピーバースデー、伊織ちゃん!あっ…いけない、遅れちゃうな…じゃ、僕はこれでね!また明日テニスコートでね!」

「えっ…!ちょっと!!周助さん!!」


そのまま伝票を持って走って消えた周助さんの背中を追って、私は肩を落としてため息をついた。

掌にある小さな袋をそっと開けて、それを手に取ってみると、それはピンクが基調となった本当に可愛らしいブレスレットで…


「…周助さん…」


そっとそのブレスレットを付けるとその左手首がじんわりと暖かくなるような…そんなやわらかい気持ちになった。

私はそのブレスレットを眺めながら、改めて彼が好きなんだと思い知り…しばらく頬を緩めて、ゆっくり紅茶を味わった。











+週末+





「ちょっと早く来過ぎちゃったかな…」


千夏に指定されたレストランに私は20分も前に到着した。

それくらい、彼女の婚約者にお目にかかるのが楽しみだった。

千夏とは中学生の頃からの仲で、あの頃から私達は、よく笑ってよく泣いて…いつも恋愛の相談は必ずと言っていいほど千夏にしていた。

そんな私達も高校を卒業し、就職が決まるとお互いの仕事の都合でなかなか会う機会もなくなり…私と千夏は最近はあまり連絡を取り合っていなかった。

だから彼女が一年もお付き合いしている男性がいるなんて全く知らなかったし、この一年会ってなかったわけじゃないのにそれを言わない千夏を少し懲らしめてやりたいなんて冗談ぽく思ったりして…

それに…最近恋をしている私の話も、千夏に聞いて欲しかった。


とにかく、私は今日という日が楽しみで楽しみで仕方なかった。

千夏は卒業してすぐに編集の仕事に就いたから…きっとそこの会社の人だろう。

そんなことを考えているのも楽しくて、私の待ち時間はあっという間に過ぎていった。


「あっ…いたいた!伊織!お待たせ!!」


背後から掛かる久々の親友の元気な声に私はぱっと振り向いて


「千夏!元気してた!?」


すぐに席を立って千夏の正面まで歩いて手を合わせた。


「元気してたよ〜!!伊織は?」

「うん!私も元気!もうね、話したいこといっぱいあるんだってば〜!!」


「私もいっぱい!あ、その前に紹介しとくね…もう、遅いなぁ」

「あ、今入ってきた人かな?」


遠くにいるその人影は千夏が正面に立っていることでよく見えなかった。


「私、顔、変じゃない!?」


千夏の彼氏に会うことが嬉しくて、私は思わず千夏に聞いた。


「大丈夫だよ〜!何言ってんの!?」


そう言った千夏と私は顔を見合わせて二人で笑い合うと、その彼が千夏の背後まで来て―――――

千夏が彼を紹介する直前に私はその人を見て動けなくなった。





















「紹介するわね、彼は不二周助さん。プロのテニスプレイヤーなのよ!」

「…伊織…ちゃん…?」



私はこの一瞬で地獄に突き落とされたような、そんな錯覚を抱いた――――。





to be continue...

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