Yellow_08
一度しか触れ合わなかったあなたとの愛はこの身体に刻み込まれてる
どんなに私が破壊されようとも、それだけは誰にも侵すことのできない真実――
Yellow
8.
千夏と共通の友人からのメールで、私は自殺未遂のことを知った。
メールを貰ってすぐに友人に電話をすると、私が事件を知らないことに友人は驚いていた。
「伊織知らなかったの!?私てっきり…二人すごい仲良かったから…」
「っ…ね、ねぇ、千夏のいる病院教えて!!」
友人は、千夏が病院に運ばれた当日に、たまたま千夏の携帯に連絡を取ったそうだ。
すると千夏のお母さんが出て、友人は事態を知ったという。
友人は病院の名前を聞いた後、すぐに行こうとしたらしいが、それを千夏のお母さんに止められたという。
-いらしても千夏には会えませんし、そちらにご迷惑です…命は助かりましたので、また落ち着きましたら、こちらからご連絡差し上げます。ご心配をおかけして申し訳ありません、今日は、そっとしておいて下さい…-
消え入りそうな声で言われ、それに従うことしか出来なかったそうだ。
「だから伊織も…行ってもさ、逆に迷惑なのかもしれないよ?」
「それでも私、行かなくちゃいけない理由があるの。お願い、教えて!」
周助さんが、昨日私の部屋に来なかった理由がわかった…それはすぐに、頭の中から消え、私は体が震えた。
私が彼女に死の手招きをしたのだ。
* *
「すいません!吉井千夏って子が、昨日、ここに…!!」
「吉井千夏さん…ですね、はい、昨日こちらに…病室は―――」
千夏が運ばれたという病院へ駆けつけナースステーションへ行くと、すぐに病室の番号を教えてくれた。
私は場所を考えて、なるべく走らないように病室へ向かった。
それでも気持ちが急いで足早になるのを抑えることが出来ない。
千夏は私に会ったらどんな顔をするだろう。その恐怖も拭い切れない。
そしてその場に、周助さんはいるんだろうか…。
「伊織ちゃん…?」
「!」
目的の病室が近くなった時、後ろから静かに声をかけられてはっとした。
振り向くとそこに、千夏のお母さんが立っている。
「おばさんっ…!」
「伊織ちゃん来てくれたの…ごめんなさいね、今は病室に入れないの」
私にそっと近付いて、促すように私を病室から遠ざけた。
おばさんは僅かに口元を歪ませて、笑おうとしているかのように見える。
真っ白な顔色が痛々しくて、この人をこんなにしたのも自分なんだと胸が痛くなった。
「おばさん、私…」
「伊織ちゃんお茶飲まない?そこにほら、自販機と、ソファ、あるから」
「あ…はい…」
虚ろな表情でおばさんは、私をソファに座らせた。
お茶をゆっくりと手に取ると、まず私に渡してくれた。
紙コップから僅かに、中身が滴り落ちていた。
私はそれをそっと指で拭って、おばさんが隣に座るのを待った。
「あのおばさん…千夏は…」
「伊織ちゃん、今日会社は?」
「え…」
千夏の容態を聞いた私の言葉に被さるようにして、急にそう聞かれた。
おばさんの表情は穏やかで、少し疲れた色合いを見せている。
あまり事件のことをすぐに話したくないのかもしれない。
私はおばさんに合わせて、少し世間話をすることにした。
「あ、今日はもう、終わってます」
「そう…順調?」
「はい、順調です、なんとか…」
「そう…」
それから少し、沈黙が続いた。
たっぷり1分は経った後、おばさんはそっと溜息をついた。その音が、小さく響いた。
「元気にしてた?」
「え、あ、はい、元気です」
「そう…千夏とは最近も、遊んでたの?」
「あ……はい、たまに…ですけど」
「昔はよく、うちに来てたよねぇ、伊織ちゃん」
「はい、その節は本当に、お世話になりました」
どこか遠い目をしている…おばさんの精神が普通じゃないことがどことなく読み取れる。
無理もない…そう思ったのは、束の間のことだった。
「そんな顔してよく来れたね」
「え…」
おばさんの声は、突然低く唸るように私を捕らえた。
何を言われたのか一瞬わからなかった私は、次の瞬間、頬を強く打ち付けられた。
バシン、という生々しい衝突音が耳の奥に届く。
「可愛い顔して酷い淫乱なのね、あんたは」
「…っ…おばさ…」
「呼ばないでよ。あんたが死ねば良かったのに。どうしてうちの千夏が自殺未遂しなきゃなんないのよ」
ソファから立ち上がって私を見下ろしているおばさんの目には、色がなかった。
ただただ、冷酷な視線で私を攻撃している。
「昨日一瞬意識が戻った千夏から全部聞いたのよ。あんた周助さんに色目使ったらしいじゃない。千夏は親友に裏切られたショックで、死にたくなったらしいよ!」
「…っ……」
おばさんの手の中にあったお茶は、私に浴びせられていた。
髪の毛から滴る冷たさに、僅かに震えた。
「もう帰ってちょうだい。あんたの顔なんて二度と見たくない。周助さんにも二度と近付くんじゃないよ」
「……」
私は黙って席を立った。
ハンカチで顔を覆いながら、そのまま病院を後にした。
もう周助さんには、本当にもう二度と会えないような、そんな気がしていた。
「千夏…目が覚めた?」
「…ん…周助、寝てないんじゃない?大丈夫…?」
「僕のことは、大丈夫だから…」
「…お母さん達と、話した?」
病室の中は、ひどく暗かった。
空は晴れているのに、カーテンを開けても、それは変わらず暗かった。
千夏が運ばれてから3日…漸く彼女の容態も精神状態も安定していた。
朝食を少し残したあと、僅かな眠りについた彼女が目を覚まして、傍でうたた寝をしていた僕を同時に起こした。
「まだ…今日、全部話そ―――」
「話さないで」
「え…?」
千夏の両親とは、まだ何も話していなかった。
ただ、病室に駆けつけた二人に容態を話しただけだった。
その時の、お母さんから僕に投げかけられた疑問符に、僕は応えられなかった。
「どうして?」 ―――僕が応えようとする前に、お父さんが遮った。
「今そんなことを言ってる場合じゃない!」…そう言って。
千夏が自殺を図った原因は完全に僕にある。
だから少し落ち着いたら、僕は自分の両親にも、千夏の両親にも話すつもりだった。
だけど…
「話さないで欲しいの。伊織とのこと」
「…そ……」
「私も話さない。でも周助が全てを打ち明けて、それで楽になって、安易に伊織の傍にいくなんて絶対許さない」
「……千夏…でも僕はもう…」
「私は自殺未遂までしてるのよ?それでも伊織と一緒になりたいなんて言うつもり?そんなこと…誰が許すと思う?」
「…許されないのは…わかってるよ…」
千夏の声は、揺らぐことのない気持ちの表れだとも言うように、静かな病室の中で虚しく響いた…彼女の声はあまりに細かった、震えていた。
でもそこに、意思の強さが感じられた。目にも力が込められている。
「わかってない。…あなたと私は、結婚するのよ」
「…千夏…」
「するの。出来ないなら私は全てを打ち明ける。うちの両親や周助の両親だけじゃないわ。彼女の会社にも、友人にも、両親にも…法律でも裁いてもらうつもりよ」
「…何…言っ…」
「出来ないと思ってる?私は何でもする。婚約者を奪われて、自殺未遂にまで追い込まれたんだから。立派に成立するはずよ…あなたにも彼女にも慰謝料請求するの」
「………」
言葉を失った。
そこまでされて、伊織が耐えれるだろうかと考えた。
そしてすぐに、本当は心優しい千夏の口からこんなことを言わせているのは紛れも無く自分なんだと、胸が酷く締め付けられた。
僕の勝手で…千夏を自殺させるほどに追い込んで、伊織を傷付けた。
伊織ならきっと、それをも二人で乗り越えて一緒に居たいと言うだろう。
僕もそうしたい…本心はそうでも、それが本当に、伊織にとっての…
…それだけが、彼女にとっての幸せだろうか。
それはきっと違う…僕が一緒にいることで、伊織を一生、傷付ける…。
僕と一緒にいるという僅かな幸せに伊織が払う代償は、あまりに大きい…
……………伊織とは、もう逢えない…
それが僕にとっての、この世で最も苦しい千夏への償いだと思った。
* *
「佐久間、ちょっと来い」
「あ、はいっ…」
あれから一週間後、周助さんからなんの連絡もないまま、私は淡々とした毎日を送っていた。
毎晩、電話をかけようとした。だけどそれは、出来なかった。
おばさんの憎悪に満ちた目を思い出す…二度と周助さんに近付くなと言われた私は、それに反抗する強さを持ち合わせていなかった。
「ちょっとお前に、話がある…そこに座りなさい」
「…はい…なんでしょうか…」
始業開始、間もなくのことだった。
直属の上司である部長に部長室へ呼び出された。
「お前の席からFAXが離れているから、直接お前には知らされてないんだが…」
「え?…何が…ですか?」
私が所属している部署はコピーとFAXが一体型になった大きな装置を違う部署と一緒に使うようにされている。
それにより、FAXが届けばその部署宛のBOXに気が付いた人が入れるようになっていて、そのBOXに溜まっているFAXを各部署の誰かが気付いて自分の部署に持ち去るという形になっている。
おかげで、すぐにFAX情報を知ることが出来ないというデメリットもあるけれど、誰もそれについては声をあげる人はいなかった。
「…いや、むしろお前宛てのFAXじゃない。これを見ろ」
部長がダンボールの中で山積みになった用紙を重たい動作で持ち上げる。
裏側に伏せられている紙を見ていると、そのダンボールの中にある用紙はどうやら全て同じような内容のFAXのようだ。
それに近付くに連れ、妙な胸騒ぎがする。
漸く、ゆっくりと震える手で取り、ワープロで打ち込まれた文字を見て、私は直立不動になった。
「佐久間…この階の社内全員が、もう知っている…」
佐久間伊織は親友の婚約者を寝取りその親友を自殺にまで追い込んだ淫乱である
目の前で、その文字がゆらゆらと揺れていた―――――
to be continue...
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