きみが慾しい_07


散々に人を傷つけておいて、自分だけ幸せになろうなんて。

最初からわかっていた。

それがいかに、図々しくも愚かなことなのか。

彼がそんなわたしを、選ぶはずも無かったのだ。

わかっていたのに。

――わかっていたのに……あなたと過ごした時間を、出来ることなら、取り戻したい。
















きみが慾しい














7.





久々に訪れた立海大附属は、相変わらずの堂々とした佇まいだった。

テニスの試合を観に来た人たちに紛れて、わたしは観客席から青春学園を眺めていた。

見渡せば、うちの高校の生徒もちらほらいるようだった。

その誰とも親しくなかったせいか、お互いが目を合わせるだけですぐに逸らしたけれど。


携帯が鳴る。

開けば、周助から「もう着いてる?」とメールが入っていた。

あのデートの後、周助から「ごめんね」とメールが入ってきていたのを思い出す。

わたしはすぐに、「ううん。こっちこそごめんね」と何に謝っているのかわからない返事を出して、お互いが「おやすみ」と締めくくった。

あれからテスト週間に入ったことも手伝って、二週間ぶりの、彼からの久々のメールだ。

返事をすると、またすぐにメールが入る。「ちょっと、コートの近くまで来れる?」

青学テニス部の、きっとファンなんだろうギャラリーで埋もれているコートの近くに行くのはほんの少しだけ気がひけたけど、おずおずと人ごみの中を割って彼の待つ場所へと足を運んだ。

―誰?

―不二くんが手ぇ振ってる……

という非難めいた囁きが耳に届いて、やっぱり彼はモテるんだと思った。


「おはよう伊織。久しぶりだね」

「おはよ周助。ね、久しぶり……ていうかなんか、なんか見違える〜!」


「ん?ああ……ジャージ?」

「うん、初めて見たもん。今日は頑張ってね!」


「うん、頑張るよ。ありがとう。そう言ったからには、僕を応援してくれるんだよね?」

「え、もちろんだよ!もちろん!」


周助の冗談めいた疑問の中には、仁王じゃなくて、僕だよね?という意味合いが含められているように感じた。

……自意識過剰だろうか。

この人は、わたしのことをとても愛してくれていると、告白されたあの日からずっと思っている。

だけどわたしの煮え切らない態度のせいで、思い切り嫉妬することすら堪えているような気がする。

……嫌な女。そんなこと考えて、優位に立った気でいるんだろうか。

自分を罵りながら、曖昧な笑みを周助に向けた。

周助がここにわたしを呼んだ本題へと、促してるつもりだった。


「あのね」その意味を汲み取って、周助が口を開く。「休憩が終わって、彼の試合が終わったら……」

少し間を置いて、唇を舐めた。

彼とはもちろん、雅治のことだろう。

「この場所で、待つように伝えて欲しいって」

「……」


渡された地図は、校舎に入るときに立海テニス部の一年生から受け取った案内図と同じものだった。

海風館と海友会館の間に丸印がつけられてある。人目を避けた場所であることはすぐにわかった。


「わかった。ありがとう」

「うん。迷わないようにね」


「あ、バカにした!」

「だって伊織、すごい方向音痴でしょう?」


くすくす笑う周助に、そんなことないよ!と嘘をついて抗議していた時だった。

後ろで微かに人影が揺れて、声を掛けるのを躊躇っているような視線とぶつかる。

それに気付いた周助は、ぱっと後ろを振り向いて言った。


「吉井……」

「あ、ごめん、いや、全然、後でいんだけど、ごめん、あの……」


どぎまぎとしているようなその表情で、周助が話していた、告白された友達だとすぐにわかった。

話しかけようと思ったらわたしが居て、彼女も、わたしが誰であるのか予測がついたような顔だ。

すぐに立ち去ることが出来なかったのかもしれない。わたしを、よく見たかったのかもしれない。


「ううん、今終わるとこだから大丈夫だよ」

「あ、いや、すぐ終わるのは、あたしもで、あの、頑張れって言いたかっただけだし!」


「そう。でもちょっと、僕も君に用事があるから」

「え」


揺らいでいる瞳は、決して期待には満ちていなかった。

何を言われるのか怖くて怯えている、そんな瞳が純粋で、美しすぎて。

思わず、初対面のくせにわたしは、じっと彼女を見つめてしまった。


「じゃあ、僕そろそろ行くね」わたしに向き返って、周助はにっこりと笑う。

「あ、うん。じゃあ……」

そう言って、彼女に会釈するように。彼女もわたしに、慌てて頭を下げてくれた。












雅治の試合が終わったのを遠目から確認し、わたしは席を立った。

歩きながら、何度も深呼吸をする。

あんな真似をしておきながら、彼に会うのは緊張するのだ。

あの時は嫉妬に溺れて、自分が何をしているのかわかっていなかった。

正常じゃ無かったということは、今の自分の精神状態と比べれば嫌というほど理解出来る。

よくもあんな恥ずかしい行動に出たものだと、今更ながらに思うけれど。

あれが無かったら、今日という日は無かったんだと思う。……今日という日までの、いろいろ。


「待ったか」

「!」


正面を向いて待っていることがどこか怖くて、背中を向けていたら、そう何分もしないうちに声が掛かった。

試合では全勝していたから、きっとあっさり開放してもらえたんだろう。

負けたらビンタが待っているというのは、付き合っていた時に何度か聞かされたことがあった。


「あ……ううん」

「久しぶりじゃの」


「うん……あの、前の時は、本当にごめんなさい」

「……いんや。俺も言いすぎた。お互い様じゃ」


ザク、ザクという足音と共に、雅治が近付いてくる。

会話をするには適度な距離で、その足音は止まった。

だけどこの間の時よりは近いその距離に、様々なことを感じる。

背が、また高くなったとか。あの頃よりもっと、大人びたとか。

……当時の自分を思い出した。

わたしは将来の彼の姿を想像して、その隣に立つことへの憧憬があった。

想像した通りの人になりつつある雅治を見て、胸の中にぽっと灯りがともった気がした。


「……元気、しちょった?」

「うん、それなりに」


沈黙を破るように雅治が呟いて、わたしを見据えた。

口元をあげて笑うと、雅治も同じように笑って、そうか、と呟く。

お互いが本題に触れるのを躊躇っているようなその空間に、わたしは決着をつけるべきだと感じた。


「雅治」

「ん」


「聞きたいことがあったんだ。ずっと」

「おう、なんじゃ」


ぎこちない会話。だけど雅治は、なんでも受け止めるというような姿勢を見せてくれた。

それがこんなに嬉しい。何もかも、彼の、恋人のおかげだ。


「後悔してる?」

「!」

「浮気したこととか、わたしと別れちゃったこととか……え?どうかした?」


雅治がぎょっとしたような顔でわたしを見るもんだから、話を中断するように彼を覗き込んだ。

いや、と小さく首を振って、なにが可笑しかったのか、くく、と笑った雅治。

深呼吸をするように、大きく胸を揺らして息を吐くと、力強く首を振った。


「しちょらん。浮気したことも、別れたことも」


その僅かな微笑みには、わたしに遠慮するような意味は含まれてない。

雅治もわかっていたんだ。わたしの答えが。わたしが、雅治の答えをわかっていたように。

わたしは、自分の中の自惚れた不安が解消されて、ほっとした。


「だよね」

「おう……お前さんも、しちょらんのじゃろう?」


「こないだまでは、してたのに……勝手だなー、わたし」

「人の気持ちなんか、勝手なもんじゃって」


俺がそうじゃったろ。

少しだけ謝るような表情で、優しい目でわたしを見てきた。

交際していた時に、幾度となく聞かされた、「お前しか愛せん」という言葉。

それは結局、長い時間を経て……冷めた言い方をすれば、嘘になった。

だけどそれを、嘘と言っていいのだろうか。その時は本当に、そう思っていたはずだ。

それが、雅治の気持ちだった。あの頃の想いに嘘はない。わたしはそう信じている。

人は変わる。雅治の体が成長するのと同じように、心だって変化していく。

浮気が許せなかったわたし。でもあれは、本当の意味の浮気じゃない。

わたしが、彼を拒絶したのだ。距離を置きたいと言って、自分から遠ざけた。

わたし以外の人を愛してもいいと、わたしが彼の心の箱を開けたのも同然だった。

雅治は優しかった。それだけの勝手を働きながら、戻ってきたわたしを包んでくれた。

だけどわたしは、どうしても他の女と接触をした雅治が許せなかった。

自分には非がないと、思い込んでいた。

挙句の果てに、ついこないだまで雅治が忘れられないと嘆いた……。

自分から、二度目の拒絶をしておいて。勝手だ。勝手なわたし。


「あー、ほんっとわたし、最低」

「ほ?」


「ううん。今までのこと思い出して、いろいろ反省した」

「……お互い様じゃろ。俺も悪いとこはようけあったし」


わたしの気持ちを汲み取ってくれたように、雅治は悪戯な笑顔を向ける。

その表情は、どこかほっとしたように見えた。


「雅治、ここに来るの、不安だった?」

「……そりゃ……多少はの。お前さんとは、いろんな想い出がありすぎる」


「でもそれって、未練とはちょっと違う……でしょ?」

「ん。多分、お前さんと同じじゃ。なんちゅうたらええかわからんけど……」


わからない。

わたしも雅治も、この気持ちに名前をつけることが出来ない。

恋しくも懐しい、終わった恋の余韻に浸っている。それだけだ。

おこがましくも、もしかしたら、それもひとつの愛なのかもしれない。

……限りなく、情に近いだろうけど。


「わたしね、彼女がうちの店に来て話してった日……」

「……」


雅治の瞳が、微かに揺れる。

好きでしょうがないんだな、と心の中で独りごちた。


「この人には到底、敵わないって」


ちょっと悔しかったけど、惨敗だと思ったんだ。

そう付け加えたら、雅治は自分のことのように嬉しそうに笑った。自慢の彼女。雅治の、大切な人。

これからも、大切にして欲しいと心から願う。

彼女とは、どうか一生。

彼女となら……きっと、どんな困難も乗り越えて、雅治も、箱から飛び出すことはないと確信できる。


「で?お前さんは、不二のとこへ行くんか」

「……受け入れて、くれるかな」


「好きなんじゃろ?」

「……うん」


周助に告白された日はただ戸惑って、どうしていいかわからずに居た。

彼は辛抱強く、わたしの頭の中から雅治がいなくなるまで、待ってくれると言っていた。

何週間か、彼と曖昧な恋人関係を続けて。

いつの間にか周助は、わたしの心の中を独り占めするようになった。

雅治のことを、完全に忘れていたわけじゃなかったけど……

それでも、確実に……わたしは周助のことが、好きになっていた。


「雅治の彼女がね、うちの店に来て、今日の提案したとき……正直、動揺した。でも、彼女が言うみたいに、雅治とちゃんと話し合って、こうやってけじめを付けないと、わたし、いつまで経ってもどこかであなたが引っかかって、そういう気持ちで周助と付き合うのが彼にすごく悪い気がして、いつまでもいつまでも、煮え切らないままで居てしまいそうな気がしたんだ。……すっきり、するべきなんだって思った。じゃなきゃ素直に、彼に好きと言えない。言う資格もないんじゃないかって気になってきて」


わたしのことを想って、雅治の彼女に酷いことを言った周助。

彼はそんな自分を非難して、そんな自分の醜さに苦しんで、ずっとずっと悩んでいた。

全ては、わたしが悪いのに。わたしのためじゃないと言い切った彼の瞳は、今でも忘れられない。

謝らずにいられなかった。周助をそんな風に苦しめたのは、紛れも無くわたしだから。

だからこそ、決断できた。雅治と話し合って、けじめをつけたら、ちゃんと周助に伝えたい。そう思った。

わたしもあなたが好きだと……ちゃんと伝えたい。


「そうか……じゃあ最初から、答えは決まっちょった?」

「多分……曖昧だけど。でも雅治に会って話せば、すぐに見つかるって思ってた。雅治に会って揺らぐようじゃ、それこそわたしは、彼のところに戻る資格がないとも」

「じゃーからお互い、怖かったんかもの。会ってみれば、どうっちゅうことなかったりする」

「……どうっちゅうことないってー……ちょっと酷くない?」

「次に会った時は本当にどうっちゅうことなくなっちょるじゃろ」


素っ気無い雅治の返事に、わたしはパンチする真似で対抗した。

あんな状態で別れたわたし達が、笑い会える日が来るなんて、思ってもなかった。

それには元に戻るしかないんだと、わたし自身、勝手に決め付けていた。

わたし達はきちんと別れてなかったんだ。

今日ようやく、きちんと、こんなに気持ちのいい別れを告げることが出来た。

今はまだ少し、会えば心にも焦りに似た感覚が走るけど。

雅治の言うように、次にそれは消えてる。きっと、すぐに消える。


周助との想い出を作っていきたい……しばらく前から、わたしの中にある確かな想い。

こないだデートに誘ったのは、彼が好きだと、何度もわたしの心で感じたかったから。

これからもよろしくお願いしますと頭を下げたら、周助は、わたしを受け止めてくれるだろうか。


「じゃあ、行くか」

「うん……ありがとう」


歩き出した雅治の背中を追いかけるように、一定の距離を保ってわたしも歩き出した。

背中も大きくなっていると、改めて感じる。自然と、頬が緩んだ。


「おお、そういや。俺も聞いてみたかったんじゃけど」 

「へ?」


ぱた、と立ち止まった雅治がくるりと振り返る。

今更じゃけど……と前置いた雅治は、右頬をぽりぽりと掻きながら。


「付き合っちょった時、バイト先変わって、不二に会ったじゃろ?」

「うん」


「何で俺に、不二のこと隠しちょった?」

「え」


「わざと言わんかったじゃろ。不二のこと」

「あー……」


不意を衝かれた気になって、少しだけ唸った。

今更こんなことを聞くのも恥ずかしいといった雰囲気の雅治に、言うこっちも恥ずかしいよと抗議したくなる。


「だって、雅治、中学の時に不二くんに負けたことあるよね?」

「……ピヨ」


わたしと雅治が出会ったのは高校の頃だけど、わたしは、雅治に会って彼を好きになってから、友人のつてを辿りに辿って、雅治がどんな人なのか聞いていたのだ。

その時、聞いたことがある。全国大会の決勝戦で、惜しくも立海が敗れてしまったこと。

雅治が、自分の敗北がそこに繋がったと、しばらく悔やんでいたということも。

その相手が天才・不二周助だと聞いて、なんて響きのいい通り名なんだろうと思っていたせいか、

頭の中に少しだけ引っかかっていたのだ。


「だから、不二くんとバイト先で会って、テニスやってるって聞いたとき、あれ?と思って。シフト表みたら、『不二周助』って書いてあるし……青学だって言うし」

「……じゃお前さん……もしかして……」

「雅治のトラウマになってる人かもと思ったら、あんまり容易に名前出せなかったから……まあ、いつかバレるだろうとは思ってたけど……隠してたってことを知ってるってことは……」


早いうちからあっさりバレていたということだ。浅はかなわたし……。

すると雅治は、くっくっく、と堪えるように笑い出した。なんかムカつく。

わたしがすごく雅治のこと考えてた過去を語らされて、こんなに恥ずかしいというのに。


「結局、俺とお前さんは最初からうまくいかんちゅうことじゃ」

「え?」


笑いながらそう言った雅治は、今度こそ背中を向けて去って行った。











テニスコートに戻ると、そこに周助の姿は無かった。

雅治と話してけじめが付いた後だからなんだろうか、どんどんとあがっていく心拍数に慌てて呼吸する。

辺りを見渡すと、青学のジャージが目に留まった。

わたしは駆け寄って、すいません、と声を掛けた。


「なに?」

「あの、ふ、不二さん、どこにいるかわかりませんか?」


ぶっきらぼうに帽子の鍔から見据えられた鋭い視線に、妙な迫力を感じつつも、なるだけ丁重に聞いた。

綺麗な顔をした、多分、年下の……試合に出ていたルーキーだ。


「不二先輩?」やっぱり年下らしい。「えーっと……さっきまであの辺にいたけど?」

「ありがとう、試合、頑張ってください」

「……もう試合終わったんだけど」


彼の声が微かに背中から聞こえた気がしたけど、わたしは急いでルーキーが指をさした場所に向かった。

すると、指をさしていたもう少し奥の方で、周助はテニスラケットを手に、ボールを跳ねさせていた。

トントントン、とリズミカルにボールが弾む。

わたしはそっと近付いて、なるべく驚かさないように声を掛けた。


「周助……」

「!……あ」


「あ、ごめん、やっぱり驚いた?」

「ううん。大丈夫だよ」


驚いた様子はなかったけれど、周助がボールを落としてしまったことで、わたしは謝った。

彼はゆっくりとわたしに振り返って、いつもの笑顔を見せてくれた。


「話して、きたよ」

「そう」


にっこりと笑いつつも、何も聞かない周助に、わたしは急いで口を開いた。

すぐに、今すぐにこの気持ちを伝えなくちゃ。


「あの――」

「――伊織、僕ね……」


あのね、わたし……と口を開けかけた時、それを遮って、周助は真っ直ぐにわたしを見た。

周助が言おうとしていることを聞こうと、わたしはすんなり黙る。

気持ちは逸るけど、周助の積極的な語り口はどこか嬉しかった。

心拍数が、またあがりはじめる。

真っ直ぐ見つめられた瞳に、やっぱり好きだという想いが膨れ上がった。

だけど、次の瞬間……わたしの目は、周助を見たまま固まってしまった。


「僕、好きな人が出来たんだ」

「……え?」


優しい笑顔を崩さないままで、いつもの口調で、挨拶をするように流れていくその言葉の行く先を、わたしは見失ってしまいそうだった。


「だから、僕と別れて欲しい」

「…………」

「ごめんね……もう……僕、疲れちゃった」


有無を言わせないその微笑みを残して、彼の視線は横へと流された。

その視線を辿ると、そこには、朝、コート前で軽い会釈を交わした、あの彼女が居た。

ここからわたしと周助に見られていることにも気付かずに、氷帝のジャージを着た何人かと、話をしている。

吉井さん……周助のことがずっと好きで、周助に告白したという、中学一年の頃からの、周助の友達。

友達……だと、思っていた人。

わたしが曖昧な態度を取っている間に、会わない間に、周助の気持ちは、彼女へと流れてしまった。

朝、話があると彼女に言っていた周助。あの後、彼女に想いを伝えたんだ……。

――きっとそうだ。


人は変わる……心だって変化していく……わたしがそうであるように。

周助だって……わたしのことをずっと好きなんて保証があったわけじゃないのに。

そう、さっき雅治に思ったばかりじゃないか。わかっていたはずなのに。

……周助の、自分に対する想いだけは違うと思った?

酷い、自惚れだ……。きっと受け止めてもらえると、信じていた。

あがる心拍数は、その自惚れの証拠。なんて、愚かなんだ、わたしは……。


「あ、いいのいいの!わたしもやっぱり、ちょっと、周助とは無理かなって思ってたんだ」

「……そう。じゃあ、ちょうど良かったのかな?」

「ちょうど良かったっていうか、周助に好きな人が出来てくれて、ほっとした。うん…………そう……そっか。そ、あ……うまくいくと、いいね!」


高鳴っていた胸は、静かに泣き出していた。

気取られないように、満面の笑みを掲げて、わたしは周助におどけて見せた。


「うん、ありがとう」

「わたしこそ、今までありがとう。あ……じゃあわたし、帰るね!」

「またね、佐久間」


急いで背中を向けたけど……。

最後に捧げられたその呼び方に、わたしの目の中の景色は、あっという間に歪んでいった。





to be continue...

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