きみが慾しい_11


僕はやっと、きみを手に入れた。

ごめんね、覚悟してて。

僕は永遠に、きみを手離すつもりはないよ。

こんなに心から愛している人と、通じ合えたんだ。

きっと、最初で最後の、最高の、本当の恋。
















きみが慾しい














11.





「おはよう」

「おはよ!わー、なんか違う!」


「うん?」

「気持ちの問題かなあ?周助がすっごくおめかししてるからかな?」


「あ、失礼だな。僕は伊織に会う時はいつもおめかししてるつもりだったんだけど?」

「でも今日はもっと特別でしょ?」


「さあ、どうだろうね?」

「だって今日の周助、超〜!素敵!」


気持ちの問題なんじゃないの?と意地悪に言ったら、ブークイングを訴えながら口を尖らせた。

仁王のことを匂わされたのが気に入らないみたい。

だってそうじゃない。ずーっときみは、仁王のこと好きだったんだから。

……なんて、僕の嫉妬深さもここのところ重症だ。

あまり嫉妬深い男は嫌われるってわかってるのに、どうしても胸の奥がチリチリしちゃう。

だけど気付けば、伊織の手が遠慮がちに僕の手に触れようとしていた。

燻っていた小さな嫉妬が、サラサラと溶けていく。

躊躇う彼女の手をぎゅっと握ると、少しだけ困惑したような赤い顔して、僕を見上げた。


「僕もちょうど、手を繋ぎたいって思ってたとこ」

「ちょうどってなに……」


「あれ?こうしたかったんじゃないの?」

「……っ、別に…………したかった、けど」


強がるのかと思えば、すんなり認める。

そんな伊織が可愛くて、僕は周りに人がいないのをいいことに、軽くこめかみにキスをした。

今度は目を見開いて僕を潤んだ目で見つめる。ねえちょっと、それは反則だよ?

僕のひとつひとつの行動にいちいち反応する伊織が愛しくて、本当なら、ずっと抱きしめていたい。


「周助はずるいなあ」

「うん?」


遊園地までの道中で、伊織が呟いた。


「人が変わったみたいに、なんか、積極的だし」

「だって伊織は僕のことが好きなんでしょう?」


「うん……え、それ関係あるの?」

「あるよ。だってそれなら……」


言いながら、集合場所で待っていた吉井と宍戸を見つけて手をやんわり離した伊織をじっと見つめる。

伊織は僕の声を聞きながらも、遠くのふたりへと手を振って。

僕も同じように手を振ったあと、下ろされかけた伊織の手をすかさず掴んで、しっかりと握った。


「しゅっ……っ」

「遠慮するはずないじゃない」


駆け寄った僕らに、宍戸も何かを感じ取ったのか、照れくさそうに吉井の手を握った。








デートの日はいつの間にか吉井さんに情報が伝わっていて、吉井さんも宍戸くんと遊園地に行こうと計画を立てていたタイミングの良さもあり、じゃあ約束していたこともあるわけだし!と、今日はダブルデートになった。

とは言っても、基本的には自由行動ということになっている。

周助も宍戸くんも、「ふたりになりたい時は勝手になる」というスタンスで今日に挑んでいて、予定を決める中でその話を吉井さんとしたときは、お互いB型彼氏だもんね〜と、しばらく笑っていた。


「佐久間さん!あれ、乗りたくない!?」

「あ!乗りたい!!行こう行こう!」

「おい、気をつけろよ」

「そうだよ。慌ててこけないようにしてね」


周助が堂々とふたりの前で手を繋いできて、宍戸くんも何故かそれに対抗するように吉井さんの手を繋いだから、わたし達はアイコンタクトをして手を離す作戦に出た(だってやっぱり恥ずかしい)。

チケットを買って早速!と言わんばかりの女子パワーを発揮し、どさくさに紛れて女子同士でくっついたのだ。

苦笑しながらわたしと吉井さんをゆったりと追ってくる周助と宍戸くんの優しい眼差しに、わたしも吉井さんも共通する喜びを感じていた。


「不二が元気になってくれて良かった〜」

「え」


そんな男と女の距離があるのをいいことに、吉井さんがぽつりと呟く。

晴れ晴れとしたような顔をして、ね?とわたしを見る彼女に、切なげな色は一切見えなかった。

だけどわたしの視線に、吉井さんは少し怪訝な顔をして。


「あー、佐久間さん、まだちょっとあたしのこと疑ってるでしょ?」

「い、いやいや!そんな!」


「嘘だぁ〜!いま佐久間さんが見てるような目であの仁王の彼女に見られたら、どう思う?」

「え……それは……心外!」


「でしょ。同じだから」

「うん、ごめん……今は宍戸くんとラブラブだもんね?」


「そちらより長くラブラブしておりますもので。年季が入っておりますの」

「さようでさようで」


小さく笑いあう。

わたしは、過去の感情の一切を水に流したような、彼女の溌剌とした性格が大好きだった。

なかなかそうはなれなかった自分としては、羨望もある。


「ホンットにさあ……不二、バカみたいに落ち込んでたんだよ。あの時期」

「…………」


「あ、佐久間さんを責めてるわけじゃないからね?どう考えたって不二が悪かったんだし。あたしには振られちゃったとか調子のいいこと言ってさ。もー、ホンットむかつくヤツ!」

「ねー!」


賛同するようにチラりと二人で後ろの周助を見遣ったら、周助は一瞬目を見開いて、バツの悪そうな顔をした。

なんとなく、言われていることを察知したのかもしれない。

宍戸くんはきょとんとしたまま、だけどどこか愛しそうに吉井さんを見ている。

ホントにラブラブなんだから。なんだかこっちが照れてしまう。

吉井さんにとってはいつものことなのか、すぐにわたしの方を向いて話を続けた。


「でも不二の気持ち、わかるんだ。ずーっと片想いしてたあたしとしては」

「……うん」


「実はね」

「うん?」


吉井さんがナイショ話をするように、身を屈める。

もう一度、距離を測るように振り返って、余計に体をくっつけた。

宍戸くんには聞かれたくない話……?


「亮もあたしと同じ立場で。ずっと片想いしてる人が居てね。でもその子にもあたしみたいにずーっと片想いしてる人が居たの。どこにでも似たようなことあるんだなって思った。しかもね、それ、あたしの幼馴染だったりして」

「え!」


「うん。でもその子はさ、絶対気付かせるようなこと、相手の人にしなかった。ずっと。少しは匂わせたりするものでしょう?でも自分を押し殺して、ずーっとずーっと。その彼に彼女が出来るたびに落ち込んでたけど、そのたびに彼の親友という立場で相談に乗ったりしてて」

「すごい……」


「うん、すごいんだ。あたしは絶対無理だなーって。あたし今まで耐えれたのは、不二に彼女が出来なかったからだと思うし、でも結局言っちゃったし」

「……うん」


「亮とも話してたんだけど、亮もね、我慢できなくて匂わせるようなことしたんだって」

「そっか……でもそうだよね。わたしなんか典型的で、すごく無神経だったよ……相手のことなんか、考えてなかった」


「うん、だからさ!こっからポジティブな話なんだけど!」

「うん?」


ぱっと顔を上げて両手を合わせながら笑顔になった吉井さんにつられてわたしも笑う。

わたしはどの片想いの話を聞いても、一番自分が最低なことをしているんだろうと思った。

もう終わったことなのに、後悔が消えることはないだろう。

彼女はそんなわたしをも、ポジティブに慰めてくれるんだろうか?


「亮との結論なんだけどね。やっぱり本当に本当に好きだとさ、笑ってて欲しいって思っちゃうから。例えその相手が自分じゃなくても、幸せであって欲しいって思うのが本当じゃないかなって。だから、不二もそうだけど……自分が余計彼女を辛くさせてるんじゃないかなって思ったら……ほら、不二って思い込み激しいし。好きになると冷静になれないから。だから、自分をことを気遣われないように身を引くのが、自分に出来る最大の愛情だと思ったんだよ」

「……うん、嬉しい」


今ならわかる、周助の気持ち。

責める気持ちがなかったかと言われたら、頷くことは出来ないけど……それでも、今こうして傍に居れるなら、なんだっていいという気分になってくる。


「うん。だから、佐久間さんは、銀色くんのこと好きだったのは事実だけど、突然その温もりが離れて、淋しいだけだったんじゃないかなって、偉そうに、あたしは今頃思うわけ」

「うん……そうだと思うな。わたし、すごい自分勝手だったし」


「うん、もちろん佐久間さんだけじゃなくて、不二が困るってわかってて結局自分勝手なことしたあたしも、同じく困るってわかってて気持ちを匂わせた亮も、独りよがりな愛情だったんじゃないかなって思うんだよね。まあ、それでようやく、あたしは亮を見つけたと……!」

「あれ、最後はのろけちゃう?」


「もちろん!」

「あははっ」


笑いながらアトラクションの前に到着したわたし達は、後ろからついてくるお互いの彼氏を見た。

妙に清々しい顔をしていたせいか、訝しげに女子を見る男子の目は、どこか楽しい。

まだ距離もあることだし、と、わたしは気になっていたことをこっそりと聞いた。


「ねえそれで、幼馴染の人は、今も……?」

「ああ、それが」


まるで自分のことのように目を輝かせた吉井さんは、くすくすと笑いながら。


「延べ六年の片想いが、こないだようやく実ったとこ」









「じゃあ、そろそろかな?」

「おう」


ベンチに座ってソフトクリームを食べている彼女達は、僕らのその一声にきょとんとしてこちらを見上げた。

言ったでしょう?ふたりになりたい時はなるんだからね。


「なにがそろそろ?」


伊織が首を傾げる。

吉井も宍戸を見て返事を待っていた。

吉井と伊織が最初からすっごく盛り上がっていたから、ふたりきりになることは出来なくて、宍戸と少しだけ不満を口にしながら、最後だけはと打ち合わせをしていた。


「さっき観覧車がライティングされたからね。今なら夜景も綺麗だし、締めにはいいねって宍戸と話してたんだ」

「わー、いいじゃんいいじゃん!行こう行こう!」

「悪いけど吉井、僕は伊織とふたりで乗るからね」

「え、あ……」


伊織の膝を軽く叩きながら促していた吉井に忠告したら、吉井ははっとした顔をして、すぐにやばいって顔をして宍戸を見た。

宍戸は少しむっとした様子で、ソッポを向いている。


「あ、あ〜〜〜亮!ふたりで乗るつもりだったんだよ!?」

「うそつけ。別にどっちでもいいよ」


「本当だよ〜!」

「な、抱きつくなよ!」


お酒も入ってないのに、暗くなるとテンションがあがるのか、吉井はやたらと積極的だ。

ふたりがイチャイチャしてるところを見ていると、僕も伊織に触れたくなる。

僕は伊織の手を取って、行こう?と促した。


「あ、うん」

「ねえ不二!帰りどうするの?」

「ここで解散でいいんじゃない?僕らこの後、どうするかわからないから」

「なっ!」

「やー!不二!それどういう意味!」

「さあどういう意味かな」


何故か一番真っ赤になって驚きの声をあげたのは宍戸だった。

苦笑しながら、伊織にちょっぴり怒られながら、僕らはありがとうと声を掛け合って別れた。


いよいよと観覧車に乗り込むとき、伊織は僕の手を強く握った。

でもそれとは対照的に、口数は途端に減っていて。


「どうしたの?」

「うん……なんか、いろいろ思い出しちゃった」


不安になった僕がそっと声をかけると、僕を気遣うように笑顔を向けてくれる。

ああ、大好きだなって、何度も思う。


「でも今日は、あの日とは違うでしょ?」

「うん。だからこんな気持ちでまた周助と観覧車に乗れたことが、本当に嬉しいなあって」


もう一度そっと重ねてきた手に、指を絡ませた。

キスをしたらきっと止まらなくなるってわかってるのに、もう限界がきてるみたい。

頬に手を当てたら、予感して目を閉じた伊織が愛しかった。


「伊織、大好きだよ」

「わたしも、好き……」


照れくさそうに顔を伏せて、僕の胸に頭を埋める。

可愛くて仕方なくて、強く抱きしめる。

あの日もこうして抱きしめたっけ。

でもあの時とは全然違うんだ。

同じ景色で、同じくらいの時間なのに、何もかも違う。

目に映る全てのものが煌びやかに見えて、目の前にいる伊織は、その中でも本当に本当に、綺麗。


「結局僕は、同じことしか出来ないみたい」

「え?」


「あの日も何度もしたでしょう?キス」

「あ……うん」


「今もしたい。してもいい?」

「……もちろん、でしょ?」


嬉しくて微笑んだら、伊織から僕の頬に小さなキスをしてくれた。

甘い香りに誘われるみたいに、僕も同じように返す。


「周助」

「うん?」


「あのね」

「……うん?」


こめかみや頬にしつこく何度もキスしていたら、伊織は僕の腕の中でもじもじと何か言いにくそうに顔をあげた。

首筋にキスを落としたら少しだけ甘い声が漏れたから、僕を止めにかかっているのかもしれない。

もちろんここでなんて思ってないけど、止めれそうにないよ……伊織。


「嫌だった?」

「え?」


「ちょっと歯止めが利かなくなりそう」

「ちょっとちょっと周助、そうじゃなくって……!」


「止めないで」

「止めるー!」


首筋に何度もキスしながらほとんど押し倒すような形になった時、伊織がポケットから何かを取り出して、僕に目の前に掲げた。

本当に止められてしまった僕は、予想外の展開に目を丸くさせる。

なんだろう?この小さな箱。

ラッピングまで、されてるけど……。


「もう!周助、やりすぎ!」

「だって伊織が可愛いから……」


「り、理由になってない!」

「それが理由なんだけどな……これ、なあに?」


顔を赤くしながら体勢を整えた伊織は、コホンと咳払いをひとつした。

開けてみて、と小さく呟いた彼女に従って、赤いリボンを解く。

どっちが彼氏なのかわからなくなっちゃうくらい、僕の胸のドキドキが高まっていった。


「あつかましい?」

「そんなわけないでしょう?」


僕が箱を開けた瞬間に、はにかみながら言った伊織の言葉に強く抗議して、もう一度それを眺める。

彼女からペアリングをもらうなんて、少し贅沢な気がしたけど……でもこれが、今の伊織の気持ちだって思うと、本当に嬉しくて。


「重たくないかな?大丈夫かな?」

「重たいって、僕が思うと思うの?」


そうやってずっと考えながら選んでくれたんだろうなと思うと、胸の中にじんわりと温もりが広がっていった。

指輪を取って、伊織の薬指に通した。

なんか照れくさい、とか、ちょっと緊張する、とか、笑いながら茶化す伊織の額にキスをして。

僕も伊織につけてもらう。

ん、とキスを求めたら、チュッと短いキスをしてくれた。なんて甘い時間なんだろう。


「どうして?」

「んー、周助に信じてて欲しいからかな!」


「また、そういう嫌味なこと言うんだから」

「ふふ。でもねー、本当にそれもあるんだ。この先、何があっても、信じてて欲しいなって」


今までのこととは関係なく、と付け加えた伊織は、さっきまでの誤魔化しの表情を消して、真剣に僕を見た。

僕も真剣に頷く。

伊織を抱き寄せて、耳元で囁いた。


「伊織もだよ?」

「うん?」


「僕のこと、信じててね。僕は絶対に、伊織のこと裏切ったりしないから」

「うん……信じてるよ」


ぎゅっと、僕を強く抱きしめた伊織の力が強くて、愛情に比例しているんだと思ったら、またときめきが訪れた。

本当にこんな日がくるなんて思ってなかったから……僕は不覚にも、目頭が熱くなっていく自分を止めることが出来なくて。

ぐっと歯を食いしばって堪えながら、同じように伊織を強く抱きしめた。


「今度、お返しさせてね?」

「お返しなんて要らないよー。わたしが今まで、周助に申し訳なかったって、お詫びの気持ちもあるんだから」


「じゃあこれはお詫びなの?うーん、ちょっと味気ないんじゃない?」

「あはは。そうかも。でも、やっぱり一番は、わたしの独占欲ですから。怖いでしょ〜?」


覗き込むように僕を見て僕を脅かすような仕草をした彼女にくすくすと笑う。

わかってないなあ、と思いながら、抱きしめている体を撫でた。


「大丈夫。僕は伊織に負けないくらい、重たいからね」

「えー?本当?」


「本当。だから覚悟しててね。それから、今夜も」

「え?」


観覧車がそろそろ終わりそうだったこともあって、僕は伊織の体をゆっくりと離した。

伊織もそれを察知して体を離したけれど、僕の一言が気になって、目をぱちぱちさせてこっちを見ている。

気付いてるくせに。言わせたいの?


「もう、高校最後の夏休みだし」

「……だ、だから?」


「いいでしょ?少しくらい、羽目を外しても」

「周助、それって……」


完全に僕の言いたいことを察知した伊織は、顔を伏せて僕の服をぎゅうっと掴んだ。

もう一周してもいいくらい……だけどそうなると、僕、今度こそ我慢出来なくなりそう。


「周助……」

「嫌?」


観覧車から降りながら、ぶんぶんと首を振って、伊織は俯いたまま。

そっと手を握ったら、思い立ったようにばっと顔を上げた。


「?」

「よ、よろしくお願いします!」


深々と頭を下げてそう言った伊織が可笑しくて、僕は周りの目を忘れて、思い切り彼女を抱きしめた。

人が見てる!とじたばたと騒ぐ伊織の耳元で、僕は、最後にもう一言。












――きみが慾しい





















fin.

≠following link novel
 - Bunta Marui「ファットボーイ&ファットガール」
 - Keigo atobe「love.」
 - Masaharu Nioh「遥か彼方」
 - Syusuke Fuji「きみが慾しい」
 - Yushi Oshitari「Twice.」

recommend>>遥か彼方_11



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