XOXO_01
1.
厨房は、いつも戦場だ。
「ガロニー並べてる?」
「完了してます!」
「ベンツ盛りだよね」
「もちろんです!」
「パスタは?」
「あと3秒であげます!」
「OK。じゃ僕フランベ入るね」
「ウィ。テリーヌはもう出しますか」
「もちろんやって、急いでね」
「はい!」
「あ、ちょっと待って。そのカルパッチョ、オニオンはシズレって言ったよね? これじゃアッシェだ。すぐにやり直して」
「すみません!」
だけどなるべく、僕は怒鳴らないスタイルでやっている。怒鳴ってもいいことないし、それで料理が美味しくなるわけじゃない。怒る行為は人の成長を妨げる。僕も雇われのときはびっくりするくらい怒られたけど、気にしない性格だからやっていけただけだ。人は圧力を感じると、思考停止になる。こんな忙しい現場で思考停止になられたら、僕が困る。あくまで注意するだけ。今後、彼らが失敗しないようにアドバイスをする。僕はそういう自分の仕事に、誇りを持ってきた。
「シェフ、ラザニアあがりました」
「だしてあげて。メインも終わったよ。チーズは用意できてるよね?」
「出来てます!」
「OK、みんなお疲れさま。今日はバイキング形式だから、もう慌てなくても大丈夫。あとは任せるね」
「いってらっしゃいシェフ」
「楽しんでくださいね」
「ありがとう」
コックコートを脱いでジャケットを羽織る。二次会の料理を大石に頼まれたときは二つ返事で承諾したけど、まさか来場者が100人以上にもなるなんて、思ってもなかった。
披露宴を抜けだしたからなんとか間に合ったけど、こんなに忙しい仕事は本当に久々だ。
厨房を出ると、そこは別世界だった。ドレスやスーツで着飾った紳士淑女たち、という言葉がピッタリなくらい、気品のあふれる空間で、僕は知っている顔を探した。
披露宴のときもそうだったけど、きっとあの頃の仲間とテーブルに収まることになる。なんだかんだとみんなして、結局、昔からの仲間が居心地がいいってことかな。
「不二先輩、終わったんですか」
「うん、もう全部、つくり終えてるよ」
目的のテーブルに向かうと、人気者の越前が声をかけてくれた。周りが先輩だらけだからなのか、意外にも小皿に料理を取り分けているのは、彼らしい。
「お疲れさんやったなぁ、ようこんだけの料理つくったわ」
「いつもと違う厨房だから、ちょっと悪戦苦闘しちゃった」
「ちゅうか、このサラダのソース何? めっちゃうまいんやけど」
「もちろんオリジナル。レシピももちろん秘密だよ」
「さすが不二やな。このスープも絶品やし」
忍足が目をきらきらさせて僕を見た。これまでの僕なら、「普段からあまり美味しい料理にありつけてないらしい」と思うところだけど、いまは素直に受け止められない。そんな自分が、ひどく情けない。忍足はきっと、本心で言ってくれているのに。
「……なあ、不二ごとレンタルは出来るのか?」
「また……跡部はすぐに出張させようとする。僕、そういうのはやってないよ」
なんでもかんでも、すぐに貸し切りやらレンタルやらという跡部は、昔から変わってない。
だけど跡部財閥には一切関係のない大手商社の『アスピア商事』で、執行役員をやってるという話を聞いて、やっぱり彼はすごいなと思う。
「せっかくうまいのに、そういうところでも儲けたらどうだ?」
「僕はやらない主義で通してきたからね」
「不二先輩って、そういうこだわり、意外とありそうッスよね」
笑顔で返すと、跡部はそれ以上は突っ込んでこなかった。越前は知らないだろうけど、忍足や跡部が口々に僕の料理をやたらと褒めるのは、気遣いも含まれている。
つい3ヶ月前、僕の料理はとある料理評論家のブログで酷評されたばかりだった。
『いつも同じ味。ラ・シックに居た頃からなにも変わらない』
『3年前のオープン当初からなにも成長していない。飽き飽きするメニューには反吐が出る』
『スタッフを甘やかしているという声も聞く。だから前菜ひとつとっても、結局は不二シェフのオマージュでしかないものが出てくるのだ』
『接客の良さだけが唯一の救い。変身できないアン・ファミーユのオーナーシェフ不二周助。ラ・シック時代に築いたかつての彼の栄光は、近い未来にはないだろう』
こういう批評に、僕らは記事の削除要請なんて出来ない。それは僕ら料理人のプライドでもある。書いてもらうことは宣伝になるという考え方もあるし、それに評論は自由だ。そんなことはすべて覚悟した上で、僕はこれまでやってきた。
雇われのときにミシュランの三ツ星を獲得し、当時はもてはやされた僕も、いつかこうなることはわかっていた。だけど……その代償はあまりに大きかった。
ここ3ヶ月で、お客さんの数は半減し、当然、売上も半減していた。だから正直、こういう仕事はありがたい。本当なら、跡部の出張だって喉から手が出るくらい引き受けたい。でも僕は、そんな弱い不二周助というシェフの姿を誰にも見せるわけにはいかない。僕が堂々としてなきゃ、他のスタッフの士気が下がる。
「あれ、仁王は?」
話をそらすようにそう言うと、忍足がフォークで奥のほうを指した。
もう、お行儀が悪いんだから。
「花嫁さんのヘアメイクしにどっか行ったで。大石、手近でぜーんぶ済ませよったな」
「ふふ。忍足は何かしたの?」
「俺が役に立てることなんか、なんもないのわかっとるやろ」
仁王は売れっ子の美容師。忍足は大手出版社に勤める敏腕編集者だ。いまの僕の目には、みんな仕事に充実しているように見えるから厄介だ。
「メモリアルブックみたいなの、つくってあげたらいいのに」
「嫌じゃ、気持ち悪い」
「それより不二、今度レストラン予約させてもらっていいか」
「もちろんいいけど、いつ頃になりそう? おかげさまで、しばらくは予約がいっぱいだから」
「1ヶ月後。詳しい日時はまた連絡する」
「それくらいなら大丈夫そうだけど、早めにね」
僕のプライドから出た小さな嘘に跡部は気づいているだろうけど、なにも言ってこなかった。そういう気遣いが嬉しいような、切ない気持ちになる。僕もかなり勝手だ。
「せやけど今日の結婚式、めっちゃよかったなぁ」
「二次会に残ったのが僕たちだけっていうのが、ちょっぴり寂しいけどね」
「まさか菊丸先輩が一次会で帰るとはね」
「残りそうにないメンバーばかりが残ってんじゃねえのか?」
「ホンマそれやな」
その会話に笑いながらグラスワインを飲むと、忍足が僕を指さして、あっと声をあげた。
「え、なに……?」
「いや、俺さっき引き出物こっそり見てん」
「お前は……本当にそういうところが関西人だな」跡部は呆れている。
「ちょお人聞き悪いこと言わんとって。でもお前ら見てへんやろ! 見てみ! すごいで」
「アーン?」
全員が引き出物の袋を持ち上げて、はっと気づく。僕、引き出物の袋を、厨房に忘れちゃってるや……。
「おお……ワイングラスじゃねえか」
「これぜーんぶ手づくりやって。一緒に入ってるカードに書いてんねん、見てこの名刺。『ガラス工房りんご 佐久間伊織作 丹精込めてつくりました! すべて一点物です』って書いてんねん」
「うわあ、しかもペアだ」グラスを手にして、越前がかわいい声をあげた。
「すごない? どんだけ手間なんこれ。しかもあの人数」
「なかなかやりやがる……大石のやつ、あんな感じのくせに顔が広えんだな」
みんなが取り出したワイングラスは、本当に綺麗だった。
「うわあああ!」
仁王が戻ってきて、大石の奥さんの話からみんなの恋愛話になったところで越前が席を立ったと思ったら、しばらくしてから叫び声が聞こえてきて、全員がその声にはっとした。間違いなく、越前の声だ。
「なにごとや?」
「さあ? ちと、見てくる」
仁王が急いで席を立って、様子を見に行った。仁王ってあんな感じで、意外と兄貴分だから面白い。そのおかげで、テーブルに取り残されたのは過去、「天才」と言われたふたりと僕らよりもずっと「天才」だった跡部。
このふたりと顔を突き合わせているのも変な感じだし、いいタイミングかもしれない。
「あれ、そういえば僕、引き出物を忘れてきちゃってる」
「え」
「式場を出るときはあったから、きっと厨房だね」
席を立ち、離れていく中で跡部の声がこっちまで聞こえてきた。
「ちょっと電話をかけてくる」
……忍足をひとりにしちゃった。まぁ、いっか。
すでに料理はすべて出し終わっていて、だから厨房には誰もいないはずだった。さっき引き出物の話になったときに戻らなかったのは、まだスタッフがあくせく働いていると思ったからだ。
いまなら、きっと大丈夫。
そっと厨房を開けると、思ったとおり、僕のレストランのスタッフたちはもうはけていた。汚れた食器だけが、この会場のスタッフによって並べられている。だからそこに、ひとり女性がいてもなにも気にならなくて、僕はこの会場のスタッフだと思い込んでいた。
「お疲れさまです」
そう、背中に声をかけた。すると彼女はびくっと肩を震わせて、ゆっくりと僕を振り返った。
そしてなぜか、彼女は泣いていた。
「え……」
戸惑いを隠しきれずに声がでた。彼女の目の前に、僕がもらった引き出物のワイングラスが、勝手に開封されて綺麗に並んでいる。よく見ると、彼女はジャケットを羽織っているものの、地味なワンピース姿だった。
ということは……食器をさげてくれているアルバイトでもなさそうだ。
「え?」
やっぱり戸惑いを隠しきれずにもう一度つぶやいてから、僕は彼女にそっと近寄った。
「どうして泣いているんですか? というかどうして勝手に……」
「こんなとこに棄てられているから……」
「うん?」
「外から引き出物が見えたんです……」
「いや、これは僕の……」
「あなたが!? ひどい……!」
どうしよう、面倒臭いな……。
なにかとてつもない勘違いをされているし、なぜかこの人は泣いているし。
「あの、棄てたわけじゃないんです。僕、今日の二次会の料理をつくってて、それでここに置いていただけで……」
「え……じゃあ、棄ててたわけじゃ……」
「だからそうじゃないんです。というか、棄てたりしませんよ、こんな素敵なグラス」
彼女のとなりに行ってグラスを手に取ると、彼女は僕をじっと見つめた。
「素敵、ですか?」
「え、うん。とても素敵だと思う……けど」
「本当ですか?」
どうしよう……やっぱり面倒臭い。どうして何度も聞いてくるんだろう……ひょっとして。
「それ、わたしがつくったんです!」
「あ、やっぱりそうなんだ……」
「え、わかってました!?」
「うん、そうかなって」
「やっぱりわたしの、こう、みなぎるものが作品に込められてるんですかねー!」
ネガティブなのかポジティブなのかわからない……けれど、褒められると弱いタイプらしい。
それから、僕がわかったのは、作品に執着する君の態度なんだけど……。
「だから泣いてたんですね。はい、これ使って」
僕はポケットからハンカチを取り出して、彼女にわたした。僕が泣かせたわけじゃなくても、目の前で泣かれると困惑する。彼女はおずおずとハンカチを受け取って、頬で乾きかけた涙を拭いた。
「すみません誤解して……あの……ご飯、とっても美味しかったです」
「ああ、それはよかった」
「というか、あなたが二次会の食事の、シェフでいらっしゃるんですか?」
「うん、そうだけど……」
「ってことは、あの、超有名レストランのラ・シックにお勤めだったシェフですよね?」
「え……」
「わたし、ラ・シックの料理が大好きだったので」
目を輝かせて僕を見上げるその言動に、心が洗われた気になる。いまの僕が、お世辞抜きにこんなふうに褒められるなんて、予想していなかった。
「どうして……そんなことがわかったの?」
大石の迷惑になるといけないからと、今日の料理提供が僕からされていることは、身内だけの話でとどめてほしいと、僕は大石に告げていた。だから、二次会の料理が僕のレストラン『アン・ファミーユ』からの提供だとは誰も知らないはずだ。すなわちそれは、僕が以前勤めていた『ラ・シック』のシェフだったってことも知られるはずがないってことなんだけど……。
「わかりますよ! あの美しい盛り付け、しつこすぎない味! あなたにしか出来ません!」
「そんなことが……わかるの……?」素人の君に。
「わかります! あなたの料理は芸術です! あ、わたし……こういうものです!」
わたされた名刺を、僕はじっと見つめる。
「なんか、不思議だけど」
「はい?」
「僕、りんご好きなんだよね」
名刺には、『ガラス工房りんご 佐久間伊織』と書いてあった。
「いいんですか?」
「誤解させて泣かせちゃったお詫びに……それに、なんだか外はさっきから騒がしいしね。僕、実はああいう場所が苦手なんだ。若い人たちには、いいのかも」
「そうだったんですね……わたしも苦手ですけど」
「若いのに」
「若くないです。アラサーですよ」
「本当? おさなく見える」
「不二シェフと同い年なはずです。雑誌で見ましたから」
彼女は少しむくれたように言った。僕は思わず笑った。
厨房に戻ったあたりから、会場で爆音ライブが始まっていたのはお互いわかっていた。
それを苦手だという言い訳のついでに、フランベに使用したテーブルワインを彼女がつくったグラスに注ぐ。
それにしても同い年なんて……まだ20代前半に見える。童顔だ。
「このグラスに赤ワインはぴったりだね」
「赤ワイン用に、つくったつもりです……」
やっぱり褒められると弱いらしい。照れたように、だけど必死で笑いをかみ殺しながら、彼女はそう言った。
「そんなに美味しい赤じゃないけど、乾杯」
「あ、乾杯……」
グラスを重ねずに、お互いが目元までワイングラスをかかげる。
そういうマナーを知っている感じからして、やっぱり、彼女はグルメなのかな。
「伊織さんは、よくフレンチを食べに行くの?」
「滅多にないです。でもラ・シックは思い出の場所で……」
「思い出の場所?」
「初恋の人と、はじめて行ったお店です」
なるほど、それで余計に覚えていたんだなと思う。
だけど味や盛り付けだけで僕だとわかるのは、やっぱりすごいな。
「見たときにこれは芸術作品だと思いました。わたしも、どういう物が人の心に残るのかを追求してる仕事だったりするので、すべてカメラで撮影して、帰ってからも眺めて。味も最高でしたし、もうなにからなにまで、最高の夜でした。料理って、人の欲求が生み出した芸術だと思うんです。でもわたしたちがやっているガラスは違います。欲求に動かされるものじゃない。だからこそ、芸術的なデザインや使い心地がなくてはいけない。それなのに、どんな芸術よりも芸術を感じました、あなたの料理に。わたしは悔しかった。しかも美味しい。もっと悔しくなっちゃって、お店の人に、料理のことをしつこく聞いたりして……」
彼女が饒舌なのは、すでに飲み干している赤ワインのせいだろうか。僕は黙って彼女の話を聞きながら、2杯目を注いだ。
こんなふうに絶賛されるのは、いつぶりだろう。自分でもびっくりするくらい、嬉しい。
僕が突っ走ってきた数年間、三ツ星を獲得してからはとくに、浮かれていた期間は長かった。
雑誌で取り上げられて、テレビの取材に答えて、フレンチ界の鬼才の新人、なんておだてられて。それだけに……今回のことは、とても心に重くのしかかっていた。
いまじゃまったく絶賛されない僕の料理。いつのまにか疑心暗鬼でつくっている毎日。夢見るスタッフを教育する一方で、僕の心には、ぽっかり穴が開いていた。
だからこそ、彼女の言葉が大げさだろうが極端だろうが、単純に嬉しいのかもしれない。
「でも、初デートだったのに、そんなふうに夢中になって、彼氏は怒らなかったの?」
「あ……彼氏じゃないんです。ただ5年前に偶然再会したので、ボーナスが出たてだったこともあって、思い切って誘ったんです」
「女性からラ・シックに誘うのは、めずらしいね」
「知り合いに、いいよって聞いてそれで。お値段は思ってたよりアレでしたけど」
「うん、高いよね。あの、よかったら次に彼氏と来るときは、僕のいまのお店を使って? ラ・シックよりは、リーズナブルだと思うから……」
「あのだから……その人は彼氏じゃなくて」
「ああ、ごめん。でも、いまの彼氏とでもいいし」
「いません……わたし、ずっとその人のこと、忘れられないままなんです」
「え?」
5年前に偶然出会った初恋の人ってことは、たぶん同級生かなんかで、それなのにまだその人が忘れられないってことは、ずーっと初恋の人を引きずっている?
「あ! だからって別に、男性経験がないわけじゃないですから!」
「ちょっと、僕そんなこと聞いてないよ」
「だって、なんかいま、探るような目で見てました!」
「見てないってば……もう、まいったな」
やっぱりネガティブなのかな……そう思いながら彼女を見たら、すでに2杯目を空けていた。
「飲む……ね」仕方ないから3杯目を注いであげる。
「不二シェフのペースが遅いです」少しうつろな目に見えるけど……。
「あの、不二シェフって呼ぶの、やめない?」
「では、なんとお呼びしましょうか」
「不二シェフ以外ならなんでもいいよ」
「じゃあ不二さん……」
「はい、じゃあそれでね」
「聞いてもらえますか?」
「え?」
ああ、完全に酔っ払っていると思ったときには、彼女はすでに喋り始めていた。
5年前、同じ職場に初恋の人が入社してきたこと。彼には彼女がいたこと。その彼が結婚を前提にその彼女と付き合っていると打ち明けてきたこと。つらくてつらくて、ろくな作品がつくれなくて悩んでいること。
「でもこのワイングラス、とっても綺麗だけど」
「これは必死でした……ワイングラスは、わたしの得意分野ですし、アンジェラさんにはお世話になったので」
大石の奥さんのことだ。どういう関係でどうお世話になったのかは、まったくわからないけど。
「ねえ、その彼に、告白は?」
「まさか、したことありません!」
「どうして?」
「わたしのこと好きじゃないってわかりきってるに決まってるからじゃないですか!」
きってる、と、決まってる、が重複してる……やっぱり酔っているらしい。
彼女のネガティブさは、こういうところで炸裂しているんだなと思う。僕はこれまで、恋愛に関して諦めるということを知らずにきた。絶対に諦めない。相手が結婚していない限りは、迫っていいはずだし、僕にもチャンスがある。そう思っている。
もちろんそれでたくさん振られてもきているけど、自分の気持ちを押し隠したままで長年過ごすなんてことは、性格上、出来ない質だとなんとなく気づいている。
だから彼女の、いかにも女性的な考え方には賛同できなかった。
「結婚を前提にしているだけで、別にプロポーズしたわけでも、婚約しているわけでもないんだよね?」
「そうですけど……」
「じゃあ、告白しちゃえばいいのに」
「えっ……」
「だって、ただ付き合ってるだけでしょう? 奪えるかもしれない」
「えええっ」
まんまるに見開かれた目に、僕は妙な気分になった。きっと伊織さんは恋愛ベタで、あると言っていた男性経験も、あまりいい思いをしてそうにない。根っからのネガティブで、だけどポジティブに生きたくて必死にもがいている。そんな伊織さんが没頭できるのが唯一、芸術という名のガラスの制作だ。
伊織さんのその没頭のおかげで、僕は今日、5年のときを超えてひとときの安らぎをもらった。
それなら僕が5年後に、少しだけお返ししてあげたい。そんな気分。
「ねえ、伊織さん」
「不二さんはイケメンですから、そんなこと言えるんです。自信満々すぎます」
「僕が手伝おうか?」
「はい?」
「彼を射止めるお手伝い。アドバイスできるかもしれない」
彼女は頷くかわりに、3杯目のワインを飲み干した。
to be continued...
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