一週間分、僕の愛_01



「悪ぃ、ほんと…」

「ううん。その…うまくいくといいね!その人と…」


「…伊織…」

「応援してる!頑張って!!」














一週間分、僕の愛













1.






日曜日の映画館は子供連れやカップルで大盛況で本当に本当に忙しい。

おまけに今日は1の付く日で映画館内の全作品が千円で見れるサービスデー。

おかげで私の担当する食料販売コーナーは休む暇なく動き回っていた。


「はい、こちらポップコーンとコーラのセットですね〜。お次お並びのお客様どうぞ〜!」


私がせかせかと接客に、ポップコーン詰めにと忙しくしていると、入って3ヶ月の新人くんが私にちょこちょこと合図を送る。


「次、僕と伊織さん一緒に休憩入って欲しいって、マネージャーが」

「OK、じゃさっさとここ片付けよう」

「了解」


彼は不二周助くん。歳は私のひとつ下の、現役大学生。

3ヶ月前、うちのマネージャーの紹介で、ここで働くことになった。(彼のお父様とマネージャーが仲良いんだとか…)

噂によると、相当テニスがうまいんだって。

そりゃそうだよね。プロ目指してるって話だもの。

私は彼のテニスは知らないけど、なるほど、彼はすごいだろうなと予測できる。

入って間もないのに、ベテラン並に動いて、頭の回転も速いのか、お客さんからのクレームにも即座に対応できる。


「伊織さん、僕のほうはいいよ?」

「うん、私ももうすぐいける」

「えっ、二人、一緒にランチ!?」


同じバイト仲間で、舞台女優を目指す友人の千夏が、その将来の夢のおかげなのか、大きな声でそう言った。


「ええ〜〜〜!!」

「千夏のばか!」


周りで一緒に働いてる女性陣が一斉に私にブーイング…そう、不二くんはめっちゃくちゃモテる。

顔もいいし、優しくて仕事は出来るし、おまけに今フリーなんだって。

そんな彼と私が一緒にランチなんて、他のバイトのコ達が黙ってるはずなんてない。


「ごめんね〜つい…」


千夏が私に申し訳なさそうな顔をする。あ、こいつ今、演技してる。

本当は私がこうして色々言われるのを面白がって声を張ったに違いない。

千夏は、そういう人間だ。(そんなブラックな彼女が好きだけど)

ったく…これでまたバイトのコ達からひとつ恨まれた…。











「伊織さん、どこに行こうか?」

「あ、私、カップ麺買ってきてるから、事務所で食べるよ?」


事務所に入って休憩のためのタイムカードを押しながら、私は振り向きもせずにそう言った。


「またカップ麺?伊織さん、身体壊しちゃうよ?」

「それはどうもご親切に」


毎日飽きもせずカップ麺を食べる私に対して、不二くんは困った顔して私を見る。


「…残念だな…僕、伊織さんと食事行きたかったんだけど…」


ああ、このセリフがあの同僚達に向けられた言葉だったら…。

恐らく今頃、倒れてる人が何人か出てるだろうな…


「あらら。ごめんなさいね?」


私はその甘いお誘いに、謝罪の気もなさそうな声でニッコリと答えた。

不二くんはそんな私を見て、寂しそうに微笑んで。


「伊織さん、頑張りすぎだよね?最近」

「え?」


「お昼がダメなら、夜なんてどうかな?」

「…え?」


「ちょっと息抜きに、僕と飲みに行かない?」

「ええっ!!」


不二くんの突然のお誘いに、思わず声が裏返る。

私にとって不二くんは、本当にただの後輩でしかなく確かにカッコイイけれど、恋愛対象で見たことは一度もなかった。

そんな彼に突然飲みに誘われて、私は戸惑いを隠せない。

まぁ…彼もそんなつもり、毛頭ないだろうけどね。


「ご馳走させて欲しいんだけどな」

「えっ…いや…そんな、悪いよ」

「決定だね?」


いやいや。

なんでそうなるの?不二くん?

たまに彼はこういう風に強引に話を進めるところがある。


「じゃあ、今日バイト終わったら、1階で待ち合わせしよう?」

「あ…う…うん…」


憎めないその微笑みと、とっても優しいその声に、気付いたら私はOKしていた。

なんというか…不二くんは仕事とテニスだけじゃなく、女の扱いも心得ているような…そんな気がした瞬間だった。








+ +







「ふ…不二くん…?」

「ん?どうかした?伊織さん」


不二くんと待ち合わせて、彼が私を引っ張って連れてきたのはとっても高級そうな大人の雰囲気満載のバー。


「こ…ここで飲むの?」

「そうだよ?」


辺りを見渡すと、出窓から見えるささやかなネオン、柔らかい色使いのインテリア、ゆったり過ごしてもらう為なのか、ローカウンターにベンチシートまである。


「いや…ちょっとこれは…」

「すいません、予約していた不二ですが…」


不二くんはきょろきょろしている私を無視し、傍にいる店員さんに声をかけた。

…って、えっ!?


「はい、不二様ですね。承っております」


よ、予約してたですって!?


「そういうこと」


私の顔を見てふっと笑うと、不二くんが耳元で囁いた。


てか…あれ今、私…声に出したっけ?

あいや…表情で…読み取ったんだよね?不二くん?


「不二様、こちらにどうぞ」


不二くんに心を見透かされたような気がしておろおろしていると、スマートに決め込んだバーテンダーのお兄さんが、予約席まで案内してくれた。

そこはいかにも特別室!みたいな感じで、温泉で言えば、そう、離れをイメージさせる個室だった。


「わ…すっご…」


その個室の全面にある窓からの夜景に、私は絶句した。

あまりに綺麗で、あまりにゴージャス。

こんな夜景を独り占め…基、ふたり占めしてもいいものなんだろうか!


「…気に入ってくれた?」

「いや…ほんと…スゴイ…!!で、でも不二くん、何で?」

「伊織さんに、どうしても見せたかったからね」

「だから、それは何でよ」

「最近、伊織さん疲れてるみたいだから。ふふっ」


そう言ってニッコリと笑った不二くんは 本当に王子様のように素敵だった。

その心遣いにも感動したし、なんだか細かいとこに気が付く人だなぁ…

なんて、同時に感心してたりして。


窓に映るその絶景を堪能して、ゆっくりと席につくと美味しそうな料理と、とっても素敵なカクテルが出て来て 私は思わず頬が緩んだ。


「こんなおいしい思いしてもいいのかな?私!」

「ふふっ…いいんじゃない?たまには」


「不二くんって年下と思えないよ!ていうかプレイボーイでしょ!?」

「えっ…ひどいな…そんなことないよ…」


「本当にぃ〜?彼女いーっぱい居そうだよ?くくっ」

「伊織さん?…いいの?そんなこと言って」


ぬぉ!!

不二くんはたまにこうして目を見開く時がある。

その表情はとっても怖くて、彼に悪気はないんだろうけど、一緒に働いている人全員がハラハラする瞬間である。

こんなの一人で見て、私は生きて帰れるのだろうか…。







+ +







「不二くん、ありがとね」

「ん?」


1時間くらい過ぎたとこで、私はそっとお礼を言った。

私が疲れているということに気を使ってここまでしてくれた不二くんに本当に感動していた。


ああ、持つべきものは後輩…って違うか。


「…どういたしまして」

「不二くんは優しいよね…何にも聞かないんだもん」


そう。ここに来てずっと映画の話や音楽の話を繰り広げていたけれど、不二くんは、私が最近疲れているのはどうしてかという疑問には全く突っ込んで来なかった。

それはきっと、彼が何もかも、理解しているからなんだろう。


「…聞いてほしかった?」

「えっ…あっ…ごめん、そういう意味じゃないよ」


「…伊織さん振るなんて、バカな男だなって思うよ」

「…!」


やっぱり彼は知っていた。

いや、知ってたんじゃなくて気付いてたんだろう。

私はほんの2週間前に、とても好きだった彼氏に振られたことでただがむしゃらに仕事をした。

そのことを考えてしまうのが嫌で、何もかも仕事で忘れようとしていた。

思えばその日から、不二くんは仕事中、私を気遣ってくれていたような気がした。


「そか…やっぱバレてた?あははっ」

「なんとなく…だけどね」

「いや〜…なんか、他に好きな人出来たって言われてさっ」

「…そう…」

「…ごめん、なんか気まずいよね、この話…ははっ」

「そんなことないよ…これからが本題じゃない」

「…え?」


言ってる意味がよくわからない。

私が瞬時に頭でそう思った時、それよりも早く不二くんが私に近付いてきていた。


「…ふ…不二くん?」

「…僕が、どうして伊織さんを誘ったか、わからない?」

「え…」

「…じゃあ質問変えようか。僕が、どうして伊織さんが振られたこと、気付いてたと思う?」

「え…っと…?」


次第に胸がドキドキしてきていた。

彼に何の感情も抱いていないはずなのに、イイ男に顔を近付けられ、それで真剣に見つめられて、お酒が入っているのも考慮して、私はふわふわと舞い上がっていた。


「僕が…ずっと伊織さんを見てたからだよ…?」

「ええっ!」


「気付いてなかったでしょ?あれだけアプローチしてたのにな」

「うそっ…」


それはきっと、私が他のことでいっぱいいっぱいだったからだろうと思う。

彼のその好意に、私は全く気が付かなかった。


「…ねぇ伊織さん…」

「はっ…はい?」


不二くんはそうして何か言おうとしたけどすぐに私の唇に目を落として、そこをじっと見つめると、その先の言葉を声に出さずに…そのまま唇を動かした。









――――――キスしたい





私の頭がその唇の動きを読んで、その意味を理解した時、すでにそれは重ねられていて…

私は酔っていたせいか…ただ素直に硬直していた。





to be continue...

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