愛を乞う人 Feb.29
僕との話し合いに、君は来てくれなかった。
二十歳になる年には僕の誕生日があるからって張り切ってた君。
その約束を…果たしてはもらえないの?
愛を乞う人 Feb.29
三年前だった…高校二年の頃。
ふたりの想いが通じ合って、僕が衝動的に君を抱きしめたことをきっかけに、僕らは付き合い始めた。
半年間つのらせていた想いは、お互いに破裂しそうなほど強くて。
伊織と愛し合う日々が、僕の生きてく力になっていった。
きっと、伊織もそうだったって、僕は信じてる。
それが、いつからだっただろう。
―周助、わたし以外の人にも、すっごく優しい―
―…どうしたの伊織?―
―わたしにしか、優しくして欲しくない…―
―僕は、伊織にだけ優しくしてるつもりだよ?―
―そんなの嘘!昨日だって、クラスメイトの女の子と一緒に、たくさんの本抱えて…!手伝ってあげてたの、わたし、知ってるんだから!―
―それは…伊織、だって友達だよ?女の子だし、大変そうだったから…―
―あの子、図書委員でしょう!?それが仕事じゃない!どうして手伝う必要なんかあるの!?あんなことして、思わせぶりだよ周助!―
―…どうして伊織、そんなこと言うの?冷たいよ…―
僕たちに亀裂の入ったあの時を思い出す。
きっと伊織は、あの日までずっと我慢してたんだと思う。
付き合い始めは束縛したくなくて、我慢。
三ヶ月も経つと、束縛はしても、嫌われたくなくて、我慢。
半年後には、軽く言う程度に抑えて、やっぱり我慢して…。
一年後に、言っても言っても良くならない僕の行動に、ついに限界が来た。
それでも僕は――折れなかった。
僕がしてること、どんなに伊織が嫌がっても。間違ったことだなんて、思ってない。
今だってそれは変わらない………だけど、後悔。
少しの嫉妬をきっかけにしたあの日の喧嘩で、僕と伊織の間には、溝が出来た。
その溝は、僕が折れずに居たことで。
伊織の嫉妬が、日に日に激しくなっていくことで。
どんどん深まっていった。
最後には、「距離を置きたい」…なんて言われて。
僕は、伊織を手放したくなかった。
だから、話し合おうってメールした…それが、もう二年も前のこと。
待ち合わせた公園に、五時間待ってみても、君は来なかった。
メールをしても返事はなくて。電話をしても、出てはくれなくて。
結局僕は、その公園で酔っ払っていたOLさんの介抱をして、寂しく帰った。
あのOLさん…うまくいったのかな…なんて。
伊織のことを考えずにいられるように、一度会ったきりの彼女の心配を、ふとしてみたり…。
□ □
「ふーじ!」
「やあ、英二。なんだか久しぶりだね」
「なっ!あ、ねえ久々に会ったんだし、昼飯一緒に行かない?」
「うん、いいね。そうしようか」
大学のキャンパス内で、昔っから仲の良い英二が僕に声をかけてくれた。
ぴょんぴょん跳ねてる毛先はあの頃から変わりなくて、振り返った僕はすぐに笑顔になった。
英二は食堂に入ると、「俺のおごりね!」と言って二人前のカレーを注文した。
驚く僕に英二は一言。
「だって明日、不二の誕生日じゃん!」だって。
「ありがとう英二」
「んーにゃ。大の仲良しなのにカレーくらいしか奢ってやれない俺を腹の底から恨んでもいいくらいだぞ、不二は」
「あははっ。恨みはしないよ」
「呪うかもしんないけど?」
「あ、さすが英二」
「怖いって不二!お前が言うとシャレになんないんだからなー」
笑い合いながらこうして英二と食事をするのは、実に半年振りくらいだと思った。
まるで高校生の頃に戻ったみたいな錯覚に陥って…思わず、昼休みにはいつも傍に居た伊織の名前を呼んでしまいそうになる。
ほら…また、伊織のことばかり。
「不二もやっと、五歳になるのかー」
「ふふっ。まあね。英二よりも十五歳年下」
僕が微笑むと、英二はガキ大将みたいな顔して笑った後、肩で大きく息を吐いた。
その様子を僕が不思議に見つめてると、英二は微笑みを崩さないまま、僕を見て。
「…不二、好きな子いる?」
「え…」
「いる?いない?」
突拍子のない質問に、僕は目を丸くするばかり。
どうしてそんなのこと聞くんだろうって考えるのと同時に、僕は返事をしていた。
「いるよ」
「え、いるの?」
「あれ?意外だった?」
「ううん。いるってわかってるけど、いないって意地張るかと思ったからサ」
悪びれた様子もなくそう言った英二は、最後の一口を飲み込んで、傍にあるグラスに入った水を、またも一気に飲み干した。
「はー、うまかった」
「英二、何が聞きたかったの?」
「んー?だからあ、不二がいないって言ったら、いるだろって言ってカッコ付けようって思ってたのにさー。あっさりいるって言われちゃったからなあ…まあどっちでもいんだけど」
「ふふ。脈絡ないなあ、何が言いたかったわけ?」
うん、まあ…と歯切れの悪い接続詞を呟いた後、英二はさっと頭を掻いた。
視線は右に行ったり左に行ったり。忙しい英二を、僕は辛抱強く待ってみる。
「伊織ちゃんだろ?不二が、まだ好きなの」
「……まだ、なんて僕言ったかな?」
「言ってないけど、伊織ちゃんなら、結局、『まだ』だろ?」
「うん…うん、そうだね。まだ、好きだよ…」
振られてから二年も経つのに。
僕の心は伊織に占領されたまま、誰かにときめくことすら許してはくれない。
僕と同じ大学なら良かったのに、伊織は違う大学を受けた。
その大学の、どこへ彼女が受かって、そして今、どこへ通っているのかさえ知らない。
彼女の住んでいたマンションには、行けばもう違う家族が住んでいて。
結局、居場所もわからないまま…その気になれば、調べることは出来るのかもしれなくても。
そんなことして、伊織に嫌われたくはないから…。
「二十歳の誕生日はさー」
「え?」
「不二の誕生日がやってくるからって、伊織ちゃん、張り切ってたよね」
「…もう、昔の話だけどね」
「それでも、祝って欲しいんだろ?…伊織ちゃんに」
「…叶いっこないけどね」
俯いて笑った僕は、この気持ちを殺したくて、目の前のカレーを口に放り込んだ。
夢中になって食べている振りは、少し、気分を紛らわしてくれるから。
でも、その振りも少しで終わった。僕のその発言に、英二がすぐに返してきたから。
「わっかんねーじゃん、そんなの!」
「…え?」
「伊織ちゃんも祝いたいって思ってくれてるかも」
「……何言ってるの、英二、そんなわけないでしょう?」
いきなりの英二の発言に僕は少し目を見開いて、すぐに呆れたような声を出した。
さっきも英二の発言に、僕は目を丸くしたばっかりだったのに。
今日の英二はどこかヘンだ。
強引に、伊織の話へ持っていこうとしてる。
「だからー、そんなのわっかんねーじゃん」
「…あのさ、英二さ」
「なに?」
「結論から言って欲しい…かな」
英二はぐっと息を飲んだ。
僕を怒らせちゃったって、勘違いしてるのかもしれない。
おもむろに携帯を取り出して、何かを探すように操作し始めた。
「英二?」
「俺の予定では不二が最初に意地張ってね、でもって伊織ちゃんの話を出したら、伊織ちゃんへの熱烈な愛を俺に語っちゃうかなーって思ってたんだよなあ。そこで、菊丸様の登場。俺はいつだって恋のキューピットなんだぞ〜!ってねん」
「……」
「……シラけるなよ不二!とっておき情報、教えてやんないぞ!」
「はいはい。わかったから、どうしたの?」
「伊織ちゃんのバイト先、見つけちゃったんだよねん」
またまたニッコリ笑った英二が僕に見せたのは、とある文房具店の住所と電話番号。
偶然だったんだよ、と言いながら、文房具に行くまでの経緯を英二は話してくれたけど。
僕はその下にあるぼやけた画像に目が釘付けになっていて、英二の声はどこか遠くで聞こえていた…いくらぼやけてたって、僕には見えるから。
……間違いなく、伊織だ。
「…英二、これ盗撮だよ」
「じゃあ俺を警察に突き出しちゃう?不二の為にこんな罪まで犯しちゃった菊丸様を」
「ありがとう。それ、メールで送ってもらっていい?」
「もっちろん!そう言うと思ったから、こうして新規作成メールで保存しておいたんだぞ〜」
「あ、でも」
「ん?」
「その画像はいいや」
「え?いらにゃいの?」
意外だったのか、席を立った僕の顔を見上げたまま英二はきょとんとして。
僕は笑って一言添えてから、食堂を後にした。
「共犯になっちゃうからね」
□ □
ブルーのエプロンをつけていた伊織は、付き合ってた時よりも数段大人になっていた。
ぼやけた画像でも、僕にははっきりとそれがわかった。
まず、髪が伸びていた。
それから、髪の色が黒から栗色に変わってた。
…少しだけ、あの頃より痩せてる気がする。
午後の講義中、僕はそんなことばかり考えて。
大学を出た瞬間に、駅まで走ってた。
伊織が今日、バイトに出ているかなんてわからない。
居ない可能性だって十分ある…だけど、居る可能性があるなら。
幸いにもその文房具屋さんは、最寄り駅から近くに位置していた。
伊織が好きそうな、可愛らしい文房具屋さんで。
そっと店内を覗くと、心臓が止まってしまうかと思うくらいに胸が痛くなった。
そこには、伊織が居た。
長い髪が揺れて、綺麗。
僕が忘れたくてもずっと忘れられない彼女は、やっぱり、あの頃より大人になっていた。
僕は勇気を出して、店内に入ってみた。
伊織が気付く様子はない。
どうやら、見本用のラッピング商品を作っているみたい。
レジでせかせかと仕事をしていて、そんな姿すら…今でも、ほら…こんなに愛しいよ…。
[ 英二、今日は本当にありがとう ]
何故か今、そんなことを英二にメールした。どうしてだろう、今、伝えたくなった。
少しだけ、お店の奥に歩いて行く。
僕はレターセットの前で立ち止まって、淡いピンク色の便箋を手に取った。
ゆっくりと、彼女の待つレジに近付いていく。
まだ、気付いていない…僕を見たら、伊織はどんな顔するだろう。
例え、冷たくされたとしても…また君を見つけてしまったなら、僕はもう、自分さえ止めることが出来ない。
「いらっしゃ――…っ」
僕を見た伊織は、一瞬、時間が止まったように体を強張らせた。
そんな彼女を見て、小さく息を吸う。
また、胸が痛くなった。
僕に会いたくなかったみたいな、そんな顔、しないで。
「…これ、ください」
「…あっ…はい…っ」
幸い、レジには伊織しかいなかった。
レジに並んでる人もいない。
ここだけでも、僕と伊織の空間。
僕は、穴が開くほど伊織を見つめた。
伊織はそんな僕を避けるように、わざと目を逸らしてレジに金額を打ち込む。
「ろ…っ…、609円です」
「はい」
「…っ…」
僕がお金を差し出すと、伊織は少しだけ震えた手でそれを受け取る。
会計が終わる…このまま終わるなんて、嫌だ…。
「…手紙…」
「えっ…」
「手紙を、書こうかと思っていて…」
「……そ…そうなん…ですか」
突然そう言った僕の目に、驚きながらも、伊織はやっと視線を合わしてくれた。
言いたいことはたくさんある。
だけど、この時間に伝えれることを。
「…別れた彼女に」
「え…」
「……大好きだったけど、振られちゃって…。ダメ元で、別れた彼女に…ラブレターを書こうかと思って」
「…っ…」
伊織は困惑した様子で、ぎゅっと目を閉じるように俯いた。
「明日、あの時と同じ時間に、あの公園で待ってるって…」
「…っ…さ、391円の、お返しです…」
「…ありがとう」
おつりを受け取って、僕は伊織の居る文房具屋さんから出た。
出た瞬間に、緊張感の解れのせいなのか、声と一緒に大きな溜息を吐いた。
□ □
今年はいつもよりも寒くて。
夕方六時からすでに三時間が経過して、体は当然のこと、心は、より凍えていた。
二年前…付き合ってすぐにきた僕の誕生日に、伊織がくれたマフラーを巻き直す。
昨日、伊織は気付いてくれてたかな?僕が今でも、このマフラーを大事にしてること。
…それだけ気付いてくれたなら、もう、いいかな…とも思う。
一方的な想いを押し付けてきた、待ち合わせとは呼べない待ち合わせだから、伊織が来てくれないのは当然なんだけど。
さすがに三時間もこうしていると、少しだけ期待してたんだ…なんて、自分が滑稽に思えてくる。
どうして彼女が来てくれるだろう?
事の発端は僕なのに。
あの日だって、結局来てくれなかった伊織が。
あの頃よりもあんなに綺麗になって、あんなに大人になった伊織が。
あれから二年も経って…僕への気持ちがまだあるかもなんて期待して。
……呆れるほどの自惚れだ。
「周助…?」
あの時の声が蘇る。
僕の頭の中で、いつも伊織は僕を呼んでくれている。
いつだって、周助って、僕を呼んでいてくれたのに。
「周助…」
伊織のためなら、他の女の子に優しくすることなんてなかった。
どうして、彼女の痛みを僕は理解してあげれなかったんだろう。
「ねえ、周助…」
「…っ…え…」
僕の頭の中でリフレインしていた声が、いつの間にかクリアになって聴こえてきていた。
いや、もしかしたら。
最初から、僕の頭の中じゃなくて、僕の耳の奥で聴こえてた…?
「…まだ、いると思わなかった」
「……伊織…」
ゆっくりと振り返ると、昨日と同じように困惑した顔の伊織が。
僕から目を逸らしたまま、少しだけ俯いて立っていた。
* *
「…伊織…来て、くれたの?」
「……自分のことじゃなかったら、どうしようって…すごく悩んだけど…マフラー…してくれてた…から……」
期待していたくせに、僕はいざ伊織が目の前に現れると驚いていた。
目の前が揺れそうになる。
それをぐっと堪えて、僕は伊織にそっと近付いた。
伊織は、僕が近付く距離が縮むに連れて、どんどんと俯いて。
ようやく目の前に立つと、伊織が消え入りそうな声で言った。
「…おた…」
「え?…」
「お誕生日…おめで…と…」
気が付くと、伊織の手には可愛くラッピングされた袋があった。
それを僕に掲げてくれいる。
嘘みたいだ…こんなに幸せなことがあって、いいの?
「だって…約束…だったから…」
「僕に…?」
「…他に、誰もいないでしょ」
「…うん」
そっと、それを受け取ろうとしたけど。
もう、我慢の限界だった。
「…っ…!周…」
「伊織、ごめん…大好きだよ」
その手首ごと引き寄せると、伊織は声を抑えて泣き出した。
僕の背中で、彼女の手がぎゅっと握られる。
同じ気持ちだったって、これじゃ勘違いしちゃう。
ねえ伊織、自惚れてもいい?
「…ずっと、二年間ずっと、伊織とこうしたかった」
「嘘…っ…」
「嘘じゃないよ…本当に、ずっと伊織のことばかり…」
「嘘、嘘、嘘…っ…!」
段々と、伊織の声は大きくなって。
最初は殺していた声も、この時にはわんわんと声を上げていた。
あんまり泣くもんだから、僕は少しだけ困惑して。
「ごめんね、ごめん…僕が悪い…でも伊織のこと、ずっと好きだったのは本当…」
「そんなこと言って…、あい…相変わらず、図書委員の子…手伝ってた…っ…!」
「あ…ご、ごめんね?…でも僕、喧嘩した日からずっと後悔して…」
「嘘…!後悔なんて嘘!」
「…っ…」
「周助は浮気者だよ!ずるいよ!」
とってもとっても伊織が可愛いことには、変わりないのだけど。
少しだけ、さっきよりも凶暴化した伊織に、僕は益々困惑した。
どうして僕が言うことが、さっきから全て嘘になっているんだろう。
「あああの、あの日だって…!!だからわたし…!!」
「…え…えっと、伊織…ごめん、少し落ち着いて…」
「二年前の十二月!!ここで、待ち合わせて…!周助が、話し合おうって言うから…!いい、意地張って行かなかったけど…っ…」
「うん…うん、伊織、来てくれなかった…」
二年前の十二月だって、僕は夕方の六時からここで待ってた。
けれど、伊織は十時になっても来てくれなくて。
それでも辛抱してもう一時間待ったけれど、結局、君は来てくれなかった。
「行ったの、来たの!」
「え…?」
「最初は行かなかったけど、やっぱり周助とちゃんと話さなくちゃって思い直して、来たの!ここに!」
「え…でも…僕、ここで五時間も待ったんだよ?」
ひっくひっくと泣きながら、時折大きな声を出す伊織。
午後九時のまだ人通りが少しあるこの公園では、そんな彼女は少し目立っていた。
あまり目立たないようにしようと、一度離れた体を、もう一度きつく抱きしめる。
すると伊織は、余計に泣き出してしまった。
それでも僕を強く強く抱きしめて、くぐもった声で続ける。
「ご…っ…五時間後くらいだった…周助、大人の女の人と抱き合ってて…!浮気してた…!」
「!?…ちょ、ちょっと待って!そんなことしてないよ!」
「してたもん!してたんだもん!絶対周助だったもん!」
「ええ…!?そんな…そんな浮気なんて、僕がするわけ………あ…」
『大人の女の人と、抱き合ってた』…伊織の発言を改めて考えると、一致することがひとつだけあった。
そうだ…彼女が泥酔してて…ブランコから転げ落ちて…見てられなくて…。
「ああ…仁王の…受付の…あのお姉さんのことか」
「やっぱり!仁王って何!?受付って何!?なんか卑猥な響き!」
「ちょ、ちょっと待って伊織!誤解だよ、誤解…っ…」
「周助の馬鹿!周助の馬鹿!それでも、それでも今日来ちゃったじゃない!どうやったって…っ…わたし、周助のこと忘れられない…っ…浮気されたって…!」
きっと伊織も、本当の浮気だなんて思ってるわけじゃないんだけれど。
つまりは、僕が誰かれ構わず優しくするのが許せないってことを言いたいんだと思った。
それを見たのがあの時期だったなら、伊織が来た道を引き返しても仕方ないかもしれない。
だって、伊織はそれが嫌で僕との距離を置こうって言ったようなものだったんだから。
「でも…後悔してた…わたしも、ずっと…」
「……伊織…」
「でも、やっぱり嫌なんだもん!嫉妬しちゃう…周助は、わたしだけの周助で居てほしい!」
「…うん、これからは、伊織だけの周助でいるよ。ごめんね伊織。ごめんね…」
後悔してた…その伊織の発言に、僕は少なからず安堵して。
「ごめんね」と、彼女が泣き止むまで何度も何度も謝った。
やがて、彼女の泣き顔も少し落ち着いてきた頃。
「…ごめんね?」
「こっちも…ごめ…っ…もういいよ周助、謝らないで…っ…」
「…ありがとう。ねえ、今日来てくれて、本当に嬉しいよ、僕」
「わたしも…すごく、嬉しかった…昨日…」
ようやく、僕に顔をしっかりと上げて笑った彼女が、本当に、可愛くて…どうしょうもなく好きなんだって、再確認。
「…ねえ伊織」
「うん…?」
しつこい程に、僕は伊織を抱きしめた。
だってこの温もりを、僕は二年間探し続けて、やっと手に入れることが出来たんだ。
二年間のブランクを、今日、取り戻したいから。
「大好きだよ」
「…うん、わたしも」
ゆっくりと近付く僕の唇に気付いて、伊織はそっと目を閉じた。
僕がそのまま腰を抱きしめると、首に手を回して応えてくれた。
* *
「周助は、今ひとり暮らし?」
「そうだよ。伊織もでしょ?」
「うん!…ねえ、じゃあ周助のお家行っても平気?」
「ふふ…まさか今日僕が誘う前に、伊織がそう言ってくれるなんて思ってなかったな」
少しだけ意地悪でそう言うと、伊織は真っ赤な顔して僕の腕にしがみ付いた。
公園からの帰り道…寒い冬も、君とふたりなら暖かい。
「…周助」
「ん?」
「女の子と、付き合ったりした?」
「…してないよ。伊織のことばかり考えてた」
僕が耳元でそう言ったら、伊織は嬉しそうに笑って。
そんな風に伊織といちゃいちゃしてたせいで…僕が前方不注意になっていたのは、確か。
「いたっ…!」
「うっ…!」
道路側は僕が歩いているから大丈夫だなんて油断してた。
歩道側にだって危険はある。
伊織が、思い切り人にぶつかってしまった。
派手にぶつかったせいで、伊織も相手の人もお互いによろけてしまっている。
「あ、伊織大丈夫!?」
「大丈っ…あのっ、ごめんなさっ…!」
「あなたも大丈夫ですか?」
「いえ…こちらこそすみません」
まずは伊織のことを心配して、相手の女の人のことも心配した。
これなら、伊織も怒ったりしないはず。
一方、相手の人はやけに冷静で、よろけたせいで咄嗟にはわからなかったけれど、ピンと立つとすごく背の高い女性だった。
軽く180cmはあると思う…僕は思わず、彼女を見上げてしまった。
「…え?」
「?」
「周助どうかし……えっ!」
「…はい?」
僕が思わず、え?と言って、それを疑問に思った相手の女性が、首を傾げた。
同時に疑問に感じた伊織が僕を見た後に、相手の女性を見上げた。
そして、同じように声を上げる。
やっぱりそれが不思議だった様子の女性は、何か?と言わんばかりに僕たちを見下ろしていた。
「おーい千夏!こっちだよ、こっち!」
「長太郎!今行く〜!あ、じゃあすいませんでした」
僕と伊織は、彼女が去っていく背中を見て目を合わせた。
そして彼女を呼んでいた声の主を思い出して、今度は僕だけがその姿にぎょっとする。
「…しゅ、周助…あれ…手塚く…」
「…鳳と、手塚…みたいな人…」
「鳳…?てか、そっくりすぎて、びっくりする…女装してるのかと思った」
「……ね、僕もちょっと思った」
「周助…ねえ…ちゅーしてる…あの二人…」
「み、見ちゃダメだよ…さ、ほら、僕の家に行こう?ね?見なかったことにしよう…?」
そそくさと帰って行く僕らの後ろで、二人はしばらく抱き合っていた。
少しだけ振り返った時に見えたそのシーンが僕に拍車をかけて。
部屋にやってきた伊織を、僕は二年分とばかりに、たっぷりと愛した。
この世に生まれて五回目の誕生日に、君との愛で、乾杯しよう。
ありがとう…今年からはずっと、君に愛を乞うよ。
fin.
[book top]
[levelac]