C R E E P_02







2.






「あなたらしくないですねえ」

「子供じみちょるって言いたい?」

「ええ、声を大にして。大人気ない、でもいいですよ。でもまあ話を聞いていると仁王くんもまだまだお子様のようですから、大人気ない、は少々可哀想な言い方になりますね」

「…………」


むっとした俺の顔を見て、柳生はぷっと吹き出した。

完全に面白がられちょるっちゅうことがわかっても、こんな恋愛話、他の誰にも相談できん。


「くくっ……でも、帰らずにそこに居たわけでしょう?」

「悪いか」

「いえ、実に、あなたらしいなと思いまして……くくくっ」

「…………柳生」

「まあまあ。私は嬉しいのですよ。そんなに怒っても傍にいたいと思うほどの女性があなたにも出来たということが」


ますますむっとした俺の顔を見ても、柳生は怯みもせんと笑っちょった。

まったく不愉快だが、柳生の言う、大人気ない、には心の中では賛同しちょる。

滅多に感情的に怒ることのない伊織さんが、昨日は俺に感情的な怒りをぶつけてきた。

無論、俺が挑発したせいだが、だとしても、あんな哀れみの顔であんな風に言われたら腹ぐらい立つ。


「伊織さんがおっしゃってることは、世間的にも理解度が高いと思いますよ」

「そんなことはわかっちょる。俺が気に入らんのは、そういうことを乗り越えようともせん伊織さんの心だ」


伊織さんの言い分はわかる。

彼女の言うとおり、世間的に20代後半の女が10代の男と付き合っちょることを告白するんは難儀じゃろう。

だが俺なら、自分がどう思われようが、そんな下らん嘘はつかん。

でも伊織さんはついた。友達だけじゃなく、この、俺にでさえ。

後ろめたさの象徴が嘘だ。

俺には本当のことを打ち明けられんかった後ろめたさ。

だが友達にはどうだ……俺と付き合っちょる事実が、後ろめたいっちゅうことだ。


「同じ立場にたったとき、仁王くんなら乗り越えるからですか?」

「当然やの」

「だから伊織さんがそうしないことが許せない?」

「そういうことやの」


俺の考えを見透かしたように、口元にまだ僅かな笑みを残しながら柳生が問いかける。

すぐに返した俺に少しだけ目を見開いた柳生は、鼻からゆっくり息を吐きながら俺を見た。

それは、溜息か……?


「それはアレですねえ」

「お前さん、呆れちょる?」

「些か」

「……っ」

「いいですか仁王くん。人にはそれぞれ、出来ることと出来ないことがあるんです」

「そんなことはわかっちょる」

「まあ最後まで。赤血球の数が人それぞれ違いますよね?それと同じです」

「何が言いたい」

「最後までと言っているでしょう。いいですか、仁王くんが言っていることは、東大に受かった学生が、私が受かったんだからあなたが受からないはずがない!と勉強嫌いの高校生に言うような押し付けと同じです」

「なん……っ」

「俺はこうする、だからお前もこうしなきゃおかしい、というのは至極非論理的な考え方ですよ。全くあなたという人が……恋は盲目とはよく言ったもんです。もっと物事を客観的に捉えてください。俺には赤血球がこれだけあるのに、どうしてお前にはこれだけしかないんだ!と貧血の人に言えますか?言えないでしょう」


メガネを拭きながら、少し眉間に皺を寄せながら俺を白けた目で見る柳生は、今にもやれやれと言わんばかりの態度で目の前にあるコーヒーを飲み干した。

どうにもこの男には時々頭があがらんと思うときがある……じゃけど、悔しいから認めちゃらん。


「柳生、お前さん男のくせに女との口喧嘩で負けたことないじゃろう?」

「話をすりかえて自分の負けを認めようとしないのは美しくないですよ仁王くん」

「む……」

「教授に呼ばれているのでそろそろ行きます。いいですか?頭を冷やして伊織さんと仲直りをすること。大丈夫です。あなた達は話し合えばすぐにお互いを許せる愛を持ってるんですから。頑張ってください」


――お前さん、神父か?

背中に向かって言おうかと思ったが、やめておいた。

嫌味のつもりが、褒め言葉にとられかねんと思ったから。









理解は、出来る。

柳生の言うことも、冷静になって一晩明けてから思い返した伊織さんの言葉も。

だがどうしても引っかかる。

その後ろめたさの中には、影に潜む恥ずかしさがあると思うからだ。

その疑いだけがどうしても頭から離れん。

俺のことを友達に紹介せんのも、それが根っこにあるからなんじゃないのか。

俺は、紹介を拒まれるほど恥ずかしい恋人か?


そう疑ったとこで、まだ怒っちょったとこで、俺にとって帰る場所は伊織さんの匂い残る部屋じゃった。

荷物を交換しに帰るだけの姉貴とのアパートに帰ったとこで、珍しく顔を出した俺が勘の鋭い姉貴に冷やかされるのは目に見えちょるし……。


「……ただいま」


適当に作ったパスタが茹で上がる頃、そっと開かれた玄関の扉の音に身構えた。

俺がおることに気付いちょったと言わんばかりの遠慮がちな声。

……わけもなく切なくなる。


「……雅治、いたんだね」

「おらんで欲しかったか?」

「……っ、そういう意味じゃ、ないよ……」

「…………」


大人気ない……。

あれだけ柳生に頭を冷やせと言われたっちゅうのに、口から出てくるのは正反対の感情。

逆の立場ならこうはならんじゃろう。伊織さんなら笑って迎えてくれるはずだ。何事も、なかったように。

柳生に言われた通りやの……。自分に出来るからと言って、他人が出来るわけじゃない。

逆もしかりっちゅうことだ。


「ご飯、今日も作ってくれたの?」


お前さんがいつも仕事で疲れて帰ってくるのはわかっちょるから。

じゃから、俺の手が空いちょるときはメシの用意くらい、と思う。


「余計なことじゃったかの?」


ちゅうのに、なんでこんな言葉しか出てこんもんか……甘えすぎじゃないか?年上の伊織さんに。


「……雅治」

「……っ、すまん。大人気ないにもほどがある」


料理に顔を向けて、伊織さんに背を向けて。

何も変わらんならこのままやり過ごせることも出来たが、俺を宥めるように後ろからそっと抱きしめられたら、折れるしかなかった。

ぎゅっと俺の腹のところで交差した腕に手を添えると、触れ合った素肌から愛情が伝わってくる。


「ごめんね雅治……わたし、無神経なこと言って……無神経なことして、傷つけた」

「……いや、俺もちと、駄々をこねすぎた」


自然と絡まる指先が痺れて、ああ、この人には敵わんと思い知らされた。

手離したくない……その想いが強すぎて、些細なことでさえ許せんようになる。

愛情が増える分、不安も増える……俺が大人になりきれんなら、尚更。


「雅治のことが、恥ずかしいわけじゃないんだよ」

「……そうか」

「本当に。わたしはね、どうだっていいの。弄ばれてるバカな女って思われようが、若い男好きの節操のない女って思われようが」


片方の手で背中に触れて、そのまま唇も触れてくる。

服の上から伝わる彼女の感触に、嬉しい反面、どこかで卑怯じゃと思う俺はなんとも脆い。

もっと触れてほしい、その唇で。


「考えてみたんだ。何が嫌だったのかなーって。雅治のこと、言えないの、なんでだろうって。雅治に恥ずかしいんじゃろって言われたとき、そうじゃない!って思ったから。じゃあなんでだろって」

「……ん」


本当に?と聞き返したら、ますます自分が子供になる気がしてやめておいた。

なるべくなら、カワイイと思われとうはない……ムダな抵抗なんじゃろうけど。


「多分、一斉に、大丈夫?って言われると思うんだ。みんなに」

「まあ……普通の反応かもしれん」

そう。よく考えれば無理もないんだが。

「そこに雅治がいないのをいいことに。えーって、ドン引かれると思うんだ。そんな子供とー!?って」

「……結構ずけずけ言うのう、伊織さん」

そんなもんか?本当に……?

「引くでしょー、普通に考えて」

「お前さん、ちと開き直ってきちょらんか?」


くるりと体勢を変えて見下ろせば、はにかむ伊織さんの顔がそこにあった。

少し意地悪に俺を見上げて、背のびをしてゆっくりと髪の毛を撫でる。

そろそろパスタが固まる頃だ……そんなこと、どうでもよくなるほど気持ちがええ。


「ごめん。こっち向いてほしくて、ちょっと意地悪した」

「……まんまとひっかかったみたいやの」

「ふふ。うん。嬉しい」


微笑んだ伊織さんの唇が、そっと俺の顎に触れた。

指先でほくろを撫でて、もう一度キスをされる。

その度にじわじわと熱くなる体と心が、性懲りもなく俺を狂わせようとする。

思わずそこにある唇にキスをした。この衝動が、俺の負けを認めちょるようなもんだ。


「きっとね、みんなわたしの心配をする。雅治のこと、なーんにも知らないくせに、多分、最初から雅治をチャラチャラ見ると思うんだ」

「ん……」

「わたし、多分だけど、それが嫌だったんだと思う。説明しても、騙されてるだけだって!って思われることが嫌だったんだと思う」

「…………」

「だって雅治はこんなにわたしのこと愛してくれてるのにさ、それが伝わらないなんて。ただ、年が離れてるってだけで。悔しいじゃん。雅治は良くても、わたしは悔しいよ」


うまくまとめたって思うでしょう?モノは言い様って思うでしょう?でも本当だよ。わたしはそれが嫌なの。

正面を向いた俺の胸に顔を埋めて、きつく抱きついてきた伊織さんからは、その想いが氾濫しちょった。

――わたしが心配されるってことは、雅治を侮辱されるってことなんだよ。


「……すまん伊織……なんもわかっちょらんかったの。俺」

「…………」


ぶんぶん、と首を振って、伊織さんは俺を見上げた。

僅かに目元を潤ませたその切なげな表情に、何度も思う……卑怯な人じゃ。

確かに、俺が友達に言うと、少し自慢げになる。年上の女を、本気にさせちょると。

だが逆は違うんじゃろう。

俺は男じゃし、そういう経験をすることは一生ないだろうが、女の世界ではありそうなことだと今頃気付いた。

てっきり、伊織さんが自分のプライドのためだけに嘘をついたんじゃと思っちょった……。

そんな人じゃないこと、わかりきっちょるのに。


「でも、嘘ついたのはごめん。最初から雅治にこうして説明できればよかったんだけど、わたし自身、よくわかってなかったから……なんかただ、言いにくいってだけで。あと、同僚もいたし。それなのに、あんな風に言って……ごめんね」

「いや……」

「でも言えないって言ったら、雅治が傷付くの、わかってたから」

「……すまん。俺がガキなんよ。嫌わんで」

「もう……嫌うわけないじゃん。ばか」

「おう。伊織さんの前じゃと、子供になる。甘えちょるみたいだのう。どーも、調子が狂うんじゃ」


いつもならやり過ごせる感情をやり過ごせんようになるのは、俺が油断しちょるっちゅうこと。

俺が彼女にしか見せん顔で、俺が彼女を信頼しちょるっちゅうことだ。

それが愛ゆえ……ちゅうのは、伊織さんには迷惑な話かもしれんけど。


「さあ、じゃあどうするかの?」

「え」

「とりあえずセックスでもして仲直りしたとこで、メシでも食いながら二次会のこと考えんか」

「…………サル」

「なんじゃ?」

「お腹空いたんですけど!」

「ん。あと一時間我慢しんしゃい」

「ちょっ……やだ、やだやだっ!」

「その抵抗がまたたまらんぜよ」

「変態!」

「なんとでも」


やんわりとした抵抗を受けながら、だがどこかほっとしたような伊織さんの表情が、余計に愛しかった――。











「伊織、こっちこっち!」

「あ、いたいた!良かったー!」


千夏の結婚式当日、二次会会場。

先に向かっていた友人達を見つけて手を振ったわたしに、同じく手を振り返してくれていた彼女たち。

が、その手は数秒もしないうちに動かなくなったおもちゃみたいに固まった。

ぽかんと、口も開いている。

わたしの後ろの人影に気付いて、目だけ輝せたのは職場の違う友人のほうだ。


「わー!伊織の彼氏!?はじめまして!お噂はかねがね!」

「どうもはじめまして」


その友人はすぐに寄ってきた。間近で見る雅治にますます目をキラキラさせて。


「ちょっと、伊織……彼……」

「うん」

「へ?どうかしたの?」

「に、仁王くん……でしょ?」

「……えっと……うん」

「お久しぶりです」

「え、知ってる人?」


こほん、と不自然な咳払いをして同僚に目配りをしたら、はあ?という顔で眉間に皺を寄せていた。

状況がつかめない友人は、ん?ん?とにこやかに笑顔を振り撒きながらわたしら全員の顔を見比べている。


「伊織ちょっと待って、どういう……」

「く、詳しい話は、中で、さ。もうほら、二次会始まっちゃうし」

「ちょっと待ってあたし開いた口が塞がんない」

「なになに?どうしたの?彼のこと知ってるの?」


気まずさ全開でとりあえずは同僚を宥めつつ、わたし達は二次会の会場へと足を踏み入れた。

雅治は自分のことなのに、他人事みたいな顔しながら飄々とわたしに微笑んで。

いい気なもんなんだから!って思ったのは、ここだけの話。







「あんたねえ、自分が何したかわかってんの?」

「わかってるよ……でも好きになっちゃったんだもん、しょうがないじゃん」

「それを彼の親御さんに向かって言えるの?」

「い……言わなきゃいけないときがきたら、言いますよ……」

「もう……こんなこと、塾長にバレたら!」

「でももう雅治も卒業してるし……」

「付き合いはじめたのは卒業する前でしょ?あたしはそういう倫理観がどうかと思うって話をしてんの!だいだいうちの会社は、いちいち言わないけど生徒との恋愛は絶対禁止だよ!?」

「う……うん、そうなんだけど……」

「まあまあいいじゃん、もう塾の生徒さんじゃないんだしさ」


雅治が携帯を持って席を外した瞬間に、同僚に思い切り説教をくらってしまった。

無理もないのだけど、ようやく状況をつかめたもう一人の友人が空気を宥める。


「そりゃ、あたしだって18歳って年齢には驚いたけどね。なーにが25歳のサラリーマンだっつーの。まあ見えるけど」

「ごめん……言い出しづらくて」

「そりゃそうでしょうね!特にあの場にあたしが居たんじゃね!」

同僚は飽きもせず吠える。

「まあまあまあ……」

「あ、でも今年19歳だから……」

「いや伊織、それは大差ないし、どうでもいいよ」

「そうですよね、うん」


ハハハ、と笑うわたしに、同僚はますます呆れた顔をした。

もう一人の友人は、仕方ないなあと言いながらも、やっぱり不安そうな顔をしている。

これだよ、これ……これが嫌だったんです。


「伊織、あんたほんと結婚する気とかある?あたし達、今年26だよ?」

「そりゃ……いずれはさ……」

「あんな今時のコが結婚したくなるのっていつ?男なんか30過ぎてもまだまだって言い出すような時代だよ?今でさえ!あのコが30になるまで、あと10年以上あるんだよ!?」

「わかってるよー」

「わかってる!?あんたねえ、ずっと付き合えたとして、それまで待つの?子供産めなくなるよ?好きだけじゃやってけないことだってあるんだよ?」

「うん……わかってるけど」

「わかってないよ!現実見てよ!」

「え、ちょっと待ってちょっと待って。聞いてると、あの彼との結婚を真面目に考えてるの?伊織は」

「えっ」

考えちゃダメですか?そりゃ、当分先ですが。

「考えてんのよ、このスットコドッコイは。そういうコなんだよ伊織は」

「あわー……」


今度こそ、同僚でない友人も呆れた顔をした。

まさかでしょー?次の人見つけるまでのカジュアルリレイションシップでしょー?と言いたげだ。

失敬な。わたしは付き合うときはいつだって全力投球です!


「伊織、こう言っちゃなんだけどさ」

さあ、くるぞ。キッツイのが。しかも二人の友人から。

「彼さ、仁王くん、だっけ?」

――覚悟はいいんやの?

出かけ前の雅治に言われた言葉が、脳裏によみがえってくる。

「そう、仁王くん。うちの元生徒。目立つコだったよー、ついこないだまでうちの塾来てた」

「だったよっていうか、今も目立つじゃん」

大丈夫。覚悟はできてる。

「年齢の近い女がね、放っておくわけないと思うわけ」

「はは、そうかもね……」

なに言われたって、雅治とわたしがわかってれば、いいことだから。

「はは、じゃなくて。あたしらなんかこれからオバサン街道まっしぐらだよ。あんたがいくら童顔だっつったって。若い女に言い寄られたら?あたしらオバサンなんか勝てっこないんだから。今でさえ女子高生にコテンパンだってのに」

「うん、そうだね……」

はいはいって、流しておけばいい。

「今は良くても、そのうち年上の女ってのは面倒臭くなってくるの。今は友達に自慢できる彼女でもね。あげく、7つも上なんだからさ。あんなモッテモテだろうコが……」

「うん……」

そういう不安が、ないわけじゃないんだよ。でもね、雅治とはきっとずっと一緒だって思えるんだ。

「そうだよ伊織。あんたの為を思ってはっきり言っちゃうけど、多分、捨てられるよ。今はよくても、30過ぎたら。ううん。その前かも。伊織が本気になってんだったら、尚更。彼が本気で伊織の将来まで考えて付き合ってるって、信じてるの?」

信じてるよ。

だから、いつか誰もがうらやむような幸せをふたりで築き上げてみせる。

だから、どんな逆境だって――。

「俺は伊織さんがそう信じてくれちょるって、信じてますよ」

「!」


びくっと体を震わせた友人たちが、音がするほどの俊敏さで後ろを振り向けば、そこに雅治が立っていた。

いつの間にか戻ってきていた彼に、彼女たちはバツの悪そうな顔をして目を逸らす。


「雅……」

「理解はしてもらえんじゃろうし、無理して理解してもらおうとも思わん。俺がここで伊織のことどれだけ大切に思っちょるか言うたとこで、気まぐれやと思われることもわかっちょる。伊織の友達じゃから、とことん心配させると思う。それについては、申し訳ないとも思う」

「…………」

「だが、離れる気はない。俺は、伊織さんが好きだ。今はそれだけでも、信じてほしい。伊織さんの友達に、それだけは」


ただにこやかに、淡々とそう言った雅治の顔を見た友人二人は、とりあえずこの場だけね、というように微笑んだ。


「……っ、わ、わかった……」

「うん……ごめんね仁王くん、気分悪くさせて」

「いえ。大丈夫です」


せっかくの千夏の結婚式の二次会だから、場を濁したくなかったせいもあるかもしれない。

今後、このメンバーで集まるときは何度も説教をきくことになるだろうし、もちろん、毎日通う職場でもそれは免れないだろう。

だけど、それが。


「あ、千夏がようやくこっちにきそうだね!」

「花嫁さんは忙しいからねー」

「ねえ伊織」

「うん?」

「……ちょっと妬けた。いまの」

「!」


彼女たちからの叱咤激励なら、問題ない。

プラス、羨ましがられているんだとしたら、ちょっと意地悪いけど、しめしめじゃないか。


「来てくれてありがとうー!」

「このドレスも超きれいだね千夏!」

「本当?うー、お金かけた甲斐あったかな!」

「あはは。そういうこと言うんじゃないのお祝いの席で!主役あんたなのに!」


近付いてきた千夏は本当にきれいで、彼女の幸せを願ってきたわたし達としては、ほろほろとしてしまうほどの晴れ姿だった。

その直後、千夏の視線がわたしに寄り添うように立っている雅治に止まった――そうだ。説明しとかないと。

細かいことは、あとでいいとして。


「あ、彼氏……さん?」

「どうも」

「ていうか……」

「そうだよね……ごめん千夏。前触れもなくこんな。こないだの彼氏話、実はほとんど嘘で……」

「仁王くん……だよね?」

「お久しぶりです」

「あ、そっか。千夏も同じ職場だったんだ」


軽く頭を下げた雅治と千夏との会話をそばで見ていた友人が、自分だけ職場が違うことにようやく気付いて、取り残されたように呟く。

そこからどういうわけか、みるみると千夏の顔が蒼白になっていった。

花嫁ってだけで白いのだけれど、蒼白はいくらなんでもまずくはないでしょうか?


「千夏、詳しいことはあとで説明するから!」

「ちょっと待って伊織、これは大変なこと……」

「ほら、今はほら、おめでたい席だし、旦那さんあっちで待ってるし、ほら、今度また、おうち行くから!」

「伊織……これはダメだって。今日になってこんな」

「だ、だから今度ね、ちゃんと説明する。あの、心配かけちゃうと思うけど……」

「そうじゃなくて、大変……仁王くん、事情とかどうでもいいから、とりあえず帰りなさい」

「えっ」

「?」


言われた本人は気分を害した風でもなく首を傾げていたけれど、わたしも友人たちも千夏のその言葉に少なからずショックを受けた。


「ちょ、千夏、それはいくらなんでも、言いすぎだよ……」

「そうだよ、仁王くんだって勇気を出して来てくれたと思うよ?」

「ごめん千夏、最初からわたしがちゃんと説明してたら……」

「そうじゃないの!今から……っ!!」


その時、わたしたちの立っている場所から僅かな距離にある出入口が開かれた。

千夏が目をひん剥いたおかげで、一斉にそちらに目をやるわたし達。

同じ職場だというのに、この展開を予想だにもしてなかった、暢気なわたし達。


「……っ!」

「やあ、佐久間さん…………おや……、君は……」


目をひん剥いた一同に注目された彼は、どんな気分だったろう。

後ろから微かに、千夏の声が聞こえた。

わたしと塾長と、もちろん雅治との事情を知らない千夏に悪気があったわけではなく。


――塾長を二次会に誘ったとき、佐久間さんの彼氏も同伴だって、言っちゃってるの。


さあ、どんな逆境も乗り越えて……いけるだろうか。





to be continue...

next>>03



[book top]
[levelac]




×