if_sequel_ten.


case1. ten.


金曜の夜9時を過ぎたブギーハウスは、音楽と酒に酔いたい連中でごった返す。

「テン、ビール」
「わたしもさっき頼んだのにきてないよー。ビール」

のん気な声がオレの背中にかかって、またかよ! と言いたくなった。
さっき注いだばっかなのに、まだ20分も経ってない。ふたりとも飲むのが早すぎだし、この状況見て、ちょっと遠慮とかないわけ!?

「ね、ニオさんも伊織さんも、見たらわかるっしょ? オレ、いま、めっちゃくちゃ忙しい!」
「ほう? それがお客に対する物言いか? バーテンらしからんのう。どういう教育しちょるんじゃ、ブギーハウスは」
「だ、友だちなんだから、ちょっとは気い使ってよ!」

ニオさんはバーテンとしてはオレより後輩のくせして、ちょっといいところで働いたからって、オレよりなんでも知ってるような顔して、説教してきた。
ああもう、その会話に付きあうのも大変なくらい、忙しいんだってば、こっちは!

「甘ったれなさんな。俺らは友だちである前に、客じゃ」
「雅治ってホーント、意地悪だよねー」
「ん? お前には優しいつもりじゃけど?」
「んー? うん、雅治はわたしにだけ、優しいよ」

目の前でくり広げられてるイチャイチャは、結構、見飽きてたりする。見飽きてるけど、毎回、うんざりもする。
最初はそんなふたり見ながらこっちが顔を赤くしてたけど、もうかまってられないくらいに忙しい。
つか、伊織さん、絶対に酔ってるし!
酔わなきゃあの人、ああいうデレデレなこと言わないから、正直、酔ったときはすぐわかる。
こないだも酔っぱらって、ニオさんに「雅治、ぎゅうして」「雅治、チュウして」とか言って抱きついてた。しかもニオさん、そういうの嫌がりそうなのに、すげえあっけなく、ぎゅうもチュウもする。「これでええか?」とか言って!
オレの、目の前で! ほかにも客、いるのに! 見せつけるみたいに!
あー、もう、やってらんねえ! 思いだしたらなんかムカムカしてきたし!

「ねえ雅治ー、ビールこなさそう……」
「あの手際じゃ、あと10分は待たされそうじゃの」
「手伝ってあげたらー?」
「はあ……伊織の傍におりたいんじゃけどのう。お前がそう言うなら、仕方ないのう」あーこれ、ニオさんも酔ってるわ。
「わたしは、逃げないよ? ここにいるよ?」
「ん、待っちょっての」

そう言って、ニオさんはポンポンと、伊織さんの頭を弾いた。ダメだ……まだ顔が赤くなる。なんだ、あの優しい顔。オレにそんな顔、したこともない。
会ったころとはすっげえ別人みたいなニオさん。けどたぶん、それはオレが知らなかっただけで、ずっとニオさんは伊織さんのこと溺愛してたんだ。わかるよ、わかるけど、見てらんない。
そんなこと思いながらも、30分後。
カウンターに入って手伝ってくれたニオさんのおかげで、やっと並んでた客がはけていた。

「はい、ビールお待ち! あー、やっと終わった……ニオさんありがと!」

ニオさんは、バーテンとしてはオレの後輩のはずなのに、仕事がめっちゃくちゃ早いから本当に助かる。
もう、いっそのことウチで働いてくれたらいいのに。でもたしか、辞めたんだっけ、バーテンのバイト。
たぶん、少しでも伊織さんの傍にいたいから、なんだと思う。バイトは昼間だけにして、夜は伊織さんと一緒に過ごす時間に費やしてるんだ、きっと。へえへえ、お熱いことで。

「礼には及ばん。が、当然、労働分は値引いてくれるんじゃろ?」
「モチ!」

張り切った俺に目を細めて笑いながら、ニオさんはビールをあおった。
いろいろ言ったけど、ホンット、なんだかんだこういうとこ優しいから、ニオさんに惚れた伊織さんの気持ち、すげえわかんだよね、オレ。
恩着せがましくない、自然な優しさっつうか、なんつうか。
実は結構、オレ、ニオさんに憧れてたりする。
……オレって、もしかしてホモ? ……なわけねーか。
ニオさんと伊織さんなら、俄然、伊織さんに抱かれたいし!

「って! なにすんの!」
「いや? どうもテンがヤラしい目つきで伊織を見よった気がしただけじゃ」
「み、見てないって!」
「慌てるとこが、ますます怪しいのう」

いきなり後頭部を殴られて涙目になった俺にかまわず、ニオさんはのらりくらりと伊織さんのとなりに戻った。

「あ、慌ててないって!」
「え、テンってわたしのことヤラしい目で見てるの?」

見てるわけないじゃん! ちょ、ちょっと変なこと考えたけど!
ってか、なんでそんなことわかんだよニオさん! 怖えよ! いくら伊織さん好きだからって!

「気をつけんさいよ、伊織」
「はーい」
「だから違うって!」

とにかく、いつだってこのふたりはペアだ。でもって、いつだって笑ってる。
酔っぱらうとベタベタなふたりで呆れることも多いけど、結局、俺はそんなふたりが好きだった。
たまたま伊織さんがトイレに行ってるあいだに女のお客さんが来ると、ひとりで来てるように見えるニオさんに、大抵の女は振り返る。ニオさん、超イケメンだから。
で、こそこそとなりの女友達と話して、色気のある目でニオさんを見る。
けど、数分しないうちに伊織さんが戻ってきて、甘ったるいニオさんの顔を見て、ここ最近なんか、ひどいときは「ぎゅう」とか「チュウ」とかしだすふたり見て、ガックリして退散。
逆もしかり。ニオさんがトイレ行ってると、そういうことがある。伊織さんも、超美人だから。
オレはそのパターンを、この数ヶ月で死ぬほど見てきた。
で、それを見るたびにオレは、「ザマーミロ!」って退散したヤツらの背中に向かって、言ってやりたくなんだよね。
ふたりが大好きだからこそ、ふたりのあいだには誰にも入れないって、そんな空間を見せつけてやった快感なんだ。
オレが見せつけてるわけじゃないけど、なんかすっげえ嬉しいから。
だからベタベタなふたりにはムカムカすることもあるんだけど、オレはそのムカムカの正体に、わりと前から気づいてた。
うらやましいんだ、たぶん。
オレにも、あれだけ愛せる人が傍にいたらなって思う。
ふたりみたいな恋人同士に、いつか、好きな子と……なりたいって思う。
あ、だから結局、オレってニオさんにじゃなくて、ふたりに憧れてるってことになんのかな。
んー、でもやっぱニオさんはカッコイイ。最近は、あのハルさんより、全然、ニオさんのほうが好きだったりする……あれ、やっぱオレ、ホモ!?

「あ、ってかそれはいんだけどさ、最近、チョコ見ないんだけど、ふたりとも知らない?」

いろんなこと考えてたら、チョコのことが頭に浮かんだ。
オレの悩みの種は、目の前のふたりじゃなくて、目の前のふたりになりたいオレだから。

「んー? さあのう? 俺も全然、会っちょらんし」
「チョコちゃんねえ……どうしてるんだろね? そういやしばらく見ないよね」
「……1週間も来ないことなんか、なかったんだけどな」

心配がオレの眉をひそめて、思わず口まで尖らせた。
チョコは、数ヶ月前からちょくちょく来てくれるようになった……オレの1個下で、ニオさんの妹みたいな存在の女の子だ。
本当は3年前に一度会ってるらしんだけど、オレ、まったく覚えてなくて。
それを知ったのは、ニオさんが伊織さんを連れて、アメリカから帰ってきたときだった。
オレのあだ名の「テン」は、伊織さんがつけてくれた名前だけど、オレは伊織さんに実際に会ったことはなかった。まだ新人で、週1でしかシフトに入ってなかったオレのことを、千夏さんが伊織さんに話してつけられたあだ名だったし、ハルさんの元カノだし、そこからニオさんの件もあって、オレはもう、興味津々で……だからいつか伊織さんには、ずっと会いたいって思ってた。
そんで、実際に会ったら、写真でしか見たことのなかった伊織さんは、すっげえ綺麗な人だった。
いまでも、あの瞬間は忘れられない。
オレに伊織さんを紹介してくれたときの、ニオさんの、あの嬉しそうな顔。
ニオさんが普通の生活を1年も犠牲にして追いかけてる人だってことは知ってたけど、俺は伊織さんにはじめて会ったとき、その事実に、やたら納得したんだ。
ハルさんの元カノってことも、なんか納得した……ニオさんには口が裂けても言えないけど。
で、そのときニオさんと同じくらい嬉しそうな顔して、ここに一緒についてきたのがチョコだった。
こないだ高校卒業して、いまは専門学校に通ってるんだけど……毎週、必ず最低でも1回は来てたのに。
この1週間、全然、姿を見せなくて……ちょっと気になってる。
アクセの注文もしてるのに……なんで顔、見せないんだろ。
もしかしてもうここに来るの……嫌んなったとか? ……まさか、そんなこと、無いよな?

「お金が底をついてるとか!」

オレの顔を見てなにかを察したのか、伊織さんが、ありきたりな理由でオレを安心させようとする。
だけどオレは、すぐそれに反論した。

「それはないって。だってチョコはいつも、特別料金だったし……」
「えっ……なにそれ。ずるい。わたしたちは?」
「つかこの話、前もしたよね! オレ!」
「何度でも言ってやる。わたしたちには特別料金はないのー? わたしテンの名付け親なのにー?」
「そうやぞテン。親には感謝しんしゃい」

真顔でなに言ってんのこの人たち。
てか、なに手え絡めてんの!? も……公共の場で、なにしてんだよっ! 酒飲みにくくないわけ!?

「ちょ、手え離しなよ、はずかしくないの?」
「なんではずかしいのー? 愛しあってんだもん、いいじゃん、ね?」
「ヤキモチかテン。彼女おらんからって僻みよって」
「違えし! べ、別にいいけどさ!」

調子狂うんだって、そういうニオさんにも伊織さんにも!
ふたりともいっつも超クールなくせに、酔うと場所とか関係なくなんのかな。

「それでそれでー? テンは、チョコには優しいんだねー?」
「まだつづけんの、その話?」
「だってー。わたしたちには優しくないのに、ずるいじゃんか」
「ああ、はいはい。ふたりはオレにアクセつくってくんないっしょ?」
「ほーう? それだけのことなんかのう?」

伊織さんが突っかかってきたと思ったら、今度はニオさんがニヤニヤしながらオレを見てきた。
つか最近、このふたり、この話になるとやたら絡んでくる。
しかも、どういうわけか、目の前のイチャイチャもエスカレートする。ムカムカ。

「それだけのことって、なに、ニオさん」
「いや? 深い意味はないけどの」

嘘だね。ニオさんが言うことに深い意味がないことなんて、一度だってない。
けど、どうせ問い詰めたところでニオさんに勝てるわけないから、オレはそれを流すことにした。

「チョコはオレにタダでアクセをつくってくれる! オレはチョコにタダで酒を飲ませる!」

要するに、その利害関係が数ヶ月前に一致したんだけど……ふたりには、それが腑に落ちないらしい。
そんなにタダで酒が飲みたいのかよ! つか、ふたりには十分、安くしてんだけど!

「ふうん」
「ほーう」
「ってか、ここんとこナンなのふたりとも!」
「ん? なにがじゃ?」

オレは、思い切ってふたりに文句をつけた。
苦難の末に結ばれたふたりもチョコと同様、しょっちゅうここで飲んでくれるようになったのは、すげえありがたいんだけど……。
なんとこの週は、定休日を除いて1日も欠かすことなく、ここに現れてた。
こんなことは、はじめてだし、しかも……なんか、オレはふたりに観察されてる気がしてる。
イチャイチャにもムカムカするし、なんか、その視線がちょっと、イライラもする。
なんかこう、まとわりつく感じなんだ。
理由は全然、わからない。
とにかく、最近ものすんげえ見られてる気がする。
いつもラブラブなふたりを見て、冷やかしたいのはこっちなのに、見てらんなくていっつも沈没するどころか、ここんとこ、逆にふたりがオレを冷やかすように見てて、もう本当に、オレは混乱してる。

「今週、今日で6連チャン目だよ、ふたりとも! しかも、なんか、ずーっとオレのこと見てるし。なんなの!」
「見ちょるか? 別にそんなに見ちょるつもりないが」
「ねえ? テンがちゃんと仕事してるかなーって意味では、見てるけど」
「にしたって来過ぎじゃん! なんか用があるならハッキリ言ってくんないと!」

俺だってもう今年、ハタチ。
いつまでも侮ってもらっちゃ困るし、こないだ改めて考えたら結構引いたんだけど、オレとニオさん、2つしか違わねーし、歳。
ちょっと大人過ぎじゃね? ……あれ? オレがガキ過ぎなの?

「だって、雅治。そうだよねえ。いくらテンだって、怪しいことくらいわかるよねえ?」

パッと、伊織さんがニオさんとの手を離した。
なにそのタイミング……急に冷静になんのやめてよ、なんか怖いから。

「やっぱり……なんか隠してるっしょ、ふたりとも!」
「だってー雅治。どーする?」
「まあ、どのみち、今日っちゅう予定じゃし?」
「だね、だねだね」
「あーもう、イライラすんなあ! ナンなの!」

離れたと思ったら、またニオさんと伊織さんはベッタリくっつきはじめた。なにやら楽しそうにスマホをふたりで覗き込んでいじってる。

「あのさ、オレの話、聞いてるわけ?」
「ごめんテンー。わたしいま、雅治の声しか聞こえてない」
「また、かわいいこと言うてから。押し倒すぞ?」
「ふふふ。それはやりすぎー」
「……聞こえてんじゃん。っていうか、よくそんなこと言い合えるよね、人前で」

ふたりをしらーっと見てるあいだに、お客さんがやってきて、オレにディタグレープフルーツを注文していった。
オレはハッとして、返事しながらディタグレをつくった。ふたりの熱に侵されてる場合じゃないし、結局このままスルーされちゃうのも嫌で、オレは急いで注文を終わらせた。

「ちょっとふたりとも、いつまでイチャついてんだよ! さっきの話、終わってないからね!」

オレはふたりの前に腰に手を当てて立った。
そしたらニオさん、ニヤッと片頬を上にあげたんだ。完全に、悪巧みの顔で。

「テン、お前に会わしたい人間がおるんじゃけど」
「……は?」
「いま、来るように連絡しちょったから。あとはふたりでなんとかしてくれ」

そう言って、ニオさんは1万円も置いて席を立った。
伊織さんも、寄り添うようにニオさんの腕に腕をからませて去っていく。めっちゃくちゃ、イチャイチャしてる、最後まで。

「え、ちょ、ニオさん!? え、ねえ! ちょ、伊織さん! ってか、こんな要らねえし!」
「餞別じゃ。取っちょきんしゃい」

ニオさんを呼んで振り向かなければ、伊織さんが振り向くはずもないんだけど。
多すぎる金を置いてったまま、憧れのふたりは、ブギーハウスを出て行った。





fin.



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