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耐えれそうになかった。

いろんなこと。

考えるだけで吐き気がした。

……いろんなこと。













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4.





放課後。

臣はわたしに何も言わないまま、いつの間にか教室から消えていた。

グラウンドを見ると、テニス部員に交ざって臣がランニングをしている姿が見えて。

こっちを見た気がしたから手を振ってみても、反応はなかった。

気が付かなかったのかな……。

そう思うのに、何故か体中が脈を打っていた。

妙な気分。


「伊織、今日は臣待ち?」


胸騒ぎの原因を突き止められないうちに、千夏が帰り支度をしていた。

黙って笑顔を向けると、呆れたような表情の千夏は「ごちそうさま」と告げて、元気良く帰っていった。


それから約一時間。

教室には誰もいなくて、辺りは静まり返っている。

恐らく、この階には誰もいないんだろう。

荷物を残して部活に向かう人間はなかなかいない。

今日そんなことをしているのは、この様子じゃ臣くらいのものだろう。

でもそれは、ここで待つわたしの為だ。

そう思うと、はにかまずにはいられなかった。

ほらね、わたしにはこんなに愛しく思える人がいる。

妙な男の登場に動揺してる場合じゃないんだってば。


「……帰るぞ」

「!!……びっくりしたあ臣!物音とか立ててよ〜」


なあんて一人はにかんでいると、またいつの間にか臣が真後ろにいた。

部活がキツかったんだろうか、少し苛立っている様子の臣を見て、わたしは即座に笑いながら臣に返した。


「…………帰るぞって」

「え……あ、うん……」


いつもならここで、「今日マジ疲れたし!」なんて言いながら機嫌を直してくれるのに。

臣は、不機嫌を露にしてわたしを睨むように見た。

何度も同じこと言わせるなと、その目が語っている。

それは急激に、わたしを不安にさせた。

さっき感じた胸騒ぎはこれだったのか。

わたしの悪い予感は大抵当たる。

臣は何か怒ってる。

だから、さっきのはやっぱり気付いていたのに、無視していたんだ。


「……あの、臣……」

「……なに」


教室から出たとこで、臣に話し掛けたけど。

不機嫌そうな顔と声が返ってきて、わたしはその続きを口にすることを躊躇った。

高速で何がいけなかったのかを検索する。

臣とは昼休みまで普通に話してた。

機嫌が悪くなったとしたら、それ以降……何があった?


「……なんだよ?」

「いや……なんでも……」


深く考えずとも、検討が付いた。

臣な起きた出来事じゃない。

わたしに起きた事だ。

臣はわたしの後ろの席……見られてたって、おかしくない。


そう、わかった瞬間だった。

わたしの手首が、痛い程に掴まれて。


「!……ッ……臣?ね、ちょ……!」

「うるせえ」


隣の教室。

臣がわたしを引っ張って向かった場所は、窓際の一番後ろ……いつも仁王が、座ってる席。

なんのつもりかと不安になる。

でも今、臣を煽るようなことは出来ない。

だから強く出れない。弱々しく、声を掛けるしか……。


「臣?ねえっ……」

「うるせえっ!」


それでも、怒鳴った臣の声に大袈裟な程に体が震えて。

わたしは引き摺られて、仁王の机の上に乱暴に座らされた。


「痛……ッ……んっ……!」


座らされた瞬間、目の前に臣の顔、触れた唇。

それは舌でわたしの唇を抉じ開けて、中を執拗にかき回す。

異常なくらいに熱を持った舌が、苦しい。


「ん……ぅっ……」


わたしが苦しんでいることは、臣には絶対にわかっているはずだけど。

彼は止めはしなかった。

止めるどころか、わたしのベストを捲り上げて、下から覗くブラウスに手を掛けている。


「!……待って、臣……、ちょ……」


臣はもう、「うるさい」とも言わないまま、わたしのネクタイを邪魔そうに避けて。

ブラウスのボタンを3つ目まで外して、そのまま下着ごと無理に引っ張った。

夏の生温い空気が、わたしの胸に当たる。


「臣……ッ……」


胸に、赤い印が何度も刻まれていくのがわかった。

時々それは突起にぶつかって、口内で犯されて。

臣の右手はわたしの太腿をなぞって、奥へと進んでいく。

仁王の机の上でわたしを抱くことに、臣は夢中になっている。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。


初めてが、こんなの、嫌だ。

わたしが悪いのはわかるけど、臣の気持ちもわかるけど、すごく嫌だ。


「臣ッ……嫌だ……やめて……ッ……」


ずっと出せずに居た声が、ようやく出た。

震えた自分の声を聞いて、泣いていることに気付く。


「……やめるつもりねえから」


臣は構わず、わたしの下着の上から指を押し付けるようになぞって。


「やっ……いっ……嫌だ……こんなの……ッ!」


ついさっきまで優しかった臣が、どうして今はこんなに怖い。

愛しくてたまらない人に、わたしはどうして背を向けるのだろう。


「感じてんだろ?声出せよ」


荒い息遣いで、わたしにキスをせがみながらそう言って。


「嫌だ、嫌だよ臣……お願い、やめて……!」


キスすら受け入れることに抵抗して、逃げようと身体を捩ったら、仁王の机がガタンと音を立てた。

その瞬間、臣はカッとなって、わたしから乱暴に手を離した。

机の上から転げそうになったわたしは、咄嗟に自分の身を守るように、床にへたり込む。

臣をそんなわたしを見下ろしたまま、怒鳴り散らした。


「何が嫌なんだよ!この机の上が嫌なのか!?好きな男の居場所で、適当に付き合ってる俺に抱かれんのがそんなに嫌かよ!?」


臣から出てきた言葉は、自虐的で。

それを言わせているのが自分なんだと思ったら、涙だけが溢れ出てきた。

そんな風に思ってたの……?本当はそう言って責めたい。


「違う……違うよ臣……臣のこと大好きだよ。だけど、こんなとこで、嫌だよ……。ちゃんと、ちゃんとしたとこで臣と繋がれたいの。それが誰の机の上とか、関係ないよ……」


少しだけ、仁王の机に視線を促す。

それがまた、臣の神経を逆撫でしたのかもしれなかった。


「よく言うよな……俺が見てないとでも思ったのかよ!?」

「……ッ……」


黙るのは卑怯だってわかってた。

だけど、なんて説明すればいいんだろう。

あの瞬間のあの気持ちは、わたしにしかわからない。

それがほんの少し、胸を弾ませただけだったとしても。

臣には伝わってしまったのだ……。

ほんの少し、なんて言葉は意味がない。

問題は、微々たるものでも、「ときめき」に違いないこと。


「お前さ……仁王のこと、まだ好きなんじゃねえの?なあ?」

「え……まだ……って……」




その言い方は、まるでわたしが好きだったことを知っている人の口調だった。

思わず狼狽してしまう。……どうして?……その言葉が頭にこびりつく。

千夏でさえ知らない、仁王へ片思いしていたわたしの秘密。

まさか、仁王が臣に……?

そんなはずない。わたしのことなんか覚えてなかったあの男が。

毎週のように告白されるあの男が。いちいち人に言いふらしたりするもんか。


「……俺は知ってるんだよ……伊織」

「……知ってる……って……」


きっと、その狼狽を隠し切れてなかったわたしを見て。

臣は憎しみを含めた視線でわたしにそう言った。

やっぱり、知ってる……どうして。


「……お前は、俺のことなんか全然知らなかっただろうけど……俺は、中1ん頃からお前のこと見てたんだよ。お前のこと、好きだった」

「……嘘……」


臣がわたしに告白してきたのは、半年前。

臣とは、高校2年の時に同じ委員会で話すようになったのだ。

だから、中学1年の頃からわたしのことが好きだったなんて、俄かには信じがたい。

だけど、その目が嘘を言っているとも思えなかった。


「嘘じゃねえよ。お前が仁王に告白してんのだって、俺は見てたんだからな!偶然、お前が仁王呼び出してるとこに居合わせて……俺は見てたよ!それで仁王が断ったことも、その後お前があの場所で泣き崩れてたことも!全部知ってる!」


わたしが臣のことをきちんと知ったのは、高校に入ってからだった。

名前だけは知っていても、話したことはない……顔もよくわからない。臣はそんな存在で。

だから、臣にとってもわたしはそういう存在だったに違いないと……わたしは勝手に、決め付けてた。


「お前のこと中学ん時に見つけて、それから俺はずっと好きだったんだよ!!だけど、お前が見てんのは仁王だった。お前は俺のことさえ知らない。でも俺はずっとお前のこと見てたから、知ってたよ!お前が仁王好きだってこと!」

「臣……」

「あの頃、お前が仁王と何回か喋ってんの、俺は見てた!だから、仁王がお前のこと振った時、あの野郎がお前を全然覚えてねえことにも腹が立った!その挙句泣かせて……俺は……俺は、めちゃくちゃ仁王に腹が立ってたんだよ!」


不思議な気持ちだった。

あの時、傷付いて、仁王に腹が立って、好きな気持ちが憎しみへと変わっていたのは、わたしだけじゃなく……臣も……そうだったのだ。

だから……だから、臣は仲の良かった仁王と離れてしまったのか。

仁王は、どういうわけかいつの間にか、臣とは話さなくなったと言っていた気がする。

それは勝手な臣の妬みのせい……だけど、それほどわたしのことを、好きだったという証。


「……そう……だったんだ」

「それなのに、俺がやっとお前のこと手に入れたっつーのに、邪魔しやがって!!」

「ひゃっ……!!」


怒りに任せて、臣は仁王の席を蹴り飛ばした。

大きな音が消えた瞬間に、教室中に静寂が走る。

ちゃんと気持ちを伝えなくちゃいけない。

だってわたしは、臣のことが好きなのだ。

本当に、大好きだから。


「臣……でも、わたしが仁王好きだったのは、昔のことだよ……」

「今でもちょっかい出されて顔赤くしてんじゃねえかよ!!」

「違う!!確かに、ちょっと、びっくりはしてるけど……でも……わたしは……!わたしが好きなのは臣だよ!」

「じゃあさっきのはなんだったんだよ!!仁王と見詰め合って、何合図されてたんだよ!!言ってみろよ!」

「わたしは臣が好きなの!本当だよ!!」

「そんなにあいつがいいのかよ!!」

「わたしは臣が――――!!」

「―――むかつくんだよ!!」

「……っ……」


臣の怒鳴り声がまた教室中に響いて……最後の憎しみのこもった言葉に怖くなって、わたしは静かに涙を落とした。


「俺に抱かれることも出来ねえくせに……何が、臣が好きだよ……!」

「…………ッ……」


抱かれることが、出来ないわけじゃない。

わたしだって、臣に抱かれたいって思ってる。

そう言いたくても、胸に詰まった苦しさが邪魔して、声にならなかった。


「……帰る」


教室の中で不揃いになってしまった仁王の机を、臣はもう一度蹴って。

泣いているわたしに構うことなく、その場を後にした。






















翌日。

教室でも、臣とは気まずいままの時間を過ごしていた。

クラスメイトも、それがなんとなくわかるのか、見て見ぬ振りをしてくれている。

そうして気を使わせていることはとても申し訳なく、恥ずかしい。


「伊織……?だいじょぶ?」

「あ、うん……ちょっと、喧嘩しちゃっただけだから」


千夏はわたしと臣の様子にすぐに気付いて、わたしを慰めてくれていた。

そっと千夏だけに話した昨日の出来事。

千夏も千夏で、いつかこんなことになるんじゃないかって、少しだけ思っていたと言う。


「だってほら、なんていうか仁王ってさ……人を惹き付けるでしょ」

「……まあ……そうだね」


「実はね、わたしも昔、一瞬だけだけど仁王のこといいなって思った時期あって」

「え……そうなの?」


千夏には、話の延長でわたしと仁王の過去を話した。

千夏は笑ったりせず、真面目にその話を聞いてくれて。

過去の仁王のことを、「どうしょうもねえなあのペテン!」と怒った。

でもそんな千夏に、そんな秘密を打ち明けられるなんて、思ってもいなくて。


「あ、でも伊織とは違うよ?伊織はマジだったんでしょ?わたしのは、本当にちょぴっとね」

「うん……」


「だからなんていうか……わかる。臣の気持ち。不安だよ。すっごくね」

「……うん……」


本当なら、千夏はこの後、「実際どうなの?」と聞いてきても良さそうなものだった。

でも、彼女は聞いてこなかった。

多分、それは敢えて聞かなかったんだろう。

わたし自身、昨日臣に告げた想いに嘘はなくとも。

仁王のことを全くなんとも思ってないと言えば、それは嘘になることを知っていた。

仁王にちょっかいを出されて動揺しているのは、紛れも無い事実なのだから。

だからこそ。

仁王にははっきり、態度で示すしかない。

あいつがわたしに恋してるなんて、まず、嘘なんだし。


「……伊織、噂をすれば」

「えっ……」


移動教室で校舎内を歩いていたから。

偶然にも、その教室前で仁王とすれ違う時が訪れてしまった。

仁王はわたしを見つけて、ニヤッとした後、堂々とわたしに近付いてきた。

すでに移動し終わって教室の中にいる臣は、きっとこっちを見てるのに。


「よ、佐久間。吉井も」

「わたしはついでか」

「……」

「お?どうしたんじゃ佐久間。元気ないのう?」

「しかもシカトか。てかね仁王、伊織ちょっと今日落ちてるから」

「お前さんは相変わらず元気そうじゃの?吉井」

「そ。だからあんたの今日の相手は仕方ないからわたしがしてあげる」

「ははっ。そりゃ要らん心配っちゅうやつじゃの」

「なんだとお〜!わたしが相手じゃ不満か!!」

「いや。不満っちゅうわけじゃないぜよ?でも俺の相手をしてくれる女はようけおるし?」

「け。この万年詐欺――」

「――仁王」

「……ん?どうした」


千夏が必死に、臣の目を気にして自分と話しているんだとアピールしている。

それはどこか心苦しく、臣はそれを見たところで、わたしを許してはくれないだろうと思った。

でも、わざわざ千夏と仁王が話しているところを遮ってわたしが割り込むのは、効果的なはず。

臣にではなく、仁王に。


「……用がないなら、もういい?」

「…………」


遮ってまで言いたかった事がこれなら、尚更だ。

わたしのどんよりとした瞳を、見上げた表情を。

仁王は少しだけ目を見開いたまま、途端に黙ってわたしを見つめた。


「伊織っ……」


傍で見ていた千夏がびくっとして、咎めるようにわたしの名前を呼ぶ。

あんまりだよね、確かに。仁王、何も悪くないのにね。


「じゃあね」

「……ん」


だけどもそれさえ無視して、わたしは教室の中へ入って行った。

最後に聞こえた仁王の声に、どうしてか、胸が痛くなった。


















「あ、臣!」

「…………なに」


放課後、ホームルームが終わってすぐに教室から出て行こうとする臣を、わたしは急いで呼び止めた。

ぴたっと立ち止まり、むっとして振り返る。

まだ怒ってるよね……でも、仲直りしたいよ、臣……。


「い……一緒に帰れな――――」

「――部活」


「……ッ」

「行くわ、じゃあな」


言い終わる前に、ぶっきらぼうにそう返されて。

わたしはしょげたまま、自分の机に戻った。

千夏がそっと頭を撫でてくれたけど……その優しさが余計に、泣きそうになって。


「わたし、部活終わるの待つ……」

「伊織……臣とは、少し時間を置いて話したほうがいいかもよ?」


「ううん。待ってられない。わたし、せっかちだもん。臣とちゃんと話したい」

「……そっか。うん、わかった……」


千夏は何も言わず、わたしを一人にしてくれた。

段々と、教室から人が減っていく。

30分もすれば、教室に残っているのはわたしと日直の女子生徒だけになった。


そんなに話したことのない女の子と教室で二人になるのは、またこれが放っておけばいいのに妙に気まずくて。

わたしは、喉が渇いたな……などと心の中で自分にわざわざ用事を作って、席を立った。

購買は、うちの教室から割りと近い場所にある。

自販機でジュースでも買おう……そう思い立って、目的の場所までたどり着いた時だった。


自販機の近くに、テニス部の部室があって。

そこに、臣と仁王が二人で入っていく姿が見えた。

なんだろう……と、変に直感が働いたわたしは、二人の後を追うように、部室前で耳を澄ませた。

そんなこと、しちゃいけないってわかっていたのに。

だけど、気になって仕方なかった。


「めずらしいのう臣。部活中にこんなとこ呼び出して。真田にバレたら面倒なんじゃけど?」

「真田にはバレねえようにしてっから」


「ふうん。なら別に、構わんがの……で?佐久間のことか?」

「わかりきってんだろお前……俺に何の恨みがあんだよ」


部室に入った瞬間に繰り広げられる二人の会話に、わたしは生唾を飲み込んだ。

どうしよう……なんか、物凄く面倒なことになってる。

でも臣から呼び出したってことは……やっぱり、もうわたしと係わるなと言う為だろうか。


「恨み……?ははっ……なーんじゃお前さん、何か勘違いしちょらんかの?」

「勘違いじゃねえだろ。お前の好意を嫌った俺が憎いのかよ?」


好意……?

その言葉に、何か違和感を覚えた。

多分、ここに臣が仁王を嫌い始めた原因が潜んでいるんだろうけど、よくわからない。


「いや……そんな昔のことは気にしちょらんよ、俺は」


仁王はそう答える。

聞いていると、また妙な違和感を覚えた。


「ふん……執念深いくせによ……とにかく、伊織を構うの、もうやめろよ。わかったな」


すると、突如出てきたわたしの名前。

急な展開についていけない。


「俺が言いたいのはそれだけ。戻るぞ」


やばい、こっちに向かって臣が来る……!

反射的に体が扉から仰け反るようになった、その時だった。


「ちと待ちんしゃい」


呼び止めた、仁王の声色が変わる。

その変化は、真横にいないわたしにですら伝わるほどだった。


「なんだよ……?」

「……お前さんに、それを言う資格があるんかの?」

「は?なんのことだよ」


仁王の声から出てくる、痛いほどの感情がまとわりつく。

彼は、怒っているように思えた。

こんな仁王の声は初めて聞く。

わたしに発せられているわけでもないのに、怖くなる。

そう、仁王に少し怯えた後……彼が続けた言葉に、わたしは固まった。


「うちのクラスの女子とラブホテルに入ったの、誰にも見られちょらんと思ったか?」


一瞬、世界が止まったような感覚。

直後、驚くほどに心臓がバクバクと音を立てて、体中の熱が湧き上がってきた。

これは、聞いてはいけない。知らないままの方がいいことだと、頭の中で警報が鳴っている。

だけど、足は動かない。

それは警報を鳴らしている自分とは正反対の、すでに絶望を感じている自分が、その場から立ち去ることを許してくれないからだ。

その間中、仁王の発した言葉は、わたしの頭の中で文節を区切るようにして繰り返される。


―うちの/クラスの/女子と/ラブホテルに/入ったの/誰にも/見られちょ/らんと/思ったか―


「……ッ……な」


臣の息を飲む音は、わたしに鮮明に届いて。

見なくてもわかるほどに、臣の慌てた様子が伝わってきた。

そこからは、何も考えられなくなるほどに、頭が真っ白になって。

でも、二人の会話だけはしっかり聞こえていた。

夢じゃないかと思うような、そんな感覚で。


「説明してくれんか?」

「なん……ッ……」


「佐久間には黙っちょっちゃる。その変わり、俺の納得のいくように説明しんしゃい」

「お、お前になんか言われたくねえよ!!」


「おうおう言うちょくけどのう臣。俺は確かに付き合った女は多いがの。交際中にその女を裏切るような真似をしたことはないんじゃ」

「うるせえよ!!お前に何がわかんだよ!!」


「わからんよ。わからんから教えてくれって言うちょるじゃろう?まさかあの女と寝る前に愚痴った、佐久間とはうまく出来んからっちゅう、言い訳にもならん理由じゃないよのう?」

「……ッ……お前……あいつに……」


「人は叩けば埃が出てくるもんじゃ臣。あの女にも限ったことじゃねえ。たいしたことない弱みで、すぐに口を割ったぜよ?臣とは『三回目』だってな」

「お前なんなんだよ!余計なお世話――――ッ!」


そこまで……もう、わたしは聞いていられなくて。

信じられなくて。

ちゃんと、わたしも仁王と同じように、説明して欲しくて。

手を掛けたその瞬間、突如入ってきた生温い風に、二人の視線が扉に集中した。


「伊織……ッ……!!」

「佐久間……」

「…………どういうこと?臣……」


わたしは、盗み聞きしていた自分を恥じることも忘れて。

部室の扉を、開け放っていた――。





to be continued...

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