Trip of Kiss_03
「吉井」
「んー?ああ、仁王……」
「ちと話したいんじゃけど……二人で」
「あ……うん、いいよ」
Trip of Kiss
3.
仁王はあの後も優しくわたしを宥めてくれて、学校が終わった後は家にまで送ってくれた。
もちろん、その帰り道に人目を盗んではイチャイチャしていたのだけど……あのイチャイチャは、それまでのヤラシイ雰囲気のイチャイチャとは違う、とても温かいものだった。
それも明日で終わってしまうのだから存分に味わっておこうと思い、今日も元気に登校し、仁王が教室に現れるのを待っていた。
やがてHR開始20分前、そろそろだと思った時に、仁王は現れて。
わたしがパッと顔を明るくすると、今日もわたしの所へ向かってくると思っていた仁王はこちらに目もくれず。
サッとわたしの横を通りすぎ、一番後ろの席で静かに携帯をいじっていた吉井さんに声を掛けたのだ。
「あらー、仁王ってば……遂に?」
「ホントだ。もう我慢出来なくなっちゃったのかな?」
まるで昨日のわたしと仁王のような会話……。
唖然としてしまったわたしを余所に、わたしの周りに座っている友人達がニヤニヤとそんな事を囁き合う。
……遂にって、どういうことだろうと妙に気になってしまう。
胸がなんだか息苦しくなってきたので、わたしは思い切って聞いてみた。
「え、遂にってー……何が?」
なるべく冷静にと自分に言い聞かせる。
本当は少し焦っていたけれど、彼女達と同じようにニヤニヤしながら聞いてみた。
すると彼女達はわたしを見て、驚いたような顔をして言った。
「え?伊織知らないの?」
「え?え、何を……」
「仁王っていろいろ女作ったり別れたりしてるけど、本命は吉井さんなんだよ」
「……え……」
その断定的な物言いに、わたしはカピン……と固まってしまった。
「吉井さんって噂なんだよ」ではなく、「吉井さんなんだよ」だ。
どうして仁王とさして仲良くもない彼女達がそう言い切れるのだ、おかしいじゃないか。
「ど、え、それ噂?」
「いや、噂って言うか、周知の事実……」
「え……」
「はいはーい!あたしは本人から聞いたことある!」
「あたしもついこないだ話したな、本人と」
「え、本……本人って、仁王から?」
「うんそうだよ。こないだからかって吉井さんのこと聞いたら、長年の片想いがもうすぐ叶いそうだって言ってた」
「マジ?そっかー、吉井さん遂に折れたか……」
「だって仁王ってカッコイイもんねー、本気で想われたら落ちちゃうかも」
口々に仁王と吉井さんの話で盛り上がっている友人達に、わたしはぶっちゃけ付いていけなかった。
そして思わず出た言葉。
こないだ仁王をからかったという友人が言ったこと……わたしは、信じられなくて。
「からかったって……え、ね、ねえ、仁王とそんな仲良かったっけ?」
「ああ……あたし、前の日直が仁王とだったからさ」
かなり焦ってしまったせいで、瞬きの回数がめちゃくちゃ多くなってしまった気がする。
仁王とそんなに仲良かったかなんて、わたしが言えることじゃない。
わたしだって仁王とキスするほど仲良かったかと言われたら、全然である。
「え、でも伊織なんで知らないの?」
「ほんとほんと。結構有名な話だからみんな知ってると思ってたよ」
「あ、でもそっか。伊織、高校からだもんね、立海」
「あ!そっか〜。中学も立海の人なら、ホント誰でも知ってるよ?」
「…………へ、へえ〜、そうなんだ!意外に純粋なんだね、仁王って」
適当に取り繕って、わたしはぎゅうっと胸が締め付けられるのを堪えようとした。
彼女達の言う通り、わたしは高校からこの学校に通っているので中学の頃の仁王なんか全く知らない。
あのテニス部のレギュラーで、超イケメンで、モテモテなんてことは一週間立海で過ごせばわかること。
だけどそれ以外の仁王の事なんて、全然知らなかった……。
友人達の口振りからして、それは中学の頃からの有名な噂だってことはわかった。
てことは仁王には中学からずっと、度々作る彼女とは違う本命がいて、それで……それで、その本命の吉井さんとは、もうすぐ、うまくいきそうってことで……。
じゃあ……なんで昨日、わたしと付き合わないか、なんて言ってきたの……?
「伊織、携帯光ってるよ……!」
「え、あ!……ありがと……」
考えている間に、周りの友人達は席に付き、そしていつの間にかHRが始まっていた。
余りにも呆然としていたせいなのか携帯が震えていることにすら気付かなかったようだ。
さっき話していた隣の席の友人が小声で教えてくれて、わたしは慌てて携帯を開けた。
「!」
開けて、ドクンと体が唸るのがわかる。
メール受信のボックスを開くと、差出人は仁王雅治と表示されていた。
急な不安に襲われて、メールを開くのに随分と躊躇ったけれど……
――昼、昨日と同じ場所で取らんか?
きたメールはわたしの縮まった心を少しだけ元に戻してくれる内容だった。
何席か挟んだ同じ横の列に座ってる仁王に思わず視線を向けると、仁王も視線を合わせてきた。
そして微笑む。わたしはその笑顔に胸が締め付けられて、可愛げもなく目を逸らした。
ここまで反応してしまうと、もう疑いようのない自分の気持ちに気付いてしまう。
昨日の夜から日が経つのを恐れている自分がいた事にはうすうす感付いてはいたけれど。
でも、「そういうアレじゃない」とよく分からない日本語で自分を落ち着かせて眠りに落ちたのだ。
だから今日も、「そういうアレじゃない」の調子で一日過ごそうと思っていた。
だから出来れば明日だって、「そういうアレじゃない」で通すつもりだった。
それはきっと、自分に少し余裕があったからだ。
4日で関係が終わっても、後にやっぱり好きだと気付けばわたし達は自然と求め合うだろう。
もう少し時間をかけて気持ちを落ち着かせて、仁王のことをもっと知ってからでも遅くはない。
まだ、この想いが本当の好きなのかも、わかんないんだし……と、余裕ぶっこいていたのだ。
だってわたしは昨日、仁王に口説かれて、あんな風に仁王に守ってもらったんだ。
……天狗になるのも無理ないだろう。
だけど……もうその鼻は一気にへし折られてしまった。
そうなると、自分を誤魔化すことなんて不可能だ。
仁王には長年片想いしていた本命がいて、近々その本命の彼女とうまくいきそうだと周囲に漏らしている。
それを知ってわたしは、何度自分の中でその事実を確認しても、わたしの心が痛い痛いと悲鳴をあげていることに気付いていた。
…………何が、「そういうアレじゃない」だ。
わたしは完全に、仁王に「そういうアレ」じゃないか!
昼休み、食事前に仁王は当然のようにわたしの唇を求めてきた。
だけどあんな話を聞いてしまった後では、わたしは気分が乗らなかった。
誘われて嬉しかったくせに、どこまでも天邪鬼。
…………でも……やっぱり気持ちいい……仁王の唇。
「…………伊織?」
「ん……?」
「どうしたんじゃ?具合でも悪いんか?」
「え……いや……全然、悪くないよ?何で?」
敏感な仁王に気付かれてしまったのかと一瞬焦り、何食わぬ顔をしてそう返してみた。
本当は随分落ちている……こんな風に仁王への想いを気付かされるなんて思ってなくて、辛かった。
昨日のあの事件から、仁王へ対する想いはそりゃあ増幅したけれど……。
まさか嫉妬でこんなに胸が苦しくなるほど好きになってしまってたなんて……。
「心ここに在らずっちゅう顔しちょる……キスしよる時は、俺のことだけ考えんしゃい……妬けるじゃろ?」
「妬ける?……嘘つき……ペテン野郎」
「口が悪いのう……」
この人、今までの彼女に対してもずっとこんなこと言ってきたんだろうか……。
他に本命がいるくせに、なんてペテン。
それじゃわたしの元カレとあんまり大差ない……そう思うのに、結局わたしはされるがまま。
弱いなあ……わたし。
「……そろそろ飽きたんか?」
「へ……?」
わたしの顔を覗き込むような仕草をした仁王が、そう聞いてきた。
あの話を聞いた後だったせいか、それは本当に意外だった。
ちょっと、寂しそうな顔をしていたから。
……そんな顔するなんて、ずるい。
「俺とのキスに飽きちょるような顔しちょるぜよ」
「……………………」
黙ったわたしから離れて、仁王は手の中にあるパンを頬張りながら窓の外に目をやった。
言いながら軽く笑った仁王にとって、それは冗談なのかもしれなかった。
だけど今のわたしには全てがネガティブに聞こえてくる。
そうやって、雰囲気を悪くして、わたしに「飽きた」って言わせようとしているんじゃないか。
本当はもう、吉井さんのことで頭がいっぱいなんじゃないの?
朝、吉井さんと何を話していたの?
聞きたいことは沢山あるのに、それを全て自分の胸にぶつけて、そして余計に苦しくなる。
わたしはもしかして……仁王にとっても「とりあえず」なのかもしれない。
元カレと同じ……「とりあえず」の、都合のいい女。
「……わたしの目の前で、他の人を呼び出したりしないで……」
「…………なんじゃ、いきなり」
「朝……吉井さん……」
「おお、ちと用があったんでな」
「だから、ああいうの嫌なの」
「…………お前さんそれ、妬いちょるんか?」
思わず本当の気持ちを言ってしまったわたしに、仁王は怪訝な顔をして、その答えに直球を投げてきた。
わたしはその直球に耐えれなくて、顔を背けて、拗ねたように自身のパンを頬張る。
……勝手なのはわかってる。
昨日あんな返事をしておいて、元カレの前で都合良く仁王を使っておいて、今日は嫉妬なんて。
でも言わずにいられなかった。
醜い自分を見せてでも、この独占欲を止められない。
「……まあ何にしても、それはお前にとやかく言われる事じゃないのう」
「……ッ……」
「俺とは本気になれんが、他の女と二人になるなっちゅうことか?……随分わがままじゃの?」
しばらくの沈黙の後、溜息をついたついでに言ったような仁王の言葉。
思いの外、わたしはそれにムッとさせられた。
まずは傷付くと思っていたけれど、傷付いたのはムッとした後のことだった。
確かに、仁王の言うことは正論で、昨日の告白にはなびかなかったくせして随分だと思うだろう。
でも自分だって本当は、本命がいるくせにわたしのこと口説いたりしてるじゃないか。
怒りと嫉妬でぐちゃぐちゃになった頭は、冷静に物事を考えられなくなる。
「それなら、もういいよ」
「伊織っ……」
「……ッ……」
机の上に置いていた残りのパンを掴んで、わたしは席を立とうとした。
だけど、それはすぐに仁王によって遮られた。
痛いくらいに掴まれた手首。
名前を呼ばれても黙ったままそっぽを向いているわたしに、仁王はそっと近づいてきた。
周りの空気が一変する。
「そう怒りさんなよ……」
「………………」
仲直りしようと、その言葉はなくとも仁王から伝わってくる空気は、わたし達をキスへと導こうとする。
近づく仁王の唇。
わたしはその瞬間、今日何度も味わった胸の締め付けを感じた。
朝だけじゃない……授業と授業の間も、吉井さんと話していたのをわたしは見ていた。
苦しい……それを思い出すだけで、信じられないくらい苦しい。
「やっ……」
「…………」
そして、唇が触れ合うその直前に、わたしは小さな声で抵抗して、顔を背けた。
仁王の肩がぴくっと動く。
もう好きな人に、こんな想いをさせられるのは嫌だ。
わたしはわたしのことを、本当に愛してくれる人を愛したいだけなんだ。
「……やっぱ、無理」
「……なにがじゃ?」
「本気になれもしない人とこんな風にキスしてるなんて、おかしい」
「……そんなこと最初から、わかっちょったじゃろ?」
「でもあの日わたし、弱ってたし」
「………………」
「なんかワケわかんない契約しちゃったけど、これ、もう一日続けるなんて無理だ」
「…………随分とまた、わがままじゃのう」
仁王は、わたしを呆れたように見て馬鹿にするように笑った。
だってもう、これ以上苦しみたくない……もうこれ以上、仁王に本気になりたくない。
自分が辛いだけだから。
「悪いけど、今までの2.5日、忘れて」
そう言って、わたしはその場を去って行った。
可愛くない嫉妬をしておきながら最後はあの言い草。
プライドの高い女だと思われただろう。
昨日あれだけお世話になっておいて、自分以外の女と話してたからって癇癪を起こしてあんな別れ方。
最低にも程がある……。
仁王が言った通り、わたしにはそれを咎める権利も何も有りはしないのだ。
だからって昨日あんなこと言っておいて、今日になって「本気で好きになった」は信じてもらえそうにないし。
そもそも仁王が本気になってはくれないのに、またそんな都合のいい女になんてなりたくない。
これで良かったんだ……これで、仁王は心置きなく吉井さんと…………キス、するのかな。
「う……うう……」
想像しただけで唸り声をあげてしまった。
ああ、あと一日、仁王とキスし放題だと思っていたのに自分から放棄してしまうなんて。
あの柔らかい唇が愛おしい。
仁王のキスは凄く優しかった。激しい時だって、優しかった。
あんなキス、この先誰がしてくれるだろう……うう、仁王に会いたい。
ふー、と自分の思考回路に溜息を付きながら、放課後とぼとぼと廊下を歩いている時だった。
ドタバタという騒がしい音に気が付いて振り返ると、後ろからすごい勢いで二年生が走ってくるのが見えた。
その形相に一瞬引きつつ、廊下の隅に避けるように逃げてみる。
するとわたしを通り過ぎていく刹那、必死な話し声が聞こえてきた。
「仁王先輩、もう練習始めてるかな!?」
「さっき柳生先輩が始めてたから、もしかしたらダブルス見れるかも!」
「きゃー!!早く早く!!早く行こう〜〜!!」
耳に入ってきた仁王の名前に、ソワソワしてしまう。
さっすがモテモテだなと感心しながら、彼女達に、「わたし、さっきまで仁王とブッチュブチュしてたの」と言ったら張り倒されるだろうなと思った。
それよりも……仁王、今日テニスの練習に出てるんだ……。
2ヶ月ほど前に三年生が引退してから、彼らのジャージ姿を見ることは少なくなっている。
好きになった今となっては、仁王のジャージ姿はわたしの目に素敵に映ってしょうがないだろう。
見ておく価値はあるかもしれない……と、わたしはふらふら、テニスコートに向かって行った。
「わあ……」
テニスコート近くになると、黄色い声と人の頭の多さが目に付いた。
元レギュラーが練習に出ているせいなのか、やたらとギャラリーが多い。
そんな中、わたしはこっそりと隅の方に歩いて行って、仁王の背中を眺めた。
「赤也〜、俺に勝てんようじゃあ、三本柱にはいつまで経っても勝てんぜよ!」
「仁王先輩こそ、体鈍ってんじゃないッスか〜?いつもの覇気がないッスよ!」
「ほう?……本気出してもええなら、そうさせてもらうがのう……」
「げっ……あ、あんま後輩いじめってっと、女にモテなくなりますよ!!」
「要らん心配じゃ、ワカメ野郎」
「あああああああああ!今なんつったーーー!!」
子供のような顔をして、仁王は「ワカメワカメ」と切原くんで遊んでいた。
あんな無邪気な顔もするんだなあ、と思わず見とれてしまう。
わたしは仁王に、あんな顔させられないだろう。
だって今日までだって、官能的な表情しか見たことない……。
そういや仁王とわたしって、まともな会話をしたことがあるんだろうか。
キスだけして過ぎた気がする……この2.5日間。
ただ、欲求の対象……仁王がそう言ってたじゃないか。
「欲しいもんは欲しい」……それって、Hなビデオ見たい、と同じことなんじゃないだろうか。
「………………はあ……」
そう考えていたら、仁王のあんな素敵な笑顔を見れているのに溜息をついてしまった。
最後ぐらい、あれくらいの笑顔を見て終わりたかったなと短い恋に未練が残る。
そういえば、契約は明日まで……明日までになった理由は……。
そうだ、明日は……明日は仁王の誕生日だ。
* *
テニス部観戦もそこそこに、わたしは学校を出て近くのデパートに寄り道した。
あれこれと考えるも、仁王が何が欲しいのか全くわからない。
アクセサリーは結構似合いそうだと思ったのだけれど、好きでもない女からそういう物をもらうと困るような気がする。
しかも昨日までキスしてた女なら尚更だ。あんな嫉妬するような女なら、更に更に尚更だ。
わたしはさっき見た仁王の無邪気な笑顔が見たいのだから、絶対に喜んでもらえるものにしたい。
うーん、それでも、仁王って何に喜ぶのか全然わからない。
服?シューズ?時計?季節的にニット帽?あ、マフラー!あ、セーター!
あいやいや、ちょっとやっぱり重たくなってきている気がする。
どうしよう、なんにしようとウンウン悩んでいたら、あっという間に時間は過ぎて。
途中、プレゼントを探しに来ているにもかかわらず、つい寄ってしまった本屋で立ち読みなんかしてしまったりして……。
気が付けば、外は真っ暗、夜の7時になろうとしていた。
「げ……早くしなきゃだ……」
結局何にしようか悩んだまま、わたしはもう一度デパートの中をうろつく。
こんな時間に学生服のまま、大きな鞄を持って一人で歩いていると虚しさを感じる。
友達も彼氏もいないから暇潰してます、みたいで、ものすごく寂しい。
だからなのか、わたしが何か盗みはしないかと目を光らせる店員もいたりする。
そんなイラッとする状況の中でさえ目に入ってしまう洋服の誘惑に負けないようにと、わたしが財布の中身を確認しながら涙を呑んでいた……そんな時だった。
わたしが今、一番見たくないものを見てしまったのは。
笑い声が聞こえたのだ。
わたしの正面から、楽しそうな女の人の笑い声。
何も考えずに、わたしはつい、顔を上げた。
「いや、仁王それさー、話がすご過ぎてビックリするんだけど!」
「俺もそう思うんやが、柳生が意外に好意的での」
話の内容は、あまりよく覚えていない……咄嗟に隠れてしまったから、声も遠くなった。
ただわたしが見たのは、仁王の、あの無邪気な笑顔。
あんな顔させたいと思った、わたしの見たことがない、仁王の表情。
その隣に居たのは、案の定、吉井さんだった。
二人は腕さえ組んでいなかったものの、傍から見れば立派な恋人同士のようで。
いや、もしかしたら……もうすでに、そうなのかもしれないと思った。
わたしの存在に気付くことなく、仁王と吉井さんは背中を向けて俯いたままのわたしを通り越して行った。
わたしはあんなにリラックスした仁王の顔を、見たことがない。
当たり前だ……昨日今日、キスして欲情しただけの女に、仁王が隙なんか見せるもんか。
所詮、わたしはその程度だったのに……何を期待していたんだろう。
だいたいわたしは、一昨日振られたばかりだというのに仁王に恋してる。
こんな尻軽女、仁王が……男が本気で相手にするわけ、ないじゃん……。
「……帰ろう……」
結局、その日は何も買わず、わたしはデパートを後にした。
明日になれば契約が終わる……もう放棄したも同然のわたしに、仁王はどう接してくるだろう。
それが怖くて……わたしはその夜ベッドの中で、なかなか寝付くことが出来なかった。
to be continued...
next>>
04
[book top]
[levelac]