熱_01









付き合ってくれと言われて、面倒臭けりゃ断る。

付き合ってくれと言われて、暇なら付き合う。

俺様は、そういう戯れしか知らねぇ――――。




































1.






「最低!!」

「あーん?そんなこと今更知ったのか、お前?」


目の前で泣きじゃくる女を俺は嘲笑った。

見下して、唇を片方上げりゃあ、そこにいるのは跡部景吾…ってな?


「あんたなんか―――ッ!」

「よぉ…なんだよこの手は…俺の顔でも殴るつもりだったのか?あーん?」


目を吊り上げて平手をくらわそうとした女の手を、俺は即座に掴んだ。

女に殴られるだ?冗談じゃねぇよ。俺様を誰だと思ってやがる。


「離してっ!!離してよ!!」

「おい、調子に乗ってんじゃねぇぞ。お前は俺様の暇つぶしにしか過ぎねぇんだよ。それでもいいっつったのはテメェの方だろうが…あ?」


そこまで言うと、女の目から涙が溢れ出した。

掴んでる手から力が抜けた女は俯き、背中を向けて去っていく…俺は、いつだってこういう別れ方しかしたことがねぇ…


テニスやって、仲間と飲んで、勉強して、たまに遊んで、女と寝て、テニスやって…それが俺様の図式だ。人生の図式…。

恋愛は戯れ、俺様にとっちゃただの暇つぶし…それが俺の世界だった。

そう…あの日、伊織に出逢うまでは―――――。











『いらっしゃいませー』



「跡部ー!こっちやこっち」


ランチタイムが終わる10分前…少し忙しそうにそう言った店員の声を通り過ぎて、俺が店内を見渡していると忍足が手を振って合図をしてきた。


「ランチ、適当に頼んどいたで」

「ああ…で、忍足…相変わらず女と同棲中か?」


大学を卒業し、俺はテニスプレイヤーとしてプロに転向した。

忍足は大学院へ進むことになった。

どうやら、臨床心理士ってやつになりたいらしい。

医学の世界を勉強していくうちに興味が沸いてきたとか言ってやがったが…今から大学院で勉強しまくって心理学の専門家になろうって奴が女と同棲中たぁ、いい身分だよな、全く。


「あったり前やろ?俺ら愛しあっとんやから。お前はなんや、また派手な別れ方したらしいやんか〜」

「別にたいしたことじゃねぇよ…女と寝てたら女が入ってきてその女がわめき散らして帰って行った後に寝てた女がまたわめき散らして俺様を殴ろうとしやがったから本当のことを言って…」


淡々と状況を説明している俺をしらけた顔で見て、忍足は俺様の目の前に手を出して制してきやがった。

なんだ、自分で聞いてきたくせしやがって…。


「あああ、もうええもうええ。どっちがどっちやらわからんしな」

「…どっちって、何がだ」


「お前の本命や!どっちが彼女やってん!」

「…本命なんかいねぇよ。どっちも女、暇つぶしだ」


はぁ、と溜息を付いた忍足が目を細めて俺を見る。

片肘つきやがって…あからさま過ぎんだよテメー。


「ホンマお前は…あき―――」

「呆れてモノも言えねぇんだろ?聞き飽きたっつんだよ」


忍足とは付き合いが長い。

中学ん時にテニス部でこいつと知り合ってから、もう10年ってとこか。

あの頃、女に興味なんか1ミリもなかった連中も高校にあがる手前くらいからか…やたら恋だの愛だの言い出して、俺も忍足も例外になくその盛りに乗っかった。

そん時からだ。こいつに顔を合わせりゃ、俺様は説教される。


「お前なぁ、ええ加減に来る者拒まず、やめぇや」

「仕方ねぇだろ、それでもいいっつんだからよ」


「ええわけあるか!お前は最初に了承取っとるつもりやろうけどな、結局傷付けて終わりやんけ!それで割り切っとる女が今残っとんのか!?」

「……」


「結局本気にさせて傷付けて終わりや、お前はいっつもそうや。本気になれへん性処理だけやったら、金払って割り切れるとこでしぃ」

「ったく…くどくどくどくどうるせーな相変わらず…。もうカウンセラーにでもなったつもりか?そもそも、傷付かねぇ恋愛なんかあんのかよ」


恋愛経験は多い忍足だが、こいつはやたら女に真面目だ。

こないだやっと浮気を覚えやがったと思ったら、それが本気になっちまった。

今同棲してる女は、忍足を他の女から略奪した小悪魔ってとこか…ほらみろ、結局テメェも傷付けてんじゃねぇかよ。


「傷付かへん恋愛なんかないで。そら正論や、跡部」

「ふっ…だろ?」


「せやけどな、一方的に傷付けるだけの恋愛は良ぉないで」

「あーん?」

「お前は傷付けて、それで平気な顔しとるやろ。ホンマやったらな、傷付けた方も傷付いとかなおかしいねんで? それが愛が存在しとる証拠やろ」

「だから、愛だの恋だのは存在してねぇっつってんだろ」


「せやからそれをやめろ言うとんのじゃ。愛も恋も存在せぇへん、体だけの関係はもうやめ」

「余計なお世話だな」


だんだんとイライラしてきた俺は、話を終わらせるべくそう言った。

そんな俺に忍足がまた溜息を付いたとこで、ウエイトレスがこっちに向かってきた。


「お待たせしました、本日のランチ、え、えっと、【照り焼きチキンとアスパラガスのトマトソースリゾットと…ケ…ケイジャン…スタイルスモークポークのグリル 赤ワインソース…フルーツサルサ添え】でございます」


新人なのか、そのウエイトレスは下手くそな説明で、ぎこちなくそう言いながらテーブルの上に料理を置く。

その動作も危なっかしくて見てられねぇほど慣れていなかった。


「はぁ…よぅわからんけどいただきますわ!」


そんなあからさまに緊張しているウエイトレスの顔を見て、忍足が緊張をほぐすためか、笑顔で見上げてそう言った。

そういえば…この野郎は昔から女に愛想を振りまいてやがる。

それだからタラシだって言われんだよ、この優男が。


「あはは、すいませ………」

「…?」


笑顔を向けた忍足に、またそのウエイトレスもまんまと緊張が解れたのか忍足を見返して笑った…が…忍足とウエイトレスは顔を見合わた途端に硬直して黙り込んだ。

なんだよおい…この空気は…。


「…えっ…侑士?」

「……伊織か…?」


知り合いか…?


「えっ、侑士!?」

「伊織かー!?」


おい、なんで2回言ったんだこいつら。

しかも声がやたらでけぇ…………。


「なんやお前、こっち来とったんか!?」

「や、高校卒業してな、こっちに…お父ちゃんの転勤でな!今は一人暮らしやねんけど…ああ、もうそんなことええわ!侑士なんやー、あんた元気しとったー!?」


「そらこっちのセリフやで伊織、お前、ここ何年か全然会えへん思っとったらそういうことやってんかー。なんで誰も俺に教えてくれへんねん。ちゅーかな、お前も俺に連絡せぇっちゅーねん!こっちに俺がおんのん知っとんやんけ!」

「やって、侑士電話しても全然繋がらへんかって!!」


「なんやそれ!!いつや!」

「え…えーと…こっち来て…いつや、4年前の…」


関西弁で捲し立てるこいつら二人に、俺様は当然だがついてはいけなかった。

話の内容からしちゃ、どうやら向こうの友達らしいけどな…俺様はその二人の感動的(?)な再会を無視して、料理に手をつけはじめていた。


「ああ、ええ、もうええわそんなん、とりあえずお前元気そうで良かったわ。な、ここで働いとんか?」

「せやで〜、ここでちょいちょいな」

「休憩まだなんか?なんやったら、ちょお久々やし…跡部、ええやろ?」

「休憩、これ出したら取ってええって…せやけど侑士、悪いって!」

「別に俺様は構わねぇぜ?」

「よっしゃ!ほなら決定や!はよ休憩もらってき!」

「や…え、本当にいいんですか?」

「あーん?」


俺に向かってそう確認するように、女は顔を覗き込んできた。

つーか、さっきまで関西弁で喋っててなんでいきなり標準語なんだ?


「良いっつってんだろ」


いつもの調子で俺がそう言うと、女は怪訝な顔をした。

これが出逢いだった…俺の初めて愛した、最初で最後の女…伊織との。











「改めて紹介するわ、俺の地元の小学校からの友達で…佐久間…や、お前…結婚してへんよな?」

「してへんわ!何言うとんよ」

「せやんな、やったら変わってないわ。佐久間伊織、俺らとタメやで」

「佐久間伊織です、こんにちはー」

「…こんにちは」


さっきの一言がどうやらこの女には気に食わなかったらしい。

しれっとやる気の無さそうな声でこんにちはと言われ、俺様も同じようにやる気のない声で返した。

こんにちは…か、このセリフは久々に使ったな。


「こっちは跡部景吾。中学ん時テニスで知り合うたチームメイトや。跡部財閥、伊織も知っとるやろ?」

「知っとんで。たまにあんたから聞いたことある気するわ」

「はぁ…まぁ、せやろなぁ。ネタにしやすい男やさかいに」

「あ?」

「や、実際そうだと思いますよ。なかなか居ないですもん、こんな俺様な人」

「……」

「…ちょぉちょぉ、二人していきなりなんやねん。仲良ぉしてぇや…。ちゅうか初対面やろ自分ら…」


忍足がぶつぶつと言いながら俺と女を交互に見た。

忍足の言うとおりだ…初対面だっつーのにやたらと突っかかりやがる。


「おい…客にはもっと愛想良くしろ」

「今は休憩中ですから」

「貴様…一体何が気に入らねぇ」

「貴方のその態度です。尚且つ、初対面の女性に向かって貴様なんて暴言も。噂には聞いていたけど噂以上ね」

「お前のその態度はいいってのか?あーん?初対面の男に向かっていきなり喧嘩売る女が何を偉そうに言ってやがる」

「喧嘩を売ってきたのは貴方でしょう?何でも持ってる人って、何やっても許されると思ってる」

「はっ!何も持ってねぇ奴は僻み根性が染み付いてんだな」

「なんやて!?」

「おーおー、地が出たか女。何無理して標準語喋ってんのかと思ったら、キレると関西弁になんのか?あーん?」

「あんたホンマ…ええ性格やな…」

「あぁ?」

「なんよ…」

「ええ加減にせぇっ!!」


そこまで言い合いを続けた俺と女の間に、忍足が耐え兼ねたように声を張り上げやがった。


「いきなりなんやねん自分ら!!」

「やって、人が心配して聞いとんのに『良いっつってんだろ』はないやろ!?」

「な、なんや、お前はそれで跡部に喧嘩売ったんか?」

「まぁ別に…わかってたけどな…」


しらっと俺がそう言うと、忍足がこっちを見て目を開く。


「お前もわかっとったんなら謝れや!それで済むことやろが!」

「なんでこの俺様が謝らなきゃならねぇ…この女が何度も同じこと聞きやがるからだろうが…」


あーん?だってそうだろ?

何度も同じこと聞かれたら、さっき言っただろって思うんじゃねーのか普通。


「何度も同じことって、確認でしょあれは!?」

「その確認がうぜぇっつってんだ女よ…」

「女女って失礼ね!私には名前があるって言ってんでしょ!?それだからまともな恋愛のひとつも出来ないのよ!!」

「…ああ…?つーか、テメーみてぇな女に言われたかねぇぞ。更に、言ってんでしょ、だ?今初めて言ったじゃねぇかそんなこと」

「いや、ていうかな、伊織もどっから話聞いてんねん」

「高校時代に侑士が言うとったことあったやんか!!跡部は女癖悪ぅてホンマモンの恋愛が出来へん可哀想な男やって!」

「うわっ…そないなこと言うたんか俺…いや、ホンマのことやけど…」

「しかも…人の揚げ足ばっか取ってんじゃないわよ!ほんと性格悪いわね!」

「あーん!?お前の性格も相当なもんだ!!お前絶対男いねぇだろ!!その容姿にその性格じゃ無理だな!!絶対に無理だろうな!!」


性格が悪いと何度も言われると、流石の俺様もカチンときちまった。

大きな声をあげずに努めて冷静に対応してきた俺が怒鳴ったことで、女は突然、俺の顔を見て硬直して黙り込んだ。


「……な…おい…なんだよ」

「…ひ…酷い…そんな…こと…言わなくったって…」

「…な…お、おい!」

「あーあー…跡部、泣かしたわ…」


さっきまで俺様に早口で捲し立ててた女とは思えねぇほど、伊織は突然、ぼろぼろと泣きはじめた。

その時、暢気に声をあげた忍足の傍にあった携帯が鳴り始め…


「堪忍跡部、ちょお教授からやで、外に出てくるわ」

「なっ!貴様っ!!」

「すぐ戻るよって!あ、もしもし?すんません今ちょっと外に…はい、ああ、あのレポートですね…いや、それが…」


忍足は電話をしながらそそくさと外に出て行きやがった…あの野郎…覚えておけよ…。


「っ…っ…」

「……はぁ…」


こないだ見たばかりの女の泣き顔。

まさか寝てもない女の泣き顔を(しかもこんな形で)見ることになるとは思わなかった。


「っ…ひっく…あんた…酷い…」

「…泣き止め。うぜぇな」


「ううっ…酷い…」

「…わかった、悪かった、謝るから泣き止め」


とりあえずこの女を泣き止ませる為にそう言った。


「ぞんなの!!…ひっく…謝ってな…うぐっ…」

「……ったく…んだよ…」


なんとか伊織を泣き止ませてこの客中の視線をどうにかしてぇ。

俺はポケットからハンカチを取り出して伊織の目の前に差出した。


「伊織…、…って、呼んでもいいよな?」

「うう…」


「…泣き止めって…ほら…」

「ど…どうせブスだも…でも男…いるも…」


「ならいいじゃねぇかよ…つか、ブスじゃねぇよ。容姿のことを言ったのは、つい…悪かった…いや、然してそんな美人じゃねぇが、ブスじゃねぇからよ…」

「…あんたそれ、慰めてるつもりなの…?ううっ…」


俺の出したハンカチをぐしゃっと持って鼻をぐいぐいと拭いてやがる。

……おい……そのハンカチ、俺様のなんだけどな…。


「…俺にも名前があんだけどな…」

「…ごめん…跡部景吾…」


「フルネームかよ…どっちかにしろよ…」

「じゃあ…景吾…いいよね?タメだから…」


「ああ…いいぜ…泣き止んだか?」

「う…うう…」


泣き止んだか?と聞いた途端にまた涙を流しはじめた。

全く…女はこれだから面倒臭ぇ…。


「面倒臭そうに見てる…景吾…」

「……事実面倒臭ぇと思ってんだがな…?」


「酷い…うう…」

「ああ…でも不思議と…」


不思議と、気分は悪くなかった…。

女の泣き顔は、俺が女と寝た分、俺に跳ね返ってきちまう凶器みてぇなモンだった。

今までの俺は、どんな状況でもそれが目の前にあると、決まってイラついていた。

でも今は…そう思わねぇ…不思議と…。


「…なんだろうな?」

「ふぇっ…?」


思わず、そう言って伊織の頭の上に手をおいて弾いた。

伊織はその状況にハンカチから顔を上げて、きょとんとして固まりやがった。


「…笑った顔…すごく綺麗ね。景吾って」

「あ…?」


笑った顔…?いや、笑ってねぇ。


「笑ったでしょ?今」

「笑ってねぇだろ?」


「微笑んだじゃない。なんだろうなって」

「………」


笑ったのか…?

だとしたら、完全に俺は無意識だった…ってのか?


「変なの、景吾」


なんだかんだ悪態つきながら、伊織はその時、俺を見て微笑んだ。

伊織は笑うと…花が咲いたようで…。

女の笑顔を見てそんな風に思ったのは…初めてのことだった。


「やー、すまんな跡部、伊織、まだ泣いて…ぉ?なんや、いつの間にか仲良さそうやな、お二人さん」

「あははっ…せやろ?今、仲直りしたとこやねん」

「……まぁ、そういうことだ」


伊織の微笑みに一瞬、俺の意識が飛んじまったように感じた…それほど魅力的だったってことになんのか…この時の俺には、伊織が微笑んだことで俺の中にも花が咲いたなんてこと…、気が付くはずもなかった――――。





to be continue...

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